5話 枝豆
「マスター、今日は暑すぎてあんまし飲めそうもねえ」
いつもの席――カウンターの端っこに来るなり、オーガストはそう言った。
彼の顔はやつれており、どことなく生気もない。
カウンター内部でマスター――チョビヒゲを生やしたギャルソンルックの人間――は、グラスを磨く手を止めて首をかしげる。
「では、どうなさいます?」
「今日はグラスで生をいただこうか。あとは……油っぽくなくて、食べやすいようなツマミはなんかないか?」
「それでしたら『枝豆』などいかがでしょう?」
「豆か……それぐらいなら食えるかな」
「ではお出ししますね」
言うとほぼ同時にグラスビールと小皿が提供される。
小皿の上にはなんとも不思議な物体があった。
緑色の、ナイフみたいな形状の植物だ。
妙にデコボコしており、なんとも不安になる造形をしている。
「そのちょっとでっぱった部分に『豆』が入っているので、押し出して豆だけ食べてください」
「ああ、外側は食えないのか」
「そうですね」
最初から剥いて提供してほしいな、と疲れ果てていたオーガストは思った。
ともあれ、枝豆を一房? 手に取り、マスターがジェスチャーしたように中身を押し出す。
すると、勢いよく飛び出した豆が喉にぶつかった。
「グハッ!? ぐえ、ゲホッ!」
「そうそう、意外と勢いよく飛び出すんですよね」
「わかってたなら最初から言ってくれよ!」
「すいません、失念していました」
マスターが謝罪する。
真摯な態度に見えるが、このマスターはこう、礼儀とか真面目さとかとは別な部分であんまり接客に向いてないような気配がないでもない。
ともあれ、口に入った豆を味わう。
味は――塩だ。疲れた体に染み渡る塩気。
咀嚼する。
オーガストはもちろん『豆』を食べたことはあるが、枝豆は他の豆と少々違うようだ。
普通の豆は、ちょっと硬い外皮を噛み破ると中からクリーミーなものが出てくる。
だが枝豆はなんというか――そう、ナッツに近いのだ。
豆特有の『ネットリ感』がない。
ほどよい塩気とわずかな青臭さ、そして小気味良い歯ごたえ。
モグモグ食べて、よく冷えたビールを一気にグラス半分ほどあおる。
「くうう! よかった、今日も酒がうまい!」
鉱山特有の暑気のせいで疲れ果てており、今日はビールをおいしく飲めないのではないかと不安だったが――
どうやら杞憂だったようだ。
それとも、枝豆のお陰だろうか?
なににせよ今日もツマミがおいしくて幸せだ。
「うーん、こうして飲んでみたら、もうちょっとぐらいいけそうな気がするんだよなあ」
「おかわりなさいますか?」
「いや、大事をとってやめとくよ。ああ、そうだ……その、マスター、ブリギッテちゃんに好みのタイプを聞いてくれたか?」
「……」
マスターの動きが完全停止した。
オーガストは首をかしげる。
「マスター?」
「……すいません、タイミングが合わず」
「そ、そうか! いやいいんだ。タイミングがあったらな!」
「……トーストをごちそうしましょう」
「なんで!?」
急な親切に困惑する。
だがまあ、ごちそうしてくれるならそれでいいやとオーガストは思った。
ドワーフは細かいことを考えないのだ。