エピローグ [君の為の、私だけの、英雄譚]
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それは語られない英雄譚。
そのお話の舞台の一つである西の大陸。そのとある戦場での戦いは、勇者アカツキに手によって終結した。
仲間達の奮闘、各国の精鋭部隊の連携や活躍もあり、どの国も死者を一人も出さずに長年の悲願であったドラゴンの討伐を成し遂げた。
正に勇者の奇跡だった。
称えられる勇者アカツキとその仲間達。みんなが祝福する。きっと歴史に刻まれる偉業だ。
……でも、それだけじゃない。
私だけが目の前で見た、とある一人の英雄さんがいる。
その人はアカツキさんの戦いの裏側で、ドラゴンどころか魔物一匹倒せず、ずーっと逃げ回ってて。
卑屈で、現実っぽくて、口が悪くて、泣き虫で、とても勇者とは言えない人だけれど。
自分の町の仲間達を、私を、命がけで守ってくれた。
けれど結局その英雄さんは目覚めるなりこう言った。
――――功績とか要らないから代休下さい。ちょっと勇者の真似事っぽいことしたけど、やっぱ俺には合わないし柄じゃない。何だかんだ、社畜みたいな生活が俺には合ってるみたいだ。だから勇者の労いとか注目の的だからホントに止めてください。
……だって。功績要らないから代休欲しいなんて、思わず笑ってしまう。
でもいつだってこの英雄さんは、自分の弱さも普通さも理解して、自分に出来る事を一生懸命にやる。
私はそんなあなたに救われました。
そんなあなたの物語だから、この物語は誰にも語られません。
私と、お友だちの隊長さんと、勇者アカツキとその仲間だけが知っている西の大陸の物語。
そして10歳の頃からたった一人、私だけが見て知っている、とある兵士さんの英雄譚。
◆ ◆ ◆
窓から日の光が差し込み、気持ちよく眠っていた俺の顔に容赦なく照りつける。……眩しい。
昨日カーテンを閉めるのを忘れていた自分を恨めしく思いながら、俺は起きることを決めた。
……清々しい朝。いや、どうやらもう昼前みたいだ。昨日はついつい夜更かししすぎたな。けれど今日は大丈夫。なぜなら、待ちに待った代休消化の日なのだから!
俺はうきうきしていた。やっと溜まっていた代休を消化する許可が出たのだ。むしろあそこまでしなきゃ代休は消化出来ないのかと少し悲しい気持ちになったり、元々の休みの日がずれ込んでいるだけと言う事実に目を逸らしたりしたけれど。
とりあえず新聞を読もう。俺は新聞受けに入っていた新聞を取りだし、椅子に座って読む。まあ、今日も見事にあのチート勇者様の記事でいっぱいだ。またあの掲示板の前でババアどもが騒いでるのかね。今日は警備じゃ無い俺には被害無いけど。アルベルトざまあみろ。
記事には先日決行された、ドラゴン討伐作戦の顛末について書かれていた。ドラゴンに子供がいた事が気づかれなかったのは、帝国の兵士の中に裏切り者がおり、情報を操作してたからと言う事。高度な魔法を学習していたのは、親のドラゴンの教育だけではなく、そういう専門の闇の調教師なるものが存在し、裏切り者と協力しながら極秘で教え込んでいたと言う事。そんな奴いんのか。世の中は広い。
もちろん討伐作戦最初のアクシデントも、彼らの手引きによるところが大きいらしい。簡易結界を破ったのはドラゴン自身だけど。
まあ、俺には関係の無い話だ。彼らは勇者の活躍で、無事にお縄になっているみたいだし。
……そう、結局俺は前と変わらない。下っ端の兵士として気楽に上司に文句を垂れ、勇者に嫉妬し、自分に出来る事だけをやる。根っから凡人の俺はなんだかんだ今の生活が気に入っていたみたいだ。
だからあんな事はもうごめんだ。クラリスの治癒魔法のお陰でずいぶん回復したが、まだ体の節々が痛む。
結局あの後あまりクラリスとも話す機会が無かった。彼女は忙しそうにしていたし、俺もなんだか気恥ずかしかったし。
あの勇者様とは少しだけ話をした。けど別に語るような事でも無いので誰にも言わんけど。
元々住む世界も、目的も違う連中だったから別にこれでいいさ。彼女らは俺には無い才能も、周りの期待もあって、やりたい事も、やらなきゃいけない事もあるんだからな。もう関わることもあるまい。
ただまあ、少しは応援してやるよ。世界を救う勇者様も。
……俺に、この異世界を生きてきた意味をくれた、あの女の子もな。
きっとあのたった一秒の為に、俺は異世界に転生し生きてきたんだろう。今までの何か一つが欠けても、あんな事はできなかったし、もう出来る気もしない。
きっとクラリスはこれからもっとたくさんの人を救う。その事を考えれば、少しだけ自分のその行動を誇れる様な気がしたし、これからも少しだけ胸を張って生きていけるから。
そんな風に柄にも無く感慨に耽っていると、コンコンと玄関のドアが叩かれる。なんだよイイ感じにまとめようとしたのに。
