とある少女の英雄
大きな音と共に辺りが爆煙に包まれる。
俺はクラリスを庇いながら煙幕の外へと吹き飛ばされた。そのまま湿気地帯の地面に叩きつけられたが、地面は柔らかかったのでそこまでのダメージは無かった。
これはもちろん作戦通りである。爆発した瞬間の衝撃から結界で身を守り、爆発の余韻の時に結界を解いて爆風でそのまま吹き飛ばされる。これぞ俺流ヒット&アウェイ、攻撃も逃げも防御も他任せのノーリスクハイリターンである。……実際は耐えきれず解除する前に破られたんだけどな。
山岡春一プロデュースによる対ドラゴン退却&囮最終作戦は成功した。
すごく簡単に言えばドラゴンに魔法を使わせる様に誘導し魔法発動の瞬間に敵に接近、ゼロ距離で結界を展開する。相手に自分の魔法をぶつけつつ自分達は結界で身を守ってなんとかすると言うシンプルなものだ。
冷静な人間相手ならこんな作戦は通用しないだろう。相手が怒りで我を忘れ、焦っていたドラゴンだったからこそ上手く行ったのだと思う。
まあたまには運が良い日があってもいいじゃないか。ほとんど良いことなんて今までほぼなかったんだからな。
しかし、正直運が良いと言えるほどこちらの被害は小さくは無いわけで……
「ハルイチさん!しっかりしてください!」
「……ちょっとダメっぽいです」
クラリスはなんとかなけなしの体力を使い起き上がり、その顔を真っ青にしながら俺に声をかけていた。
結論から言えば、俺はクラリスの受けるはずだった結界破壊の衝撃を肩代わりしたのである。クラリスは黒ローブのエルフの女の子、リズに行った様に他人の魔力を自分の魔力で回復させられる。だから魔法の才能なんか無かった俺の魔力を無理矢理回復(クラリスが自分の魔力を俺が与えたに近いかな)させ、俺の魔力を媒介に結界を発動させたのだ。当然俺の魔力扱いだから反動は俺に来るわけである。
作戦を行うにしても、クラリスは体力的に結界が破られる衝撃に耐えることは難しかっただろう。だから唯一のポジティブな材料であったピンピンしたおっさんの体力を使ったわけなんだが……
これが想像以上にきつかった。町で外国人として住み込みで勉強しながら働いたり、中途採用で兵士に受かる為に努力したりして、体力も精神も鍛え上げられてなければ即死だったんじゃないか?
……いや、違う。それだけじゃないな。
「クラリス、全部俺の魔力を使えと言ったはずなんだけど」
「そんな事、私が許しません。ハルイチさんは絶対に死なせはしませんから……ほんの少ししか手助けできなかったけれど」
悔しそうに唇を噛むクラリス。本当は自分がすべてを受け止めるべきだと考えているに違いない。けれどこの先の事を考えて、二人とも生き残る選択肢をとったのだろう。
あの爆発でドラゴンが倒せたとは思っていない。確かにダメージは与えたがそのダメージから立ち直り、見失った俺たちを再び見つければもう一度逃げなくてはならない。そしてそれは片方一人だけでは絶対に逃げられない。かと言って満身創痍の二人でも何か同じくらい厳しいものではあるが。
……援軍はまだ来ない。ならば仕方ない。最終作戦の次の、あらゆる策を絞り尽くした先の作戦を立てねば。
考えろ、考えろ、考えろ考えろ考えろ。
思考を止めるな。何の取り柄もない俺がこの世界を生き抜く為には常に考えることを止めない事なんだから。
「ハルイチさん」
ふいにクラリスの声がする。けど今は待ってくれ、これからの事を考えなくちゃならないんだから。
「前にも、こんな事がありましたね」
「……は?」
思わず視線を向ける。その先には微笑みを携えたクラリスが俺の方を見ていた。
「七年くらい前です。私は10歳の時、ポンドルの近くの村に住んでいました。今は魔物に滅ぼされてしまいましたが、ユロという村です」
