君の英雄②
さてさて、俺がどんだけ覚悟が出来たところでこの絶望的な戦力差が変わる訳じゃない。正直目の前のドラゴンにはビビりまくっている訳だ。
そりゃそうだろ。だってあの勇者様とそのお付きの美少女集団の三人相手でさえ、今だピンピンしている化け物の種族なんだから。……どっちかというと、やっぱりあの三人の方が化け物なんだよなぁ。
とにかく重力の魔法が切れるまでにもう一度戦力分析、そして現状確認だ。孫子曰く、戦場においては何よりも情報。特に地形の状況は絶対に重要らしい。このドラゴンに地形戦が通用するとは思えないけど。
こっちの戦力の確認だ。とりあえずピンピンしているおっさん一人と、ヘロヘロの美少女。少女の方はもう立てるほど体に力は残っていない。手持ちの持ち物は軍支給の剣と私物の剣の二本と、魔力回復薬が三本。そしてアルベルトへの通信用の魔法具一式。攻撃手段はおっさんの剣技と、クラリスの魔法。しかし白魔導士であろう彼女に攻撃手段はそんなに多くないだろうし、なにより二度いうがヘロヘロである。
対するドラゴンは強大な体躯を持ち、空を自由に駆けれる翼を持つ。移動能力は抜群だ。
そして多分どんな攻撃がかすっただけで俺の体なんか跡形もなく吹き飛ぶ。そして姿を消したり、爆発魔法を使ったりする正にチート気味の力。このクラリスの結界が破られるほどの。
倒すのは絶対に無理だな。だから逃げの一択。ただし向こうの部隊の元に行かせてしまっては甚大な被害は免れない。だからドラゴンをこっちに引き付けつつ、勇者の援軍が来るまでの退却&囮大作戦である。
……詰んでないかこれ。無理だろ。こんなのたかが一兵士の俺にどうしろって言うんだよ。
けど大見得をきった手前、何かしら考えないといけない。何よりまだおれ自身死にたくない。だって今年に入ってまだ代休取ってないんだぞ。読みたい本だって溜まってるし。
何か打開策は無いか……? もう少し考えをまとめようと顎に手をやっていると、背中に背負い直していたクラリスが、後ろから息も絶え絶え声を出す。
「……すいません、もう限界みたいです。だからやっぱり早く逃げ……」
「え、嘘。ちょ、ちょっと待って」
俺の考えがまだ纏まって無いのにクラリスは限界を迎えていた。なのでとりあえず急いでフラスコの様な容器に入った魔力回復薬をクラリスの口に突っ込んだ。
「モ、モガァ!?」
「も、もう三十秒待ってくれ。体力は限界を超えてくれ! 勇者一行ならできるさ! さあ飲んで!」
本来は体に浴びせるだけで効果があるらしいが、場面が場面の為、直接体に接種してもらって回復を極限まで早めてもらう。そうしてクラリスの口に液体を流し込みながら俺は考えを纏める。ぞんざいな扱いをしてしまっているが、それでもなんとか根性で魔法を維持しているクラリスは大したものである。
「ングゥ……ブハァァァ!ちょっと、女の子になんて事をするんですか!?」
クラリスはプンスカ抗議するが、相手にしている暇はない。
「手短に確認事項だ。あいつが今魔法を使用していない理由と、認識阻害魔法を放って攻撃してこない理由。あとこの回復薬の数でもう少しだけクラリスの魔法が放てるかどうかと、放てるなら重力魔法は一瞬だけとか、小刻みに放つ事できるか?」
「……おそらくですがドラゴンの魔力の流れを見るに、私の二重結界を破るのに魔力を使った事で今は魔力が足りず放てないんだと思います。認識阻害は高等魔法なので発動中は他の魔法を発動できず、その他の物に干渉することができません。攻撃の瞬間に必ず解かれます。あと程度はわかりませんが、魔法は小刻みにもなんとかできると思います。……あとは努力と根性!」
「オッケーだ!じゃあ後十五秒後に魔法解除よろしく。後は……どうにかなるさ!」
「……オッケー? なんでその合図を!?」
「クラリス、頼りにしてる。……だからここは俺に任せて力を貸してくれ」
俺はそうクラリスに頼む。一般人の俺に指揮を任せるなど、クラリスの反論は覚悟していた。だけどクラリスは何を思ったのか、俺の目をじっと見つめる。
「……わかりました。ハルイチさんを信じます……では解除します!」
そして肯定してくれた。真意はわからない。だけどもう考える時間は無い。
七秒前、俺はアルベルトに通信をかける。
「アルベルト!至急軍隊全員で思いっきり声を張り上げてくれ!」
「了解!隊長と呼べよ!」
二秒前、軍隊の野太い声援が戦場に響き渡る。俺はドラゴンの目線を観察する。……意識はあっちに向いたな。
一秒前、そのタイミングを逃さぬよう、張り詰める。
……0。重力魔法解除。
重みから解放されたドラゴンは俺たちから目を逸らしより餌の多い方へ、その巨体の照準を合わせる。そして一気に襲いかかろうとその大きな翼を羽ばたかせ、天空にその巨体を浮かび上がらせようとして……
「クラリス!今!」
「はい!」
クラリスの重力魔法を発動する。気持ち良く飛ぼうとしたドラゴンはまた一瞬だけ体が重くなり、地に伏せる。そしてすぐさま解除。
その魔法の発動元をドラゴンは凝視する。当然こっちを向くわけだ。そしてドラゴンは目障りな俺たちを始末しようとその自慢の爪を振り上げた瞬間だった。
大きな音が鳴り、ドラゴンは再び重力魔法で地に這いつくばる。地に伏せ怒りの色を浮かべるドラゴンの瞳。その瞳に俺はクラリスをおぶりながらなるべく大きなジェスチャーで写ろうとする。
――さあ、お前が気持ち良く獲物を捕食するには俺たちが邪魔なんだぜ。俺たちをこのままにしていたらお前は自由に飛べない。ざまあみな。俺たちは必ずお前の一番嫌なタイミングで邪魔してやるよ。
――だから絶対に俺たちから目を逸らすな。自由に飛び回りたいなら、俺たちを倒してからにしな。向こうで暴れ足りないなら、俺たちを先に消すことだ。だから……
――こっちに来い。向こうに行くのはそれからだぜ。
どんな動物にだってストレスはある。怒りの感情だってある。自分の行動を抑制されればイライラするもんだろう? だからそいつが一番大きく気持ち良く動くであろう直前のタイミングで妨害した。そして俺達はお前の驚異なんだぞとドラゴンの意識に植え付ける。
ドラゴンに絶対に向こうに行かせずこっちに意識を向かせるために、命がけの嫌がらせを行ったのだ。
作戦通りドラゴンは俺たちを最初に排除すべき敵と認識したようだ。それはこれからこの化け物が本気で俺たちを殺しに来る事を意味する。
……さてスタートラインには立った。後は何秒持ちこたえられるんだろうな。
この俺の下らない異世界生活の集大成を見せてやる。




