08「道具をパクる」
ドワーフの工人が使っていたという廃屋には次の日の昼どきには到着した。
というか、なにげにドワーフってF世界の単語が出ちゃうところが凄いよな。
俺の脳内にはコミックとかサブカル的な短躯で髭モジャおじさんの画が浮かんだ。
廃屋のある区画は森の開けた場所にあった。
ルルティナとアルティナが盛んに鼻を鳴らしている。警戒しているのだろう。
俺の嗅覚レーダーにも危険は引っかかって来ない。警戒はし過ぎていけないこともない。
あたりを見渡すと、作業中で廃棄された材木が半ば朽ちかけていた。
どうやら木工を営む人々はここを使っていたらしいが、なんらかの理由で放棄したのだろう。
「建物は、そんなに古くないな」
「クマキチさま。気をつけてください。あの物置からは人の臭いがします」
ううっとルルティナがしっぽを立てて嫌悪感を露わにしていた。
朽ちた建屋から離れた場所に、やや小さめの倉庫らしきものを発見した。
なるほどね……。
作業場のかまぼこ型の建屋に比べればあちらはまだしも綺麗に見える。
そっと近づいてみると、錠がかかっていた。ふんぬと爪の一撃であっさり壊す。
おおっ。こりゃ宝の山じゃねぇかっ。
中は思った以上に片づけられていてお目当ての大工道具がきちんと整理された状態で置かれていた。
俺は蜂蜜を見つけたクマみたく、鼻面をあちこちの棚に突っ込んで使えそうな道具を検品した。
結果、手に入ったものは、オノ、ヨキ、大ガマ、ナタなどの各種。
大鋸がかなりの種類あるところ木挽き職人もいたようだ。
大工用のノコギリが三〇枚近く手に入ったのはうれしい誤算だった。
それらを手入れする道具各種に、墨壺や釘に雑多な補助用品――。
大小のナイフやクサビなんかも手に入った。
よっしゃよっしゃと小躍りしたいくらいだ。
「あの、クマキチさま。なにをなされておいでなのですか……?」
いかんいかん。つい、無様にクマ踊りを見せてしまった。自制せねばな。
一方、食物を期待していたのかルルティナとアルティナは目に見えてしょんぼりしていた。
ま、女ってのはそんなもんだ。気持ちはわからんでもないが。
できれば日用品をどうにか恒常的に手に入れる方法も模索したい。
となれば人間と触れ合うのはさけて通れないのだが、そのあたりもジックリ考えてみよう。
なにせ、時間だけはたっぷりあるのだから。
「クマキチさま。箱車を見つけましたっ」
あたりをごそごそやっていたルルティナが部屋の片隅から、かなりの容量を積載できそうな箱車を見つけてくれた。長方形の箱の四隅に鉄の車輪がついている。
森の中はデコボコだらけだが、ここはひとつ頑張って少しでも多く文明の利器を持ち帰りたいところだ。
三人で苦労して雑多な道具を箱車に詰めた。
よし。この程度なら俺の力で楽々運べそうだ。
「こらっ、アルティナ。勝手に乗っちゃダメでしょうっ。なにを考えているの?」
いつの間にか荷物を満載した箱車の上にアルティナがちょこんと腰かけていた。
スーパーで子供がカートに乗りたがるのと同じだね。
「いいよ、ルルティナ。この子がひとりくらい乗っても変わらないよ」
「ああ、クマキチさまはおやさしいからそう申されますが……あ! 調子に乗っちゃダメでしょっ、もおおっ!」
アルティナは無表情のまま「いぇい!」と右腕の上腕二頭筋に左手を添えてガッツポーズを取っている。
怒り心頭の姉を前にして、この者結構な猛者である。
ルルティナはぴーっと頭から湯気を出しそうな勢いでぷんすか怒っている。
いつものように取り澄ましているより、こっちのほうが自然で愛らしいと俺は思うぞ。
「そんなにぽんぽこ怒るなって。ルルティナも乗りたきゃ乗っていいぞ」
「え……? わ、私は子供じゃありませんから、そのようなものに乗って遊んだりはいたしませんっ。酷いです、クマキチさまっ」
ああ、それは失礼。でもルルティナはそっぽを向いてもしっぽが未練げにぴこぴこ細かく動いているから気持ちはバレバレなんだよなぁ。
などと、ほんわか和んでいると、俺の嗅覚が記憶に残っていた強烈なそれを捉えた。
「クマキチさま――気をつけてください」
今しがたじゃれていたルルティナの声が剣呑なものへと一瞬で変化した。
いや。それは深い憎悪が込められているといっていいだろう。
俺たちは、遠くから近づてい来る幾つもの人間の臭いを敏感に嗅ぎ取っていたのだ。
アルティナも箱車から飛び降りて、ううっと唸りながら警戒感を露わにしている。
彼女たちの一族は人間の兵隊のせいで一族全滅に近い煮え湯を飲まされたのだ。
その恨み、その怒りは骨髄にまで染みとおっているのだろう。
素早く箱車を見えにくい藪に隠すと同時に三人で身を潜めた。
「抜くな」
俺はかがみながらも抜刀しようとしていたルルティナに命じた。
いつもは素直な彼女は悔しそうに唇を噛むと渋々鞘から手を離した。
無用なトラブルはさけたい。俺が元人間であることを差し引いても、空き家を物色したのはこちらなので利は倉庫の持ち主にある。
彼らはなんらかの理由でこの工場を放棄したのであろう。
建屋のあちこちには、ルルティナたちがいっていた人間以外の独特の臭気――それがおそらくドワーフのものだろう――もあったのだが間違いなく人間の残滓もあったのだ。
できれば顔を会わせずに逃げ出したいところだが。
俺の願いも虚しく、木立の向こうから現れたのは粗末な衣服に身を包んだそれほど若くない人間の男たちと、ずんぐりむっくりしたドワーフたちが見るからにビクビクしながら肩を寄せ合ってあたりを神経質そうに見回していた。
間違いなくなにかを恐れている――?
