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87「奇妙な居候」

「この私が非を認めて自分から素直に謝ったのに、それはないだろう!」


「ぜんぜん反省していないじゃないですかっ!」


 おいおい、ちょっと待ってくれよ。


 ようやくのこと丸くこの場が収まると思いきや、ぜんぜんそんなことはなかったぜ。


 ヴィオレットの謝罪で場はクールダウンするかなと安心しかけたが甘かった。


 サトウキビや和三盆糖なんかよりもずっとだ。

 先の展開読めなさすぎじゃね、俺?


 つーか、さ。

 おかしい。


 いつものルルティナならもうちょっと冷静に対応してくれるはずなのであるが……。


 彼女の人間嫌いは俺の想像をはるかに超えるほどるらしく、一歩も引こうとしない。


 これにはリリティナやアルティナたちもちょっと茫然としているぜ。


 三つ子ちゃんたちは興奮しきりで、しっぽを大きく左右に振りながら乱入の機会を狙っている。


「うぅ、騎士道に則って潔く謝ったのにぃ」


 ヴィオレットはミノムシのようになっているので、その場で身体をくねくねさせて抗議の意を伝えようとしているが、傍から見るとひたすらシュールでなんか笑える。


「だいたい、留守中に人の家に侵入しておいて、騎士道もなにもあったものじゃありませんよ。さすがはニンゲンの作法です。私にはまったくもって理解できないご立派なものですね」


「うぬぬううっ」


 どうやらヴィオレットはなにかいい返したいらしいが、感情が激し過ぎて、上手く気持ちを言語化できず唸るばかりだ。


 実際、俺らの留守宅に無断で侵入している。


 それに結構な具合で荒らしたりしたのは事実なので悪しざまにいわれようが仕方がない。


 だが、俺が苦しいのはこの自称漂泊の騎士などではなく、ルルティナ自身なのだ。


 ルルティナがヴィオレットを言葉で傷つければ傷つけるほど彼女自身が傷つく。


「なぁ、ヴィオレットさんや。ちょいとこのシロクマの話を聞いてくれないか」


 その場にしゃがみ込んでぐるぐる巻きとなった芋虫さんとお話しする。


「なんだ……?」

「なぜ、俺たちの家へと無断で侵入したんだい」

「そ、それは……」


 ぐーきゅるるるぅ、とヴィオレットの腹の虫が鳴く。


 途端に彼女はカッと顔全体を朱に染めて眉間にシワを寄せた。


 まあ、あれくらいの焼き菓子じゃ足りなかったんだろうね。


「その、あれだ……実は、自分でもわからないうちに、この森の中に迷い込んでいて……あれだ、頑張って抜け出ようと思っていたのだが、武運拙く行き倒れになりかけたとき、ちょうど、この家の扉が私をいざなうように、視界に飛び込んできてだな……火を起こして、ようやくくつろげるかな、とラフな格好になったときに……おまえたちが帰って来て……タイミングが悪かった」


「要するに遭難してたんだな」


「そ、遭難じゃないっ。ちょっと立ち寄らせてもらっただけだ!」


「ルルティナ。彼女はこの雪で遭難して緊急的に避難しただけなそうな。そろそろ、このあたりで勘弁してやっちゃあもらえませんかね?」


「……私は別に、クマキチさまがそう仰られるなら」


 本当に不承不承といった表情でルルティナは下唇を噛み締めながら、こくんとうなずいた。


 とりあえずはこれで一件落着かな。


 俺が首の裏あたりをボリボリ掻いていると、リリティナとアルティナがヴィオレットの拘束を解きはじめる。


 ――まあ、外は結構な雪模様だし、数日は様子を見てから送り出してあげようかな。


「というわけであなたは無罪放免です」

「にゃぶっ?」


 と、思っていたところでルルティナがヴィオレットを表にぺいっと放り出した。


 うおぃ!


