そして始まる伝説
これで終了です。
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これは全て語り終わったお話達の、少しだけ先のお話。
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「しかし新聞の記事じゃ結果だけしか乗ってなかったけど、勇者様御一行は今回も大変だったんだな」
「はい。まさか低級の魔物とされるゴブリンが上級魔法を集団で唱えてくるとは……ゴブリンなのに、ゴブリンなのに。しかもなんとか退け進んだイルスの森でも、虫を喰らう植物が、凶暴化して平気で人を襲うようになっていまして。どうやら裏で魔法継承の技術や生物強化の魔法を研究、悪用している者がいるみたいです」
「……俺じゃ数秒も持たない案件ばっかだな。やっぱ身の丈に合った生活が一番ですわ」
その言葉に、思わず頬が緩んでしまった。
あなたはあのドラゴン相手に立ち回って、一撃を凌いだ凄い人なんだけどなぁ……本当にこの人らしいな。
それは何でも無い雑談だった。……内容はちょっと殺伐としているけれど。
ハルイチさんは会話の途中で時々大袈裟に肩を竦めながら、いつもの様に自虐を交えて話す。けれどそこには初めて会った時や、再会したときに有った刺々しさや悲しさを感じさせる事は無かった。
基本的に彼は変わらない。
だけど色々な葛藤や体験を通じて、ほんの少しだけ彼の中で動いた部分があったんだろう。絶対に教えてくれないけれど。
そう、やっぱりハルイチさんはあんな事件があった後も、相変わらず普通に働いて、普通に生活しているのだ。
「……ほんとに大変でした。しばらくは森に散歩も行ける気分じゃ無いです……」
「とりあえず魔物の討伐と暴走の原因駆除は完了したんだろ。お疲れさん。ま、とりあえずポドルのおかわり飲むか?」
「いただきます。ありがとうございます」
あの西の大陸のドラゴン討伐を終えてから、三ヶ月の月日が経っていた。今回の冒険を終えた私たち一行は、グリフォニアの情勢の確認や次への準備を兼ね、それぞれ王国の街や村へ顔を出している。
……今回私はたまたま、そうたまたまポンドル方面への担当になり、偶然ハルイチさんのおうちの近くに来たので、現在の彼の状況を調査する為、お邪魔している訳だ。
「どうぞ。……正直勇者様御一行とはよっぽどの事が無い限り関わらんと思ってたけど、クラリスは結構今はこの辺を中心に活動してんのな。あれから結局二、三回ここらに顔出してるし」
「……た、たまたまです! ま、まあ? 西の大陸は前の一件でかなり安全になって来ましたし、グリフォニアには昔住んでいたし、オリフェルもありますので、顔を出す機会は多いですけどね!」
「何焦ってんだよ……」
……少し早口になってしまった。
「けど明日にはまたこの街を発ちます。勇者アカツキの仲間として、そして【白の森】の一員として、まだまだ私の力を必要としてくれている人達が居ますから」
アカツキさんやリズ達の活躍もあって、世界は少しずつ魔物のへの驚異は少なくなって来ている。
しかしそれでもまだ、平和になったとは言えない。今回みたいに裏で暗躍している人間や、世界を脅かしている魔物の存在も多い。
それでもきっと前進している。だから私たちに出来る事を、これからも積み重ねて行くのだ。
……世界中の人々の為に。私の愛した、ユロの村のへの想いを胸に。
さっきも皆のお墓の前で、そう改めて誓ったんだ。
「相変わらず忙しいのな。近くに来たからって、律儀にここに顔出さなくても良いんだぞ?」
「うう、……ごめんなさい、ご迷惑ですよね」
「……別に嫌とは言ってねぇだろ」
頬を掻きながら、ハルイチさんはプイッと顔を逸らす。……照れ隠し、なのかな?
けど毎回そう言ってくれる彼にはついつい甘えてしまい、こうして話を聞いてもらっている。……まったく、勇者の仲間が聞いてあきれる。
「まあ、なんにも無いけどゆっくりしていけばいいさ」
「ありがとうございます。……ハルイチさん」
「ん?」
彼はこちらに顔を向ける。
「ハルイチさんは、やっぱりここで兵士さんを続けていくんですか?」
「転職は別に考えてねぇな」
「……あの」
私は彼に問いようとした。その問いかけは間違った事だし、無茶な事を言っているし、何より答えなんか分かりきっているんだけど。それでも……。
ーー私と一緒に、来ませんか?
