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2. 結界

 次の日の早朝、オレとカシェルは門の最上階へと上った。最上階からは結界の全体がぼんやりと輝いて見える。先日まで居た国に比べると随分としっかりしている結界のようだ。オレたちの前に居た結界役が、手を抜かずに管理していたのだろう。


「完璧。こんな完璧な結界を見たことない」

「オレたちが手を加えなくても大丈夫そうだ……サボるか」

「……サボる?」


 カシェルがオレをじっと真顔で見つめてくる。


「なんだよ。完璧ならいいだろう?」

「ラスでもそういうこと考えるんだね。真面目なのに……面倒くさがり」

「最後のは余分だ。面倒な訳じゃない。手を加える必要はないだろうと思ったんだ」

「……そっか。そうだね、ラスの言うとおりかも」


 カシェルは結界に触れたまま、目を閉じる。結界の光に、カシェルの顔がほんのりと照らされる。銀色の前髪が光に反応するようにふわりと揺れる。

 そのまま薄っすらと目を開くカシェルが、そのまま結界に消えていってしまうような気がする。いつものことだが、そんな錯覚をしてしまう程に、殊異は美しい。


「ねぇ、ラスイル。此処から少し離れた町に行ってみよう? そこも管理するようにってゼルクが言ってたでしょ?」

「……明日でいいだろう?」

「別に、暇なんだし……今から行こうよ。ねっ?」

「まぁ、それでもいいけど……」


 カシェルから目をそらす。オレは、カシェルに特別な感情は持っていない。パートナーとして、同じ星族として大切に思い、守るべきだとは思っている。


 目下に広がる城下町を見下ろした。この国も他の国と同じにしか見えない。兵士や商人などの働いている人、子連れの親子、ただ町を散歩をしているような人……オレたちが彼らと関わることは無い。彼らを守るために、結界を守るだけだ。


「ねぇ、ラスイル。今まで私たち何ていう国に行ったんだっけ……」

「さぁ、いちいち国の名前なんて覚えていない」

「普通は覚えてる。覚えないのはラスくらいだよ」


 カシェルは結界から離れる。門の中に戻ろうとしたところで、突然ピタリと立ち止まったと思うと、ふわりと微笑んで振り返った。


「ねぇ、ラスイル? 今、私達が居るこの国の名前も知らない?」

「さあ、なんだったかな」

「もう……この国の名前はミストーリ。覚えておいて。この国は、他の国と違うからね」

「他と違う?」


 カシェルの言っている意味が理解できずに首を傾げていると、一緒に行こう、という意味だろう。カシェルがにこにこしながら手を差し出した。


「行こう、ラス」


 カシェルの手を取ると、その温もりを感じた。そのまま手を引かれ、下へと続く階段を降りた。


―――――――――――――――


 門番の兵士に道を聞いて、カシェルと二人で隣り町まで歩く。乗り物が"黒の魔物"に襲われることが度々あったらしく、今は町から町へと移動できる乗り物が無いようだ……計算外だった。

 バサバサと服の裾が風に(なび)く。人の歩くところだけが踏み固められて道になっている。限りなく続く草原。少し離れた所に森が見える。


「綺麗な草原。風が気持ちいい! こんな所を歩くのは生まれて初めてかもしれない!」


 カシェルは楽しそうだ。上着を脱いで、身軽そうに歩いている。いつもフードに隠れている長い髪が、サラサラと風に揺れている。


「ラスは、歩くの好き?」

「好きじゃない」

「なんで? 気持ちいいのに」


 カシェルは突然、オレの手を掴むと走りだした。少し振り返り、戸惑うオレを見ていたずらっぽく笑う。


「なんだ――?! なんでっ、走るんだっ!」

「だって! 楽しいからっ!」

「楽しくないだろ!」

「楽しいよっ!」


 オレの方をチラチラと振り返りながら、満面の笑みで走っているカシェルを見ていると、こっちまで笑えてきた。何が楽しいのかなんてわからないけれど、たまにはこうして外を歩くのも悪くないなと思った。


