◆4
師匠不在二日目。今日の天気は雨。薬草を摘みに行けないしお客さんの入りも悪くなるのでいつもなら憂鬱でしかないが、昨日のイケメン金髪さんのおかげで売上も好調だし気分がいいまま昨日やり残していた双子の依頼の薬に取り掛かることにした。
昨日お客さんが帰った後から夜中まで眠り粉の案を再度固めたし、今日は午前中に錯乱用の爆弾の案を固めてその後に薬の調合スケジュールを練ろう。
まずどんな薬を作るか色んなアイディアをただつらつらと紙に書いていく。大きい音を出す、目が開けられな程の光を出す、嫌な臭いを出す、ねばねばの液体を出す・・・最初は退治することを第一に考え案を練っていたのに気付けば自分がされたくないことを考え始めていた。まずい、人間への嫌がらせを考えてどうする。しかしどんな種類のドラゴン相手かも聞いていない為どれが有効な手札かの判断が難しい為、眠り粉を作り終えたら残った時間でできる限り思いついた爆弾を作ることにした。
そうと決まれば調合開始だ。ドラゴンに使う為少し多めに調合しようと考えていたが、昨日のことを思い出し今日は最初からワンピース姿にすることにした。玄関に人が来たら音が出るよう魔法をかけたので、人が来たらぬいぐるみを被ればいい。うん、大分快適だ。
早速使用する薬草を持ってきて、すり鉢に入れすり始める。葉をすると少し甘い香りがしてくる。この臭いにつられ葉を食べると強力な睡魔に襲われるので要注意だ。特に人間が口に含むと永遠の眠りに入ることになる。まだ死にたくないので鼻にティッシュを詰めて臭いを遮断し食べたい誘惑をシャットダウンした。
三十分程薬草をすり、原形がなくなってきたところで次はそれを鍋に入れ水と他の毒薬、眠り薬等をブレンドし煮る。夜まで煮込み、それを月光にあて一晩寝かせる必要があるため眠り粉に関してはここでひと段落になる。
次は閃光弾だ。ドラゴンは光にあまり強くないから通常の閃光弾と同様の性能で、数を十個程つくる。これが終わった段階で15時。あと大量の接着剤を入れたねばねば爆弾作ったら丁度夜くらいかな、と考えていた丁度その時。
ピーンポーン
玄関の魔法が発動した音がする。お客さんだ。急いで横に置いていた着ぐるみの頭を被る。昨日同様頭しか被れていないが、常連さんなら優しく笑ってくれるだろう。
「あれ、また涼しそうな恰好してますね」
「・・・薬作るのって結構暑いんですよ」
姿を現したのは常連さんではなく昨日の金髪イケメンさんでした。
少し待っててもらい、身体部分の着ぐるみも着用した。
「さっきの恰好も素敵だったのに・・・」
この男、中々お世辞がうまい。普通に金髪イケメンにそんなことを言われたらきゅんときて自分にも可能性があるかもと勘違いを起こし、告白という突撃をかけてしまう女子も多いだろう。しかし自分がワンピースに猫頭という姿は非常に怪しく見苦しかったことはわかっているので、いい気になるなよと自分に言い聞かせる。
「いえ、お見苦しい恰好を見せてしまってすみません。昨日は大口のご注文頂けて本当にありがとございました。今日はどうされました?」
「実は、こちらで売っている栄養ドリンクが人気という噂を聞いて気になりまして。置いてますか?」
「はい。疲労回復のタイプと栄養補給のタイプなら常備してあります。他にも要望があればそれに合わせて調合させていただいてます」
「要望も聞いてくれるんだ。昨日もその場で薬作ってくれたし、すごいね。この仕事初めて長いの?」
「いえ、まだ三か月程しか働いていない新人です。簡単な薬は任されていますが、調合の難しい複雑な薬は私にはまだ作れません。あ、栄養ドリンクは私でも作れるので安心してくださいね」
「え、まだ三か月なの!?手際いいしもっと長いのかと思ってたよ・・・よほど才能があるんだね」
「とんでもないです!本当に覚えが悪くて、師匠には怒られてばっかりで・・・あ、でも師匠の教え方がとてもいいんです!!!口は悪いんですけど、私が出来るまでじっと待っててくれるし、私が三か月で店番まで出来るようになったのは師匠のおかげです。あとは薬の調合が魔法みたいで楽しいからですかね」
そこからは気づいたら魔法の素晴らしさを語り合っていた。金髪イケメン―――クリスは二個上の17歳らしい。いつも師匠は常連のおばちゃんたちばかりと話していたので年だけでも親近感が沸くのに、実は魔法が使えるらしく、しかも魔法は魔力を組み立てていく過程が料理に似てて楽しいと語りだしたら止まらない程の魔法ヲタクぶりだった・・・なんだか似た気配を感じる・・・
「あ、いけない。今日はあまり長居できないんだった」
