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チート勇者の裏側で ~君の為の英雄譚~  作者: たなぼたもち
番外編【英雄譚の裏側で】
12/13

裏側の裏側 ~私だけの英雄譚【後編】~

もうちょい続きます。

 炎の中をさまよっていた。


 道なき道。崩れた建物。


 道端に転がっている、人間だったもの。


 大好きなユロの村の今を、私は直視出来ないでいた。溢れだしそうなたくさんの暗い気持ち。


 私が壊れずに耐えられているのは、繋がれたその手のおかげ。


 けれど。


 その震える手からは、兵士さんの気持ちが伝わって来るような気がした。


 怖い。


 怖い、怖い。


 ……悔しい。


 隠しきれない怖い気持ちと、その中に混ざっている悔しい気持ち。


 実際兵士さんもこの地獄から逃げ出したくてたまらないんだろう。


 ……それでも。


 それでも、私のちっぽけなこの手を絶対に離さないと言う強い意思が伝わってきた。


 だからその手は頼りなく見えても、こんなにも頼りになるのだ。


 その手があれば、今だけは私ももう少しだけ歩いていける。


 兵士さんがこんなにも頑張ってくれている。だったら私ももっと頑張らないと。そう思い私はふと目線を上げ、兵士さんの方を見た。


 今は前を見ている。だから表情は見えない。


 けれどわかってしまった。


 兵士さんは泣いていた。声を押し殺す様に、私に気づかれないように。


 ーー今でもその時のあなたの気持ちがわかるなんて言えないけど、幼かったあの頃より、その気持ちに寄り添いたいと思う。



 ◆ ◆ ◆



 二人でボロボロになりながらも、なんとか村の外に出た時、今までで一番大きな獣の様な咆哮が聞こえてきた。


 聞いただけで身の毛のよだつその声に、私の体は思わず縮こまる。


「ギリギリ間に合ったか……危なかった」


 そう言って一息つきながらも、兵士さんはキョロキョロと辺りを見渡している。まだ何かあるのではないかと警戒しているようだ。


 少しそこの草影を見てくると、兵士さんは私の手を離して様子を見に行った。


 ……手、離されちゃった。


 それはきっと、かなり安全な場所に着いたということなんだろうけど、私はまた不安になってしまった。


 兵士さんのその顔にもう涙は浮かんでいない。けれどやっぱりその目は少し赤く腫らしている。


 ……こういう時はどうしたらいいんだろうか。


 お父さんは男が泣いていたらそっとしておいてやれと言っていた。お母さんは男の子には変な意地があるけど、本当は優しくして欲しいもんなんだよと言っていた。


 …


 ……


 お父さん、お母さん。


 二人の顔が、そして姿が浮かんできた時、ダメだってわかっているのに、押さえていた涙が急に溢れてきた。泣いちゃダメだ。私にはそれよりもまず、兵士さんに伝えなきゃいけない事があるんだ。


 でも止まらない。何か声を出そうとしても、ヒックヒックと息がうまくできなくて声にならない。急に押し込めていた筈の怖さが、現実が、私に襲いかかってきたのだ。体の震えが止まらない。


 泣き始めたらもう止まらなかった。いろいろな気持ちで胸の中がぐちゃぐちゃになってしまった。


 でも、とにかく何か言わなきゃ。そう思っていると、ふいに頭に感触があった。そしてグシャグシャと頭を乱暴に撫でられた。


「大丈夫か……? よく頑張ったな」


 声のする方を見ると、兵士さんが戻って来ていて、私の目線に合わせるようにしゃがんで、微笑みを作りながら私の頭をグリグリしている。


 本当に笑顔を作っていると言う表現が合っている。だって笑い慣れていないのが私にもバレバレだ。口の端がピクピクしてるし。その不器用過ぎる笑顔を見ると、私の中にとても暖かい物が込み上げてくる。


