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97「凍れるエピタフ」

 雪の中のお散歩はまだまだ続く。

 いや、お散歩じゃなかった。

 狩りね、狩り。


「クマしゃま、クマしゃま。みんなでハイキングたのしいねー」


 ラロが俺の顔を見上げながらニコッとそんなことをいってきた。


 いや、違うのだが。


 ま、楽しんでもらえているのならそれはそれでオッケーだ。


 三つ子ちゃんたちにまとわりつかれながら、特に目的もなく歩き回る。


 この身体に転生してからというもの、野生の本能なのだろうか。


 特に目印がなくても我が家の方向はだいたいわかるので迷うことはない。


 けど、たまには無目的に森の中を歩くのいいのかもしれない。


 不思議なほど獲物は見つからないが、道々にはいろんな発見があるものだ。


 キーンと引き締まった冬の空気が気持ちよい。


「ねぇねぇ。クマキチさま、これなにかな?」


 先を行っていたラナがこんもりとした雪の塊を見つけて報告して来る。


 どれどれと一同で集まって雪を払い落とす。


 そこには灰色がかった小さな石碑が静かに佇んでいた。


 石碑にはなにか文字のようなものが刻まれているが、当然俺には読めない。


「ロムレス文字ではないな。悪いが私にもわからない」


 しばらく石碑とにらめっこしていたヴィオレットが降参した。


「すみません。私もわからないです。お役に立てず申し訳ありません」


 リリティナも頭を捻って立ち上がるとそう詫びて来た。


 謝られるほどのことではないよ。

 けど、なんだろう。


 こうなってくると是が非でも書かれている文字の意味を知りたくなってくるな。


「あ、もしかして、私、これわかっちゃったかも!」


 今の今まで沈黙を守ってきたルルティナが明るい声を出してアピールして来る。


「姉さん……」

「嘘はよくない」

「なんでいきなりそんなこというのっ!」


 すかさずリリティナとアルティナが否定に走るがさすがにルルティナがかわいそうだ。


「まぁまぁ。ルルティナは根拠もなしに発言はしない子だよ? そんなふうに決めつけちゃダメダメ」


「クマキチさま……さっすがクマキチさまはわかってらっしゃいます!」


 んふぅ、とルルティナが勝ち誇って胸を反らす。


「なにか許せませんね」

「腹立つ」


 リリティナとアルティナがムカッとした顔でぶちぶちいっているがシロクマには聞こえない。


「ふむふむー。やはりこれはかなり古いウェアウルフ語ですね」


 ルルティナは蛇のようにのたくった横文字を指先でなぞりながら唸る。


 眉間にシワを寄せて苦悶する表情は見ようによってはセクシーだ。


「姉さん、今ならまだ間に合うから無理はしなくてもよいのよ」


「私もいっしょに謝ってあげる」


「だからなんであなたたちは私がしったかぶりしてるって断定してるの?」


 リリティナとアルティナが悲しそうに声をかけるとルルティナが怖い顔をした。


 なんかもう面白いから煽ってるだけにしか思えないな。


「それは、いつもがいつもですし。だいたい、私、姉さんが本読んでるの見たことありませんよ?」


「うっ! クマキチさま、リリティナのいってることは嘘ですからねっ。私だって、きちんとお父さまから直接手習いを受けていましたからっ。本当ですよ」


 いや、別になにもいっていないが。


「リリ。姉さんはポルディナ姉さまからご本を借りて、ある程度の古語は読めるようにこれでも密かに勉学に励んでいたんです。……と、やはりこの碑文は白の女王に関しての記述みたいですね」


 なんじゃいな、それは。


「白の女王に関してはただの伝説ではないのか? 私も小さなころ絵本で読んだことがあるが……」


 ヴィオレットは顔にかかった自分の髪を指先でくるくると引っかけ首を傾けた。


「白の女王はただの伝説はありません。実際にこのヴァリアントの森で起こったことなのです。この石碑は白の女王を祀った神殿の入り口までの道筋を示しているみたいですね。暗号化されていて、さすがに読み解くのに時間がかかりそうですが」


