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71「決勝トーナメント」

「すごいですっ、さすがですっ。クマキチさまの大勝利ですっ!」


 ワハハ、そんなに褒められてもなんも出ませんよルルティナさん。


 ルルティナはパーッと顔を明るくして熱い眼差しで俺を讃える。


「この調子ならば向かうところ敵なしですね!」


「いやぁ、それはどうかな。もちろんベストは尽くすつもりだけどさ」


 序盤の大食い大会を見事に制した俺は、会場で応援してくれていたクマキチファミリーのみんなに歓呼の声で迎えられていた。


 にしても、げーぷ。さすがに一六五皿も芋を食いまくると腹がぱっつんぱっつんだ。


 軽く一〇〇キロくらいは増量したんじゃないかというように、俺の腹は妊婦さながら膨らんでいたのだ。


「わああ、クマしゃまおなかおっきーっ」

「ぷくぷくしてたーのしーっ」

「やああっ、ラロもさわるのっ」


 ラララ三姉妹は俺の膨らんだぽんぽんがよほど気に入ったのか、突いたり体当たりをしたり抱きついたりと傍若無人な様子だ。


「ぽよんぽよんだよっ」

「クマしゃまやわらかーっ」

「えいえいえいっ」


 ラナが死角から老練なボクサーのようなジャブを連続で放ってくる。


 ぽすぽすぽすっといい音がしてまだこなれない胃の中の芋がダンシングだ。


 やめてくれ、その技は俺に効く。


「クマしゃま、あたしとってもたのしいよ」


 ララが額に汗を浮かべて実にいい顔でニッコリ微笑む。


 うう、でもマジで適当なところで切り上げてもらわないと、さすがの俺もマーライオンしちゃうかもなんですけど。


「ちょ、あなたたちっ。クマキチさまを触るのやめなさいっ。中身が飛び出たらどうするんですかっ!」


「ふにゅうう」

「もっとさわるのっ」

「やだああっ」


 もうあとちょっとで危険水域、限界破裂の喫水線ギリギリのところでルルティナが三つ子ちゃんたちを止めてくれたのでセーフだ。


 と、いうかちょっと高いところに立ってダイブしようとしているアルティナの存在が怖い。目敏く気づいたリリティナがフォローに回っているので、たぶん大丈夫だろうが加速をつけたらマジで爆発するかも。


「いやぁ、しっかしマジでやりやしたね。こりゃあ大会も旦那の優勝で決まりかな?」


 もはやいつから飲み続けているかわからないほど顔を真っ赤にしたヨーゼフが酒瓶を片手にふらりふらりと杯を掲げている。


「て、いうか今のはただのお遊びだろ。武闘大会はこれからが本番じゃね?」


「だはは、そうともいいやすねっ。じゃあ、勝利の酒ってことでまずは一杯」


 誰かこの酔っぱらいをボクから離してください。


 なんやかやと歓談をしているうちに昼休憩はあっという間に終わってしまった。


「クマキチさま、私たち一同が全力で応援しています。必ず勝利してくださいね!」


 ウェアウルフの特性なのか、ルルティナたちはやたらに勝負ごとに燃える傾向があり、休憩時間もほかの選手を応援する地元のグループをあわや一触即発になりかねないくらい俺に入れあげていた。


 それはともかくとして――。


 俺が武闘大会をもっともよく見ることができる控え場所に移動すると、闘技場の盤の上には、すでに一回戦の選手であるテディとルボルの姿があった。


 テディは俺の存在に気づくと不敵な笑みを浮かべた。それに気づいたルボルが不快そうな声を出した。


「ずいぶんな態度だな。目の前のおれを無視する余裕があるとは。舐めているのか?」


「舐めているわけじゃねぇ。端からおまえなんぞはどうだっていいってことよ。オレがやりたいのはクマキチだけだ。あとは、まあ、暇潰しだな」


 隻眼のテディが鼻をグスッと鳴らしてさもおかしそうに笑うと、対面していたルボルの纏った闘気がぶわっと膨れ上がった。あわわ、なんでコイツはいちいち人の神経を逆撫でするようなことをいうのかな。


「面白い。テディとかいったな。おまえがこの盤上を降りるときには、おれの名を忘れられなくなっているだろう」


「は、たかが田舎村の相撲大会でイキってなんになるんだ。能書きはいいから早くすませよう」


「キサマ――ッ!」


「おおーっと、未だ試合開始の銅鑼が鳴る前から両者とも白熱した序盤戦がはじまっていまーす。それでは午前に引き続き午後の本選の司会も、不肖、ハーピー族最後のアイドルカルメンシータが務めさせていただきますねっ。それでは、前置きはすっ飛ばしちゃいまして、試合開始ですっ!」


 カルメンシータがばさりと翼を広げて解説席からふわりと舞うと、闘技場の四隅に置かれた巨大な銅鑼が係のエルムによってドーンと打ち鳴らされた。


 俺たち選手は闘技盤のすぐそばに置かれた丸太のベンチにちょこんと座っておとなしく試合を眺める格好である。


「さあさあ、ついにはじまりました本選であります。軽くここで一回戦を行う両者のプロフなんぞを紹介しておきましょうか。ええと、まずはア二村出身のルボル選手ですね。身長二四〇メルメル、体重七四〇ボッカ。彼は村長推しである村の相撲大会でもかなりの好成績を残している常連ですね。対する隻眼のテディは外部参加者の方で、各地を放浪して回り腕前はかなりものと報告が上がっています。身長三二二メルメル、体重は八三〇ボッカ。背丈も体重も圧倒的にテディ選手のほうが上回っていますが、ここは若干二十二歳のルボル選手、若さとスピードで補って欲しいところでありますが――」