 この兵士さんは、ちょっぴり怖いけど、とても優しい人なんだ。


 ……そんな時。


 急に兵士さんの目から、滴が溢れた。


「……ごめんな。何にもできなくて」


 唇を噛みながら、兵士さんは何かを絞り出すかの様に声を出した。


「お父さんも、お母さんも救えなくてごめんな。……俺が勇者だったら良かったのにな」


 ーーそう言ったあなたの顔は、今でも覚えている。本当に自分が嫌で嫌で堪らない。本当に目の前の私に懺悔するかの様に発した声は、何よりもあなたの気持ちを表していたから。けどその時の私は、あなたが勇者だったらなんてもう考えもしなかったんだよ。


「え……えっと、えっとね」


 なにか言おうとしたが、やっぱりうまく言葉が出てこない。


「……悪いな、みっともなくて。とにかくここもまだ危険かもしれない。もう少し移動しなくちゃな。悪いけどもうちょい頑張ってな。辛かったらおぶってやるから」


 すると言葉を切り上げ、立ち上がる兵士さん。


 ダメ。早く何か言わないと。まだお礼も言えてない。まだ名前も聞いていない。


 ……まだ兵士さんに、何にもしてあげられていない。


 必死に声を出そうとしたけれど、もう心も体もぐちゃぐちゃで、何を言えば良いかわからなくて、何も言えなくなってしまっていた。


 それでも、なんとか振り絞って……!


「あ、あの」

「おーい!! やっぱり生きてたか!」

「……アルベルトか?」


 急に向こうの方から声がして、何人かの兵士の人がこちらにやって来た。みんな息を切らしており、必死にここにたどり着いたみたいだった。


「街で話を聞いて飛んできたぞ! ……お前、大丈夫なのか? 顔色悪すぎだろ」

「……まあ、俺は大丈夫だよ。でも助かったわ」

「まあ、お前なら無事だと思ったけどな! なんだかんだ生きるのがうまい奴だし」

「誉めるならちゃんとそれっぽく誉めろ」


 どうやら兵士さんの知り合いらしい。そう分かると、私も少し安心した。


「まあまあ……その子は?」

「ユロの村の子供だ。……俺が見つけた唯一の生き残り」

「……そうか」


 兵士さんはこちらを向き、また私に目線を合わせてしゃがんだ。


「……もう大丈夫だ。本当によく頑張ったよ」


 そう言ってまた微笑みかけてくれた。今度の笑顔は、まだぎこちないけどさっきよりもずっと自然だった。


 そしてまた立ち上がり、先程仲良さそうに話していた兵士の人に話しかける。


「兵士長も来てるのか?」

「ああ。兵士長もユロの村に居たことがあるから、いろいろ思うところがあるらしくてな」

「兵士長にも知らされて無かったのか……なんちゅう作戦だよ。本当にこれは王国の策なのか? ……アルベルト、この子を頼めるか? 状況の説明をしてくる」

「お、おい。良いのかよ?」

「……俺なんかと居るよりは良いだろ」

「……俺も行くよ。途中でいきなりお前に倒れられても困るし。……ジョネフさん! この子の保護を」


 待って。兵士さんが行ってしまう。


 まだ、何も言えてないのに。けど体の震えがまだ止まらない。声が出ない。


 涙、止まれ。震え、止まれ。


 ーーその時の私は、結局最後まで声が出なかった。けど……。


 そんな私の情けない姿を見かねたのか、兵士さんが最後に話かけてくれた。


「お前は本当に強い子だよ。俺なんかとは全然違う。……だから今は辛いかもしれんけど、いつかきっと乗り越えられるさ。とにかくまずは安全な場所でゆっくり休め。それからなるべく飯は喰えよ」

「……ん」

 

