95「雪中散歩」
無い知恵を絞って考えてみた。
いや、シロクマの脳みそがどれくらいあるかといわれれば。
正直よくわからない。
森の守護神に転生してから幾星霜。
身体の大きさと丈夫さには自信があるのだがこればっかりはね。
ちゅーわけで。
いや、なにがちゅーわけでかは自分でもよくわからんが……。
とりあえずファミリーみんなで表に出てみました。
ヴァリアントの森はどこもかしこも雪景色でありんすよ。
息を吐くと蒸気機関車のように湯気がボーっと出る。
いや、実際に蒸気機関車なんぞは、生前であっても深夜の国営放送で流れている誰得番組でしか見たことがないのであるがそこは気にしないことにしよっと。
ホラ、家ン中に閉じこもってばっかいると健康面・精神面でもよくないじゃんか。
なのでこの際は寒さに目をつむって遠出をしてみました。
外にどかどかっと雪が積もってるのは難点ちゃあ難点だが。
その点はみなちょっと我慢してもらって青空の下で動くのは気持ちイイしね。
マイ・ファミリーを眺めれば、アルティナやリリティナはそれぞれ「んーっ」と腕をグッと天に突き上げて伸びをし、なんとも気持ちよさそうだ。
三つ子ちゃんたちは、互いに顔を寄せ合ってフンフン、スンスンとなにか鼻を鳴らして互いの匂いを嗅ぎ合っている。
謎だ。
シロクマにはまったく理解できない行動だがとりあえずいつものように気にしない。
さぁーて。
このような雄大で美しい大自然を前にすればさ。
いっくら仲のよろしくないあのおふたりの心も、それはもう春の日の雪解け水のようにチョロチョロと溶けはじめてはいないかなぁ?
と、思ってルルティナとヴィオレットを振り向くとふたりはほぼ背中合わせの状態でそっぽを向いていましたとさ。
南無……!
はいはいはい。
わかってますよ。
どうせ俺は争いを嫌う典型的日本人。
根っからの調整気質でございます。
かように憎しみをぶつけ合っている人々を見ると胃がキリキリと痛むのですよ。
ふむふむ。
お、けど、なんかもじもじしていたヴィオレットが動き出したぞ。
ゆけ、頑張れ。
「あ、あれだな。今日はよく晴れていて気持ちがいいな!」
「雪が止んだからなので当然です」
ぬぅ。
ルルティナの返事はにべもないぜ。
「そ、そうだな。け、けど、あれだ。外に出ると空気が美味しいな!」
「寒いです」
「……」
「寒いです」
「そ、そうだな」
あらら、ヴィオレットちゃんしょんぼりしちゃったよ。
ルルティナはヴィオレットから微妙に離れると空を眺めている。
たぶん、露天風呂でリリティナが話したロムレス騎士によるウェアウルフに対する酷い仕打ちに関してヴィオレットは同じ騎士として責任感を感じて積極的に行動しているようだが中々上手くいかないみたいだね。
ルルティナはヴィオレットが近づくと巧みに退いて一定の距離を保っている。
「クマキチさま、クマキチさま」
そうこうしているとリリティナが近寄ってそっと小さな声で語りかけて来た。
「ヴィオレットさん、頑張っているみたいですけど……」
「わかっていたが一朝一夕に関係回復はできんだろうよ」
「でもでも、姉さんあからさまにヴィオレットさんのこと嫌がらなくなったみたいですから、これって一歩前進じゃないでしょうか?」
「いやぁ、それはどうかな」
こうやって第三者の立場から見れば、ルルティナはヴィオレットに対して無関心のように見えなくもない。
俺が知っている限り、わんわんは相手に無関心に振る舞うのはいくつかの理由がある。
その中のひとつに相手に不安など負のエネルギーを感じると、距離を取って知らない振りをするのだ。
ルルティナの中に流れる先祖の血がそうさせるのだろうが、これは無理にヴィオレットが近づいても関係を悪化させるだけだろう。
俺はとりあえずリリティナを放ってヴィオレットに接近作戦を中止させるよう命じた。
なんでだろう。
気にしているのは俺だけなんかな。
パッと見はみながみないつもとは変わらない様子で過ごしておられる。
なぜだろう。
男と女では脳やら感情の構造が端から違ってできているとでもいうのか。
俺、こういう雰囲気苦手なんだよなぁ。
ホラ、友達同士とか職場でとかさ。
