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17-3. 帰還

 ふわりと冷たい風が頬を撫でる。ざわざわと風に揺られて、柔らかな草が擦れる音がする。ぼんやりとしていた視界が正常に戻ると、広い草原に立っていることに気がついた。


 辺りを見渡すまでもなく、瞬時にここが何処なのか理解する。この草原は覚えている、ミストーリの門の外だ。アイキが瞬時に転移の魔法を使って、ミストーリ城内から門の外まで転移してきたということだ。


 カシェルと二人で歩いた記憶が蘇る。となり町へと続く細い道、遠くに見える森と、目の前にそびえ立つ大きな門……。


「ルーセス、待っていたぞ」


 見知らぬ男女が、仰々しい大剣を持って立っている。水の精霊が言っていた、ルーセス王子の仲間なのだろう。


「悪いな……二人には苦戦を強いることになってしまうが……」

「構わん。ここは、わらわたちに任せよ」


 大剣を持つ仏頂面の女とルーセス王子が言葉を交わしているけれど、もう一人の大剣を持つ男は何も言わず、温顔に笑みをたたえて女の後ろに立っている。この男女も身形からして、ただの一国の兵というわけでは無さそうだ。ルーセス王子は星族を滅ぼすために、秘密裏に協力国を集めていたのだろうか。


 カシェルと訪れたイリース国のことを思い出す。たった数人ですべての星族を消し、結界を消してイリースという国を壊滅状態にした者たち。その”忌々しき魔法使い”であり、"国を救った救世主"である彼等と共に、オレは今、門の前に集結している。


 これが、カシェルと(こいねが)った未来だというのか。


「ラスイル、結界のところに案内してくれるか?」


 会話を終えたルーセス王子がオレに話しかけてくる。選択の余地もなく、オレは静かに頷いた。王子のことを恨むつもりもない。憎いとも思わない。


「かしこまりました。ご案内します」


 けれど、オレは星族(・・)として、ルーセス王子を許すことは出来ないのかもしれない。


 門に向かって胸を張り、堂々と歩きだすルーセス王子を追って、オレも歩き出す。コツ、コツ、と通路に響く足音が、時を刻むように――後戻り出来ないのだと警鐘を鳴らしているように――聞こえた。一歩、一歩、と踏み出す足を、こんなに重たく感じたことは今までに無かったかもしれない。


 門に入ると、門番の兵士たちが驚いた顔を隠しきれず、焦りながらもルーセス王子に敬礼をしている。その横を、堂々とルーセス王子と二人で通り抜ける。


 なるほど。オレになぜ星族の衣装を着させたのかを理解した。星族の衣装を着たオレと共に門の上階に上がれば、誰にも怪しまれずに安全に結界まで行くことができるからだ。ということは、ここまでは全て作戦通りということなのだろう。


 冷たく広い廊下を通り抜け、あの小部屋の側を歩くと、カシェルとディーンとの記憶が目の前を通り過ぎていくような気がした。


 まさか、こんな気持ちでここを歩くときが来るなんて、あの時は予想もできなかった。こんな日が来ることを知っていたら、オレはディーンとカシェルに、もっと違う話をしていたのだろうか……。


 上階に行くところでルーセス王子と前後を入れ替わった。相変わらず、この国の星族は深々と礼をするだけで、怪しむことも疑いもしない。まさか忌々しき魔法使いが目の前を歩いているとは、誰一人思いもしないだろうが。


 星族の無知を滑稽だと揶揄するも、オレ自身の立場とて、大して他の星族と変わらない。いや、本当に滑稽なのはオレの方だ。そんなことはわかってはいるけれど、今更どうすることもできない。ガサガサとかさばる衣装を振り払うように大きく腕を振りながら、さっさと星族たちの間を通り抜け、結界に触れられる最上階を目指した。


 狭い階段を上がり門の最上階に辿り着くと、綺麗な弧を描く結界とミストーリの城下街を一望した。前にカシェルと来た時と何も変わらない。


 結界の起点。いや……この結界には、起点も終点もない。


 結界に近づくに連れて、光輝くカシェルが見えた気がした。白く、儚げに微笑んでいたカシェルも、もうここにはいない。


 オレは後ろを振り返り、ルーセス王子の顔を見据える。もう、後戻りは出来ない。


「ルーセス王子。此処ならば、結界に直接触れることができます」

「ラスイル、感謝する」


 王子は目尻を下げて微笑むと、スッと手を伸ばして、オレの胸元に当てた。思案するまでもなく、王子は魔法を使うつもりなのだとわかった。用の済んだオレを消すつもりかもしれない。


 それでも、抵抗しようとも命乞いしようとも思えなかった。ここで消されてしまえばそれまでのこと、本当に終わるときは、実に呆気ないものだ。そう思いながら、僅かな覚悟を決めてふっと目を閉じた。その刹那、王子が魔法を使うのがわかった。


 王子が触れている胸元に、大きな光の魔力を感じる。この結界に触れたときのように底無しに魔力が溢れてくるのを感じて、思わず目を開いた。


 ルーセス王子はオレを消すのではなく、その魔力を分けてくれたようだ。星族であり、尤異であるオレにどうしてそんなことを……


「星族に直接オレの魔力を渡したことはない。オレの魔力でラスイルがどう変わるのかはわからない。オレの判断は間違っていないと思いたい」

「……ルーセス王子、感謝します」


 何を言って良いのかわからなかった。ただ、底無しに魔力が身体に満ち溢れてくるのを感じて、無表情のまま王子を見つめていた。


 王子はオレから手を離すと、視線を落として冷笑する。


「無事を祈ろう、ラスイル」


 無事を祈る……?


 王子が目を細め、結界に手を翳す。オレも同じように結界に触れた。結界からじりじりと魔力を感じる。


 そういえば、今までに結界を守ることはあっても、消したことは無い。結界が消えた時に何が起こるかを王子は知っているのかもしれないが、オレは知らない。イリース国のように魔物が押し寄せるのだろうか。


 何もわからないまま、オレはゆっくりと目を閉じて、魔法を使った。

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