◆8
「お姉様!」
「ミリーナ」
ミレーユには兄妹がたくさんいた。その中でもミリーナはよくミレーユになついていた。
「お姉様、私にも魔法を教えてください!春に見せていただいた花吹雪、とてもきれいでした!」
「あれは散ってくる花を風で舞わせただけよ。それに魔法なら私みたいな素人ではなくきちんとした先生に教わらなくては危険よ。とっても危険なものなんだから」
「はあーい・・・でもたまには魔法の練習に付き合ってくれる?」
「もちろんよ」
「わーい!お姉様、だーいすきっ!」
「私もよ。愛しているわ、ミリーナ」
***
「ミリーナ!」
「お姉様・・・」
「ふふ、久しぶりね。魔法の勉強の調子はどう?」
「・・・すみません、この後ルシウスが来る予定なので・・・」
「え、あぁ、そうなの・・・引き留めてしまってごめんなさい。頑張ってね」
「・・・」
また、あの頃の夢を見た。ずっと慕っていてくれた妹ミリーナ。呪いの後、暴言等は一切言われなかったけど目に見えて避けられていた。
そのことを思い出すと今でも苦しくなる。もちろん臣下や侍女達の態度だけでも辛かったが、それより辛かったのは身内にも突き放されたことだ。どんなときでも一番近い存在、助け合える存在だと思っていた。呪いのせいなんてしらなかったから、余計に相手の態度への悲しみが募った。
他の家族は忙しく、普段から会う機会が少なかったのが幸いだった。ミリーナだけでも充分悲しいが、他の家族にも冷たくされたらと考えると背筋が凍った。
外を見るとまだ薄暗く、頬を伝う涙をぬぐい、他のことは考えないようにし再び布団の中に入る。何か、心にしこりのようなものが残り、中々とれなかった。それ以上、夢は見なかった。
物の大きさを変えるという魔法を教わり初めて3日が経った。結果的に言うと、魔法は使えるようになった。しかし自分の身体を小さくすることは出来なかった。ただ、大きくすることは出来たのだが。
「なんでうまくいかないのかしら・・・」
「実はその体形気に入ってるんじゃねーの?」
「そんなわけないでしょ、怒りますよ」
「だってそうとしか考えられねーだろ。呪いが邪魔してる気配ねーし」
そう、物にも動物にも試し、両方出来ているのだから、普通に考えて出来ないはずがない。ペンを大きくしたり小さくしたりしながら何故かを延々と考えるが、なにも浮かばない。
「それかイメージが足りないんじゃないのか?」
「そんなこと・・・・・・ちょっとあるかも」
ここ最近、とても悲しいことに痩せていた頃の自分を思い出せなくなってきた。うまくイメージ出来ないまま魔法を使うと、また別人のようになってしまう可能性もあり、魔法を使うのも憚られる気持ちが生まれる。要するに、小さい魔法を自身にかけるのに、自信がなかったのだ。
「昔の自分の姿絵でもあればなー。見ながらやめば安心出来るのになー」
「おまえそんな悪趣味な物持ってたのかよ」
これでも一国のお姫様でしたからね。ふん。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃいませ!」
師匠との会話に夢中になっていると、お客様がきたのであわてて着ぐるみを着る。師匠はそそくさと奥の作業部屋に入っていった。私が来るまでは嫌々やっていたが、接客はあまりすきじゃないらしい。これ幸いと私に接客を押し付けてくる。まあ居候の身だし、接客は好きだから別にいいんだけどね。
お客さんの姿を確認すると、そこにいたのは以前来た金髪のイケメン、クリスだった。
「この前はあんなに大量の調合ありがとね。お陰様で大好評だったよ」
優しげに細められる蒼い瞳にきゅんとくる。師匠の小馬鹿にした笑い方とは大違いだ。にしても、あんなに大量の栄養ドリンクをもう全部使ったみたいな言い方が気になる。何してる人なんだろう。
