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09「木材伐採」

 ぜいぜいと両肩を揺らしながら呼吸を整える。心臓がバクバクと鳴り響き目の前が霞んだ。


 長々と伸びている大蛇は全長で二十メートルはあるだろうか。


 さっとあたりを見渡すと、人間やドワーフ、それにルルティナたちが凍ったように立ちすくんでいた。


 耳がキーンと痛くなるほどの恐ろしいまでの静寂が横たわっていた。


「か、カミサマだ。伝説の森の守護神が、おれたちを救ってくださったのだ……」


 ドワーフのひとりが緊張に耐えかねてぼそりとつぶやくと、それを耳にした全員が地に額をこすりつけるようにしてその場に平伏した。


 あ、あれ……? これって、なんぞ?


 男たちは威に打たれたかのように固まって顔を上げようともしない。


 ん、んんん。これはチャンスかもしれん。上手くやれば、村人の人心を掌握してルルティナたちの身を上手く守ることに繋がるかも。


 そう思った俺は、できるかぎり厳かな口調で頭を垂れた人々へと神が接するような重々しい口調で語りかけた。


「ニンゲンの子らよ……悪辣なる魔の蛇は神たる白き守護神が征伐した……もう心配することはない……」


「へ、へへえっ」


「我はこの森で無意味に争うことは好まぬ……難を逃れて……遠くから落ち延びて来た憐れな民があらば……慈悲の心を持って接するのだ……いたずらに兵を起こして追いつめることは……神の怒りに触れると心得よ……」


「あ、ありがとうごぜえやすっ、カミサマ! け、けど、オラたちひとつわかんねぇことがあるだよ」


「お、おい。サムエルっ。カミサマに失礼だんべ」


 む? 神たるこの我に問いかけるとは小癪な。いいだろう答えて進ぜよう。なんでも聞いてねっ。


「あの蛇はすっげえバケモンだったけんども、森の近くの村々を襲っていたシロマダラじゃねえみたいだっぺ……このままじゃオラたちは山の入会地にも入れねっし、冬支度もままならねぇだ。できますればカミサマのお力でシロマダラを退治してもらいてぇだ。村では冒険者を雇いたくても銭コもねえだし。おねげぇしますだっ!」


 むむむ。この血を吐くような言葉。シロマダラってのがなにかはわからんが、とりあえずあとで考えておくとして、この場は寛大な上なにもかも把握している感をたっぷり出しておこう。嘘も方便っていうしね! 崇められる対象が揺るいだら信者も落ち着かないだろう。


「シロマダラのことは任せておけ……それと乱を逃れてきた亜人たちにはやさしくしてやるのだぞ……と、これはつけ加えておくが、小屋にあった蛇の毒で穢れてしまった道具は我の手でおまえたちに難が起きぬように回収して置いた……ありがたく思うがよい」


 冬までにはあらゆる邪悪を取り除くと約束すると、男たちはペコペコしながらその場を去っていった。


 ふう。これで村人も幾らかは森にいるルルティナたちを思いやってくれれば、ロムレス兵たちが追跡に来たとき少しでも煙幕の役を果たしてくれるかもしれん……。


 一仕事終えた俺は大蛇の死骸を跨いで草むらの傍で立っているルルティナたちのもとへと戻る。


 蛇の首は完全に千切れていたが、よく見ると胴体の部分は微妙にウロコが揺れているようにも思える。蛇って生命力が強いからなぁ。まさか生き返ったりはしないと思うが、それなりに手ごわい相手だったぜ。


「カミサマ――やはりクマキチさまは伝説の守護神であらせられたのですねっ!」


「は? いやいやいや、なにをいっているんだよ……」


 ルルティナは瞳に涙を浮かべたま顔を真っ赤に紅潮させ、その場に跪き俺に向かって祈りを捧げだした。


 アルティナも姉に倣って地面に両膝を突き、深々と頭を垂れていた。


「あのような下等なニンゲンたちを見捨てぬ海のように深き慈悲に、私は、私は自分が恥ずかしいですっ。怒りに囚われて弱きものを救うというウェアウルフの掟を一瞬でも失念してしまうなんて……私の罪は万死に値します。ああ、それに比べてクマキチさまの心のやさしさと勇猛さこそ、神が神たるゆえんでございます」


 君、俺のこと持ち上げ過ぎだからぁ!


