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9話 シメのチーズリゾット

「マスター、ドワーフ男に『後退』っていう選択肢はねえんだ」



 ズダァン!

 カウンターテーブルに中ジョッキを叩きつけるように置いて、オーガストは言う。

 カウンターの中でマスターは困惑していた。



「どうされました、オーガストさん?」

「実はな、今まで隠していたが……俺はブリギッテちゃんのことが好きだ」

「隠していた……?」

「彼女と俺とは幼なじみでな。昔はよく一緒に遊んだモンだが……今ではこの通り、疎遠っつーかなんつーか、特に幼いころからの知り合い感もなく、普通に常連客とウエイトレスの間柄でしかねえ……」

「……」

「俺の想いがバレねえ範囲で、色々マスターにも頼んで探りを入れてもらったりもしたが、そういうチマチマしたのは、どうにも性に合わねえらしい。そこで俺は……今日、今から、ブリギッテちゃんに告白しようと思う」

「なるほど」

「だからマスター、女の子に喜ばれるおしゃれなカクテルとツマミを教えてくれ」

「……」

「いいかマスター、あんたは人間だからわからねえかもしれないが……ドワーフ男は、女を胃袋でつかむんだ。うまいモン食って幸せな時に告白されたら、ついうっかり承諾する……そういうモンよ」

「『ついうっかり』でよろしいのですか?」

「ついうっかりでも! 承諾さえしてくれたら! そこから関係が進展するかもしれねえだろう!?」



 オーガストは中身のない中ジョッキを握る。

 マスターは困った顔のままだ。



「……しかし困りましたね。『おしゃれなカクテルとツマミ』と言われましても……私は『おしゃれかどうか』で食べ物を見たことがないのです」

「そりゃそうなんだろうが! なにかこう……なにかこう、なにか、ドワーフの俺が発想さえできないような、そういうあのアレは!」

「ふーむ……カクテルはシャンディガフでよろしいのでは? おしゃれかどうかはともかく、ご自分で召し上がったことのないカクテルを相手に渡しても、味の説明など求められた時に困りませんか?」

「必要なら……飲むぜ。味を確認するために」

「しかしあなたはお酒に強くないでしょう……すでに中ジョッキを一杯召し上がっていらっしゃいますし、今日今から告白するなら、その前に潰れてしまうのはよろしくないかと」

「……たしかにそうだな」

「まあ、日を改めるのが一番いいと思いますが」

「いや。明日になったらまたウジウジする自信がある。こういうのは思いついた時にやるのがいいんだ。今日できることは今やるのが、いい」

「では、カクテルはシャンディガフがいいでしょう。ツマミは――女子力高そうなのは『コブサラダ』や『シーザーサラダ』でしょうかね……? なんだか女性は野菜ばかり食べるイメージがあるので」

「人間の女はなまっちょろいからそうかもしれねえが、俺らドワーフは男女ともに肉だな。でも洞窟ネズミとイモは食べ飽きてるから勘弁な!」

「うーん。ちょっと失礼」



 マスターがカウンターの内側でなにかをする。

 そして、



「そういえばチーズはお好きでしたね?」

「オウ」

「でしたら、チーズリゾットなどいかがでしょうか?」

「うおおっ!?」

「いかがなさいました?」

「……名前からとんでもねえオシャレ波を感じてな」

「オシャレ波とは」

「なんつーか、俺じゃあこっ恥ずかしくて絶対に頼まないような名前だ。うん、いいじゃねえか。で、それはどんな料理なんだ?」

「召し上がりますか?」

「味は知っといた方がいいんだよな?」

「まあ……ブリギッテさんがチーズリゾットの味についてたずねた際、私が出しゃばって説明するよりも、オーガストさんがさらりと説明なさった方が、格好いいかと。それに、オーガストさんはお酒にはそう強くないですが、胃袋は別に小さくないでしょう?」

