◆2
目を覚ますと頬を伝う感覚を感じたが、気がつかなかったことにして手のひらで乱暴にぬぐう。なんて嫌な夢見だろう。もう一回寝よう。
二度寝を決意し眩しい日差しの入る窓とは逆側を向き、布団を被る。本来なら起きなければいけない時間だが、季節が冬に差し掛かり寒さが染みる。あと10分を決意しつつ微睡みに身を任せようとすると。
「おいデブ!さっさと起きろ!!!仕事だボケ働けクズ!!!!」
「わかったわよ!!!うるさいわね!!!………………あと10分寝かせてちょうだい」
「わかってねぇ!!!朝の仕込みは一刻を争うってわかってるよな?!起きれねぇなら破門だ!出てけ!」
「破門はいやよ!わかったわ、起きるから!むしろ起きたから!着替えるから出てって!」
ぶつぶつ文句を言いながら出ていった野蛮な男を尻目にミレーユはため息をついた。AM4:00。城にいたときは目覚ましなして6:00には起きていて、「偉いですね」と周りからほめられたのに、と悔しさを感じるが姫と薬師では生活習慣が違うし、自分で望んだ道だ。また師匠が怒鳴り出さないうちに着替えを済ませ、急いで扉を開ける。
一階に駆け降りると既に準備を済ませ仁王立ちしている師匠がいた。こっちを見てかなりにらんできた。こわい。
この朝からガラの悪い師匠、エドワードは王都から少し離れた森の中に住む魔法使いだ。
勢いで城から飛び出した私は、まず手に職をつけようと考え王都の隣街まで行き、今まで受けた教育を糧に働くことを決意した。読み書きだって出来るし、楽器や乗馬、刺繍、剣も嗜んでいた。覚えはいい方だし、手先も割と器用なので何かしら出来ることがあると踏んでいた。
しかし、実際はどこにいっても門前払い。会ったばかりなのに悪者扱いされ、罵倒され、叩き出された。城を飛び出したばかりのときは沸騰して何でもやって生き延びてやると思っていた頭も一気に萎えていく。
デブってそんなに嫌われるものかしら。それとも自分では自覚してなかったけど、私の態度が悪いのかしら。
まるでデブは嫌われる呪いがかけられてるみたい。落ち込み、うつむきながら歩き、気づけば大通りをはずれ、路地裏に来ていた。そんなとき、前から来る人の気配に気付かず正面からぶつかってしまった。
「いたっ!す、すいません!前を見てなくて…」
「いってーな、このデブ!お前自分の体重わかってんのか?肩の骨折れたわ~」
「大丈夫かよ?おいおいねぇちゃん、治療費出せよ。俺の大事な友達が痛がってるから早く病院連れてってやんねーとな、へっへっへっ」
ぶつかった相手は右肩を抑えながら眉間にシワを寄せ、痛いと言っている。しかし口元は連れの男共々終始にやにやとしており、どうも嘘っぽい。
これは家庭教師の先生に昔教わった、「当たり屋」というやつではないかしら…………でも、自分的には全然強くぶつかってないと思うけど、この体重に慣れていないからもしかしたら本当にすごいダメージなのかもしれない…
「本当にすみませんが、今手持ちがなくて…見たところ骨に別状はありませんし、今回は見逃して頂けないでしょうか?」
「はあ?金ないやつがそんな綺麗な服よく着れるな!」
「第一嬢ちゃん誠意が足りねえよ。お金ないなら着てる服売ってこいよ」
「もし服売れないってぇなら、いい働き口紹介してやるよ、くっくっくっ」
こちらの意見を聞いてくれる気はないらしい。明らかな悪意をむけられ、じろじろと見られるのには城で随分と慣れたがどう対処したものか。
あれこれ思考を巡らせているうちに、急に腕を掴まれた。
「ちょっと、離してください!」
「うるさい、いいから来い!」
「だれかーーー!!!!」
とりあえず助けを呼ぶと、頬を強く殴られた。
「余計なことすんじゃねぇ!もしまた大声出したらただじゃおかねぇぞ!!」
「おいおい俺の視界の中で胸くそ悪いことしてんじゃねーぞ」
全員が驚き、最後に発言したものを探す。そこにいたのはながい銀髪で身体中に傷があり、絡んできた二人よりも強面の男だった。
「だれだお前!」
「バカ野郎、銀髪に傷だらけの奴といったら一人しかいねーだろ!逃げるぞ!」
「嬢ちゃん、覚えてろよ!」
男が来てから一瞬で厄介ごとが片付き、呆気にとられるが、男がこちらを見ている気配を感じ慌ててお礼をいう。
「助けて頂きありがとうございました」
「どういたしまして…うわ、やっぱりひでーな」
ぶつかった人にまでひどいと言われる容姿なのか。もう、泣きそうだ。
「お前、よくそんな複雑な呪いかけられて無事だな。てかよくこんな呪いかけられたなぁ…」
「え、呪い…?」
その発想はなかった。いや、考えたばかりだが、本気では考えてなかったので、一瞬思考が停止した。
「これは…体型変化の呪いと悪意を抱かせる呪いと………沢山かかりすぎててしっかり見てみねぇとわかんねぇな」
「え、そんな呪いがあるの?!」
「知らないのか?呪いというか、魔法は発想力なんだよ。基本の魔法はもちろんあるが、技術の高い者は自分でつくる。これはオリジナルだな」
魔法の先生は、呪いは知らないほうがいいといって全く教えてくれなかった。きっと王付魔法使いなのだから、私の呪いにも気づいただろうに、まるで助けてくれなかった。それなのに、こんな見ず知らずの人が親切に教えてくれる。
そしてどうすれば解けるかあーでもないこーでもないと考えてくれている。それだけでさっきまでの萎えた心が温かくなる。
「おっとやべえ!客待たしてるんだった!あんた、早く呪い解いたほうがいいぜ。じゃ…」
「ちょっとまって!!!お願い!私の呪いを解いてくれませんか?!」
それから色々あった。
最初はいい人だと思いふらふらついてった考え方の甘さから散々説教され、城の中で聞いたどの陰口より汚い罵声を浴びせられ、大泣きした。しかし、説教全てに温かさがあり、私のためを思った言葉たちにこの人についていくことを決めた。
口喧嘩はよくするが、信頼してるし尊敬してる。それは今でも変わらない。
ただ、この呪いをかけた奴はよっぽど性格がわるいらしく、自分の魔力で解こうとしないと完全に解けないらしい。なので師匠の所に普段は薬屋の従業員、空いた時間で魔法の弟子として住まわせてもらっている。
「これは月影草だ。主に解毒に使う。月の光を目一杯浴びたあとに花が咲く。ただ、咲いている時間はとても短い。太陽の光でまた花を閉じてしまうからだ。咲いている間は魔力を放っているから、摘んだら押し花にして開いた状態をキープさせる」
言われたことをノートに書いていく。薬草は種類が多く、覚えるのが大変だ。色、におい、形を必死にメモしていく。ここはいくら時間をかけても怒られたりしない。
毎朝薬屋の下準備をしながら薬草について勉強し、朝ごはんを食べたら店番をする。お昼頃に一度お店を閉めてお昼ご飯と魔法の修行をし、また店番をして夕方に店を閉めたら夜ご飯を食べて1日の復習をする。
師匠は怒鳴るので最初は怖かったけど、心が優しい人だと気づいてからは怒鳴られるのも苦痛じゃなくなった。
城から離れ、ミレーユはやっと心落ち着く生活を手に入れることが出来た。