7話 ピザ
「マスター! 今日は大ジョッキでもらおうか!」
カウンター端。
『いつもの席』に座るなり、オーガストは野太い声で注文する。
カウンター内部ではチョビヒゲニンゲンのマスターが首をかしげていた。
「おや、オーガストさん、大ジョッキとは珍しいですね? ウチで三番目に大きなジョッキですが大丈夫ですか?」
今までオーガストは中ジョッキ、あるいはグラスでしか頼まなかった。
ちなみにビール提供の容れ物は小さい順に、グラス、中ジョッキ、大ジョッキ、ドワーフジョッキ、樽となっている。
一番出るのが樽だ。
ドワーフおかしい。
まあ、オーガストもドワーフなので、ドワーフのことをあまり悪く言えないが――
――今日は樽(一人用)までいかずとも、普段より多めに飲みたい気分だったのだ。
「聞いてくれよ! なんと俺に、姪っ子ができたんだ!」
「おや、それはおめでとうございます」
「オウよ! いや、姉ちゃんの子供なんだがな、これがまた小さくてかわいいんだよなあ! まあ生まれたばっかりなんでひと目見ただけだが、つーわけで今日はお祝いだ!」
「なるほど」
「そこでマスター、なんかお祝いっぽいツマミはあるか?」
「そうですねえ……ステーキ――は、あまりお好きでないんでしたっけ」
「ドワーフの主食は洞窟ネズミとイモだからな……焼いただけの肉は食い飽きたよ。ああでもローストビーフはうまかったぜ!」
「なるほど。ではまたローストビーフというのは?」
「こないだ食ったばっかだからなあ」
「では、ピザなどどうでしょう?」
「ピザ?」
「はい。ひと口にピザと言ってもかたちや具材などさまざまですが、ウチのはどうやら生地は薄く、四角い、マルゲリータのようですね」
「『どうやら』って、ここで出してる料理だろ?」
「そうですが、メニュー欄にあるだけなので」
「とにかくそれでいいよ。マスターは不安を煽りつつ出すメニューに間違いはねえからな!」
「では、少々お待ちください。できました」
「早いなあ!」
ありえない手際である。
ひょっとしたらただただ不安と疑問をふくらませるだけふくらませているかのような話運びは、すでに作っていた料理ができあがるまでの小粋な時間稼ぎなのかもしれない。
小粋というかこしゃくという感じだけれど……
ともあれ大ジョッキの生ビールがズドンと置かれ――
次いで、平べったい木製の台(皿とは少し違う)の上で湯気を立てる『ピザ』が置かれた。
それはたしかに薄っぺらく、四角い料理であった。
全体的な色味は、赤、白、緑だろうか。
赤いものの上に白いものが乗り、大きな緑色の葉っぱがトッピングされている。
見た目は間違いなく鮮やかで、うまそうだ。
だがそれ以上に食欲をそそるのは――
「チーズか!」
「はい」
ジュクジュクと未ださめやらぬ熱を受けて弾け続ける、真っ白なチーズ。
その酸味を主とする香りには、思わずヨダレが垂れるほどの魅力があった。
「チーズはなあ、高原のドワーフが作ってるんだが、これが疲れた体にしみわたるんだ。酸っぱくてしょっぱくて、たまらねえんだよなあ」
「おや、お好きで?」
「ああ!」
「ならばよかった。ピザもきっと気に入りますよ。さ、アツアツをどうぞ」
すすめられるまま――
マスターのジェスチャーを見て、『手で食うものだ』と察しつつ(マスターと会話を重ねると相手が言外に言いたいことを察する技能がどんどん身についていくのだ)――
よく見れば切れ込みが入っているピザの、四分の一ほどをつかみ、ちぎり、持ち上げた。
チーズが伸びて糸を引く。
湯気立つそれを、そのままガブリと噛む。
下の歯には、サクッ、という軽い歯ごたえ。
上の歯には――ヤケドしそうなほどの、アツアツのチーズやソース、そしてトッピングされた葉っぱの食感。
咀嚼する。
溶けかけた柔らかなチーズ、サクサクの生地、そしてチーズではないもっと果実っぽい酸味が口の中に広がり、最後になんともいえない爽やかな香りが残る。
赤い部分か、緑の部分か。
アツアツのピザはじっくり味わうことを許してくれない。
ホフホフとせき立てられるように食べる。
飲み込んで――
ビールを手にする。
大ジョッキの重みを感じながら口に運び、ゴクゴクとビールを体に流し込む。
アツアツだった口が冷まされ、チーズや他の具材が洗い流され、あとに残るのはほろ苦さと特有の甘み。
一気に四分の一ほど飲んで――
ズドォン! と大ジョッキをテーブルの上におく。
「くううう! 姪っ子!」
なぜ姪っ子と言ったのかは自分でもよくわからなかったが、とにかく幸福だった。
オーガストは深く長く息をつき、
「ハアアア……いいねえ、ピザ、気に入ったぜ!」
「ありがとうございます」
「さっきの話じゃあ、ピザって言っても色んな具材があるんだろ? 今食べたのは……」
「マルゲリータですね」
「そうそう、そのなんかこじゃれた名前のヤツだな! で、他にもあんのかい? 興味があるんだが」
「ウチにはありません」
「作れないのか?」
「私は料理が苦手でして」
「おう、そうだったな」
謙遜だろう。
普通に考えてこれだけ見事な料理の数々を提供しているのだ。料理が苦手なわけがない。
しかしなんか……
このマスター、マジで言ってるっぽい雰囲気しかない。
まあ、彼がいつでも落ち着いた微笑を浮かべているせいだろう。
彼の表情は年齢の他に本心まであいまいにしているのだ。
「まあしかし、いつか他のピザもアンロックされないとは限りませんので、その際にはご報告させていただきますよ」
「おう!」
アンロックとかよくわからない言葉をさも当然のように使われたが……
ドワーフは細かいことを気にしないのでスルーした。
あと知っても得をしない気がした。
こうしてドワーフとマスターとはなんだかんだ上手にやれているのだった。