「だな! よし、マスター、じゃあ取材のためにチーズリゾットを!」

「かしこまりました」



 マスターがカウンター内部で手を動かす。

 そして、



「できました」

「手際いいな」

「このビアホールはメニュー一覧から選んでタップすると自動で料理がドロップするので」

「オウ! そうだな! で、チーズリゾットってのはどんなんだ?」

「こんなんです」



 コトリ、と真っ白い平皿が目の前に置かれる。

 中に入っていたのは、皿に負けないくらい白い――


 白い、なんだろう、これは。

 白い大きめの粒? の上に黒い極小の粒がパラパラと散らされている。


 湯気立つその料理は、たしかにチーズのいい香りがした。

 だが『リゾット』とはなんなのか――オーガストにはなじみのない料理である。



「リゾットというのは、簡単に言えば米をスープで煮込んで作る料理ですね」

「米ってのはなんだ?」

「私の故郷で主食とされている穀物です。ドワーフのみなさんにとっては……豆かイモあたりになるのでしょうか?」

「へえ。毎日食うもんか」

「そうですねえ……最近食べていないので、懐かしいですよ。炊きたてご飯に、みそ汁、お新香に焼き魚、納豆、玉子焼き……」



 マスターが遠い目をした。

 オーガストの認識だとマスターは『いつの間にか鉱山に出現したこのビアホールに最初からいた人間』なので、いつ、どこから来たのか一切不明だ。


 害がないので――どころかドワーフみんな喜んでここに酒を飲みに来ているので、そのあたりの不自然で不明瞭な部分には誰も触れない。

 迷惑をこうむらない限りたいていのことはどうでもいいのである――ドワーフはそのへん、他種族に比べて特に大ざっぱかもしれないが……



「失礼、チーズリゾットの説明でしたね」

「あ、ああ」

「米をスープで煮込んだものにチーズをからめて黒コショウを散らしたものです」

「お、おう……」



 基礎となる『米』がよくわからないので、その説明はなんかこうモヤッとしているが……

 マスターが調理工程などを熱心に紹介したがらないのはいつものことだ。

 ともかく食えということだろう。


 オーガストは一緒に出されたスプーンを手にする。

 チーズリゾットに差し入れた。


 持ち上げればネットリと糸を引く。

 これはピザでも見た現象だ。熱されたチーズはよく伸びるので、それだろう。


 香りはとてもいい――チーズ特有の、塩気がある、濃密な香りだ。

 とても胃袋を刺激される。


 口に入れる。

 すると香りはさらに濃厚に感じられた。


 噛めばチーズをまとった大粒の米は独特の食感がある。

 柔らかい。

 だというのに硬い。


 たっぷりスープを吸っているのだろう、噛むたび肉を思わせるうまみをしみ出しつつ、しかしただブヨブヨしているだけということもなく――

 そうだ、芯が少しだけ残っているのだ。


 これが米一粒一粒にしっかりした存在感を与えている。

 存在感、そして濃厚なチーズの旨み――

 それだけだとうますぎて食べている途中に飽きそうなほどだったが、わずかに感じるピリッとした味わい――黒コショウだろう――が、ちょうどいいアクセントになっている。


 オーガストは一口ぶんのリゾットをたっぷり時間をかけて味わい――

 コトリ、と皿の上に静かにスプーンを置いた。



「あー、こりゃいい。こりゃたまんねえ。すげー満足感ある」

「気に入っていただけましたか?」

「おうよ。なんだこの、俺でさえお行儀よく食べちまう料理は……すげーな。いいな。これならきっとブリギッテちゃんも満足する」

「よかった」

「じゃあマスター、悪いが、ブリギッテちゃんを借りてもいいか?」

「彼女本人が承諾すれば、かまいませんよ」

「そうか」

「……」

「…………」

「………………? ブリギッテさんを呼ばれないので?」

「いや、その……俺の代わりに呼んでくれるか? なんつーかこう、大声で呼びつけるってのもその……わかるだろ!?」

「なるほど」



 マスターは深くうなずく。

 そして「ブリギッテさん、ちょっと」と呼び出した。


 声に応じて寄ってきたのはディアンドル――胸元の大きく開いたロングスカートの衣装を身にまとった、ドワーフの女性だ。

 茶髪三つ編みにぷくぷくした短い手足、包容力のある胸部と腰部を持つ彼女は、幼い少女みたいな顔でカウンターそばに立ち、首をかしげる。



「なあに、マスター?」



 マスターは無言でオーガストを指し示した。

 オーガストはグラスを――いつの間にか用意されていたシャンディガフの入ったグラスを軽く持ち上げ、



「ブリギッテちゃん、一杯付き合ってくれねえか?」

「え、でも仕事中……」

「マスターから許可はもらってある。実はな、大事な話があるんだ」

「大事な話?」

「ああ、だから――うまいメシ食って、うまい酒飲みながら、幸せな気分で聞いてくれほしいんだよ」

「なんの話なの?」

「そうだな……」



 隣に腰かけるブリギッテを見つつ、考える。

 オーガストは、彼女の前にシャンディガフとチーズリゾットが提供されるまで口を閉ざし考えてから――



「これからも毎日うまいメシを食おうっていう話さ。これからは、二人でな」

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