はいはーいと気だるく返事をしながら玄関に向かい、ドアを開けた。
「こ、こんにちわ。……来ちゃいました」
そこにはクラリスが立っていた。俺はたぶん驚き過ぎて変な顔になっていた気がする。
「な……なんでアンタがここに」
「きちんと今までのお礼がしたくて。だからアルベルトさんに、お家の場所とお休みの日を聞いて……すいません勝手に」
そう言ってペコリと頭を下げるクラリス。あの野郎、人のプライバシーをなんだと思ってやがる。けど多分プライバシーって単語があいつ理解できないな。
「まあ別に大丈夫だけど……お礼なんてされる事してないぞ?」
「また、そうやってとぼける。あの功績を私に押し付けたり、本当は私納得してないんですからね!」
「……いや、実際ほとんどクラリスがやった事だし」
ぷくっと頬を膨らましてプンスカ抗議するクラリスから思わず顔を背ける。……おかしいな、顔がまともに見られない。なんか変に意識してしまう。
「まあ、もうそれはハルイチさんの事情もあるから不問とします。だからせめてお礼したいのと……」
「のと?」
「……もしお暇があればハルイチさんとお話がしたいです。ダメ、ですか?」
「……っ!」
少し頬を赤らめ、上目使いでお願いしてくるクラリス。そんな恥ずかしそうに話されたらこっちまで照れてしまう。
「ま、まあ暇だし別に大丈夫だけど」
「ホントですか!?よかった」
顔がパアッっと明るくなり、胸の前でパンっと手を叩いて喜びを表すクラリス。いちいちリアクションがなんと言うか……こ、困る。何故か気恥ずかしくて直視できん。
「と、と、とりあえず中で飲み物でも準備するわ」
「はい。ありがとうございます」
そうして俺とクラリスは、昼間からポンドル名物ポドルアルコール抜きバージョンを飲みながら話をした。
「私はユロでハルイチさんに助けられた後、王都に移って、本格的に癒しの魔法を学びました。どうやらたまたま才能があったらしく、当時から活躍していた有志の白魔導士による救護団【白の森】に誘われました。そしてとある魔物の群れと交戦していた兵士達の治療をしている時、その場に居たアカツキさんと出会ったんです」
「あの【白の森】に誘われるなんて、やっぱアンタもすごい奴なんだよなぁ……」
「ふふっ、凄いでしょ。けど私が生きて癒しの魔法を学べたのはハルイチさんが助けてくれたからだし、学ぼうと思ったのは、ハルイチさんの頑張りに触発されてですよ。私もあなたみたいになりたかったから」
「あれを頑張りと言われると、微妙に複雑だな……」
「そうですか……?」
そんな風にたくさん語り合った。アカツキに初めて会った時、どことなく雰囲気が俺に似ている気がした事。討伐作戦が決定し、もしかしたらと思い探したら、本当にポンドル兵士の中に俺の姿を見つけてびっくりした事。そしてその時のお礼を言いに俺に話しかけた事。
たくさん話した。そして……
「……あ、もうこんな時間。そろそろ行かないといけません」
「そうか」
彼女との時間は、あっと言う間に過ぎていた。
仕方が無い。彼女は勇者の仲間。きっと次の冒険が待っているのだろう。
……少しだけ、少しだけだぞ? この時間が終わってしまう事を惜しんでいる自分がいた。
「今日はせっかくのお休みなのに、長々とお邪魔しました。……あ」
「ん?」
クラリスは何かを思い出した様に、くるっとこちらを向いた。心なしか頬を赤らめている。
「……お話に夢中で、お礼を忘れていました」
「いや、要らないっていうかもうたくさんもらったんだけど」
戦いの傷は癒してくれたし、今日お礼にと持って来てくれた品物もたくさんある。
だからもう別に大丈夫だ。そう言おうとした瞬間、クラリスはこちらにひょいっと近づいてきて。
……精一杯背伸びして、俺の頬にキスをした。
「っっっっっっ!?」
「えっと……お礼、です。本当に、本当にありがとうございました!」
クラリスは目を潤ませ、顔を真っ赤にしている。けど多分、俺の顔の方が真っ赤である。
「あの時、ドラゴンと打ち合った時のハルイチさん、世界一カッコ良かったです!やっぱり、あなたは……」
そう言ってクラリスは、俺が今までで見た全ての中で、一番輝いた笑顔で俺に向かって―――
「私だけの、私の大好きな英雄さんです!」
そう、言葉にした。
――――己の全てを賭け、たった一秒間だけ、君だけの英雄になった。
俺の異世界生活の全てと引き換えて得られた一秒。それを作り出した報酬は……
彼女の口づけと、とびっきりの笑顔。
まあ、あれだ。……悪くはないよな。
ついつい自分の顔が綻ぶのがわかる。
そうして俺は目の前に居る、君の為の英雄譚を締め括った。
了
この後もクラリス始め、アルベルトや勇者の仲間達が会いに来たりちょっかいかけに来たりするかも知れませんが、それはまた別のお話。
読んでくださりありがとうございました。ご意見、ご感想等あれば幸いです。