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7. 荒野の一本道

 イリースの国を出てから、オレとカシェルは来るときに通った道を、戻るように歩いていた。魔法でミストーリに帰るのは簡単だったけれど、それをせずに、ただ黙々と土埃の道を進んだ。やがてイリース城も見えなくなってきた頃、ようやくカシェルが小さくため息を吐いた。


「……ラス、疲れた?」

「うん……そうだな」

「私も、疲れた」


 カシェルの言う"疲れ"が、身体的な"疲れ"を指していないことはわかった。普段オレたちは、あまり多くの人とは関わらない。一日のうちにカシェル以外の人と話さないことの方が多いのに、イリースでは実に多くの人と会話をした。昨日と今日で、一年分くらい他人と会話をした気がする。カシェルとはいくら話してもそんなことは思わないのに、不思議だ。


「人は、たくさんの会話をして意思疎通するのね。互いの距離を推し量り、言葉を選び、表情を作る。私たちがあまり表情を変えないことを、あの人は心が強いって言ってくれたけど、本当はどんな顔をしたらいいのかわからなかっただけ」

「うん……。カシェルでもわからないんだ、オレはもっとわからない」


 カシェルはオレを見て微笑んだ。カシェルもずっと無表情だったから心配したけれど、大丈夫そうだ。オレもカシェルに微笑んでみせた。


「私たち、ディーンに報告をしたら、またイリースに戻ることも出来るね。そうしたら、イリースで暮らしていけるかも」

「そうだな。でも、何かとクリスに駆り出されそうだ。穏やかに暮らせるようになるまでには時間がかかる」

「それでもいい。疲れるけれど……悪くない」


 続ける言葉が見つからず、会話が途切れる。このまま隣り町まで歩く気も無かったけれど、まだミストーリに戻る気になれなかった。前後に伸びる荒野の一本道を、ひたすら進んでいく。


「……でも、まだルーセス王子様に会ってない」


 カシェルが思い出したように、沈黙を破る。


「カシェルはルーセス王子に会ってみたいのか?」

「この服装なら、怪しまれないと思うけど……少し怖い」

「そうだな。でも、会ってどうする? お友達になろうって言うのか?」

「会ったら、お願いするのよ。あなたの魔力を私たちに貸してくださいって。それから……」

「それから? 他にもお願いがあるのか?」

「うん。上位星族を全部殺してってお願いするの」


 カシェルはそう言うと立ち止まった。さっきまでの笑顔が嘘のような冷たい眼差しに、戸惑う。


「……ラスは、生まれた時から星族だったの?」

「オレの両親は星族だから、生まれた時から星族だ。星族は皆そうだろう?」

「私は少し、違うの」

「違う……?」


 カシェルは表情を曇らせて、オレに何かを訴えるような眼差しを向ける。


「私は、ルンベルクという町で生まれ育った。大きな湖の湖畔にある小さな町で、よく弟と湖畔で遊んでいたの。弟も私と同じ殊異(しゅい)だった」

「カシェルは……元々は星族じゃなかったということか?」


 オレの質問に、カシェルはゆっくりと頷いた。そんなことは、全然知らなかった。そのままカシェルは視線を落とすと、ゆっくりと歩き出した。


「ある日、私たちの前に白い服を着た大人達が現れた。すごく怖くて弟と湖に逃げた。私は転んでしまって大人たちに捕まり、魔法で眠らされた。次に気がついた時には、大人たちと同じ白い服を着ていた。私は特別な力を持っている星族なんだって、選ばれた星族だからお父さんとお母さんから預かったって言われたの」

「預かったって……」

「うん……今なら分かる。私と弟は(さら)われたのよ、上位星族に。私のお父さんも殊異(しゅい)だった。お父さんはきっと、星族をやめて小さな町でひっそりと暮らしていたんだと思う。けれど、私たち姉弟は攫われた。私は、生き別れた弟に会うために、ずっと上位星族たちの言うことを聞いてきた。訓練にも耐えてきた」


 そうか……だから、カシェルは(うま)く笑うことができるんだ。星族になるまでは、普通の一般人として生まれ育ったから。


「でも……弟には会えない。ルンベルクという町も、どこの国なのかもわからない」

「オレも……知らない」

「うん、そうだよね。だから私のパートナーになれたんだと思う……」


 カシェルはオレをじっと見つめた。カシェルの言いたいことはわかる。オレたちがこのままイリース国に逃げ隠れても、いつかは同じことになると言いたいのだろう。カシェルの願いを叶えるためには、オレたちを捕えに来るであろう上位星族を全て滅ぼさなければいけないんだ。


 正直……オレはカシェルの願いを、やればできるんじゃないか、程度にしか考えていなかった。けれどカシェルは、一筋縄ではいかないことを知っていたから、その方法をずっと考えていたんだ。オレたち二人では、上位星族を殲滅することは不可能だ。でも、ルーセス王子ならそれが出来るのかもしれない。星族にとって忌々しき魔法使いであるルーセス王子が、唯一の希望となるのかもしれない。


「ルーセス王子様は、私たちの願いを聞いてくれるかな……」

「わからない……けど、星族を滅ぼすためにルーセス王子が戦っているのなら、オレたちと王子の願いは同じなんじゃないのか? ただ、闇雲に結界を壊して星族を殲滅している訳では無い気がするが……」

「うん……そうだよね、きっと……」


 オレもカシェルもそこから何も話せなくなり、荒野に立ち尽くした。ルーセス王子に希望を抱いたとしても、今のオレたちに出来ることは、もう……何も無い。


 ルーセス王子は今、どこで何をしているのだろう。この世界のどこかで、仲間たちと次に結界を消す国について相談でもしているのだろうか。


「……ラス、ミストーリに帰ろう」

「そうだな。ディーンに報告しよう」


 オレは、カシェルの手を握った。カシェルを守れるのはオレだけだ。上位星族からも、王子たちからも、魔物からも……あらゆるものからカシェルを守ろう。オレはきっと、そのために尤異(ゆうい)として生まれてきたのだ。そのために存在するんだ。


 オレとカシェルは無表情で見つめ合ったまま、移動の魔法を使った。

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