 道なりにずっと歩き続け、ようやく隣り町に到着すると陽が傾きかけていた。こんなに時間がかかるならそう言えばいいものを、門番の兵も聞かれたことにしか答えない。


「人目がなくて、ちょうどいいかな」


 町外れにある結界の起点に立つ。結界には、起点と終点がある。一般人には見ることさえ出来ないのだろうが、オレたちのような星族は触れただけでその結界の強さや流れがわかる。


「ラスイル、これは……!」

「うん……かなり、弱っているな」

「私、終点に移動するね」

「……頼む」


 結界は、いつ消えてもおかしくない程に傷ついている。今朝見た結界とは大違いだ。この差は放置されていたとしか思えない……前の結界役は、この街に来ていなかったのだろうか。


 目を閉じて結界を隅々まで確認する。そのうちに結界からカシェルの魔力を感じた。終点に着いたのだろう。オレはそのまま結界に魔法を使った。弱った結界の傷を修復するのではなく、上にもう一枚の結界で覆うようにすると、結界の輪郭が光り、下の結界と馴染んでいく。カシェルの魔法と重ね、綺麗な半円を描くように意識した。


 巧く出来た――そう思った時、背後に殺気を感じ、結界から手を離して振り返る。


「しまっ――!」


 例の"黒の魔物"が猛スピードで飛んできて、オレの肩を漆黒の爪で切り裂いた。その勢いで地面に叩きつけられる。


「くぁっ……!」


 激痛が走り、衣装が血で染まる。急いで起き上がると次の攻撃を避けつつ、魔法を放つ。


「ゥウアァァ……!!」


 黒の魔物は呻きながらバサバサと漆黒の翼を動かし、苦しそうにもがく。そのまま、鋭い眼でこっちを睨みつけてくる。動きを止めるために、その翼に切り裂く魔法を使った。光の筋が重なり、片翼が消えた。

 それでも黒の魔物は、怯まずに飛び上がろうと翼を羽ばたかせる。飛べないとわかったのか、次の瞬間、その漆黒の眼が更に黒く光ると風の魔法を放った。


「魔法などとは厄介な――!」


 光の壁を作り防ぐものの、防ぎきれずにあちこちに切り傷を負う。そのまま怯まずに風の魔法に立ち向かうと、魔物の頭部を狙い、矢を射るが如く魔法を放つ。魔矢は見事に魔物の頭部を貫いた。


「ラス――――!!」


 駆けてきたカシェルが閃光の魔法を放つと、魔物は光の中へと消えていった。その周囲にハラハラと漆黒の羽根が舞う……やはり、死に際まで気持ちの悪い奴だ。確かに、普通の魔物とは違うかもしれない。


