1. 星族
満天の星空の下、城と町を守る『結界』が、薄ら光を放っている。
この『結界』を守るのが、星族の使命。
全ての星族は、この世に生まれた時からその使命を果たすべく訓練を受け、育てられる。『結界』を維持し、強化するためには、特別な光の魔法を使いこなすことができなければいけない。
「ラスイル、こんな所にいたの」
振り返ると、カシェルが真面目な顔をして、こっちを見ていた。深い翠色の瞳がオレを見据える。その瞳を見つめながら、話しかける。
「次は、何処の国だった?」
「田舎の、小さな国。私たちは、都会より田舎の方が向いてるのかな?」
「……向き不向きが有るとは思えないが?」
「うん……そうかな」
『結界』の強化のために、星族は定期的に国を移動する。同じ者がひとつの『結界』を長期間、維持することは無い。
オレとカシェルがこの国に来て半年程が過ぎていたので、そろそろ異動の通達が来る時期だと思っていた。オレとカシェルはパートナーなので、何処の国に行く時も一緒に異動になる。
「明日の朝、挨拶をしてから行くか」
「そうだね……」
翠色の瞳から目を逸らすと、瞬く星空を見上げた。
空気が澄んでいるのか、いつもより多くの星が輝いて見えた。
――――――――――――――
星族の中でも、光の魔法を使いこなし、結界に触れることができるのはごく僅かで、定期的に異動するのも数人程度だ。オレは、星族の中でも稀に生まれる『尤異』で、魔力の器が他に比べて大きいのだと言われてきた。
訓練を受ける星族の本拠地で、オレとカシェルは出会った。カシェルの銀色の髪と深い翠色の目は、星族特有のもので『殊異』と呼ばれている。ただ、カシェルの魔力の器は『尤異』程ではない。
通達に記された国に魔法で転移すると、オレたちは『門』の近くに立っていた。
『門』はどの国も似たような造りになっていて、城と、その城下町を囲うように建てられている。その上階には星族が住み、下階では各国の兵士たちが番をしており、星族だけではなく、人の出入りは全て管理されている。門の大きさは城下町の広さに比例しているようで、草原にそびえ立つ小国の門とはいえ、それなりに大きい。
「小さな国って書いてあったけど、大きい門だね」
「そうだな……」
ふと、何かの気配を感じて空を仰ぐ。上空から黒いものが降ってくるのが見えた。
「なんだ……?」
カシェルとオレはほぼ同時に足を止めて、それを見ていた。
「―――魔物だ」
真っ黒な翼の魔物が、バサバサと羽ばたきながら飛んでくる。オレは魔物に向かい、腕を伸ばした。尤異には魔物が寄り付きやすい。おかげで魔物と対峙することは他の星族に比べると多いのだろう。
―――ザッ!
魔物の攻撃を避けつつ、魔法を放った。白い閃光が魔物を包み込むようにじりじりと灼く。その光から逃れようと、魔物が翼をばたつかせて暴れてる。
星族の衣装は動きまわるには適していない。バサバサと長い布がごわつく。
「はぁっ――!」
カシェルがサッとオレの隣りに立つと、怯んだ魔物に魔法を放った。片翼が光に灼かれて消滅すると、バランスを崩した魔物がゴトンと地面に転がり落ちる。
「ウゥゥ……!」
呻く魔物に、オレは再び魔法を放つ。光がチカチカと瞬くと、魔物は姿を維持できなくなり、片翼をばたつかせながら光の中に消えていく。徐々に光が収束していき、魔物の気配は消えた。
パン――――!
「……ひゃっ!」
「なっ……?」
消えたと思った光が、弾けるように辺りに散った。その光が徐々に黒くなり、漆黒の羽根へと姿を変えていく。ひらひらと舞い落ちる羽根は、地面に触れるところで、風に消えた。
「……気持ちの悪い魔物だな」
「うん……今の魔物、見たことない」
「確かに、初めて見たな」
首を傾げているカシェルを横目に、服をパンパンと叩き、服装を整える。
「……まぁ、国が変われば魔物も変わるだろ。魔物退治はオレたちの仕事じゃ無い……この国の兵士に任せておけばいいさ」
「……うん、そうだね」
門に入る前から魔物に襲われるとは、何かの凶兆のようだ。またあんなものが降って来られても困るので、オレたちは少し急ぎ足で門へ向かった。
すぐそこに見えていた門の入口を跨ぐと、広い通路を奥まで進んで行く。どこの国も似たようなものだが、石に囲まれた通路というのは、足音が異様に響く。通路の先に立っていた門番と話を済ませると、星族が住む上階へと上った。
「お待ちしておりました」
階段を上がりきったところで、一人の星族が待っていた。互いに礼を交わす。
「もうしばらくで王子との面会時間となります。客室への移動をお願いします」
「了解しました。何か、王子に伝えておくことはありますか?」
「我々から王族への報告はありませんが、恐らく、王子から"黒の魔物"についての報告があると思います」
「黒の魔物……さっきの魔物のことかな?」
オレはカシェルと顔を見合わせる。
「お二人で倒されたのですか。流石は尤異と殊異。この国の兵士は苦戦する様子で、被害が多く出たようです。我々星族は、あの"黒の魔物"と"忌々しき魔法使い"、何か関係があるのではないかと考察しております」
「随分と……警戒してるな」
忌々しき魔法使い……なんて、星族に伝わる伝承のようなものだ。結界を破壊し、星族を皆殺しにする、星族にとって最凶の存在。
「この数カ月の間に、二つの結界が"忌々しき魔法使い"によって消されています。ラスイル様もそれは御存じですよね?」