 それが今の私の精一杯の返事だった。


「よし。もうちょいで休めるからな。だからもうちょい頑張れ。……元気でな。俺みたいになるなよ」


 そう言って立ち上がり、兵士さんは背を向けて歩き出す。


 その背中を見るのは寂しかった。でも、見とれてしまっていた。ずっと私の手を引いてくれた、その後ろ姿に。その姿を見て、私の体に少しだけ力が戻る。


「んじゃ行くぞハルイチ!」

「……おう」


 ハルイチと呼ばれたその兵士さんは、振り返ること無く、まっすぐ歩いていき、そのまま見えなくなってしまった。


 ……何も言えなかった後悔と、その忘れられない姿を心に焼き付けながら。


「んじゃ行こうか。歩けるか? えーっと、名前は?」

「……クラリス、です」


 ようやく出た言葉と共に、自分の名前すら兵士さんに言えてない事に気がついた。


 ーーそれほど迄に必死だったんだ。私も、あなたも。

 


 ◆ ◆ ◆



 身寄りの無くなってしまった私は、ユロの村から遠く離れた王都セントバーンの、学術研究所オリフェルの学生寮に住むことにした。学業の盛んであるこの街は、こうやって身寄りの無い子供を引き取ったり、遠くからこの街に勉強しに来る人達に大きく開かれている街なのだ。


 少しの間はユロの近くのポンドルの街で暮らしていた。でも、結局あの兵士さんには会えなかった。また違う所へ赴任になったらしい。若い兵士はそうやってしばらく各地を点々とするのが習わしなんだそうだ。


 ユロの村が襲われた原因としては、まだ調査中らしいとの事だった。グリフォニアの中でも、様々な権力争いはもちろん、この不安定な世界では王国も一枚岩とは行かない。功を焦った王国の上の人が、無理矢理決行したとも言われている。だけど結局真実はわからずじまいだ。


 これからもいつどこで、ユロの二の舞が起こるかもわからない。ただ単純に魔物に滅ぼされてしまう事もあるかもしれない。


 ……だから今、国中で、言い伝えに残される勇者の降臨が密やかに願われている。


「クラリス、本当にセントバーンに行くのかい? ここからかなり遠いけど」

「はい。もう決めましたから。……ジョネフさん。本当にいろいろありがとうございました」


 ポンドルに居る間は、ジョネフさん夫婦のお家にお世話になっていた。二人とも本当に良くしてくれて、私は感謝しか無い。だけど、それにいつまでも甘える訳にはいかないから。


 クラリスちゃん、別にずっとここにいてもいいのよ? と、奥さんのエレナさんも言ってくれた。だけど、私にはやりたい事があった。その為に、オリフェルで勉強する事を決めたのだ。


「私は癒しの魔法、白魔術について勉強したいんです。もしも誰かが苦しんでいたり、傷ついていたり……泣いていたりしたら、私はその人達の力になりたいんです」


 12歳から入学できると言うオリフェルの魔術学科は、かなり狭き門であり、何より入ってからが一番大変だと聞いた。それでも、私の決心は揺るがない。あの地獄を経験したからこそ、自分には出来る事がある。


 それが私なりの、大切な人達への恩返しだ。


 今でも大好きなユロの村の人々。


 お父さん、お母さん。


 私は絶対に忘れない。


 その為に私には、なりたい目標ができたのだ。


 私はその人みたいに、自分に出来る事を力一杯やるのだ。


 ……俺みたいにはなるなよ。最後にあの兵士さんが言った言葉。


 逆だよ。私は、あなたみたいな人になるんだ。


 そしていつか会えたら、その時少しでも誇れる自分に成れていたら、今度はきちんと伝えるんだ。


 助けてくれて、ありがとうって。


 勇者じゃなくても、あなたは私を救ってくれた英雄だって。



 ※ ※ ※



「……そんな事、あったかなぁ。クラリス、人違いじゃねーの?」


 ……またそうやってはぐらかす。


 そんなこんなで今私は、相も変わらず卑屈な英雄さんの家にお邪魔しているのである。

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