表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チート勇者の裏側で ~君の為の英雄譚~  作者: たなぼたもち
本編【君の為の英雄譚】
8/13

君の英雄 その導きだした答え

補足ですが、※は過去を、◆は様々な場面や視点の変更を表しています。

 ※ ※ ※


 とある男がこの世界で生きていた。


 何か特別な物を持つ訳でもなく、大きな期待をされる事も無い。


 だが男には少しの夢もあった。だから男は厳しい試練を乗り越えて、王国兵になった。


 しかしその夢は現実の前に霧散し、その現実を受け止め生きる事になった。


 男は信頼している。自分には何も無い事を。


 なので知っていた。自分は期待され無い事、誰かの特別になんてなれない事を。


 それどころか自分が怠れば、あっという間にこの異世界に置いていかれて、自分さえ守れない事を。


 だから男は異世界に来てからずっと、毎日己に鍛練を課していた。酒場で友人にあきれられる程に。


 大きな事なんて出来ない。けどせめて、自分の出来る範囲でやれる事をと剣を振るう。


 結局自分のしてきた事しか、己に誇れる事は無いと思いながら。


 とある想いを一つだけ、自分にも隠しながら。


 

 ※ ※ ※

 


 死が迫る。


 己の魔法のダメージから立ち直り、離れた俺たちを見つけたようだ。


 クラリスは俺の前に背を向けて立ち、威嚇するように構えを取る。


 ドラゴンは飛び込んで来ない。物理的攻撃は度々妨害され、魔法も己の思い通りにいかなかった今、俺たちを完全に驚異と見なし、迂闊に行動を取ることは無かった。その知性が、再びほんの少しの均衡を産み出していた。


 けれどそれもすぐに終わる。この均衡が続いたとしても、クラリスの方が先に体力の限界を迎え倒れる。それは明白だった。


 ドラゴンは俺たちの前に降り立った。一足で俺たちを八つ裂きに出来る距離。緊張が一気に高まる。


 だからだろうか、わかってしまった。


 クラリスは再び魔法を唱えようとしている。彼女は限界も限界だ。本当に体力も魔力も一欠片も残っていない筈なのに、彼女は立ち上がり、尚且つ威嚇の為に構えたのではなく、迎え撃つ為に構えたのだ。


 その限界を超えた魔法の行使がどのような結果になるかなんてわからない。普通に考えれば魔力が尽きた時点で、魔法は発動なんてできない。使おうとすれば猛烈な精神的疲労が襲い、魔法の行使どころじゃ無いと聞いた事がある。


 それでも彼女は俺を守ろうとしていた。きっと勇者の仲間としての責任感、そして彼女にとっての恩人と思ってくれている俺に報いようとしてくれている様だ。


 しかしそれは命を削る行為だと本能が理解した。


 そんなの、ダメだ。俺はそれを止めようと体を起こした瞬間だった。


 ……目の前の少女はついに限界を迎えた。体勢を崩し、その場に崩れ落ちる。そしてその一瞬の隙を、ドラゴンが見逃す筈は無かった。


 ドラゴンは地面を蹴り、一番速い攻撃方法を仕掛ける。その巨大な爪をクラリスに振り下ろさんとする。


 そしてその死が、彼女の目の前に迫る。


 ◆ ◆ ◆


 クラリスが崩れ落ちた瞬間、男は彼女の前に飛び出していた。


 その手には、この戦場で一度も抜かれる事の無かった愛用の剣が握られてる。


 目の前には逃れることの出来ない死が迫っている。この絶対の死の前ではその男に、ただの人間に出来ることなんて無い。後ろの少女と共になすすべなく蹴散らされるのみ。


 ……男はそれでも守りたかった。


 その死に敗北するとわかっていても。自分には出来ないとわかっていても。


 何にも無かったちっぽけな自分を信じて運命を託してくれた少女を。


 勇者でも無い、チートでも無い、あの時だって逃げる事しか出来なかったそんな自分を……


 英雄と呼んでくれた、その少女を守ってあげたかった。


 男は自分でそんなものになんてなれないと思っていた。けど今は強く願っていた。


 そんな彼女の想いに答えたいと。


 今、この瞬間だけでも、少女の言葉を嘘にしたくないと。

 


 ◆ ◆ ◆

 