「クマキチさまが慈悲をと仰られましたので今回に限って命だけは助けますが、次はないと思いなさい」


「もがががっ」


 雪塗れになりながらヴィオレットがもがいている。

 もがく。

 もがきまくる。

 あ、立ち上がった。


「ふ。確かに、今回は圧倒的に私のほうに非があった。だがな! 次会ったときは、慈悲の塊であるこの私も容赦はしない! ということだけは覚えておいてもらおうか」


 下着姿で凄まれてもひたすら気の毒でどうにもなりませんのですが。


 そうこうしているうちに外は吹雪いてゆく。


 いくら俺がシロクマとはいえこの森における真冬はビギナーだ。


 正直、どれほど積もるかっていうのはまったく予測がつかない。


 ここには、テレビもネットもないので天気予報を確認することができないしね。


「う、ううう。今日はちょっとだけ冷えるな

「いや、ちょっとだけじゃないでしょ」


 見ればヴィオレットは吹雪が舞う寒中で仁王立ちしながら腕組みをしている。


 が、この寒気は相当に堪えるのか生まれたての小鹿のようにぷるぷる震えているぜ。


「とにかくそこじゃあ冷えるだろうに。中に入って話そうや」


「クマキチさまっ?」


 ルルティナが驚愕の表情で俺を見つめる。


 気持ちはわからないでもないが人道的支援なのでここは我慢して欲しい。


「くっ。私は断じてクマごときの施しなど受けぬっ」


 このセリフには静観していたリリティナたちも、身を乗り出すほどだ。


 ううん、強情なお嬢ちゃんだなぁ。


「が、強いて意地を張るほど愚かではないつもりだ。強盗といわれても抗弁できないこの状況で、その申し出、ありがたく思う。すまないがしばらく厄介になる」


 おお、ついに意地っ張りな騎士ちゃんが折れた。

 さ、外は寒いだろうから早く中にお入りよ。


「ちょっ! クマは私に寄るなあああっ」


 なんだよ、もう、めんどくさ。


「うう、さぶっ」


 ヴィオレットは部屋の中に入って扉を閉めると、途端にガタガタと震え出した。


 確かに、下着姿で吹雪舞う極寒の中にわずかでもいるのは命に差し障るだろう。


 室内はリリティナが囲炉裏に火を起こしたのでボチボチあたたかくなっている。


 先ほどからルルティナは無言でヴィオレットをジッと凝視している。


 たぶん、彼女を引き込んだ俺に対しても色々いいたいことがあるのだろう。


 けど、それを我慢して、代わりにヴィオレットへとぶつけてる感じだ。


「ルルティナたちのいいたいことはわかる。けど、どんな理由でも彼女をこの雪の中に放りだすのは、俺は反対だ」


「クマキチさまは寛容すぎます! 第一、これから森の天候は荒れることがあっても、そう簡単に回復はしませんよ? その間、ニンゲンを私たちの家に留めるなんて……!」


 ルルティナは袖口で口と鼻を覆うと、腐臭を嗅いだような顔つきで眉間にシワを寄せる。


 ま、そんくらい嫌だってことはわかるんだけど、見殺しにはできないし。


「あ、そうだ」

「なにか名案でも思いついたのですか、クマキチさま」


「ん、リリティナ。ちょっとした思いつきなんだけど、今、頭上に軽くピコーンと豆電球がね。確かに、俺たちの家に緊急避難とはいえ勝手に入り込んだヴィオレットを無罪放免というわけにはいかない。つーことで、彼女には対価を支払ってもらおうって寸法よ」


 ニンマリと笑うとヴィオレットはずぞぞっと素早く距離を取って壁際に移動した。


「や、やはり、このクマは私の身体が目当てなのだなっ! くううっ、最初からそのつもりで、先ほどのような甘言を……! えっちなことをするつもりだろうっ。官能小説みたくえっちなことだなっ! くっ、卑怯な。卑劣極まるッ」


「ははは、ンな馬鹿な――って、君たちまでもっ。俺はそんなつもりはまーったくないですからね。俺がいってるのは、何日かここに留まるなら肉体労働で侘びを入れてもらおうって考えだよ」


「と、いうことはクマキチさま。このニンゲンの女は今日から私たち奴隷ということですねっ」


「な――ど、どどど、奴隷だとっ?」


 ぴかりーんとルルティナの顔の曇りが一気に晴れた。


 しっぽは勢いよくぶんぶんと左右に振られ、瞳はきらきらと輝いてさえいる。


 対照的にヴィオレットはいいだしっぺの俺に対して鬼畜を見るような眼を向けてきた。


「いやぁ、あの、その、奴隷じゃなくてだなぁ。ヴィオレットさんには、家事手伝いとか、そういった雑用をやってもらってだな。至極、穏便に――」


「聞きましたかあなたたち! クマキチさまは、この捕虜としたニンゲンの女を今日から奴隷に落として扱えとの仰せです。これで故郷を追われた一族に対して、ようやく顔向けができるというものです」


