君の英雄①
◆ ◆ ◆
「アカツキ!クラリスが!」
拠点の二重結界が一つ破壊された瞬間、武闘家のターニャが叫ぶ。敵から目を逸らしたその一瞬、ドラゴンの大きく鋭い爪が彼女を目掛けて振り下ろされた。
「余所見するなターニャ!」
ターニャの頭上に飛び上がり、ドラゴンの爪と勇者アカツキの剣が打ち合う。先程よりも勢いを増したその爪の威力を、アカツキはなんとか渾身の力で弾き返した。
「こいつ、さっきよりも全然強くなってる~!?」
魔法使いのリズが驚愕の表情を浮かべる。明らかに獰猛さと力強さを増したドラゴンに対し、一瞬も魔法の手を休ませる事ができない。彼女の魔力もどんどん消費されていく。
「……どうやらこれが本来の力か。もう一匹のドラゴンが向こうに着くまであえて防御気味に戦って、油断を誘いながら時間を稼いでいたという訳か」
「こいつそんな事まで考えて戦ってるというの!?」
アカツキの言葉にターニャは驚きを隠せない。しかしそうとしか思えないような行動だ。
「クラリス助けなきゃ! アカツキ、私補給もかねて一度拠点に戻る!」
「ダメだリズ! 悔しいが今のこいつは三人じゃないととてもじゃないが押さえられない……!」
「でもこのままじゃクラリスが~!」
そう言い合っている最中も三人は一瞬たりとも攻撃の手を緩めたりはしない。
いやできない。
強い守りの手段のある仲間は全て他の軍隊に配置してしまっている今、攻め続けなければ一瞬でやられる。更に狂暴さを増している気配のある周りの魔物で他の仲間も手一杯のはずだ。……ならばと、アカツキは叫ぶ。
「魔力は俺のを使え。俺もクラリスの様に魔力を供給することができる。そしてこのトカゲに全魔力を一気に叩き込め!……その間に俺とターニャで一瞬で勝負を決める。やるかやられるかの一か八かだ。いいな?」
「「オッケー!」」
その提案に対し二人はアカツキに教わった合図でノータイムで返事をする。彼女達は勇者アカツキを信頼しているからこそ、何の疑問も持たず全ての判断を肯定する。
ドラゴンと打ち合いながら、アカツキは呼吸を整える。この数分も満たない時間で全てが決するのだ。
ーークラリス、どうか無事で。
アカツキと彼女達はクラリスを信じる。そして……
ーー頼んだぜ、異世界転生の先輩。
彼だけが、とある一人への信頼を寄せるのだった。
◆ ◆ ◆
「クラリス!」
倒れているクラリスに振り下ろされる無慈悲な一撃。それを俺は春一史上最高の速度でクラリスを抱き抱え、彼女を抱えながら思いっきり横っ飛びし間一髪回避した。服に爪がかする。その衝撃だけで俺たちはかなり遠くまで吹っ飛ばされた。
「痛ってぇ……どんな威力だよ。ってヤバイ!」
痛がってる内にドラゴンは一瞬で距離を詰め、二撃目を振り下ろさんとする。しかしその動きはピタッと止まった。ドラゴンは急に大地に身を下ろし、何か重いものを背負っているかの様にプルプル身を震わしている。
「クラリス、何かやったのか?」
「……重力魔法です。相手の動きを封じるための。結界程の範囲は出ませんけど、これならもう少しだけ持ちこたえられます」
先程クラリスが引き付けると言っていたのはこの事だったらしい。強がりでなく本当に手段を持っている辺り、まさしく勇者の仲間だ。今の一瞬で逃げ出したポンドル兵士達にも見習わせたい。いや、逃げろと指示する手間省けたし。気持ちはわかるけどな。
「けど……長くは持ちません。だから早くお逃げください……!」
「いや、それはできない。そもそもあんた限界なんだったら、置いてってもすぐにやられて一番近いポンドル兵のところへこいつ行かしちゃうんじゃないか?」
「……そんな事絶対にさせません。だから、お願い」
「強がりだな、バレバレだ」
俺はそう断言した。クラリス自身は限界を感じつつも本気でドラゴンを食い止め続けるつもりだったのだろう、俺の言葉に対し初めて怒りの感情をぶつける。
「そんな事ハルイチさんにはわかりません! 私は……」
「わかる。俺もそんな顔してるときは出来もしないのに強がってたからな」
これは詭弁だ。そんな時の自分の顔なんか見れる訳がない。けれどきっとそうだと俺の中で確信があったから、俺の言葉には説得力があったのだろう。クラリスは言葉に詰まっているようだった。
「だから俺の今すべき事はあんたと協力して、このトカゲをこっちに引き寄せつつ勇者の援軍を待つ事。これっきゃない。違うか?」
「でもそんな危険な事……だってあなたは」
「……まあ普通の人だよ。何の特徴も能力も無い」
そんな事自分が一番よくわかってる。生まれてこの方何年一般人やってると思ってんだよ。俺にはこの状況を打破する力なんか無い。俺なんか要らないじゃんと何度思った事か。
……はあ、こういうの柄じゃないんだけどな。
けどこんな一回りも若い女の子が頑張ってるんだから、この極限の状況でおっさん一人くらい頑張らんでどないするのだ。それに俺にだって下らないプライドがある。それは……
「けどこんな状況屁でも無い。俺が異世界転生してきた時なんかもっと酷かったんだからな」
「……それってどういう事、ですか?」
転生した当初はひどいものだった。だってまず目を覚ましたのは森の中。狼みたいな魔物から命からがら逃げ出し、街らしいところに着いたと思ったら言葉が全然伝わらんし理解できない。だから外国人みたいな体で言葉を勉強しながら住み込みで働いたものだ。
勇者様にも苦労はあっただろう。だけど俺にだって俺なりの苦労があったと自負している。華やかじゃないし、勇者みたいに意味なんか無かったかもしれない。けど、今ここに動けるのが俺しかいないのならば。
「今まで生きることだけで精いっぱいだった。それは今からもこれからもだ。だから俺は大きな事なんざ成し遂げられないけど、自分のできる最善手を醜く足掻いてでもやってやるのさ!だから俺は好き勝手やらせてもらうぜ」
「……ハルイチさん、あなたは」
覚悟は決まった。己の状況も把握した。
やっぱり異世界転生チートなんかくそ食らえ。そんなもの俺には必要ない。俺はこの10年間で培った異世界経験と度胸、瀕死のクラリスの力を惜しげもなく借りて一秒でも多く逃げてやる。
逃げて逃げて逃げて、最後は異世界チート様に助けてもらう、情けない一般モブになってやるのさ。
ーー情けない。何の特徴も無い。一般独身。そんなおっさんの、醜い逃避行が今始まる。
まだもうちょい続きます。




