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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おかしい話

先生の弟子

作者: 紅南瓜

一応人が殺されたと書いているのでタグ付けしていますが、残酷な描写はないです。


なんとか賞を取った有名な作家が殺された。

犯人の男は現場から自ら警察へ電話したらしく、今日その男の取り調べが行われる。作家の弟子として身の回りの世話をしていた男だ。

俺はその取り調べの記録を務める。


取り調べ室に連れられてきた男はこれといって特徴のないふつうの優男だった。二十代前半くらいの短髪が若くて爽やかな印象をあたえるふつうの男。顔つきも穏やかでとても人殺しのようには見えない。

警官にも抵抗する様子すらなくそのあまりにも平凡すぎる空気が不自然で普段とは違う緊張が取り調べ室に漂っていた。


どうしてやったんだと先輩刑事が男に詰め寄る。男は黙ったままただ俯いている。

どうせ世話を焼くのが面倒になってやったんだろう。作家なんて我儘そうだもんなその我儘に耐えきれなくなったんだろう。

さらに詰め寄るが男は黙ったままだ。

それから数分、数十分、次々と新しい情報が次々入ってくる。その都度先輩は男に詰め寄る。

殺された先生の本も取り調べ資料として届いた。

その本を見てピクリと反応した男を見てさらに先輩が男に詰め寄る。

お前の書いている作品はその先生に似すぎているからという理由でなかなかデビューできなかったらしいな。それに耐えられなかったんだろう。

情報によるとゴーストライターなんかも頼まれてたらしいな。それが許せなかったんだろう。

そうなんだろう。


その後も何も応えず時間だけが過ぎていった。

本の表紙を眺めながら取り調べに疲れてきた先輩がぽそりと呟いた。

俺あの作家結構好きだったんだけどな。


少しの沈黙のあと男は初めて口を開いた。

僕もです。

そう呟いて静かに涙を零した。男の涙でもこんなに綺麗な涙を流すのかと言う程ただ涙を零した。

そして堰を切ったように男は話し始めた。


確かに先生は我儘だったのかも知れません。食の好みも難しい人だったし掃除にも細かい指示がありました。でもそれで先生の作品が出来るのだったら全く苦ではありませんでした。

だったらと先輩が話を遮ったのを、それでもと力強い声で男が遮り、また淡々と話し始める。

それでも耐えられなかったんです。

先生は執筆に熱心な人でした。毎日机に齧り付き、それこそ売れない作家のように原稿用紙に字を書き続けるほど。だからこそ先生の作品は誰より素晴らしく奥深いものでした。

しかし先生はだんだん執筆に時間がかかるようになっていました。賞をとって本が売れて休み休み書くようになった訳でも他にやりたいことがあったわけでもありません。周囲の期待のあまりスランプに陥ったのです。

僕への当たりは日に日に強くなりました。でも先生がまた書けるまで懸命に先生の支えられるのだと思えば苦ではありません。それほど先生の作品が好きでした。

それなのにそれなのに。


男はまた泣きました。最初とは違いぼたぼたと溢れんばかりの涙を流しながら話を続けました。


ある時先生が僕に言ったんです。

ゴーストライターにならないかと。お前の作品はだんだん良くなっているけれど自分に作風が似すぎているそれではどこも取り扱ってくれないだろうと。だからその話を私のものとして出さないかもちろん分け前はやる悪い話じゃないだろうと。

僕は尊敬する先生にはっきり嫌だとは言えませんでした。ただただ悲しいとつらいと感じ、僕の作品が先生のものとして世に出る前にどうしかしなければと思いました。

そうして悩んでいるうちにだんだん僕の作品が先生の作品として出る準備が知らぬ間に進んでいき、僕は焦りました。

どうにかしなければどうにかしなければと。

そして思いました。

今回食い止めてもまた同じことになるのではないかと知らぬ間に僕の作品が先生のものとして世に出ることがあるのではないかと。そこまで考えてある結論に至りました。

このまま先生が生き続けてはいけない。殺して差し上げなければならないと。

このまま生きながらえてしまえば先生の作品は僕の話を使わなくてもいずれダメになってしまう。

先生が世に駄作を出すくらいなら今のまま椿のように散らせてしまった方が良いとそう思いました。

僕の話で先生の美しい作家としての名に傷をつけたくありませんでした。先生がこれから書く駄作を読んで失望したくありませんでした。

僕の作品なんてどうでもよかった。話のネタ程度になら使っていただけた方がむしろ光栄でした。それほど先生の作品を愛していました。だから。


そこまで話して男はまた黙りぼんやりと本の表紙を眺めた。

それから数十分後に取り調べは終了した。先輩達は男の話が終わってからもしばらく言葉が出てこない様子だった。俺が先輩の立場でもきっと何も言えなかっただろう。


その日の帰り、普段小説なんて全然読まないくせに、あの先生の昔の作品を一冊買った。




お読みいただきありがとうございます。

こんなに愛される作家の作品を読んでみたいものです。

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