「……!」
ユロ。その村の事は覚えている。忘れる筈がない。クラリスはあの村に居たのか。
「村に魔物が攻め入って来て、でも援軍は来ません。私は両親も殺され、村が炎に包まれる中一人で家の中に隠れていました。とても怖くて、怖くて」
クラリスは少し沈んだ表情を見せたが、それでも笑みを絶やさず話を続ける。その声色はまるで大切な人に思いを告げるかの様な優しいものだった。
「いよいよ隠れていた家の方にも火の手が回ってきて。慌てて外に出た瞬間、丁度その場所に居た一匹の魔物と目が合いました。もうダメだと思った時、ふいに手を引かれました。それは当時ユロに赴任されたばかりの若い兵士さんでした」
……昔、同じ場所で同じような事があった気がする。その若い兵士は、魔物が襲って来る直前までは、自分には何かできると信じていた。兵士になって誰かの為に戦う事ができれば、己を鍛えていけば何かできるんじゃないかって。何か特別な才能に目覚めるんじゃ無いかって。
「兵士さんはとにかく無我夢中で手を引いてくれて、私は置いてかれないように必死で。いろんな道を行きながら、今と同じように魔物から逃げてました。魔物を撒いた後、兵士さんは私に大丈夫かって聞いてくれました。けどびっくりしたのが、その兵士さんは私なんかより涙で顔をグシャグシャにしてたんです」
そう言ってクラリスはクスッと笑う。
兵士は怖かったんだ。その周りの地獄の様な光景が。
そしてきっと腹が立って仕方なかったんだと思う。結局魔物の一匹も倒せなかった自分に。村を救えなかった自分に。何の力も無かった自分に。
結局兵士には何も出来なかった。いや、結局出来る事だけしか出来なかったのだ。
「兵士さんは言いました。なんにもできなくてごめんなって。お父さんもお母さんも救えなくてごめんなって。……俺が勇者なら良かったのにって」
本当にその通りだ。その兵士に力があれば悲劇は防げたのに。一体その兵士は何の為に、この世界に存在しているのだろうか。
「そう言って兵士さんはずっと泣いていました。……けれど私はその兵士さんが、誰よりも強く見えました」
「……何でだよ」
「特別な力も何も無いのに、それでもたった一人で炎の中、魔物の群れの中から、私を見つけてくれました。魔物を倒す力も無いのに、必死に私を庇いながら一緒に連れて行ってくれました。自分も泣くほど怖くて仕方が無いのに」
「……」
「それはとても凄い事です。私も、アカツキさんでも同じ立場で同じ事を出来たかなんてわかりません」
クラリスは潤んだ目をこちらに向ける。俺はその顔から思わず目を背けてしまう。
「そんな大それたもんじゃねーよ。多分そいつはそれしか出来ないって諦めただけなんだから。助け出せたのだって、運が良かったからだよ」
俺はクラリスの言葉を否定する。けれどクラリスは首を横に振り、再びこちらに顔を向ける。
「……その時の私を助けてくれたのは勇者さんでもない何でもない、その兵士さんです。勇者さんとは程遠い、ちょっぴり泣き虫の兵士さんです。だからその人は勇者じゃなくても、私にとってだけは……」
少しの間が開いた後クラリスは。
「勇者じゃなくても、あなたは私の英雄なんです」
そう俺に告げた。
全身が、何かに貫かれた気がした。俺はすぐさま返すべき言葉が見つからなかった。
「……だから、今度は私がハルイチさんを助けるんです。例え力を使い果たしても、命を落としたとしても」
そう言ってクラリスは立ち上がる。そんな力はもう残っていない筈なのに。
そして俺に背中を向け、その掌を何かに向け、顔を上げる。
その視線の先には、あのドラゴンがその大きな翼を羽ばたかせてこちらに向かっていた。