「ああ、まぁ……知っているけれど、誰かがその魔法使いを見た訳でもないし、憶測なんだろ?」
「あの"黒の魔物"と"忌々しき魔法使い"の現れた時期が、酷似しています」
「それはそうかもしれないが……そこまで強い魔物でもなかったけれど……?」
カシェルが小さく、咳払いをした。
「いえ……普通の魔物からは感じられない魔力を感じました。あの消える時の姿も、他では見たことがありません」
確かにカシェルの言う通りかもしれない。あの羽根は悪趣味というか、気持ちが悪い。カシェルはそれ以外にも何かを感じたのだろうか。
オレたちは再び、星族に礼をすると客室へと向かう。門の中はどこの国も同じような構造なので、初めて来た国でも迷うことはない。客室だろうと思しき部屋の扉を開けると、何の装飾も無い石の壁に囲まれた部屋に、椅子とテーブルが並んでいた。オレとカシェルは部屋に入り、横に並んで座った。
星族は基本的に、星族以外の一般人とは関わらない。ただし、一部の王族とは面会し、結界の状態や周辺地域の情報を交換し、共有する。今日のところは王子と顔合わせ程度の面会だろう。
「王子様……どんな人なんだろうね」
「さぁな。どんなのだっていいよ……話すことは決まっているし」
オレはそう言いながらフードを外す。星族は深いフードを被っているので、表情が見えにくい。いちいち話す相手の表情を気にする必要がないから、余計なことを考えなくて済むのは良い。けれど、オレは単純に視界が狭くなり鬱陶しいので、他の星族の目につかないところでは、フードを外すのが習慣になっていた。
髪を手で整えていると、カシェルもフードを外して、頭を左右に軽く振った。ゆるく巻かれた長い髪が揺れる。
「王子様に、変な目で見られちゃうかも。星族なのに頭を隠してないなんて」
「そんなこと、いちいち気にしないだろ」
「そうかな……?」
カシェルはフードを浅く被り直すと、髪を隠すようにフードの陰へと落としこんだ。
しばらく待っていると扉が開き、星族に連れられて王子と思しき男が部屋へと入ってきた。きちんとした身形の、王族らしい男だ。オレとカシェルは席を立ち、深々と頭を下げる。王子がオレたちの向かいに座ったのを確認すると、定型句を話す。
「ご足労いただき、感謝します。我々が、本日より面会させていただく結界役の星族となります」
「……了解した。私はこの国、ミストーリの第一王子でディーンという。よろしく頼む」
「ラスイルと申します。よろしくお願い致します」
オレとカシェルは、もう一度、深々と礼をした。王族とは揉めたくないので、それなりの態度を見せておかなければならない。頭を上げながら王子に目を移すと、オレとカシェルを見て僅かに微笑んだように見えた。だが、王族が星族に微笑みかけるなど、聞いたこともない。余程良いことでもあったのか……オレの気のせいだろうと思い、席に着く。王子はオレたちが座ったことを確認すると、話を始めた。
「最近は黒の魔物の目撃報告も減りつつある。貴君らのおかげだろう。感謝申し上げる」
「とんでもごさいません。我々は結界を守っているだけです。きっと、この国の兵が優秀なのでしょう」
王子に謙遜して受け答えをする。その"黒の魔物"なら、ついさっき見たばかりだが……そんな報告はしない方が賢明だろう。
「結界は、貴君らに任せることになってしまうが、何か異変があったら直ぐに呼び出してくれて構わない。星族とは良い関係を続けていきたいと思っている」
「かしこまりました」
「ありがとうございます。ディーン王子」
オレに続けて、カシェルが突然口を開いた。慌ててカシェルを見ると、王子の顔を見つめて笑顔を振り撒いている。全く……いつもそうだ。カシェルは深く考えない。王子の愛想笑いのような表情に反応したのだろう。当然のように王子は、カシェルの顔を見て驚いた表情をしている。
「貴女は……」
「カシェルといいます。よろしくお願いしますね、王子様」
カシェルはさらりと名乗り、にっこりと微笑んだ。王子は戸惑いながらも笑顔を返す。
「こちらこそ、よろしく頼む」
カシェルは、いつでもどこでも穏やかな空気を作り出す。場の空気を読む、ということをしない……と言うよりは、出来ないのだろう。だからこそ必要以上に喋らせないようにしていたのだが……。
「ラスイル、がんばろうね?」
「ああ……うん……」
カシェルの所為で、オレは何も言えなくなる。どうしたら良いかわからずに目線を泳がせると、王子は少し驚いたような表情でオレを見ていた。
「な、何か……?」
「いや……」
王子は、何かを言いかけてやめるように視線を落とした。そのまま、さっと立ち上がると表情を戻す。面会の目的は果たしたと思ったのだろう。
「それでは、今日のところは国務があるので、私はそろそろ失礼する」
「有り難うございます。感謝致します」
オレとカシェルはその場に立つと、また深々と礼をした。
――――――――
それから、何人かの星族に挨拶をしてまわった。星族は基本的に感情が希薄だが、この国はその傾向が強いのかもしれない。誰もが無表情のままで、ただ生きているだけの人形みたいな奴らだった。
いつも隣で微笑んでいるカシェルは、星族としてはかなり変わっているのかもしれない。けれど……とても貴重な存在に思えた。
その分、気苦労は絶えないが。