「へー。白の女王の伝説か。あらましだけでもいいから聞かせてくれないかな?」


「もちろんですとも、クマキチさま。白の女王のとは元々このヴァリアントの森で暮らしていた、悲しい精霊の物語なのです……」


 そういってルルティナは、白の女王にまつわる物語をゆっくりと語りはじめた。


「白の女王とは、かつてヴァリアントの森にいた春を司る精霊でした。かつて春の女王と呼ばれていた彼女は、この森に出入りしていた若いニンゲンの狩人と恋に落ちます。やがて狩人は猟をサボりがちになったことで、村人たちに悪い精霊に憑りつかれていると誤解され村を追放された挙句、崖から落ちたことによって命を失ってしまったのです。これによって恋人を失った春の女王は一変して冬の女王、すなわち雪を司る精霊に変化して、この森周辺はあたたかな春が訪れることはなくなってしまいました。


 冬が長く続くことによって苦しんだのはニンゲンだけではなく、森の住人たちや、もちろん私たちのご先祖さまであるウェアウルフ族も同じです。苦しみにあえいだ森の住人たちを助けるために現れたベルベーラ族の族長であるカジムントさまは、激しい戦いののち、白の女王を討伐して地下深くの神殿に封印し、森にはやがて平和が訪れた……かなり有名な話ですね。ん? リリティナ、どうしたのかしら。なにか、今の話でおかしな点でもあった?」