 このあと誤解を解くのにかなりの時間を有したのだが、ルルティナはそれが俺の世を忍ぶ仮の姿とでも勝手に思い込んだのか敬慕の念が瞳から消えなかった。


 ううん。俺としてはもっとフレンドリーにして欲しいんだがなぁ。一方アルティナは「普段通りにしてくれ」と頼むと、俺の背中にぴったりくっいたりよじ登ったりして無邪気な姿を見せてくれた。


 ま、まあ、いいんだけど、いいんんだけどぉ……。






 いろいろ想定外のことが起きたが、無事当初の予定以上の収穫があったのでついているといえばついているのだろう。


「クマキチさま、姉さんお帰りなさい。なにごともなく無事でよかったです」


 拠点に戻りしなリリティナが金色のおさげを揺らしながらパタパタ駆けて来た。


 よほどさびしかったのか、甘えん坊な三つ子たちはくふんくふんと甘え鳴きをしながら俺たちにむしゃぶりついて来る。


 顔中をべろべろ嘗め回されるのはちょっと辟易したが、ルルティナは目尻を下げっ放しで妹たちのやりたいようにやらせていた。


 丸三日も家を空けていたのでまずは括り罠の状態が気になる。早速調べに入ったら、八頭も鹿がかかっていたので、再び河原でさばいて肉を持ち帰った。


 冬に備えての食料集めはもちろんのことだが、居住関係についても早急にとりかからなくてはならない。


「クマキチさま。どちらへ参られるのですか? お帰りになったばかりですから、少しは骨休めなどされては。お茶などいかがですか」


 リリティナはどこかのんびりとした口調でニッコリと微笑んだ。相も変わらずお嬢さまの雰囲気を醸し出しているが、これもすべて君らのためなんだよう。


「ちょっと木材を調達してくる」

「木材ですか?」


 なんのために、と本当にわからないのか小首をかしげている。


 無論、住みやすいマイホームのためだ。


 俺は尻を振り振り建材を仕入れるため、あらかじめ目をつけていた杉林に向かった。


 なにも具体的なことは伝えていなくても、一家は俺のケツにくっついてくる。


 群れで行動するのがウェアウルフの習性らしい。彼女たちは俺が待っていろと命じない限り当然のように一家そろってお供してくれるのだ。ちょっとうれしいかも。


 誰もが知っているとおり、杉、檜、欅の三種は構造材としてすぐれているし堅牢であり、丈夫な上長持ちする。


 たいして時間もないので丸太を並べたログキャビンを作ろうと頭の中に絵図面はでき上がっていた。


「ねーねークマキチさまー。なにするのぉ」

「なにすゆの?」

「あそぶの?」


 うんうん三つ子ちゃんたちよ。君らは危ないからあっちに行ってなさいね。


 住処を立てる場所は、洞窟のすぐそばでいいと思う。


 あそこはすぐそばに小川が流れているし、やや小高い場所にあって平面な場所が広く伐採した丸太を置く余裕も充分にある。


「んじゃ、そろそろはじめようかな」


 俺は風雨や積雪に耐えうる丸太小屋を作成するため、シロクマの膂力にものをいわせて次から次へと杉の木を伐採にかかった。


 別に未経験ってわけではない。田舎ではマタギのオジィに手伝わされて木こりの真似事を散々やったものだ。そのへんは任せてよ。


 さて生木は水を含んでいるので思っている以上に重いのだ。


 俺のようなシロクマなら少々倒れて来ようとも「えいやっ」と力技で跳ね除けたりすることも可能なのだが、できれば怪我をするリスクはさけたいので慎重に倒す方向なども考えねばならない。