ーーあなたが居てくれたら、私はもっと……
そう言ってしまいそうになる口を一生懸命閉じて、言葉を飲み込んだ。こんな危険な旅に彼を巻き込んでは行けないし、その言葉はきっと、彼への侮辱になってしまう。
それでも少しだけ、ほんの心の片隅で、また私の憧れた彼の背中を見たいと思ってしまっていた。
だから、せめて。
「また、ここに来ても良いですか?」
私の我が儘を、少しだけ聞いてもらおう。
「……どうせ何も言わなくても好きにするだろ。だから好きにすれば良いよ」
そしてその答えも、言葉も、ハルイチさんらしい。
「話聞いてやるくらいしかできんけどな。……まあ、俺の冒険っつうか、ちょーっとだけ主役っぽいものになれたのはあん時だけで、そこでもう終わり。あとは平和に呑気に暮らしていくだけだから、多分ここでずっと暮らすんだろうな。もう冒険とかはごめんだね」
……更に続いたその返答に、私は思わずハルイチさんの顔を凝視してしまった。私が飲み込んでしまった言葉の答えを、彼は答えてくれたのだ。
「……な、なんだよ」
「いえ、す、すいません。……ハルイチさん実は隠してるだけで心を読む力でも持ってるんじゃ無いかと思いまして」
「なんだそれ。意味がわからん」
彼の困惑した表情を見て、私はついつい頬が緩む。本当にいつだってこの人は、私の心を救ってくれるんだ。
「ハルイチさん」
「今度は何だよ」
「……もし。もしも世界が平和になって、みんなが笑って暮らせる様になって、勇者のお仕事も少なくなってきたら、その時は……えっと、私と」
……口に出した瞬間、心臓がドクンと跳ねる。私は急に何を口走っているのか。でも、わたしは意を決して……。
「わ、私と」
「やっほ~クラリス。やっぱここに居たか~」
急に聞きなれた声が耳に届いた。その方向に目を向けると、黒ローブのエルフの女の子が文字通り空中に浮かび、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「り、リズ! どうしてここに!?」
「あんなにポンドル行きに拘ってたから、多分ハルイチかなと思って覗きにきたんだよ~。私の担当区域からここ近いし、魔法でちょちょいと回ればすぐに終わって時間できたし~」
「ち、ちょっと、急に何を言い出すの!」
「……ここ俺の家なんだけど」
私の驚きの声と、ハルイチさんの呆れたような声が重なった。……本当にうちの仲間がすいません。
「ハルイチもおひさ~。相変わらず怖い顔してるね」
「……おかげさまでな。くそ、これだから勇者一行は……」
……ああ、またハルイチさんの中で対勇者への悪感情が増していく……本当の本当に、うちの仲間がすいません。
「さてさて、冗談はさておき。クラリス、この前のゴブリンとか植物の強化の件、黒幕が見つかったよ。……そいつ、私たちの目指してるものへの鍵も握ってるみたい」
「……! やっと見つけたのね。わかった、すぐに合流するね」
どうやら、この時間はおしまいみたいだ。いつもハルイチさんの家を離れる時は、こうしてバタバタしてしまっている。
私にとって大切なこの時間が終わる事を惜しみつつ、大きく深呼吸した。
「クラリス、行くんだな」
ハルイチさんは真剣な眼差しでこちらを見ている。
「はい。……これが私の選んだ道ですから!」
「やっぱ強い子だよ、お前は」
……ほらやっぱり、私の事はわからなくても、あの時の事は覚えてるじゃん。彼は相変わらず不器用に、少しだけ微笑んでいた。
「クラリス~。別れのイチャイチャは終わったかね?」
「そ、そんなんじゃ無いから!」
面白そうに声をかけてきたリズに抗議の眼差しを送るが、彼女は楽しそうにそれを受け流すだけだった。……おっと、遊んでる場合じゃ無い。
私はハルイチさんに頭を下げて、別れの挨拶をする。
「お邪魔しました。……じゃあ、行ってきます!」
「おう……頑張ってこいよ」
言葉は少なくても、私はいつだってその言葉に力を貰える。
……やっぱりあなたはいつだって、私だけの英雄さんだ。
ーー私は、少しはあなたに近づけただろうか。
ーーあなたの様に、強くなれているのだろうか?
その答えはまだわからないけれど、今はこうして少しだけ胸を張って、頑張ってると言えるようにはなりました。
俺の様にはなるなと言う言葉を胸に、あなたみたいになれる様に日々精進です。
お父さん。お母さん。
ユロの村の皆。
これからも、未熟な私を見守っててね。
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……これは、語られなかった英雄譚の裏側。
この世界で永遠に語り継がれる、勇者アカツキの伝説。
その仲間の中でも、特に有名な【白の聖女】、クラリスの英雄譚の始まりである。
了
番外編も含め、これにてこの物語は完全に完結になります。
ハルイチは本編が終わった時点で、基本的に完全に一般人です。これから冒険に行くことも、勇者一行と会っても、なにか重要な事に巻き込まれる事もありません。なので番外編ではモブ扱いとしました(笑)
これからも皆それぞれ、頑張ってこの世界を生きていきます。
ご愛読本当にありがとうございました。
ご感想、批評、アドバイス等あれば幸いです。