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8話 スペアリブ

「そういやあマスターが一番好きなメニューはなんなんだ?」



 カウンター席の端。

 中ジョッキに注がれた生ビールをチビチビやりつつ、オーガストは言う。


 その問いに相手――チョビヒゲの生えた人間族の男性、マスターは行動を完全に停止した。

 ムーディな照明に照らされた店内。他のドワーフどもが『ガッハッハ』と笑う声と、食器の触れ合う音、カンパイでジョッキがぶつけられる音、それから聞いたこともないのになんとなく懐かしい音楽が流れ――

 マスターがようやく行動を再開する。



「ふーむ。一番好きなのは――スペアリブですかね」

「スペアリブ?」

「はい。骨付き肉を煮込んだ料理なのですが、この店のスペアリブはとてもおいしくてね」

「へえ……マスターにそこまで言わせるのか……微妙に他人事っぽいのが気になるが……」

「ご注文なさいます?」

「オウ! 頼む!」



 マスターがカウンターの影で手を動かす。

 ほどなくして、



「どうぞ」

「……煮込み料理だよな?」

「そうですが?」

「……ああ、そうか。そうだよな。煮込み料理だもんな。今煮込み始めるわけじゃねーよな」

「まあ、そうかもしれません。煮込み料理を注文を受けてから煮込み始めたら大変な時間がかかってしまいそうですね」

「なるほどなるほど。今回は適性時間だったってわけか」



 オーガストはうんうんうなずく。

 本当のところ、マスターの手際のよさは『不思議』を通り越して最近『無気味』の領域に達しつつあり、そろそろ料理提供の早さの謎を知りたいのだけれど……

 そこを気にしてはならないとドワーフ的直感が言うのだ。

 従おう。


 出てきた料理に集中する。

 それは骨のついた大きな肉塊であった。


 よく煮込まれてるのだろう、色は黒く、照りがあり、うまい煮汁がしみこんでいるさまが目でもわかる。

 さらに漂ってくるあまじょっぱい香り。



「ナイフとフォークをご利用で? それとも、手で?」

「手で平気なのか?」

「熱いってレベルじゃないです」

「じゃあなぜすすめた……」

「いえ、私は最初ナイフとフォークで食べるのですが、途中からめんどうになって手で食べることが多いので……ドワーフの方は手の皮が厚いとおっしゃっていましたし、まあ、いけるかなと」

「なるほど。じゃあ、手でいくか」



 ドワーフは『道具を使う』か『素手』かという選択肢があった場合、『素手』を選ぶことが多い種族である。

 昔は鉱山も素手で掘っていたとか――オーガストもそういう昔話をじいさんからよく聞かされたものだった。


 今、オーガストはじいさんが掘り進んだ鉱山で働いている。

 そうして思うのだ。

 素手じゃ絶対無理だ、あのジジイ話盛りやがったな、と――


 だがまあ、スペアリブは鉱山ではない。

 持った途端に突き指したりはしないだろう。

 そんな悪意のある料理がこの世にあってたまるかという話である。


 オーガストはぶっとい五指をそなえたデッカイ手で、スペアリブをガシッとつかむ。

 熱い――が、持てないというほどではない。


 右手で持って限界が来たら左手で持ち、左手で持って限界がきたら右手で持ち、その熱さを充分に楽しんでから――

 ガブリ、と噛みついた。


 分厚い肉のたまらない食感があった。

 だというのに顎に力を入れれば、簡単に噛みちぎれる。


 味は香り同様、甘く、そしてしょっぱい。

 香ばしさを感じるのは煮る前に一度焼いているからだろうか。


 トロトロの肉を噛んで噛んで噛んで……

 しみ出す濃厚で深みがあって、しょっぱくて甘い味を楽しんで……

 煮汁でべたつく指でジョッキをつかみ、中身をあおる。


 ビールが喉にすべりこみ――

 オーガストは、ダァン! とジョッキをカウンターテーブルに置いた。



「くううう! いけるな!」

「お手ふきをどうぞ」



 マスターが新しい手ふきをくれる。

 オーガストはまず指についた煮汁をなめ、それでもとれなかったベタつきをぬぐい――



「いやあ、肉は普段から食わないでもないし、色々調理法もあるが……これはなんていうか、仕事が丁寧だな?」

「ですよね。きっと私の知らない色々な工程を経て、この味にたどりついているのでしょう」

「そうだな……」



 なんでマスターが知らないんだ、作ってるのあんただろ――

 そんな言葉も出かけたが、まあ別にいいかとオーガストはビールをあおる。


 うまかった。

 だからそれでいい。


 ドワーフたちの夜はふけていく。

 今日も中ジョッキ一杯で、オーガストは気持ちのいいほろ酔い気分だった。

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