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頭に飼ってる

作者: 綿乃掘慕‬

はっ。


がっ、という音に驚き目が覚めた。

窓に取り付けるタイプのクーラーは

時折がたがたと音をたてわたしを驚かせるが、

二週間経ったいまもまだ慣れず

いちいち反応してしまう。


わたしの横に眠る人は慣れているからか

全く目を覚ます気配がない。


外はまだまだ暗く夜中のようだ。


タオルケットを頭まですっぽりかぶってみても

薄すぎるためか音が筒抜けで防音の意味はないが、

クーラーの冷たい風を遮断する感じと

わたしの横に眠る人の匂いが安心を誘う。


うっすらと自分の意識に身を埋めてゆき、

目の前には柔らか色の世界といつもの白猫が一匹。


〝よう。〟

そう一言言ったかと思うと彼は歩き出す。


いや、正確にはふわっと口が動いただけで

そう言ったような気がするだけだ。


実態のないわたしはふわふわと歩く感覚もないまま、

彼の後に続く。


具体的な建造物や人の存在もないこの世界を、

猫は曲がったり登ったり時にすり抜けたりしながら

進む。


後ろからついて行ったり並んだり真上から見たり

色々なアングルから眺めながら。


不思議と湧き出る懐かしい気持ちを持ちつつ、

曲がった先を見ると、奥の方に、光のようなもの、が、、


がっ。


目が覚めてしまう。

あの光の先には何があったのだろう。


ぼーっとしているときや眠るとき、

現れるそれに名前はないが、

いつも彼は歩いたり寝転んだりして自由にしている

その姿をわたしは姿なく眺める。


自分が話せることはないのだが

彼は自分に問いかけてくれる。


今日みたいに〝よう。〟とか

〝もうそれ考えるのやめたら?〟とか、

悩んでるときは〝そういうときもあるって。〟なんて言ってくる。


それになんとなく救われている気がして、

わたしはそれが好きだった。



時計をみると6時まで五分前。

そろそろ起きてもいいだろう。


自分の被っていたタオルケットを横で眠る人のお腹あたりにかけ、

静かにキッチンへ向かう。


前日の夜に作っておいた金平ごぼうを電子レンジへ入れ、

冷蔵庫から卵を出して卵焼きを作ると

お米が炊けたいい匂いが立ち込めてくる。


お味噌汁に味噌をとかしていると

炊飯器から音楽がなる、と同時に寝室からもぴぴぴとアラームが聞こえてきた。


食器を並べ、

温かい料理の盛り付けも済んだのに

寝室からは人が動く気配すらない。


いつものことだ。


もう朝ですよーいいの?遅刻するよ?と声をかけると、

いつものようにうーんと唸りながら

わたしに両手を伸ばす。


わたしはいつも通りその手を掴み、

体を両手で抱きしめながらその上半身を起こす。


「おはよう。」

そう言ってキスをして二人の朝が始まる。



わたしが味噌汁を差し出すと

「今日は…豆腐とワカメ、やった」と笑顔で受け取る、

そんな小さなことですら幸せを感じて

わたしも笑顔になる。


じゃこを自分のご飯にかけて食べるか聞くと

頷きながら「そういえば、猫の夢みた?」と聞かれた。


どきっとして、

なんで?と無意識のうちに聞く。


「時々あるんだけどさ、そういえば今日も日付変わるかどうかくらいのときちょっと目が覚めて…にゃあ。って言ってたよ。」


にゃあ?


夢の中でも口をぱくぱくするだけで、

そのときも日本語を使っていると思うんだけど…。


いつもみる名前のないそれについて、

なんだかもったいない気がして

誰にも話していなかったのだけど、

ついに話してみると、


「それって無意識に自分がしたいこととか、言ってほしいこととか、猫に夢見てるんじゃない?」

と言われる。


そうかもしれない。



彼はわたしの夢であり、

一番の友人であり、

なにより自分自身なのだ。



スッキリした気持ちで食器を洗う。


「じゃあ、そろそろ仕事いってくるね!

今日はお魚がたべたいな〜今日も家事よろしくお願いします!いってきますっ!」

そういって元気に飛び出していく。



一緒に住もうといってくれたあの人と過ごした凡そ二週間、

突然仕事を辞めたわたしに何を言うでもなく

自分の部屋で過ごさないか誘ってくれたこと、

本当に感謝してる。


近頃なんだか、

例の彼も以前よりのびのびしているように思うのは

そのおかげか。


仕事のクレーム。


対人関係。


終わらない仕事。


上からの指示。


ストレスを抱え、

上にも下にも相談できず解決できず、

生きることすら辛くなっていった自分にとっての

あの光のようなものは

あの人そのものではないかと思った。



色々なところに連れ出してくれた。


美味しいケーキを買ってきてくれた。


素敵な笑顔を見せてくれた。



一週間経ち、

それでも頼りっきりなのが申し訳無さすぎて

遠慮がちなわたしに、

家事とか起こすとか自分の世話をしてくれたら

それは立派な仕事だから、

雇う と言ってくれた。


そこからの一週間は

とても前向きな気持ちで

日々を過ごすことが出来ていると思う。


いままで勤めていた時間を家事に全力を尽くすと

家事の大変さを知るとともに

時間に余裕がうまれてきた。


そのとき、

もっとのんびり過ごしていいんだと

わたしに何かペットでも飼おうかと聞いてくれたけど、

わたしはもうずっと猫を飼っていたみたいだ。


気づいたいま、

これからは彼ともっとのんびりを

楽しんで生きていけそうだ。




さーて。

わたしも早いうちに買い物がてら散歩にいこう。



頭にいる飼い猫とともに。

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