 気が抜けて、オレはその場に座り込む。肩の傷が痛い……。


「ラス……大変! 今、癒すから!」


 カシェルはオレの傷ついた肩を両手で覆うようにして光らせる。困ったような、悲しそうな目をしながらも、真剣な表情をしている。


「……ありがとう、カシェル」


 オレはその場に倒れた。結界を修復した後での戦闘は、思いのほか魔力を消費したようだ。草の匂いがする。本当に……尤異(ゆうい)なんて、損しかしない。


 カシェルが倒れたオレを、横に座って覗き込む。そのまま目を細めると、複雑な表情をした。


「ラスイル……死なないで……!」

「死んでないよ、よく見ろよ」

「だって……突然、倒れるんだもの」

「疲れただけだ……結界は?」

「うん、すごく綺麗に出来たよ」

「……そうか。手を離すのが早過ぎたかと思ったんだ」


 肩に感じる温もりは、カシェルの光の魔法だ。とても……温かい。


「カシェル、オレと組むのは損だろう。尤異は魔物を呼ぶから」

「そんなこと気にしてるの?」

「それはそうだろ。カシェルにも危険が及ぶ」


 カシェルは癒すのを止めて、またオレを覗き込んできた。夕陽に照らされたカシェルの髪は橙色に染まって見える。

 そのまま、カシェルはオレに寄り添うように横になった。……疲れたのかもしれない。


「ねぇ、ラスイル」

「なんだ。疲れたのか?」

「……星族は、つまんない」


 思いがけない言葉に驚く。 


「ラスイルは、私にとって特別なの。感情が……あるから」

「他の星族は、感情が希薄ということか?」

「うーん、そうだけど、そうじゃない。他にも感情のある星族は存在する。でも、ラスイルは特別なの」

「……よく、わからない」


 視線を感じてカシェルのほうを見ると、すぐ真横でオレをじっと見ていた。こんなに近くでカシェルを見つめたことは無かった気がする。何も言えず、少しの間カシェルと見つめあっていた。


「ねぇ、ラス。私たち星族なんて辞めようよ」

「辞めるって……?」

「私、門の上から町を眺めるの嫌い。あっち側に行きたいの」


 星族を辞める。そんなこと、考えたこともなかった。何と言ったらいいのかわからず黙っていたけれど、カシェルはオレから目をそらさない。どうしたらよいのかもわからなかったけれど、なんとなくオレは、カシェルの頭を優しく撫でた。柔らかな銀色の髪が指にまとわりつく。


「やっぱり……ラスは否定しないんだね」

「……そうだな」


 カシェルはふんわりと微笑むと、突然、その場に立ち上がる。


「でも、今はまだ時期尚早かな」

「なんだよそれ」

「星族は、いずれ滅ぶ。それはそれでいいけれど、ラスには死んで欲しくない」

「滅んだら、結界はどうなるんだ」

「要らないのよ、こんなもの」


 カシェルは結界を見つめて、冷たく言い放つ。二人でさっき修復したばかりの結界なのに。オレは、起き上がると肩を押さえた。傷口は塞がったようだが、ズキズキと痛む。カシェルが急いでオレの横にしゃがみこんで、手を重ねる。


「まだ……痛い?」

「うん、でも、カシェルが癒やしてくれたから」


 オレはカシェルに微笑んで見せた。でもオレはカシェルみたいに巧く笑えない。オレの笑顔に驚いたのか、カシェルは目を丸くしたけれど、すぐに(うつむ)いてしまった。どうせなら、変な顔だと罵って欲しかった。


「私は星族が嫌い。星族の私には未来がない」

「未来……?」

「普通の人みたいに、結界の中で暮らすのもいいと思うの」

「結界の中か……どうなんだろうな」


 オレは、曖昧な返事しか出来なかった。星族は、結界を守るだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。


 今までも似たようなことはあったのに、どうして今日はそんなことを言い出したのだろう。オレの返事が期待通りでは無かったのか、カシェルは落胆したような顔をして立ち上がった。


「……ラス、帰ろう。また魔物が来たら大変」

「そうだな……」


 星族の魔法で国に移動した。星族ならではの、門のある国に転移することができる魔法だ。隣り町に行くのは大変だが、どこに行っても帰りは一瞬で帰って来られる。

 オレとカシェルは報告の後、それぞれ自室に戻った。門に帰ってからカシェルは無表情で感情が希薄な、星族らしい振る舞いをしていた。星族を辞めるなんて出来ないことくらい、オレもカシェルも分かっている。オレたちは、死ぬまで星族だ。知りもしない、知ることもない人たちを守るためだけに存在している。


 ……あっち側に行きたい。


 カシェルは、そんなことを思いながら門の下に広がる町を見ていたんだ。でもオレは、あんな毎日は御免だ。仕事やら、恋人やら、自分で背負ったものに嫌な顔をしながら忙しなく同じような日々を過ごすくらいなら、結界とカシェルだけを守っている方がずっといい。


 肩の痛みはかなり和らいできたものの、まだ痛かった。眠るにはまだ早かったこともあり、オレは門の最上階にひとりで登った。どこの国に行っても、星は同じように輝いている。夜風が冷たく、肩の傷に染みた。

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