警戒の仕方が尋常じゃない。ざっと数えて、十四人ほどだが各々手に手に武器を携えている。
槍だの剣だの斧だの弓だの多種多様だ。
「あいつら、やっぱり私たちを追いかけてきて――ッ」
ルルティナはほとんど睨み殺しそうな形相で両眼を血走らせていた。俺が制していなければ、今にも人間たちに飛びかかって行って殺し合いをはじめそうな勢いである。
そこには日頃姉妹たちと接しているような慈母のようなあたたかい笑みはなく、手綱のはずれた獰猛な狼を思わせる狂気を相貌に滲ませていた。
幼いアルティナも同様だ。言葉を発しないだけ、そのいたいけな怒りはいっそ憐れであった。
俺はそっとふたりの身体を抱き寄せると怒りを満面にほとばしらせている姉妹をジッと見据えた。
正直なところ、俺は山で滑落死するまで平和な世界に生きてきた平凡な日本人だ。
一族が根絶やし同然にされた彼女たちの苦衷など想像を馳せることすら上手くできない。
けれど、彼らが本当にルルティナたちを追ってやってきた者たちかどうかはわからない。
甘いといわれようとも判然としない理由で殺し合いなどできるかよ……!
「クマキチさま……」
耐えてくれとしかいえない。思いが通じたのかふたりの瞳からは狂気が嘘のように虚空へと溶け出して、元のやさしげな色へと戻っていった。
「もう、大丈夫です。私たちは怒りだけに囚われたり致しません。ご迷惑をおかけしました」
そうそう。そんな感じで。かわいい子にはいつも笑っていてもらいたいものである。
「な、なんでぇなんでぇ。心配するほどのこともなかったじゃねぇか」
今や顔までしっかりわかる距離でそばかすを浮かせた二十代前半ほどの男が上ずった声で気勢を上げていた。
「シロマダラなんてただの迷信だっていうが……」
「オタつくんじゃねえやいっ。こえぇこえぇって思うからなんでも恐ろしく見えるのさ」
「これだからドワーフどもは臆病で困るぜ」
「ま、今までが万事心配し過ぎだったってことさ」
「これからはおれたち村の若者組になんでも相談するこった」
男の口ぶりからすれば、どうやらふもとの村の若者がなんらかの理由で作業場を放棄したドワーフたちを無理やりここまで引っ張ってきたらしかった。
この調子であたりを調べられたら面倒なことになるな。
そう思って俺が手に入れた(強奪したともいう)お宝をあきらめようかと迷ったとき、騒がしくしていた集団から森中に響きそうな悲鳴が木霊した。
げえっ。なんじゃありゃ? 蛇か――!
俺は蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した集団の中央に頭を突っ込んでいるとてつもなく巨大な蛇を見て腰を抜かしそうになった。
かつて俺が人間だった頃、夜の洋画劇場で繰り返しやっていたアナコンダという映画を彷彿させるような大蛇が、あれよあれよという間にひとひとりを頭から咥えて、天高く持ち上げると素早く嚥下していゆく。
ぎょりっぎょりっとかぐぎっぐぎっという、人間の血肉と内臓と骨とをまとめて挽き潰すような音がやけにクリアに聞こえて来た。
「た、たたた、助けて……」
逃げ遅れて蒼ざめた男がぺたんと尻をつけたまま、ずりずりと背後に退ってゆく。
完全に腰が抜けていて立ち上がれないのだ。集団は持っていた武器を残らず放り出して助ける素振りすら見せない。恐怖で完全に精神が囚われている。
仕方のないことだ。俺には関係ないことだとすませられるほど達観はしていなかった。
俺は元来臆病だ。ヒーローに憧れたことなどない小市民だし、一番大事なのは自分の命であると誰に聞かれてもハッキリ応えることができる。
――ただ、憐れっぽく逃げ惑う男の悲鳴を聞いたのだった。
蛇からしてみれば当然のごとくである生存活動であり、それを邪魔するのは森のルールに反しているかもしれないが、黙って見ていられないのがガキの時分からの性分だ。
体毛をザッと逆立て筋肉を強張らせると怒りと悲しみと――それからほのかな安堵を滲ませたルルティナが複雑な表情でこちらを見ていた。
行ってくるよ――。
返事はもらえなかったが、振り返らずとも彼女がうなずいていると断じるのは俺のエゴなのだろうか。
ウォークライ。
地響きを鳴らして天地を揺るがすとっときの咆哮だ。
大蛇は突貫する俺の熱量を感じ取るとあきらかに鎌首をもたげて警戒の度合いを強めた。
そうだ。そんな雑魚相手にするんじゃない。おまえの相手はこの俺だ。
身体を真っ白な弾丸にして突っ込んだ。
相手の頭はフォークのショベルほどあるがなにもかも無視して頭から体当たりをかました。
ずうんと、全身に手応えを感じた。
それから確実に大蛇を吹っ飛ばす大気の流れを体毛という体毛に浴びて奥歯が震えた。
大蛇は背後にあった楡の木に激突すると無数の葉を散らしながら身をくねらせた。
「――早く逃げろっ」
「クマが喋った……!」
うるせえっ。俺はクマはクマでもただのクマじゃねぇ。
極めつけのシロクマだ!