「い、いえ。なんでもありません。ただ目の前の人物が、私の知っている姉と同一人物か自信が持てなくなってしまって……」


「それってどういう意味なのっ」


 なんというか……。


 まったく人の手がない入っていない場所にこういう史跡みたいなものがあると、ちょっと不思議だよな。


 転生する前の日本の僻地で「誰がこんなもの読むんだ?」っていう類の故事由来が記された看板を見つけたときのようなしんみりとした気持ちになってしまう。


 とりあえず拝んでおくか。

 なむなむ。


 謎の石碑と白の女王に関しての由来を知ることはできたが、それ以上特に突っ込んで調べることもなく、俺たちはその場をあとにした。


 別に、ほかの展開がはじまってしまっても困るしな。

 どうでもいいエピソードは回避するのが吉ってやつだ。







 収穫がゼロかなと思いきやとりあえず鹿が取れて体裁は繕えた。


 昼飯はまだだったので、とりあえずコイツをパパッと解体して食うことにした。


 まず、適度に雪をのけて地面をすり鉢状に掘る。


 今日は日帰りだし時間もないのでコンパクトにゆこう。


 シンプルイズベストだ。


 煮炊きをするにはこのように薪を置く場所を小さく掘れば熱量も集中できてお得だ。


 んでんで、すり鉢状の穴の中に小石をテキトーに詰める。


「ラナにやらせてー」

「ララもー」

「ラロにおまかせだよっ」


 はいはい。


 三つ子ちゃんたちが我先に小石を入れてくれたのでとりあえず火床の完成だ。


 そんでまず最初に奥へと太い薪を一本横に寝かせる。


 コイツは燃やすというよりか、ほかの薪を立てかける枕のような役割だ。


 それからこの薪の前に杉の枯葉を着火剤代わりに置く。


 コイツはよく火がつくのだ。

 そして細い薪を三角系になるように立てかけてゆく。


 あ、三角形の頂点は閉じるようにしておくのがポイントな。


 これが薪の組み方の基本形である差しかけ型ってやつだ。


 キャンプのときにはもっとも楽チンで俺がよくやる方法だ。


「こうやるの、ねえ、こうやるのクマキチさまー」

「ううう、むつかしいよう」

「こういうのラロとくいー」


 薪組みは三つ子ちゃんたちが率先してやってくれた。

 チラとルルティナの様子を窺う。


 今は鹿肉の切り分けに没頭しているらしく、特に苛立った様子はないようだ。


 ホッとひと息。


 ふう、シロクマも思いやることがたくさんあって大変な稼業だぜ。


「クマキチさま、お肉はご用意できましたけど、どのように調理いたしましょうか」


 作業が一段落したのか、リリティナがロースを持ってくる。


「串焼きにすればいい。肉は焼くのが一番だ」


 ナイフを布で拭いながら近づいてきたヴィオレットがそういうと、すかさずルルティナが強い語気でいった。


「鹿肉は煮るのが一番美味しいのです。そうですよねクマキチさま」


 ルルティナがヴィオレット押しのけながら前に出る。


 これにはさすがのヴィオレットもムッとしてへの字口になる。


 当然ながら両者は俺の前で静かに睨み合う形となった。


 う、うむむ。

 これは困ったぞい。


 このパターンはどっちの案を採用しても禍根が残る気がする。


 ルルティナと目が合った。


 彼女は「クマキチさまなら当然私の意見を支持してくださいますよね」という顔だ。


 そしてヴィオレット。


 彼女も「クマキチ殿は道理のわかる男だから……あとはわかるな」みたいな感じだ。


 あくまで推測に過ぎないが。


「なんなら私はこのままでも一向に構わない」

「あなたはまぜっかえさないの」


 アルティナは辛抱たまらんのか生肉に無理やり噛みつこうとして、リリティナから首筋にチョップを入れられていた。


「ねえねえ、どっちでもいいからはやくたべたいよー」

「おりょうりしてー」

「おなかすいたよー」


 おまけに三つ子ちゃんたちまで痺れを切らして両手両足をジタバタさせている。


 ぐ、ぬううっ。

 食いしん坊なベビーたちめ。

 人生は選択の連続だ。


 ここは早急になんらかの道を指し示さなければ、俺は群れのリーダーとして信頼を失ってしまうだろう。


 あくまでシロクマ基準であるが。


 おまけにゲームなどと違って統率者は速やかで正確な判断が求められる。


「どうされます!」

「どうするのだ!」


 ずずいとルルティナとヴィオレットに迫られた俺は――。


 えい。


「あああーっ!」


 一同が声を上げる。

 なぜなら俺がとった調理法はそのどちらでもなく。


 鹿肉を直に炭火の上へと放り投げるという行為だった。


 アルティナは両目をカッと見開くと、顔を激しく痙攣させながら地面に両膝をついた。


 彼女は両手で自分の頬を覆いながら、首だけをこちらに向けて目で訴えていた。


 気でも違われましたか――。

 と、いいたいのであろうか。

 いやあくまでシロクマ翻訳だが。


「あの、クマキチさま。お気に障りましたでしょうか……?」


 俺がいきなりブチ切れたのかと思ってリリティナが恐る恐る訪ねて来た。


「いや、別にそういうことじゃないよ。これが俺なりの回答。肉の炭直置き焼きさ」


「ええー」


「いやいや、リリティナ。これはこれで歴とした調理方法だぜ」


「でもぉ、お炭とかがお肉についちゃうじゃないですかぁ」


「私は一向に構わない」

「アルは黙っててよ」


「あの、すみませんクマキチさま。私が大人げなさ過ぎました」


「ルルティナは悪くない。私が余計な差し出口を……」


「いや、ルルティナもヴィオレットも謝らなくていいよ。むしろ肉ってこうやって焼いたほうが美味しく焼けるんだぜ。無作法なんで、普段はあまりしないけどね。炭なら、ほら、こうしてパパッと払えば気にならないよ」


 俺はちょっと早口になりながら説明したが、みないいとこのお嬢さまである。


 さすがのアルティナも手を出しかねている様子だ。


「う、ううう、うにっ」


 先陣を切ったのはなんとヴィオレットだった。


 彼女は目を白黒させながら豪快に手に取った肉の炭をパパッと払うとかぶりつく。


 いやあ、ワイルドだなぁ。


「ちょ、ヴィオレットさんっ。ダメなら吐き出して!」


 リリティナが木皿を差し出して、叫ぶがヴィオレットはうーうー唸りながら肉を噛み千切るとゆっくり咀嚼して嚥下する。


「……いや。これ、普通に美味しいぞ」

「な、な、な! いっただろ!」


 実際、炭は払ってしまえばジャリジャリ感はほとんどしないのだ。


 安心だとわかってしまえば現金なもので、一同は、俺が提案した調理法である肉の炭直置き焼きで次々に肉を焼いてゆく。


「くうっ」


 とりあえずルルティナの悔しそうな呻き声は聞かなかったことにするぜ。



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