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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

クリスマスイブ


 おはようと見知らぬ少女に声をかけられた。クリスマスイブの夜、彼女は裸足だった。

 僕らは屋上にいた。ここがビルかマンションかすらわからない。とにかく僕らは高い建物の屋上にいた、風に吹かれて彼女のスカートが揺れる。

 おはようを生むのは幻影だから嫌いだ、そう言うと彼女は笑って同意した。でも、おやすみも朝がはじまるだけでしょ? 意地悪な顔で問う。

 おやすみもおはようも幻影。アーリーモーニング、青い煙も風で掻き消える。けど、おやすみから始まった朝には甘い香りが残る。

 202号室みたいね、僕の答えに満足した彼女は歌いだす。

 いつまででもつづくと信じていたかったよ。おやすみとおはようの狭間、6分と20秒。でもあと数時間でクリスマスイブは終わる。君の逃走劇もね、と僕は付け加える。すると彼女は寂しげな笑みを浮かべ、呟いた。嫌だよ。

 嫌だよ、逃げるよ。一人だけど、それでも。ビルの光も、遠くにイルミネーションも灯っている。それでも逃げるよ。泣きたくないもの。

 彼女はそう言うと唐突に飛び降りた。数秒後に鈍い音が聞こえた。彼女の死ぬ作戦は成功したようだ。目の前で起こった事を理解できずに呆けていると、どこかから救急車の音が聞こえた。

 クリスマスイブに彼女は死んだ。見知らぬ、名前も知らない彼女は目の前で死んだんだ。どんどん遠くなる救急車の音と変わらずに光るどこかのビル。ここなら明け方、朝日が伸びる前に赤い地平線が見れる事知っていたら彼女は飛び降りなかったのかな。そんな事を思いながらおやすみ、僕は目を瞑った。


 おはようと見知らぬ少女に声をかけられた。クリスマスイブの夜、僕らは二人だった。

 僕らは歩道橋にいた。不思議と車通りは無かった。彼女は中学校の制服を着ていた。

 おはようは嫌いだと言うと知ってるよ、と。知ってるけど、それでも私はあなたにおはようって言いたかった。おやすみが白い月の浮かぶ朝を始めるのだとしたらおはようは青く甘い朝を始めてくれるのでしょ? そうだね、無意識中に返事をしていた。

 僕らは歩道橋にいた。僕らの他には街灯と信号機しか居なかった。だから唐突に彼女は一緒に踊ろうなんて言ったのだろう。僕は踊り方なんか知らない。その事を告げると笑いながら私もわからないわと。

 僕らは歩道橋にいた。歩道橋で拙いワルツを踊っていた。彼女は鼻歌を口ずさみながら、涙を流しながら。彼女が泣いている理由がわからない僕は目を瞑った。目を瞑って彼女の動きに体を合わせた。どこかでシャボン玉が割れる音が聞こえた。時計の針が10を指す音が聞こえた。

 瞼の中の、イメージの中の彼女は笑っていた。イメージの中の彼女は笑っている、そう強く思うことで目の前の彼女が泣いている事を忘れようとした。握っている手を強める事で忘れようとした。しかし彼女の手はそこに無かった。同時にクラクションと鈍い音。

 クリスマスイブに彼女は死んだ。見知らぬ、名前も知らない彼女は目の前で死んだんだ。僕は目を開ける勇気が無かった。逃げるようにイメージの中の彼女と踊り続けていた。


 おはようと見知らぬ少女に声をかけられた。クリスマスイブの夜、彼女は裸足だった。

 僕らは小さな駅のホームにいた。僕らだけが震えていた。寒さに、もしくは。

 彼女はkissを吸っていた。

 夜が明けなかったら良いのにね。シリウスが燃え尽きるまで。笑いたくないよ。窒息できたらなぁ。彼女はシャボン玉を飛ばすように煙を吐く。歌いたくないよ。歌えないから聞かないで何も。

 聞いたこともない彼女の歌声が頭の中で流れ出した。瞼の裏で踊る彼女は目の前で泣いている姿とは似つかない。何もないよ。そんな事言わないでくれ。なんて思っても何も言うことができなかった。何も言わずに彼女の煙を見ていた。

 彼女はいつか、春が嫌いと歌っていた。誰かが全部春のせいにすれば良いと言っていた。僕は何も言えない。彼女の言葉に何も言えなかった。

 昨日も明日も必要ないよ。三拍子、届かないwi-fiと眠ったフリ。結局私は×××××。酸素、苦しいな。何も必要ないよ。透明な川を泳ぐ魚みたい。繰り返し三拍子、私は明日もニュータウンに行けない。


 僕らは小さな駅のホームにいた。終電はもう過ぎているようだった。僕らは二人だけクリスマスイブに取り残されていた。

 僕は君の手を引いて線路に降りた。すぐそばまで来ているクリスマスから逃げたかった。逃げ切れないことはきっと君もわかっていた。それでも、君は逃げ出す事を選んでくれた。

 終わらせたくなかった。もしくは逃避として終わらせたかった。でも時計の砂が落ちる音は案外大きく、僕は踊り続けることができなかった。君は溺れなかった。息ができてしまった。息ができているから僕たちは死ぬことすらできない。息ができているから君は歌えなくなってしまった。

 聞いたことのない君の歌声が頭の中でリピート。何もわからない僕たちはクリスマスイブに逃げるしか無い。終わりの鐘の音を聞きたくない、僕はクリスマスイブに縋るしか無かった。君もそうだろう。だから君も一緒に駆け出したのだろう。

 暗くて何も見えなかった。それでも僕らは手を繋いで走り続けた。ここは二人だけの国ね、なんて君はおどけるだろうか。僕はただ前に足を進めた。明日が来ないように。

 突然、君が僕の背中を押した。ごめんね、これは私だけの逃避なの。あなたは息を上手にできるし私は息の仕方がわからない。ありがとうね。でも私は一人ぼっちで……。そこから先の声は聞こえなかった。


 気づいたら僕は小さな駅のホームにいた。時刻は12時を少し過ぎていた。クリスマスの夜、僕は一人だった。

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