「おおーっ」

「どれぇっ」

「ラロもっラロもっ」


 ルルティナが嬉々として宣言すると、三つ子ちゃんたちは途端にそこいらじゅうを跳ね回って歓声を上げはじめる。


「そんな、私はバルテルミー家の三女だぞっ。よからぬことをしてみろ。父上や姉さまたちが、おまえたちを許しはしないんだからなっ。はっ、そうだ。武器――」


 今更ながら自分の身に危機感を覚えたヴィオレットが遅まきながら剣を探そうとあたりをキョロキョロする。


 けど、狭い家だ。


ヴィオレットが探していた剣はすでにアルティナがゲット済みであった。


「武器没収」

「やああっ。私の剣返してえええっ」


 危機感がなさすぎるぞ、漂泊の騎士よ。

 どたどたとヴィオレットが走ってゆく。


「パス」


 アルティナはヴィオレットに掴みかかられる前に、素早く確保していた剣をリリティナに投げた。


「え、ええっ、姉さんパスっ」

「ララ、ラナ、ラロ。デルタフォーメーションよ!」


 ルルティナは受け取った剣を三つ子ちゃんたちに渡す。


 と、なれば通常時でも一旦手にしたものはそう簡単に離さない三つ子ちゃんたちだ。


 必死で追いかけるヴィオレットの手をするりとかわす。

そして驚くほど連携の取れた動きで翻弄しはじめた。


「わうーっ」

「とーっ」

「わおーっ」


「ううう、わだじのげんがえぜぇえええっ」


 おっと、これ以上はマジでシャレにならん。


 俺は三つ子ちゃんたちから剣を取り上げると、ガン泣きのヴィオレットに返してあげた。






「よし。それじゃあ、とりあえず話を最初から整理しようか。ヴィオレット、君はこの森よりはるか南方より武者修行の途中で立ち寄り迷ってしまった。それで、森に降った雪があまりに多すぎて、街を見失って、避難所代わりに見つけた俺たちの家でくつろいでいた。ここまでは間違いはないかな?」


「――うう、それで間違いないぞ」


 とことん鼻っ柱をへし折られたヴィオレットは枕を抱えながら涙目で答える。


 なんちゅうか、悲惨だ。

 出会いのシーンで見せた華々しさは微塵もないな。


 あまりにヴィオレットの取り乱しようが不憫であったのか、アルティナや三つ子ちゃんたちは、今や彼女を慰めるのに必死だ。


 対照的にルルティナは恨みと疑念の入り混じった視線をヴィオレットに向けている。


 リリティナは平常活動といったところか。


 その表情はおだやかで、今ひとつヴィオレットに対する感情は読めない。


「とにかく話は明日にしよう。どっちにしろ、たぶん数日は気候が荒れて不用意に外に出るのは難しいだろう。特に人間である君にはね」


「な――! 私は幾多の旅の中で鍛えに鍛え抜いた。確かな道さえわかっていれば、この程度の寒さはどうってことないっ!」


 と、仰るが、こうして囲炉裏のほのかな明かりで見るヴィオレットの唇はすでに紫色だった。


 外の天気は、俺たちが帰って来た直後よりもずっと荒れ出していた。


 シロクマである俺やウェアウルフであるルルティナたちは、この程度に火を焚いておけば充分快適に過ごせる室内温度なのであるが、普通の人間であるヴィオレットには相当堪えるのだろう。


 亜人と人間では身体の造りが違う。


 平時では犬耳や、牙、しっぽ程度の違いしかないように思えるが、こういった過酷な環境に晒されてみれば、亜人たちの耐久力がどれほどすぐれているか一見してわかる材料といったところだな。


 シロクマ的センサーで室内の温度をおおよそに計ってみれば二、三度といったところか。


 マイナスのな!


 とりあえずこの程度の気温であればそれほど気にならない。

 かつて過ごしていた洞窟は、ここ以上、はるかに底冷えしていた。


 荒れ狂う吹雪の外はマイナス二〇度を下回っているだろう。


「ぬくぬくだよー」


 ラロがきゃっきゃっと毛布の上をはしゃいで転げ回っている。


 肌着一枚でだ。


 ヴィオレットは日が落ちたあとの寒さを想定していなかったのか。


 そんなラロの姿をバケモノを見るような眼で見ていた。

 昼と夜じゃ、気温はまったく別次元だしね。


 中は火を焚いているし、人がいることで相当にぬくまっているのだ。


「あら、ニンゲンの騎士さま。中はこれほどあったかいというのに、これは、まぁ! 気づきませんでして、私ったら。すぐにあったかーくして差し上げますわ」


 ルルティナがくすくす笑いながら囲炉裏に炭をくべてゆく。


「なっ! このくらいの寒さ、どうということはない――へっぷちっ」


 うむむ。騎士のプライドがそうさせるのか。ヴィオレットはなんでもないことをアピールするために、シャツの胸元をくつろげるが、すぐさまかわいらしいくしゃみをしてしまう。声がかわいらしくてちょっと萌えたぞ。


 う。だが、俺にとってはかわいいくしゃみであっても、同性のルルティナたちからとってみれば、その反応というか声のかわいらしさが気に入らなかったようだ。


 これだから女性というものは扱いにくい。

 そうやって睨み合っている間にも健康なので腹が減る。


 俺たちは、ルルティナが手早く用意してくれたポトフをそそくさと平らげた。


「くっ。この味は……!」


 よほど空腹だったのだろうか。


 腹ペコ騎士のヴィオレットさんは三度もお代わりして、ただでさえ引き攣り気味であったルルティナの表情筋を痙攣寸前まで歪めることに成功していた。


 んー。けどなぁ。


 ヴィオレットはお間抜けな態度とは裏腹に食事をとる作法は、やけに優美であった。


 騎士どうこうの言動に関する真偽はともかく、いいとこの出であるのは間違いない。


 そこはかとなく、所作に上流階級の香りが漂っているぜ。


 ザ・令嬢って感じだ。


 しかし食事どきくらい兜は脱いだほうがよいと思うのだが。



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