裏側の裏側 ~勇者アカツキ~
構想思い付いたので、番外編投稿です。
※ ※ ※
「よっしゃ」
「やった~」
ドラゴンを倒し、勝ち鬨を上げるリズとターニャの声を背に、俺はノータイムで身を翻し拠点の方へ向かう。それにコンマ数秒遅れて二人は俺に続いた。
しかし思った以上に俺は消耗していた。風の精霊の加護を用い全力で向かってはいるが、思った以上にスピードが出ない。己の不甲斐なさに思わず歯軋りする。
だがそんな俺以上に二人は消耗している。特にリズは相性の悪い相手だったからか、補給と回復が無ければ連続で戦う事は難しいだろう。最早はるか後方に居る。そして周りの仲間もこの状況では手一杯だろう。
だから俺が行くしかない。勇者であるこの俺が。勇者となった責任として、大事なものを守らなくてはならない。
俺は地の精霊の加護も借り、足場の悪い湿原地帯に足を付け全速力で駆け抜ける。
体が軋む。悲鳴をあげる。
だがそんな体の弱音など無視して俺は戦場を走る。
ーー間に合え、間に合え!
時間にしたらそう多くはかからなかったであろう。俺は視界にもう一匹のドラゴンを捉えた。
そして捉えたのはそれだけでは無い。
ーー間に合わないという、その絶望的な現実だった。クラリスが後ろの兵士をかばうようにして立ち、そして崩れ落ちている。
魔力は先程リズに貸し与えた為に、この距離で相手に届く魔法を発動する事はできない。
「……っ! うおおおおおおおおぁぁぁぁぁ!!」
ーーふざけるな。俺は、大切な仲間も守れないのか。
俺は勇者だ。選ばれたからには、たくさんの大切なものを守る義務がある。誰かの為に。世界に為に。自分に為に。
そして俺は、選ばれなかった人達の分の思いも背負って俺は戦っているんだ。
なのに出来ないなんて、そんな言い訳をするわけにはいかないんだ……!
出来ないのなら、俺は何の為にこの世界に転生して来たって言うんだよ!
全身に力を巡らせる。全身がプチプチ音を立てている。何かが切れているのだろうか。だけどそんなのは関係ない。俺は更に速度を上げ仲間の元へ向かう。
限界を超え走る、走る、走る。
……だがそれでも間に合わない。ドラゴンの爪はクラリスの目前まで迫る。
くそ、くそ、くそ、くそう! 間に合え、間に合えよ!
あと一秒。たった一秒がはるか遠かった。
瞬間、俺は奇跡を見た。
いや、あれは奇跡なんかじゃ無いのだろう。
クラリスを庇うように一人の兵士が前に出た。見るからに、もう立っているのもやっとであろうその姿で、あのドラゴンに臆する事無く。
そして同時に剣を抜き、その迫る死に己の刃と己自身のみで立ち向かった。
ドラゴンと言う生物の強さはよく知っている。魔物の中でも最上位。最強の一角とされる化け物。決して普通の人間では太刀打ち出来ない。それは相対した俺が証明する。
ましては彼は何の力も持たないのだ。一撃だって防げない。そんな事は不可能だ。
それでも彼は、その驚異に立ちはだかった。勇敢に向かっていった。
……そしてその死に、たった一回だったとしても、打ち勝ったのだ。
山岡春一。そこに彼の全てを見た気がした。
その刹那を、その輝きを俺は生涯忘れる事は無いだろう。
※ ※ ※
「……なんだよ、勇者様が俺になんか用か?」
あからさまに敵意の目線を向けられる。……やれやれ、やっぱり嫌われてるんだな、俺。だがそんな事でめげていては勇者なんかやってられない、何より彼は俺の仲間の命の恩人なのだから。
あの激闘の後、彼は拠点のポンドル兵士団の救護テントで安静にしていた。ある程度重症ではあったが、幸い命に別状は無いと言う事だった。その診断を下すはずのクラリスがずっと「大丈夫ですよね!? 助かりますよね!?」と取り乱していたのは少しおかしかったけど。
そして俺は、そんな異世界転生の先輩である山岡春一に会い来たのだ。
彼を一度だけ見たことがある。グリフォニア王国記念式典に招かれた時、並んでいる兵士の中に彼はいた。その時も今みたいに、いや今以上に俺に敵意の眼差しを送っていたのを覚えている。
異世界に転生して来たのは俺だけじゃ無かったと驚いたと同時に、一目見てある事実がわかった。彼には何の力も宿っていなかったのである。俺は転生してきた瞬間に、様々な加護に恵まれ、剣を抜いたときに特別な力を授かった。肉体的な能力も優れており、まさにチートと言った感じだった。
その一つに、俺はある程度加護や特別な力を見抜く目を持っていた。そしてその目で見た時、彼に対しては何の反応も示さなかったのだ。