とにかくだ。
そういった密閉空間で険悪な雰囲気になるとさ。
どう振る舞っていいかわからなくなるジャン。
そのふたりと自分が個人的に仲よしだったりすると余計に対応に困る。
そういう繊細な気持ちを異世界人たちにもわかって欲しんだよねえ。
こういうところに世界の壁を感じるよな。
彼女たちは日本人に比べて愛情も憎しみもストレートに出し過ぎなんだよ。
むむむ。
ここはひとつ年長者である俺がなんとか骨折って和合の道を進ませにゃ。
とにかくだ。
ここはひとつヴィオレットを交えて狩りでもしようって考えだ。
ウダウダいってるよりも、いっしょに行動して身体を使い、苦楽をともにすればするほど仲ってのは急速に縮まるもんだと俺は思ってる。
自論だけどね。
戦国時代の武将もいくさのないときは巻狩などをして獲物をしとめ、兵たちの練度を上げるとともに互いの信頼感を醸成したという。
基本的に俺らは罠で結構な数の野生動物たちを仕留めて日々の糧としているが、この積雪のせいかやはりここ最近あまり獲物のかかりが悪い。
是非ともウェアウルフと人間たちの共存のためになにかしら見つかると気分もアゲアゲになってよろこばしいところなのだが。
「クマキチさま、川が」
ルルティナにいわれてハッと気づくと目の前には小さな小川があった。
微妙な川幅だ。
俺にとっては苦もなく飛び越えられる幅であるが、今は厳冬期だ。
万が一にでも水没すれば低体温性の危険性がある。
「んじゃ橋をかけなきゃね」
「はしー」
「はしはしーっ」
「はしかけるーっ」
ただ歩くことに飽きはじめていた三つ子ちゃんたちが騒ぎ出した。
んー、なんかいい木はないかなぁ。
「クマキチさま、これあたりが手ごろなのではと思うのですが」
「ん。いいね」
俺はルルティナが指し示した朽ちかけた手ごろな木に両手を着けてグイと押す。
めきめきめきっ
と物凄い音がして木は斜めって倒れた。
「凄い。ほとんど力を入れていないようにしか見えないのに。さすがクマキチ殿だ」
ヴィオレットは感嘆した声を上げると瞳をキラキラ輝かせながら俺を見つめている。
どうでもいいが、先日の薪割りの一件以来彼女の俺に対する傾倒が凄い。
う、見てる見てるまた見てるよ。
ルルティナのねっとりとした視線が俺の背中の毛皮をジリジリと焼いている。
熱い。
いや、熱いどころじゃなくてイダイッ。
ここ極寒の森の中なのに燃え盛ってるよ俺の背中ッ。
「クマキチ殿、クマキチ殿。是非ともそのパワーの秘訣を」
そうこうしているうちにヴィオレットさんが超近距離で俺の身体をさわさわして来る。
「腕も、こんなに太いが筋肉はどこまでもやわらかだ……!」
やめてくださいヴィオレットさんこのままではみなに誤解されてしまいます。
もはやルルティナだけではない。
リリティナやアルティナも厳しい視線で俺を貫いている。
どーせいちゅーんじゃ。
「とにかく強さの秘密は肉を食うことだ。さ、木を倒すからどいたどいた」
「うわーい」
「クマしゃましゅごーい」
「んしょんしょ」
俺は三つ子ちゃんたちプラスヴィオレットさ嬢を纏わりつかせながら木をひょいッと持ち上げて小川に渡す。
どんどこどんどこ歩いていると木々がなくなってちょいと見晴らしのいい場所に出た。
「わぁ……このあたり、雪が積もるとぜんぜん風景が違いますね」
ルルティナがパタパタとしっぽを振りながら開けた場所を見渡している。
「この辺は草地だったよな。へぇー。確かに雪が積もるとイメージ違うよな」
「わーいわーいわーい」
「あ、ずるいーっ」
「ララも、ララもーっ」
リードから解き放たれたわんこのように三つ子たちがだっ、とばかりに一斉に飛び出すとあちこちを駆け回りながらはしゃぎ出した。
森の中は結構に積雪があったので無理であったが、この辺一帯はたいしたことがないので自由度が全然違うらしい。
ララ、ラナ、ラロはみつどもえになってぐるぐるとお互いを追いかけ回している。
大地の息吹を感じる光景だ。
ちょっとリリカルかな。
これだけ広いと子供たちがどんだけ騒いでも誰にも迷惑かけない。
森の中の利点ってそんくらいだよね。
もう半日くらい歩いただろうか。
