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11. 眼に光を、心に希望を

 食事を終えると、ある小部屋に招かれた。乱雑に物がたくさん置かれていて、壁にはずらりと本が並んでいるので、特別な倉庫か書庫なのだろう。埃を被った武具や木箱を眺めていると、ディーンが奥からひとつの古めかしい箱を持ってきた。それを王妃様が受け取ると、カシェルへと向き直る。


「カシェル、これは貴女のものです」


 王妃様はそう言うと箱をゆっくりと開ける。そこには、子供のおもちゃやミストーリの国章、装飾品などが入っていた。カシェルは、その箱の中身をじっと見つめていたけれど、そこからひとつ、腕輪を手に取った。


「これは……見覚えがあります。お母さんがいつも付けていた……」


 腕輪をじっと見つめてから、カシェルは王妃様に微笑んだ。ずっと前に、兵士の運んできた遺留品が、時を越えてあるべき所に戻ってきた瞬間だった。


 それからもオレたちはそのまま、王妃様の命令通り城にいた。案内されるまま部屋を幾つか回り、オレとカシェルは城の住人として居座ることになった。オレにもカシェルにも、自室としてひとつの部屋を宛てがわれた。


 何をしたら良いのかもわからずにただ、そこにあった椅子に座ってみた。


 ……星族をやめたのだと思いつつも、何も実感が湧かなかった。明日から、この国の王子に仕える兵士として生きていく。結界を守るでもなく、カシェルを守るでもなく。


 門にはもう、戻ることは無いのだろう。きっと、この城の中で守られながら生きていくんだ。そのうちに、少しずつ実感が湧いてくるのかもしれない。


 けれど……ここが、カシェルの言っていた"あっち側"なんだろうか。


 しばらくすると、ディーンと使用人が部屋にやってきた。星族の衣装しか服を持っていないオレに、ディーンは何枚か服をくれた。その後、使用人から城内での生活のことをいろいろと教わった。星族と似たようなこともあれば、全然違うこともたくさんあった。


 ――――――――――


 次の日、オレとカシェルは兵士の服を着てディーンと共に行動した。とは言っても、オレたちは何もすることが出来ず、ただディーンの後ろで並んでいただけのような気もするが。


 ディーンは城の中をあちこち移動して回るし、オレたちは巧く表情を作ることも出来ず、落ち着かなかった。ディーンは王子として兵士たちや使用人たちと話し、指示をして城の中がうまく機能するようにしていたのだろう。それ以外にも、他国からの知らせや国内の知らせなどを確認しては、兵や使用人を走らせていた。


 人は、話す相手にあわせて表情を変えて、笑い、怒る。それ以外にも、いろいろな感情を持っている。今日は、オレたちや王妃様といるときのディーンとは違う、第一王子としてのディーンの顔が見られた。


 広い廊下を歩いているときに"門"が視界に入った。星族は門からは出てこない。此処には絶対に来ることはない。そうわかっていても、思わず視線をそらした。オレ達がいなくなったことに、他の星族もララファ様も気がついているだろう。周辺の町や、前にいた国を探しまわっているのかもしれない。


 あっという間に時間は過ぎていき、任務を終えたオレたちは、それぞれの部屋へと戻った。


 やがて城内も静まり返り、窓の外は暗闇に染まった。カシェルのことが気になり、そっと部屋を抜け出した。


 ディーンにもらった服の中から、軽くて薄めのものを選んだ。布で出来た靴は足音がしない。夜は街に帰る者が多いのか、とても静かだ。昼間は常にざわざわと人の話し声や物音がしていて、あんなにもうるさかったというのに。


 昼にも通ったこの石造りの廊下は、今は月明かりでぼんやりと光り、冷たい。天井がないから、たくさんの星が瞬いているのが、よく見える。門で見ていた空と何も変わらないはずなのに、随分と違って見える気がした。


 星の意志……。


 ――我々の生きる、この星の意志によって『星族』は生まれた――


 そう教えられて、何も疑わずに信じていたけれど、違うのかもしれない。星族は他の人間と何も変わらない。何も。ただ……。


「カシェル……?」


廊下の向こうから、カシェルが歩いてきた。簡素な服装で、オレに気がつくと駆け寄ってきた。


「ラスイルのところに行こうと思ってたの。話がしたくて」

「オレもカシェルと話がしたかったんだ」

「そっか……よかった。どこかに行くのかと思った」


 カシェルが歩き出したのはオレの部屋の方向だった。オレはカシェルと冷たい廊下をひたひたと静かに歩いた。


 カシェルの白い服が髪の色と重なり、月明かりに照らされている。白く、美しいカシェルは、その翠色(みどりいろ)の瞳だけで、生きていることを証明しているように見えた。


星拠(せいきょ)には本当に行きたくなかったの。ありがとう……ラスのおかげ」

「ディーンと王妃様のおかげだよ」

「でも、ラスが話をしてくれたからだよ……嬉しかった」

「うん……」


 カシェルはそれだけ話すと黙ってしまい、部屋に入るまで何も話さなかった。


 オレの自室に入ったカシェルは落ち着かないようで、指で髪をいじりながら、きょろきょろと部屋じゅうを見渡す。


「ラスイルの部屋と私の部屋……全然違う」

「そういうものなんだろう、きっと」

「星族の時はどこの国も、どこの部屋も同じだったから、変な感じがするね」

「確かに、そうだな」


 カシェルの言うとおり、門は全く同じ造りで、全く同じものが同じ位置に置かれていた。国が変わってもそうだったのは、星族の決まり、なのだろう。


「ラスイル、今日はたくさんの人に会ったね」

「うん。でもあまり話さなかったから、いいかな。話すのは疲れるけど」

「これから先もディーンに仕える。私たちはそれでいいのかな」

「……うん。オレたちは、ここで生きていけるだろう」


 カシェルは考えるように首を少し、傾けた。


「ルーセス王子様たち、ちゃんと上位星族を滅ぼしてくれるかな」

「カシェルは……復讐したいのか?」

「……復讐?」


 質問に質問で返される。復讐したいという訳ではないのか。カシェルは、虚ろな目を泳がせながら言葉を選んでいる。


「ラスイル……私は、星族が嫌い。星族は全て、この星からいなくなればいいと思うの……それだけ」

「そうだな。オレもそう思う」

「……ラスイルは、いつも否定しないのね」

「……うん」


 カシェルを見つめた。


 オレたちはいつも無表情で虚ろな目をしている。ディーンに出会って、それを知った。ディーンはいつも忙しなく表情を変える。その目に光があり、感情があり、心がある。心が、生きている。その心に希望を宿し、いつも光を携えて生きている。


 でもオレは、生きているのに心がないみたいだ。希望もない……ただの、魔力の器。


「ラスイル……行こう?」


 カシェルがオレの手を握った。その腕には、昨夜の箱に入っていた腕輪が付いていた。決して派手ではないけれど、小さな石がひとつだけ付いていて、カシェルにとても似合っている気がした。……そして、それを見てカシェルの言葉の意味を理解した。


「……うん。カシェルは、ルーン湖に行きたいんだろう?」


 オレの顔を見て、嬉しそうにカシェルが微笑う。けれどもやはり、その笑顔はディーンや王妃様のような笑顔とは違う。オレもきっと、こんなふうに笑っていたんだ。


「うん……ラスイルと二人で行きたい」


 カシェルに、昨日までのようには笑顔を見せることが出来なかった。オレもカシェルも、やはり星族なんだ。


 ……星族は他の人間と何も変わらない。何も。ただ……。


 ただ……その心に、希望を宿すことは出来ないんだ。


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