第八話
次の日の朝、いくつか食材を買い足しに船場の方へと足を運んだ。
ディーヴの町は小さく、閑散とした片田舎という印象はぬぐえない。
しかし船場近くの通りに出ると、人々の盛大な活気がふたりを迎えた。
港町の賑わいがそこにあった。
つい先程帰ってきたらしい漁師達が、酒を酌み交わして漁場や海の様子を話し合っている。
客引きは並べた魚の味を誇張して、隣の店より美味いよ安いよと叫んで張り合っている。
そして町の女達は少しでもいい魚を手に入れて帰ろうと、鋭い目つきで品定めして殺気立っている。
町の中の熱気が、凝集したような港の通りがそこにあった。
いっそう磯の匂いが強いそこで、ララが興味深そうに周囲を見渡す。
「ジェラール様、ここが町で最も元気がございますね」
「港町ですから、やはり船場が一番熱を帯びるようです。よい賑わいですね」
「ジェラール様、ほらあちらに大きなタラが売っておりますわ」
「本当ですね。これはおいしそうだ」
買っていくかい? と気さくに話しかけてくる漁師に、しかしララは首を振る。
「申し訳ありません、わたくし達は旅の途中でして、干したものが必要なのですの」
ですわよね、とララが自信満々に振り返ってくる。
「はい、その通りです」
「うふふ、わたくし、合っておりました」
それに微笑しながら頷けば、ララは嬉しそうに腕を抱き着いてきて、はしゃぐように歩を進めめようとするのだ。
「ラ、ララ殿、足が怪我をなさっているのです。もう少し落ち着きましょう」
「ぁ……し、失礼いたしましたわ。わたくし、にぎやかさに浮かれてつい…」
しおらしく恥じらうララの姿は、ただそれだけで魅力的だった。
腕に押し付けられる豊かな感触とあわせて、ジェラールも心が揺すられる心地だ。
それでもあくまで紳士的に平静を保ち、やんわりと腕をほどいて、代わりに手をつなぐ。
離されるのかと寂しそうな顔をしたララだったが、その手のぬくもりに頬をほころばせた。
たった二日うち、ジェラールはララについて分かったことがある。
接触が多い。
あのような恐ろしい目に合えば必然かと思うが、されるジェラールはたびたびたじたじだ。
発育が良いのも手伝って、心の試練の連続であった。
「ジェラール様、あちらの店先で魚を干しておりますわ」
心の中で神に祈り、煩悩を押さえていたジェラールの手をララが引く。
見れば、立派なタラを干物にしている店があった。
そこでタラの干物を買い、麦を買い足してから街を出た。
快晴の旅立ちであった。
ここから四つの町を経由し、アヴランシュの町へとたどり着くまで五日。
かつてローマ帝国が敷いた街道を通るため、比較的歩きやすい道程と言えた。
帝国自体は数百年前に滅びたが、未だにその石造りの道は健在であり、数多の旅人の歩みを助けていた。
とは言えそれは、ベルゼブブの使徒にとっても同じ事が言える。
ジェラールによる細心の警戒の下、旅は進んだ。
道行きすれ違う者達や、視線が隠れる森や丘にも気を尖らせる。
町にたどり着くたびに、ララの安堵は深さを増していった。
そして接触も多くなっていった。
旅を共にすることで、親密さが増していったのだろう。
軽く親密さ増しすぎでは? とジェラールは思うでもなかった。
油断すればララに体の柔らかさを押し付けられながらも、大きな問題もなく旅程は消化されていった。
ララの足の傷もすっかりふさがり、日を重ねるごとに足取りは軽くなっていった。
「ジェラール様、綺麗なお花ですわ」
そうなると、ララの浮き立つ奔放さは路傍の花にも興味を示すようだった。
摘んだ花を両手で束ねて、満面の笑みで見せてくる。
「本当に綺麗ですね。それにとても良い香りです」
「清らかな香りで、気持ちが清々しくなりますわ。ジェラール様、ジェラール様、少しお待ちくださいまし」
そうして、胸元に飾ってくれたりしては楽しそうに笑うのだ。
さらに花の冠を編み始め、その可憐さたるやついジェラールも見惚れてしまうほどである。
そんな緊張感とのどかさを併せた道行きを経て、ディーヴの町から発って五日。
日が傾き、西の空が燃え始める時刻に、ふたりはアヴランシュへとふたりはたどり着く。