そして、その敵意の目で俺は確信した。これは大なり小なり今まで晒されてきた、嫉妬と憎悪の目だ。だがその深さは今まで受けてきたものでは比べ物にならない。彼のこれまでの、この世界での過酷さを物語っているようだった。
だから俺は彼には話しかけなかった。きっと何を話しても彼を刺激し傷つけてしまう。
その時、俺は選ばれなかった者達の分まで戦おうと心に誓った。そして世界を救うと言う結果を持って、認めてもらおうと思った。
そんな彼と今、この様な形で話そうとはその時は夢にも思わなかったけれど。
「きちんと改めてお礼をしたくて。本当にありがとう、クラリスを救ってくれて。俺だけじゃ足りなかった」
「別にお前の為じゃねーよ」
彼は目も合わせてくれない。……やはり見限られてしまったのだろうか。こんな力をこの身に宿しても、仲間一人助けられない俺の不甲斐なさを。
「本当にすまなかった。あなたにもこの様な怪我をさせてしまい……本当に」
そう言って俺は膝を地面につけ頭を下げようとする。彼も元日本人なら、意味は通じるはずだ。彼の気が済むなら、俺は今出来ることをなんだってしよう。
だが頭を下げようとした瞬間、脳天に衝撃が走った。彼は俺の頭にチョップをかましたらしい。
「バカヤロ! なんでそうなるんだよ。勇者様が簡単に頭を下げてんじゃねぇよアホ!」
「……ハハ、アホなんて久しぶりに聞いたな」
「俺も久しぶりに言ったわ」
「けど俺は」
そう言いかけた声を彼は制止し、大きなため息をついた。
「……いいか。お礼を言うのはこっちだ。お前はクラリスも、俺も、ポンドルの兵士達も、この西の大陸も救ったんだ。助けられたのは俺だ。俺一人じゃ何にも出来なかったんだ……だからまあ、ありがとな」
「いやだが」
「良いんだよ。お前は勇者様で、これからもたくさんの奴を救うんだろ? だったらみっともねぇ真似すんな。堂々としてろよ。俺の事なんか気にもかけるな。んで、俺にとってムカつくまま一生、僻み続けられる存在でいろ」
「……ハハハ」
「んでさっさと世界を救って俺を楽させろ。チート能力貰ったんだったら世界を救うのと俺に妬まれ続けるのがお前の義務だ。それで終わりだ」
まったく、なんてむちゃくちゃ言う先輩だ。だけどそれは、俺がかつて彼を見たときに立てた誓いのまんまの事だった。
……彼には彼の、俺には俺の道がある。たぶんそれは一生交わることは無いんだろう。
正直いろいろ話したいことはあった。だけど彼がそう言うのなら、もう俺も彼も、互いに語ることは無いのだろう。
だからせめて……
「それでも言わせてくれ。ありがとう先輩。俺はあなたの生き様を忘れない。俺は必ずあなたの想いも背負って、この世界を救ってみせる」
「……けっ」
彼はそっぽを向いてしまい、それ以上話す事は無かった。意外と子供っぽい彼の仕草に親しみを持ちながら、俺は救護テント出ていく。
だがその後ろで聞こえてしまった。
「お前ならできるさ。頑張れよ後輩」と激励の言葉。
彼は俺に聞こえない様に言ったようだが、俺は耳が良いから聞こえてしまったのだ。その言葉を胸にしまい、返事をせずに歩みだした。
「あ、アカツキさん」
救護テントを出ると、クラリスがいた。彼女は救護テントをずっと忙しなく走りまわっている。彼女もずいぶん消耗している筈だが、休んでいる方が体に毒と、俺たちの反対を押しきって精力的に動いてくれているのだ。
「忙しそうだな。大丈夫か?」
「はい。重傷者の手当ては大体終わりましたし、追加の薬や物資も帝国に要請しています」
俺はクラリス自身の事を聞いたつもりだったのだが、ノータイムで負傷者の話が出てくるところに、彼女の性格が出ている。
「さっき春一さんに会ってきたよ」
「そうなんですか!? ……様子はどうでした?」
「元気だったよ。有り余ってる感じだ」
「……そっか」
彼女は心底安心した表情を見せた。
「けどあの人本当に無茶ばっかしたんですから! 回復したら戦闘中の私の扱いの事といい、お説教です!」
そう言って怒ってみせるクラリス。しかしどこか楽しそうであり、嬉しそうだった。
次の患者が待っているからと、またクラリスは忙しそうに他の救護テントに向かう。本当にタフな女の子である。そんな彼女の命を、彼は救ったのだ。
「……流石先輩。やっぱ敵わないな」
そう呟いて俺は空を見上げ、次の冒険と戦いに向けて思いを馳せる。
ーー俺は勇者だから、冒険はまだまだ終わらない。さてと、また頑張らないとな。