二人のタピオカミルクティー☆
この作品は秋月忍様主催 『お気楽アホコメディ企画』参加作品となっております。
6月の、暑い日だった。
俺は全霊の勇気をもって、先輩にアタックした。
「先輩! 俺と、付き合っていただけませんか!」
季節の突風が吹いて、先輩の黒髪をなびかせた。屋上の手すりにもたれて、西教寺先輩は驚いたように見える。
目を丸くして、しばらくぽかんとする。
やがて頬がだんだんと赤くなった。ちくしょう、なんという可愛さだ。
「……ほ、本気、なの?」
「本気です」
西教寺先輩は学校一の美少女であり、大会社のご令嬢でもある。
対して、俺は普通の高校生だ。釣り合うなんて思ってないけど。
「本気の、本気です」
踏み出すと、先輩は俯いた。
「……分かった」
でも、と言い添えてくる。
「一つ、頼みがあるの」
「んなんなりとぉ!」
思いがほとばしりすぎて、食い気味に応えてしまった。
先輩は黒髪を弄りながら、恥ずかしそうに言った。
「私と、タピオカミルクティーを飲みにいってくれないかな」
へ、と声が出てしまう。
今流行っているという飲み物だ。これを先輩と一緒に飲みにいくのが、条件だって?
「はっ」
天啓、来たる。
「もちろん、大丈夫っす!」
これは先輩からの遠回しな初デートのお誘いだ。きっとそこで先輩は、俺の作法や姿勢、タピオカへの造詣の深さなど、男としての魅力を査定するに違いない。
俺は気合いを入れて、放課後の予定を空けた。
◆
で。
俺は馬鹿でかい屋敷に連れてこられた。
時代劇の城かと思うような、立派な門構えだ。
「少し待ってて」
西教寺先輩がそう言ってまもなく、門が両開きになった。
「「「「お帰りなさいませ」」」」
すげぇ。みんな和服だ。これみんな、使用人?
高校制服の俺達が、逆に浮いて見える。
中に進んで、俺はさらに驚かされた。庭園があったのだ。庭じゃない。石庭やら池やら、完璧に備えた庭園だったのだ。
俺は、震えた。
さすが、世界的な企業グループ、その一族の娘様だ。
五分くらい歩いてから、やっと当初の目的を思い出した。
「あ、あの先輩」
「ん? どうしたの?」
「その、た、タピオカミルクティーを飲むはずじゃ?」
ふふっと先輩は笑う。可憐だ。
「もう少しだから」
やがて俺は、畳の部屋に通された。
部屋と言っても、ほとんど庭園の一部のようなものだ。壁はなく、開放感に溢れている。池から引かれた水がせせらぎを作って、部屋の真ん中を流れていた。6月の暑い日だけど、おかげで、すごく涼しい。
「あの」
「しっ」
先輩は、遠くを指した。
「来た」
和服を着た老人が、ゆっくりこちらへ歩いてくる。
先輩が座ったまま礼をしたので、俺も慌てて続く。キレイにできたか、自信ないけど。
ご老人も礼を返してくる。
よく見ると、その人はなにか鞄のようなものを持っていた。畳に上がってきて、ご老人は腰を落ち着ける。
持っていたものは、鞄ではなく、木箱であったらしい。中に、お椀やら木の筒やらが見えた。お茶道具の、茶筅も見える。
ご老人は平伏するように、深々と礼した。
「足袋岡と申します」
タビオカさん出てきちゃった!?
「本日は、お嬢様にお茶を点てさせていただきますこと、大変光栄に存じます」
待て待て待て。
タピオカミルクティーって聞いたけど。聞き違い?
名前似てるけど!
「驚いた?」
先輩はくすりと笑った。
そりゃ驚く。店とかで飲むんじゃないの!?
「足袋岡は、タピオカミルクティーを点てられる、数少ない方よ」
寂しげに首を振る。
「昔はもっとおられたと聞き及んでいるけれど……技能の伝承とは、難しいものね」
先輩。タピオカミルクティーを何か勘違いしておいででは。
雲行きの怪しさを肌で感じる。どんな漁師も舟を返すだろう。
足袋岡さんの目がきらりと光った。
「時に、お嬢様」
「うん?」
「その方は?」
ああ、と先輩は笑う。
「付き合うことになった、小野君」
そんなにあっさりと。
ていうか、あれ、オーケーってことだったんだ。
嬉しさがやってくる。けど、足袋岡さんの目は厳しい。そうだ。この人は、たいへんなご令嬢なんだ。
「なるほど、小野様」
「は、はい」
「失礼ながら。私のタピオカミルクティーを飲むに値するお方か、少し、試させていただきたく」
有無を言わさぬ口調だ。頷いてしまう。
「は、はい……!」
「では」
足袋岡さんは、茶道具入れから、何かを皿に盛った。
洗練された動きだ。
「ご覧ください」
皿は四つ。
すべてに黒い粒が盛られている。
足袋岡さんは背筋を正し、一礼した。涼しい風が吹いた。
「この中に、本物のタピオカは一つきり。それを当ててください。なお、残り三つは、黒ゴマ、キャビア、あるいは黒豆です」
……馬鹿にしてんのか?
俺は、真ん中の皿を指した。大きさで分かる。黒ゴマとタピオカ間違えるやついるのかよ。原価的にはキャビア入れた方が豪華そうだけどな!
