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この店に来て早三か月。気づけば薬屋の店番はミレーユの仕事になっていた。朝早く起きて簡単な薬を調合し、店に補充し、店番をする。お客様が来たら要望を聞き、それに合った薬を勧める。わからないことがあれば奥にいる師匠を呼ぶか、師匠が不在の時は詳細をメモしておき、後日師匠のいる日に改めてもらう。
最初は薬の知識もなく、接客の経験もなく、師匠が傍にいないとどうしていいかわからず迷惑ばかりかけていた。・・・しかし、それが今では難しい要件でなければ一通りのことは自分でこなすことが出来る。そしてそれが、・・・・・・想像以上に楽しい。
今まで一国の姫として未来は国の公務を行ったり、嫁ぐとしたら旦那様のお仕事の役に立ったり、はたまた魔法の上達具合によっては城付きの魔法使いになるのも有りだと思っていた・・・そう、薬や商売に関わるなんて微塵も考えていなかった。たまたま師匠が薬屋だったから、お手伝いできればーぐらいの気持ちで始めていた・・・でも。
「調合楽しい・・・!この少し配分を変えるだけで効き目を左右する感じとか、ひとつ材料を変えてアレンジを効かせるだけで全然違う薬になるところとか・・・薬には無限の可能性があるわね。魔法と同じで想像力によって同じ基礎の地盤から何百・何千通りの薬が生み出されると思うとドキドキしちゃう・・・っ」
「変態か」
師匠に白い目で見られ我に返る。師匠、自分はまともぶってるけどあんたも大概変態ですからね。
今まで店番をしていた時間をまるまる薬の調合に充てている、しかも販売用の薬を作っている訳ではなく研究が大半だ。それなのに自分ばかり普通ぶるのは辞めてほしい。
今日は結構お客様が来たのでお店にある薬が大分無くなった。寒くなってきたからか、風邪薬や関節痛用の薬は特にだ。お客さんは森のすぐ横の街の人たちが多く、少し歩くのにわざわざこの店まで買いに来るところを見ると評判がいいことが窺える。
「ミレイちゃん、今日もありがとうねぇ」
「こちらこそ、いつもありがとうございます、アメリおばさん。昨日の雨で地面が湿ってますし、気を付けて帰ってくださいね」
「そうするわぁ。・・・ところで、ミレイちゃんの怪我はいつ頃治るのかしら?早くミレイちゃんのお顔が見たいわぁ」
ズキリ。自分がついている嘘に少し胸が痛くなる。
実は、城でかけられた呪いだが・・・大半はまだとけていない。それは自分の魔力じゃないと解けないという厄介な性質と自分の魔法の未熟さ故なのだが、中には人に悪意を抱かせるような呪いもあったのでそのままで接客業なんてした日にはお客さんとトラブルを起こすだろうし商品も売れなくなるだろう。
そこで師匠特性、呪いを封じる着ぐるみ(猫)を着て日々働いている。最初は恥ずかしさもあったけど、知り合いが来るわけでもないし、知り合いも私とわかるわけもないし、子供たちからは喜ばれるしで悪いことなんてひとつもないのでおとなしく着ることにした。
「怪我は大分治ったんですけど、この格好に愛着もわいてきちゃって・・・今更脱ぐのも恥ずかしいし、ずっとこのままでいようと思います。ごめんなさい、アメリおばさん」
「いいのよ、あなたが着たい格好をすれば!じゃ、また来るわね!」
・・・なにより、この格好をしていれば人の温かさを感じることが出来る。それが嬉しくて、接客もとても好きになれた。
「うわ、今日もデブな猫だな」
来た。
「そんなこと言うなよ、クラン。愛らしいじゃないか」
「このデブ猫捕まえて愛らしいなんて思う奴お前くらいじゃね?着ぐるみでごまかしてるのかもしれないけど隠れるどころか体積増してるぞ」
「うるさい!着ぐるみのシルエットよ!用がないなら帰りなさい」
十歳になるかならないかの双子の少年、クランとフランだ。容姿はそっくりだがクランは私の体型をいつも罵倒してくるからいけ好かない。呪いは着ぐるみで封じているから全身来ている間は本当に細いが、着ぐるみのシルエットでデブ扱いされる。反対にフランはかわいいと言ってくれるから大好きだ。この二人はお兄さんがよく怪我をするらしく、けがに聞く薬をよくもらいに来る。そんなところはクランもかわいい。つまるところ、私はこの双子がかわいくてしょうがないのだ。
にしても、たまに毒消し草とか火傷用の薬とか、眠り薬とかも必要だというのだから、よほどデンジャーな仕事をしているに違いない。
「今日は兄ちゃんに頼まれてきたんだ」
「いつも薬の効きがいいから、次頼む薬がもし良かったら定期的に一定の量の取引も検討したいんだって!良かったね。お姉ちゃん!」
街にたくさんお得意様がいるとはいっても森の奥では収入は限られるので、こういった申し出はとてもうれしい。さすが私の天使達。
「それは嬉しいな。で、今回は一体何が必要なの?」
「魔物用の毒が欲しいな」
なんだ、それなら前回作った毒団子があるからすぐ出せる。
「ただの魔物用の毒じゃねーぞ、ドラゴン用だ」
「えっ!?ドラゴン用!?」
「まず購入は言い値出すし、実際に使って成功したらさらに百万出すってさ!」
「えぇー!!!そんなに・・・ごくり」
「その他にも討伐に役立ちそうな薬もあればほしいな。これは僕たちからお兄ちゃんへの差し入れだから会計別にしてね」
「わ・・・わかりました。でも今お店にある薬だとドラゴンに効き目がなさすぎるからオーダーメイドになるし時間ももらうけど大丈夫?」