「そうなんですか?魔法のことをこんなに語り合える方は初めてで、とても楽しかったです」
「僕もだよ。栄養ドリンクの調合を頼むからまた来た時にでも続きを話そう。さっき話してた魔力回復の栄養ドリンクは調合にどれくらいかかるの?」
「調合自体は簡単で、時間も一晩あればできるので明日以降であればいつでもいいですよ」
「じゃあ明日取りに来ようかな。今日は疲労回復のと栄養補給の五個ずつもらってくよ」
「ありがとうございます!」
17時―――終始さわやかで楽しそうなクリスに癒されたことでいい息抜きになった。夕飯を食べ、ここからまた調合を開始する。結局この日来たお客さんはクリス一人だった。
師匠不在三日目。師匠の言い方的には今日の夜か明日の朝に帰ってくるだろう。それまでに双子の依頼を済ませられるようやることを確認していく。今日も天気は雨で、お客さんはあまりこないだろう。
まずクリスからの依頼の栄養ドリンクを瓶に詰めいつでも渡せるよう包装しておく。次に一晩寝かせた眠り粉の元の薬(液体)をこして水分をとばしていく。大分水分がとんだところで丸く固め、上から保護魔法をかけようとするが、範囲が思ったように設定できず作業が難航していた。
ピーンポーン
来客の合図に慌てて着ぐるみ(頭)を被ると来たのはクリスだった。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。栄養ドリンク出来てますよー」
「ありがとう。・・・なんか、今日疲れてる?」
「疲れてます・・・保護魔法がうまくかからなくて。以前習った自分の半径1メートルを防衛する魔法の範囲を広げて応用しようとしたんですけど、うまくかからないんですよ」
私が習った保護魔法は外部からの防御を目的としているが、今回の目的は内部からの薬の広がりを抑えることを目的としており、大きく用途が異なっている。うまく途中の式を変えて使おうとしたつもりだが、その変更点がよくないのか。
「ちょっと式見せて・・・あぁ、ユニークな式だね・・・なるほど・・・うん・・・わかった。魔力が足りてないんだよ。元にしている保護魔法は物理攻撃への保護だから、それを例えば内部の物質への保護に変えてあげれば必要な魔力が減って範囲を広げるのに成功するはずだよ」
「・・・なるほど。魔力が足りないなんてこと今までなかったから気づかなかったです。でもそうか、その式を変更すれば余分な魔力を消費しなくて済む・・・無駄をはぶいた素晴らしい起点ですね」
「普段から魔力いっぱい消費してて出来る限り無駄をなくそうとしてるおかげかな。お役に立ててよかったよ」
昨日話しているときも薄々思っていたが、相当優秀な魔法使いだろう。そういえば師匠も「無駄をなくせ」と日々言っていた。私の要領が悪いことへのお小言かと思っていたけどきっと師匠もこういうことを言いたかったんだと今理解して少し恥ずかしくなった。これから師匠の言葉の本意がわからない場合は深く聞こう。
「にしても眠り粉に空間への保護魔法を練り込むなんて本当にユニークだ。ミレイが考えたの?」
「そうです。最初は眠り薬にして飲ませることを考えたんですけど、標的が動いてうまく飲ませられない可能性もあるから吸い込んだり粘膜に触れることで効力を発揮する粉にしようってまずは考えて、あとは粉にすることへのリスクを考えたんです。でも薬も魔法もまだ半人前なので、考えるのは出来ても実際に実現させるのはまた別問題だってことがわかりました。やっぱり薬も魔法もまだまだ奥が深いです・・・おもしろい」
「半人前でそこまで考えられるのはすごいことだよ。魔法は発想力が一番大事だからね。あぁ、もっと魔法のこと話してたいけどもう行かなきゃいけない時間だから、また今度ね。あ、これあげる」
そういって渡されたのは売ったばかりの魔力回復用の栄養ドリンクのうちの一本。
「これ飲んで、お仕事頑張ってね」
何この人、天使か!にこやかに去っていくクリスを全力で手を振って見送った。
危うく天使の出現で忘れかけていたが、先程の魔力不足でわかったことがある。自分の魔力量の変化だ。呪いをかけられた当時、魔法が一切使えなくなった。猫の着ぐるみのおかげで魔法が使えていたので普通に使えると思っていたが、やはりまだ呪いは残っているらしく今までなら魔力不足なんてことはなかった式でひっかかってしまった。
「通常の魔法を使う分には問題ない量だけど、気を付けないと魔力枯渇で倒れてしまうわね・・・」
体型が変化し色んな不便を感じていたが、魔法でも不便を感じるなんて。早くこの呪いをどうにかしたいと改めて実感した日となった。
2018/8/4一部修正しました。