のたのたと男が逃げ出すのを横目でチラチラ見ていると蘇った大蛇がシャーシャーと威嚇音を出しながら戦線に復帰したのを確認した。
カーンカーン。こっからは俺とおまえの無制限一本勝負、無論ガチだ――!
頭の中でゴングを鳴らしながら、大蛇に突っかけていった。
俺の武器は噛みつきと引っ掻きだ。特に両手の爪はなまじの剣よりよく切れるッ。
流星のように駆けながら大蛇の無防備な身体目がけて斬撃を放った。
ぞぶり、と。
肉を穿つ鈍い音が鳴って、青黒い体液がびしゃびしゃとあたりに飛び散った。
爬虫類の冷たい体液だ。おまけに鼻が曲がりそうなくらい嫌な臭気が立ち込める。
激しくえずいてあげそうになる。こいつとは血の一滴に至るまでやはり相容れない。
痛みを感じているのかどうかは知らないが、大蛇は瞳に冷たい怒りの炎を燃やして反撃に出た。
びゃっびゃっと上顎の牙からもの凄い勢いで透明な液体を放出させて俺の顔面を狙ってきやがった。
直感的にやばいと思って飛び退ってかわした。液体が触れた地面がしゅうしゅうと白い蒸気を立てて溶け出してゆく。
間違いない。これは強力な蛇毒だ。しかも一瞬で大地をとろかす極めつけだ。いくらシロクマさんの体毛が丈夫であっても、こんなものを喰らったらただじゃすまないだろう。
必死になって、右に左に跳躍して大蛇の飛び道具をかわしまくった。
くっそー。男ならンなもん使うなよ。ステゴロで決めようぜ!
といっても、向こうは組まずにこっちを倒せるのならそうするに決まってる。
「こ、このままじゃジリ貧だ……いずれこっちが先にやられちまうっ」
なにしろこっちはこの巨体だ。攻撃をさけ続けるのは限界があるだろう。かといって毒液をかいくぐって特攻攻撃をするのは痛そうで嫌だ。
それらを勘案したうえで俺は獣らしくない方法を取ることにした。
武器――使わせてもらいます。
さいわいにも、村の若衆たちが落としていった武器がそこらじゅうに転がっている。
わはは、蛇公。俺の手先が異様に達者なチート故の攻撃アラカルトを味わうがよい。
俺は前転しながら「はっ!」と格好よく気合を込めて落ちていた槍を拾った。
それから素早く蛇の頭部に向かって投擲した。
相手もそこまで阿呆ではないので、さっと身をかがめてかわす。
そこで第二陣です。
続けて拾った斧を身体を充分たわめて力を込めながらぶん投げる。
必殺のトマホークだ!
しゅるしゅると孤円を描きながら斧は飛翔すると大蛇の身体を激しく切り裂いた。
痛みに耐えきれないのか、大蛇がひるんで後退のそぶりを見せた。
俺はここぞとばかりに地を蹴って飛翔すると大蛇の上顎に向かって爪を振るった。
そうだ。毒を噴出させていたのはここからなんだ。
牙さえ手折ってしまえばどうということもない――!
フルスイングした両手の爪が見事に大蛇の毒牙を根元から断ち切った。
白い牙は回転しながら宙を舞うと、遠くの草むらへと姿を消した。
続けざま俺は大蛇の首根っこに両腕をかけて噛みついた。
俺の自重は半トン近くある。咬筋力も並大抵ではない。
大蛇も嫌がって全身をくねらせる。
狂ったようにのたうつため、その都度俺はあちこちを地面にぶつけたがここで解放すればやられるのはこっちのほうだ。
ぎりぎりみちみちとかぶりついた大蛇の首肉が裂けていく音を確かに聞いた。
やがて、大蛇はくたりと力を失って動かなくなると、俺は噛み込んでいた肉を無理やり引き千切って勝利の凱歌を高らかに上げたのだった。