このあたりで昼食でも、と思って首を左右にコキコキ鳴らしていると遠方になにか黒いような影がチラリと見えた気がした。
「なぁ、リリティナ。あのあたり。木の陰になんかなかったかな?」
「え? すみません、ちょっと姉さんとお茶の準備をしていまして……」
ピッと指差した地点に俺の網膜は確かになにかを捕らえていたのだ。
鼻をヒクヒクさせると、その湿った土の臭いは徐々に強まってゆく。
「なんだ、敵か……!」
傍らのヴィオレットが剣を抜いて身構える。
ルルティナが三つ子たちを回収し終えたと丁度にそれらは姿を現した。
「な、なんだありゃ! デカい、メチャクチャデカいぞ!」
木陰から現れたモンスターはかなり離れた距離からでも視認できる巨大な虫だった。
巨大な虫はぞろぞろと這い出ると雪原をゆっくりと横断している。
三つ子ちゃんたちは、ふかーっと牙を剥いて唸り警戒を露にしているぞ。
にしてもこの距離からすると、あの虫たちは三、四メートルあるぞ。
キモいよう。
慌てふためく俺やルルティナたちとは対照的にヴィオレットは静かに剣を鞘に納める。
「あの色形からすると黒ゴマダンゴ。クマキチ殿、特に有害なモンスターではないぞ」
「なぬっ? そ、そうなの」
「薄い灰色の体表に黒ゴマのようなつぶつぶの模様があるだろう。それが特徴だ。私はここより南の地方を旅したときになんども見ている。土地の農民から聞いた話だと、なんでも腐った木の葉や土を食べて排泄し、弱った土地を癒してくれる益虫らしい。戦闘力も毒もないから特に危険ではないし、非常に臆病らしい」
はー、ほー、なるへそ。
「さすがヴィオレットはあちこちを旅していて物知りだなぁ」
「え? う、うむっ。そうだぞっ。ま、自分でいうのものなんだが私はかなりあちこちを旅しているのでかなり博識なのだ。むふふ。いかんな、これではまるで自慢ではないか」
と、いいつつも彼女は高く整った鼻の下を指でこすりながら頬を赤く染めている。
俺のすぐ隣でルルティナが薄く笑っている。
古来より笑いは威嚇に近いとされている学説を聞いたことがあるのだが。
ぬう、なまじ責められるよりこれはプレッシャーだ。
女心に聡い俺としてはルルティナが仲のよいお兄さんである俺を取られてしまう。
そんなような気持ちで新参者であるヴィオレットに危機感を覚えているのだろう。
と、そんな思いに囚われていると眼下の騎士的お嬢さんがブンむくれている。
この表情からいって「もっと褒めて」と催促をしているのだろう。
致し方ない。
群れの中で彼女の明確な味方は俺とリリティナだけなのだ。
ここはヴィオレットの精神安定を保つために過剰なほどのにヨイショをしておかねば。
「……もっと褒めろ」
いったぞ!
聞こえていない音量でいったつもりなのか?
バカめクマさんはメチャクチャ耳がよいのだ。
しかし兜を被った騎士系女子に涙目で誉め言葉を懇願されるなんて。
どんなプレイなんだよ。
「う、うーん。凄いな。ヴィオレットさんは物知りで凄い。俺はあんな生物がいるなんてまるっきり知りませんでしたよ。やー、感服感服。参ったあああっ!」
ふうふう。
かなりわざとらしいくらいに持ち上げてやったのでヴィオレットは唇をニッと吊り上げて、それはもう、たっぷりと愉悦を表情に滲ませている。
と、おバカなことをやっていると、黙って見ていた三つ子ちゃんとアルティナがダダッと前進した。
「あ、あなたたちっ。なにをやっているのっ?」
ルルティナの叫び声。
「えーい」
「それぇー」
「やっちゃえ」
「やめなさーいっ」
姉の言葉はガン無視でポイポイと投げられた小石はなめらかな軌跡を描く。
なんだか凄まじく既視感を覚えるのだが。
三つ子ちゃんたちは雪の中から探り当てた小石を黒ゴマダンゴに向かって投げている。
当然、かなりの距離があるので彼女たちの力では届かないのであるが。
「ところがどっこい!?」
アルティナさんのワインドアップからのストレートが轟と唸る。
制球無視の豪速球が黒ゴマダンゴの群れに投ぜられるとあら不思議。
危機を感じたのか、彼らはすぐさまくるりと団子状に丸まって巨体に似合わぬ速度で林の中へと消えていった。