 その振り下ろされた爪に対し、俺は渾身の力で剣を振り迎え撃つ。


 策なんて何も無い。


 俺なんかのちっぽけな斬撃は弾かれるどころか、何の意味も成さず、そのまま殺される未来が見えた。


 だからどうした。そんなもんはわかってんだ。


 ……でも、俺は。


 何もかも絞り尽くした土壇場。希望も何もないあの時と同じ、俺と少女しか居ないこの世界で。


 異世界に来る前の俺、そして異世界に来てからの俺の絶望も、涙も、鍛練も、想いも、生涯も全てを賭けて、このドラゴンからしたら何でもない、ただの一撃を退けてやるのだ。


 何の意味も見いだせなかった異世界転生。けど今、意味が生まれた。


 ――――この一瞬だけで良い。


 クラリスの、君の為だけの英雄になりたい。 

 

 「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 情けない声を出しながら、俺の全てを乗せた一撃。


 その一撃をもってドラゴンの爪と打ち合った瞬間、俺の体はとてつもない衝撃に襲われた。結界が破られた瞬間の衝撃など比では無かった。一瞬でも耐えられるものなんかじゃ無かった。


 ……でも、負けるわけにはいかない。


 俺はクラリスの英雄になると決めたのだから。


 諦めてしまった自分。だけどそんな思考に隠れていた、毎日剣を振っていた理由。捨てられなかったもう一つの想い。


 ……それでも自分にも何か出来る。誰かを助けられるって。


 だからきっと俺は、この瞬間の為に、兵士になって剣を振るって、必死に生きて来たんだろーが……!!


 「ぅらあああああああああああああ!!」


 ただただ、無我夢中で剣に力を込めた。俺の全てをその一撃に込めた。


 ……瞬間、折れた刃が視界に入った。そりゃそうだ、ドラゴンの一撃に耐えられる剣なんてそうそう無い。無理して振りきったから折れたのだ。


 そう、振りきれた。負けずに剣を振りきれた。


 目線を少し上げると、弾かれたドラゴンの腕が後ろに仰け反るのを見た。


 ーーああ、やっぱ勇者様みたいにはいかねぇなぁ……


 ドラゴンを普通に切り裂いていたアカツキと比べ、俺は正に文字通り、意味通り渾身の一撃放ってもドラゴンには傷一つ付けられない。


 思わず苦笑する。けれど俺にとっちゃ最高の戦果じゃねぇか。


 しかしドラゴンは、すぐさま弾かれた腕を再び俺達に振り下ろす。


 時間にして一秒。これが俺の全てを賭けて稼いだ時間だ。


 後ろでクラリスの声が聞こえた気がした。なんて言ってんだろうな。


 もう力なんて残って無かった。……ああ、俺死ぬのか。けどちょっとはカッコいいとこ見せられたのかな。

 

 せめて君だけは、助かって欲しいな。


 全てを出し尽くし、体勢を崩す俺に、ドラゴンの爪が迫る。そしてそのまま……


 ドラゴンの腕は、俺の目の前から弾けとんだ。


 戦場に吹いた一陣の風。その剛風はいとも簡単にドラゴンから腕を奪い去る。


 気づけば目の前には一人の男が立っていた。その後ろ姿は威風堂々。その佇まいはまさしく……


「……ハ、遅えぇよ。一般人の俺に、柄でも無い事させやがって」


 その場に倒れ込んでいた俺は、見上げながらその待ちわびた人物に対し思わず悪態をつく。ギリギリ過ぎだ。ヒーローは遅れて来るのにも限度があるってものだろ。


「すまない、手こずった。けどもう大丈夫だ」


 アカツキは申し訳なさそうに詫びつつ、堂々ともう安心だと告げる。


 正直彼は悪くないのだが、それでもこの期に及んで勇者との差に嫉妬してしまう俺が情けなかった。というか、ただただカッコいいと思ってしまったのが悔しかった。


 だから、俺は皮肉たっぷりにこう言ってやる。


「まあ、後は頼んだわ、チート勇者様」

「任せてくれ、先輩。……ありがとう。あなたの一秒のお陰で、俺は大切な仲間を守ることが出来た」


 ……んなら後は安心だ。ここで俺の役目は終わり。この俺山岡春一の、一世一代の無様な退却&囮作戦は成功と言うことで。もうくたくただっつうの。


 急に瞼が重くなり、俺はこのまま寝ようと決心する。……次の代休は1日家に引きこもろうと、俺の中で決定した。


 意識が薄れていくなか、視界ぼんやりにクラリスの顔が現れた。顔には涙をいっぱい溜めて、何かを訴えかけているようだ。


 ……薄々思ってたけど、この子どんだけタフなんだよ。ヘロヘロかと思えば、不死鳥の如く蘇ってくる。


 俺はそんな元気な彼女を確認し、今度こそ安心して眠りについた。

 

 

 


 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