ドラゴン用の薬なんて初めてだ。ドラゴンは強すぎて一般の兵士や魔法使いでは到底太刀打ちできないのでドラゴンが現れたら逃げるのがセオリーとなっている。そんなご時世で真正面から戦いを挑もうとしているこの子たちのお兄さんは何者なんだろう。
結局オーダーだけもらい、一週間後に取りに来てもらうことになった。さて、師匠に相談しないと。
「は?ドラゴン討伐?それもう一般人じゃないんじゃねーか?」
「でも依頼人はいつもの双子よ?双子のお兄ちゃん、何者なのかしら・・・」
やはりドラゴン討伐をするなんて普通のことではないので、師匠も驚いているようだった。
「ドラゴンっていったらでかいからなぁ。通常よりもうんと強い毒薬作んねぇとな・・・今ある薬草だと無理だな。ちょっと調達してくるわ。三日くらい帰らない」
「え、そんなに?!残り四日で他に依頼されてる薬間に合うんですか?!」
「他のはお前に任せる。そうだな、双子からの依頼は眠り粉と錯乱用の爆弾でも作っとけ。帰ってきたら出来確認するからな」
人間用の睡眠薬なら作ったことあるけど、ドラゴン用の眠り粉となると初めてだ。錯乱用の爆弾なんてレパートリー作ったら楽しそう。三日で終わるか難しいが、アイディアがたくさん浮かんでくるので楽しくなりながらまずは案を練るのに没頭した。
師匠不在一日目。曇っているためかお客さんが全く来なかった為、薬屋の店番をしつつ案を練る。まずは眠り粉だ。まず討伐時に使用するということは、使用した際に味方も眠くなってしまってはいけないので、保護魔法をかけることを検討する。保護魔法の効果は眠り粉を散布したら半径十メートル以内で蔓延し、それ以上外には出ないようにする、というものだ。
次にどの程度の強さにするか、形状は、と用途に合った薬のイメージを近づけていく。やっと自分の中で第一案が出来、お茶でも飲もうと顔を上げるとそこには金髪の青年が立っていた。
「きゃっきゃあああああ!ってすみません、気が付かず・・・どのようなご用件ですか?」
「・・・いえ、お気になさらず。私もあなたが作業しているのを見ることを楽しんでいたものですから。えっと、風邪薬と咳止めを頂けますか?」
「あ、はい。わかりました。おいくつですか?」
「じゃぁ、五十個ずつ」
「え・・・五ではなく、五十でしょうか?」
「はい」
お客さんが少ないと思って油断していたら大口のお客さんが来てしまった。それににこにこしてさわやかでまるで王子様みたいに恰好良くて、なんだか久しぶりにドキドキする。お店はスペースも限られているので五個ずつしか置いておらず、慌てて裏も見に行ったがそれでも二十個といったところだった。
「すみません、今はこれしかないのですが・・・」
「・・・なるほど。ちなみに今すぐ調合して欲しい、とお願いしたら可能でしょうか」
風邪薬も咳止めもミレーユは既に習っており材料も多くあるため調合可能な状況だが、ミレーユの頭には双子の依頼が頭をよぎる。やっと一個の設計図が出来たが薬はもうひとつあり、しかもまだ調合の着手すらしていない。しかしこれだけ風邪薬を頼もうとしている、しかも今欲しいというのだ。きっと緊急に違いない。双子の依頼は睡眠時間を削ればいけると計画を組み直し、前にいるお客さんに向かい合う。
「はい、大丈夫ですよ。二~三時間程お待たせしてしまいますが、お時間は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。急な無理を聞いて下さり、ありがとうござます」
「いえいえ!それよりお客さん、ついてますよ!今日他のお客さん全然来てないから、このまま来なければもう少し早く出来るかもしれません!」
今まで補充等が多かったので、薬は少量ずつ作ることが多かった。しかし今回は一気にたくさんの量を作るので、かなり力仕事になる。臼で薬草をすりつぶしていると、どんどん全身に熱が溜まってきているのがわかった。
着ぐるみを着ながらの作業はとても暑い。これから大鍋で大量の薬を煎じたり、まだまだ力仕事は続く。最初は着ぐるみのまま続けようとしたが、このままではどんどん疲労しペースが落ちてしまう。
ミレーユはお客さんの位置を確認した。お店の奥の待合スペースでお茶を飲みながら読書している。待合スペースの間に目隠しの魔法をかけてしまえばこちらのことは確認出来ないだろうし、この距離で呪いが発動することもないだろうと頭の中で見積もり、それを実行した上で着ぐるみを脱いだ。相変わらずぽっちゃりとした自分には慣れないが、熱気が外に出ていったことを感じホッと一息ついた。
それから時間を忘れるくらい作業に没頭し、気が付けば二時間が経とうとしていた。あとはこの薬を乾燥させて粉上にすればいいだけ。最後に手から炎を出し熱で乾燥させる。
「お、終わったぁ・・・」
こんなに大量の薬を一人で作り終えた達成感に思わず声が漏れた。
「終わりましたか?」
「あ、はい!お待たせしー」
奥から声と近づいてくる声に素で答えるが、その時ふと自分の今の恰好を見た。ボロボロのワンピースはいいとしよう。体型についてもいいとしよう。しかし呪い封じ用の着ぐるみを脱いだままだ!しかも汗をかいて少し干していたから窓際にあり、今から来ても間に合わない。
「・・・その恰好、どうしました?」
「ちょっと暑くて・・・」
なんとか猫の頭だけ被り、呪い防止の魔法が発動してくれたので良かった。しかし表情をまったく崩していない、にこやかなお客さんの肩が細かく震えていたのを私は見逃さなかった。あぁ、恥ずかしい・・・
2018/8/4一部訂正しました。