 まず倒せる空間を把握し、木が横倒しになる地点はあらかじめ邪魔な小枝とかそういったものをどかしておくのが重要だ。これらの作業はルルティナが姉妹を指揮して率先して当たってくれた。


「みんな、クマキチさまのお手伝いをしましょうね」

「うー。がんばるぅ」


 三つ子たちは作業に参加できるのが楽しいのか、ちっちゃな身体を使って懸命に枝や小石をどかしてくれる。子供が頑張ってお手伝いしてくれるのってなごむよね。


 俺はシロクマであるが、そのまんま獣って指先の構造をしていない。神に感謝だ。


 じゃあ一発やってみっかな。


 ドワーフ木工たちの作業場で手に入れたオノは相当なシロモノだが俺の体格からすればやや小さい。


 ま、もらいものに好き嫌いいっちゃいけないね。パワーだけならあり余っているので、怒涛の勢いで杉の木にオノを叩き込んでいく。


 面白いように刃はめり込んでいくとあっという間に口ができて杉の木はめりめり音を立てて倒れていった。こういった作業を見たことがないのだろうか。娘たちはしっぽをふりながらきゃっきゃっと歓声を上げている。


 さあ、乱獲の限りを尽くすぞうっ。


 無尽蔵に近い体力のある俺は瞬く間に三〇本近い木を伐った。それを見ていたルルティナはもじもじしながら、ひと息つく俺に歩み寄って来た。


「あ、あの。クマキチさま」


 ん? なんだいね、ルルティナさん。受け取った手拭いは冷たい小川の水で濡らしてあったので冷え冷え気持ちよい。しばし忘我の状態で息を長く吐き出した。


「私も、その、やってみたいですっ」


 お! さすが行動派な娘さんだねぇ。


 それを見たちっちゃな子たちが「やりたいやりたいっ」と飛び跳ねている、


 しかしさすがに君たちは無理だよ……もうちょっと大きくなってからだねっ。


 ルルティナは両拳をぐっぐっと握りしめながら興奮のあまり頬を朱に染めていた。


「私こう見えても力持ちさんなのですよっ。お任せくださいっ」


 あ、そうなの? 

 じゃ、じゃあちょっとやってみるか……。


 俺がオノを地面に置いてルルティナに受け渡した。小柄な彼女には荷が重いかな、と思ったのだがルルティナは小枝を拾うようにこともなげに持ち上げた。


 おいおい……これってばどう見ても二〇キロは超えているのだが。


 関羽かな。この子?


「え、えへへ。クマキチさま、上手くいかなくても多めに見てくださいね。えいやっ」


 意外や意外。ルルティナは腰の入ったスイングで木にオノを入れてゆく。非常にリズミカルかつ筋もいい。


 いざとなればサポートに入ろうと思っていたのだが、彼女は俺の倍くらいの時間をかけて、相当に手早く伐ってみせたのだ。驚き。


 くいくいとしっぽを引っ張られ振り返るとアルティナが唇に人差し指を当てて、物欲しげな顔をしていた。


「クマキチさま……私もやってみたい」


 えええっ。ホントに?


「おねえちゃんたちばっかずるいー」


 あらあら。三つ子たちがとうとうむずかり出したよ。


 ララ、ラナ、ラロは地べたにひっくり返って腕やら脚やらをぶんがぶんがと振り回してこっちの気を引こうとしていた。


 リリティナがなんとか立ち上がらせようと手を引っ張るがほとんど騒音といった喚き声でビービー鳴いている。困ったな。


「あなたたちっ。クマキチさまを困らせるんじゃありませんっ」


 うちに烈火のごとくルルティナががおうっと吠えた。三つ子たちは自分たちの我が通らないとわかったのか、わんわん泣きながらリリティナの膝に飛び込んでゆく。


 そんな騒ぎはどうだっていいというふうに、アルティナは目をキラキラさせながら俺の前に立つと胸元の毛を強く引っ張り出した。


「クマキチさま……やろ?」


 ホントにマイペースだな、おまえは。



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