足袋岡さんは頷く。
「そうです。お嬢様がお連れした方なので不安でしたが、常識はありそうですな」
いや、分かるでしょ。
ていうか、先輩どんだけ常識ないと思われてるんだ。
「そうか、これがタピオカなのね」
……知らなかったらしい。
足袋岡さんは背筋を伸ばし、茶道具を手に取った。
「では、始めさせていただきます」
空気が、張り詰めた。ご老人の目が光る。
作業を進めながら、足袋岡さんは説明した。
「このタピオカは、原料の本場、アフリカはナイジェリアから取り寄せた最高級のもの」
「へぇ……? 高そう」
呟いて、慌てた。こういう席って、値段を聞くのって野暮だよね。
でも足袋岡さんは、なんでもないように応じてくれた。
「一粒、三万円です」
目が飛び出しそうになった。
足袋岡さんは、タピオカを器に入れた。きれいな動きだ。小川の音が遠ざかり、静かに聞こえる。
現在の原価――タピオカ:3万円×20粒 = 60万円
「この茶葉は、セイロン島から。ミルクは北海道から。どちらも弊社直営農場から、取り寄せております」
「そ、それももしかして……」
「こちらも、高価なものではありません。茶は、数千円ほどかと」
お気になさらず。
そう言われても、全然、気が休まらない。
ごくっと喉が鳴った。ミルクの方は、とても値段を聞く気が起きない。
たった二人分の茶葉で数千円、それに最高級のミルクだって……?
現在の原価――
タピオカ:3万円×20粒 = 60万円
お茶代 : 1万円(推定)
俺が震撼している間に、足袋岡さんはミルクティーを注いでいく。
茶器は、茶道に合いそうな、立派なものだ。高級と思われる茶器に、ストローが刺さっているのはなかなかにシュールだ。
「できた?」
先輩は嬉しそうだ。
差し出された器をうっとりと手に取る。その表情のまま、こっちを見るんだから、たまらない。
「いつも、友達とお茶を飲むのが夢だったの……! タピオカ、流行っているっていうから」
これは俺の知っているタピオカミルクティーじゃない。
そう言いたいのを、なんとか、堪えた。
先輩が喜んでいる。それなら、いいじゃないか。
しかし先輩は、なかなか器に口をつけない。先輩が飲まないと俺もいきづらくて、聞いてみた。
「あの」
「ん?」
「飲まないんですか?」
ええと、と先輩は恥ずかしそうに笑った。可愛い。
「ちょっと、アレをやりたくてね」
「アレ?」
「知ってる?」
先輩は言った。
「タピオカチャレンジっていうんだけど」
タピオカチャレンジ。ちょっと前に流行ったそれは――女性が自分の胸にタピオカミルクティーを置いて、あるいは挟んで、ストローで飲むというものだった。
俺だって知っていた。SNSで写真だって流れてきた。
先輩はそのチャレンジを、したがっているようだ。この様子では、どんなものかは知らないのだろうけどね。
「実は、どんなものか知らないんだ。ちょっと調べてみようか」
そう言った先輩に、俺は震えた。
視線がいく。その、慎ましやかな胸部に。
「……やりたいんですか?」
「うん、すごく」
輝くような笑顔だ。本当に、本当に、楽しみにしてる。
俺の脳を、勝手なイメージが支配した。
名家のお嬢様。
束縛も多いのかも知れない。正しいタピオカミルクティーの姿も知らないのかもしれない。
これは先輩にとって、記念すべき、初めて友達と飲んだタピオカミルクティーなのだ。
し、しかし……!
「だ、だめです!」
「え」
俺は先輩を見た。モデルのような、すらりとした体型だ。
「無理、だ……」
呟いてしまう。
「無理?」
「せ、先輩では、その、そのチャレンジは……!」
先輩は、驚いたような、不安そうな、そんな顔をしていた。きっと友達とお茶することと同じくらい、タピオカチャレンジも楽しみにしていたんだ。
ここで彼女にただ『無理』と伝えるだけでいいのか?
彼女の楽しい時間を、潰していいのか?
「そうか!」
本日、二度目の天啓が来た。
「お、俺がやってみせます!」
傷つけたくないなら、なんとか、傷つかない方向に。
「タピオカチャレンジっていうのは、胸の上に、こう乗っけて……」
俺は数秒の思考で、やり方を編み出した。
身をのけぞらせる。リンボーダンスのように。
右手で上半身を支えて、左手で、ミルクティーの器を胸板に乗せる。かなり苦しい体勢だ。
二秒で後悔した。
相当な阿呆に見えるのだ。
足袋岡さんの目が冷たい。
でも、いいんだ。
先輩がちょっとでも楽しんでくれれば。楽しい時間が、長続きすれば。
「ごほん」
足袋岡さんが咳払いした。
「その器、3百万円ですが」
血圧が急降下した。
原価数十万のお茶。
三百万円の茶器。
それで、落とさないようにタピオカチャレンジだと……!?
「小野君?」
「だ、大丈夫ですよ、先輩」
俺はにやりと笑った。
「タピオカチャレンジ、決めてやりますよ」
俺は細心の注意を払い、左手でストローを口に持っていった。
よし。いける。
後は吸い出すだけだ。
「……んっ?」
ミルクティーといっしょに、口に何かがやってくる。
タピオカか?
噛みしめる。甘い。
これは、なんだ。懐かしい味だ。素朴で、優しくて。
正月の味――?
「黒豆入ってんぞ!」
クレームと共に、タピオカチャレンジは失敗した。
◆
俺は、チャレンジに失敗した。
西教寺先輩に、タピオカチャレンジを見せられなかったんだ。
だけど、器は割れなかった。恋も割れなかった。
俺は先輩に謝り、次はお店で、俺が本物のタピオカミルクティーを奢る誓いを立てた。
ちなみに後日、とあるコンビニで『黒豆入り☆ 足袋岡ミルクティー♪』を発見した。俺は合掌し、丁重に丁寧に棚の奥へ押しやった。
お読みいただきありがとうございます。