「今日はどういったご用件ですか?」
「人探しをしてるんだ。それ用のまじないとかって売ってない?」
「師匠なら作れるかもしれませんが・・・あなた、魔法使いでしょ?追跡魔法の方が早いんじゃないですか?」
「それがいくらやっても見つからないんだ。妨害がかかっているみたいで・・・友達の知り合いがいなくなっちゃったみたいだから、早めに見つけてあげたいんだよ」
「まあ・・・」
私のこともこうやって探してくれる人はいるのかしら・・・と少し後ろ向きな気持ちになる。たまにしか行かないが、街に行ってもミレーユ姫がいなくなった、なんて話はまるで聞かない。呪いのせいとはいえ、誰にも心配もされてなければ捜索もされてないんだろう。
どんな境遇かはわからないけど、せめてその友達と知り合いが再開出来るようになるといいな。
「わたしだとまだそこまでの技術がないので、店長を呼んできますね。ししょー!」
「はいはい、どんなご用件だ・・・」
クリスと同じ人間かと疑いたくなるようなおっさんが出てきて思わずクリスと見比べてしまうが、師匠が目を見開いて驚いていたのでそのことにこちらもびっくりした。
「エドワードさん、お久しぶりです」
「おう。久しぶりだな・・・にしても、よくここがわかったな」
「僕の力じゃわかりませんでしたよ。でも弟たちが教えてくれて。弟たちもたまたま来ただけだったみたいなんですけどね」
「やっぱりあの双子、お前の弟だったのか。あのくそ生意気な態度が似てる、とは思ったんだよな~」
「え?え?二人は知り合いなの?!そしてクリスがあの双子のお兄ちゃん?!」
二人の会話についていけず混乱する。
どうやらクリスの話によると、クリスが前大怪我をした際に心配した双子がここの評判を聞いて薬を買っていき、とても効いたのでそのときにエドワードの名前を聞いたらしい。その後帰って兄にそのことを説明すると、どうも兄もよく知る人物像が浮かび上がってきた。
弟たちに御使いを頼みつつ自分でも確認しようと訪れたが、そのときにいたのはミレーユのみで会えなかった。しかしお店の雰囲気からなんとなく確信はあったらしい。
二人が知り合い同士というのも驚いたけど、もっと驚いたのは二人の関係性だった。なんとクリスは隣の国の城付魔法使いで、師匠はそこで上司だったらしい。
「貴方ほどの人が急に辞めてみんな大騒ぎだったんですからね」
「俺よりお前の方が魔法得意だろーが。俺は昔から魔法はあんま得意じゃねーんだよ。いいじゃねーか、使える部下何人も育てたんだから引退したんだよ」
「よくいいますよ、あなたほど繊細な魔法が使える人はいまだに見たことないですよ・・・まあ、いいんですけどね。あなたの薬のおかげでドラゴンの討伐がうまくいったことですし・・・」
「あぁ、お前だったな。どこにドラゴンが出たんだ?」
「それがおかしいんですよ。エリモア山脈の国境付近なんですけど、あそこはドラゴンには寒すぎて自分からは近寄らないはずなのに・・・とりあえず市民に被害が出そうだったので討伐しましたが、人為的な何かを感じましたね」
そこに関してはまだ調査中らしい。昔なら自分も一国の姫としてなにか出来ることがないか考えていただろうが、関係なくなるとこうも感じ方が変わるものなのか。今では『大変だなぁ』としか感じていない自分がいる。
「そうだ、お前、探索魔法と探索のまじない両方教えてやるからやってみろ」
「ええ?!」
「こいつ城付きの魔法使い様だからな、売れる恩は売っておいたほうがいいぞ。俺は売れるだけ売った」
「それは急な退職でチャラです」
「はあ?!」
ドラコン退治の次は人探しかーーー
やっと日常に戻れると思っていたことに対する落胆はあるが、今は少しでも自分の技術を磨くべきだと心に言い聞かせ、依頼内容の詳細を聞くことにした。