 ちなみにメルメルは長さ、ボッカは重さを表すロムレスの単位である。


 基本、俺は日本からの転生グマなので今後は誰かがそういっても脳内でメートル法に変換するからあまり意味ないかもだけどね。


 ちなみに出場時、受付で説明を聞いたときには本大会において武器使用を積極的に推奨しているらしい。


 理由としてはエルムにとっては人間が作った武器のほうが素手で戦うよりもはるかに安全だからだそうだ。


 基本的な禁じ手は目潰しや金的らしいが、エルムの身体は陰嚢とか分かりにくいのでわざわざ狙うやつもいないだろうと思う。


 衆人環視でタマタマを狙うのは常識的に考えてご法度だろう。そんな度し難いおバカさんもいないとは思うケド。


 さて、んなことよりもそろそろ真面目に大会を見るとしようかな。


 考えてみれば二回戦は自分の番だし、場の雰囲気とか呼吸とそういったものに慣れておきたいんだ。


 ふむん。ルボルは隻眼のテディに比べればあまり特徴のないエルムであるといえる。シロクマやらパンダやらの俺たちが異質過ぎるだけのような気もするけどね。


「さあ、テディとやら。口だけではなくおれをキチンと楽しませてくれよ」


「おまえのような雑魚に割いている時間はないな」


 先に仕掛けたのはテディだった。


 身を低くすると、両足で地を蹴って一気に頭からルボルに突っ込んだ。


「おおっと、これは実にオーソドックスな体当たりだ! テディ選手、ルボル選手が相撲を得意と知っての攻撃かーっ?」


 会場にカルメンシータの声が響く。テディはその巨体を余すことなく利用してルボルを圧倒するつもりだ。


 って、ルボルも村相撲で鳴らした猛者だ。四つに組んでの勝負には自信があるようだが、テディとぶつかった瞬間、ほとんど魔術的な動きであっさりと首を抱えられた。


 ふーっふーっと、野獣もたじろぐ荒々しい声で唸っているが、テディの技がガッチリ極まっているらしく、微塵も動く気配がない。テディは右脇に鼻を真っ赤にしたルボルを抱え込んだまま、ベンチに座った俺をチラチラ見る余裕すらあるみたいだ。


「どうしたルボルとやら。これで終わりか? なら、とっとと決めさせてもらうぞ」


 いうが早いかテディはぐんとルボルの巨体を宙に浮かせると、そのまま顔面を床へと叩きつけた。


 ずうん、と地響きが鳴って周囲の観客席から割れんばかりの歓声が波濤のように起こった。


「おおーっとこれは開始早々テディ選手の投げが決まったーっ! さあ、審判のカウントがはじまります。試合はまだはじまったばかりだ! ここはアニ村魂を見せて欲しいところですが――ああっと審判が腕を交差させていますっ。なんとおおっ、一回戦から村長も推していたルボル選手の敗退が決まり、同時に勝ち抜いたのは隻眼の赤い流星テディ選手だあああっ!」


 カルメンシータ嬢がばっさばっさと翼を羽ばたかせながら興奮しきって解説席の真上を飛び回っている。


 うっそ……マジで一瞬で決まっちゃったジャン。ルボルくん、もうちょっと粘ってコイツの体力減らしといてくれよな。


 そうこうしているうちに、ナースキャップを被ったア二村の女衆が目を回しているルボルをタンカで運んでゆく。テディはひらりと盤上から飛び降りると軽く口笛を吹いて俺のところまで近づいてきた。


「ま、あんなもんはこの程度だ。おれたちにとってみりゃあ準備運動にもなりはしない。クマキチよ、とっとと片づけてしまえよ。おれはおまえと早くやりたくて我慢がならないんだ」


 えええ。正直キモいですよこの方。


 と、まあ俺の感想はさておき二回戦はほどなくはじまってしまう。


「さあ、あっという間に終わってしまった一回戦の余韻も冷めやらぬうちに、二回戦をはじめたいと思います。おおっと、二回戦の選手はふたりとも外部参加の方たちですね。玄武の方向、無敵流免許皆伝ジルヴェスタ選手。朱雀の方向、南からお越しのクマキチ選手です!」


 ううう。なんか、こんな大舞台に立つのはやっぱり緊張するなぁ。


「頑張れ、頑張れ、ジルヴェスタぁ!」

「やっちゃえ、やっちゃえ、ジルヴェスタ!」

「いいぞ、いいぞ、ジルヴェスタ!」


 突如として現れた黄色い声の嵐に俺はバランスを崩して転びそうになる。


 背後に視線を巡らすと、観客席の中央には若い女のエルムたちが応援団を形成してジルヴェスタに激しいエールを送っていた。もちろんルルティナたちも俺のことを応援してくれているのだが、数が違い過ぎて声が掻き消されてしまっているのだ。


 ま、パンダさんは上野でも大人気だからな。ガマ野郎の呪いで真っ黒になってしまった俺では色合いからいって希少種には対抗できないだろう。いつもの驚きの白さならば少しは対抗できたんだろうがなぁ。


「クマキチよ。これがオレとおまえとの絶対的な差だ。先ほどの茶番ではおまえを叩きのめせなかったが、この大舞台でどちらがアドリエンヌに相応しいか真に決着をつけようではないか……!」


 ああ、そういやそんなこともいってたね。こっちはマジで忘れかけてたんだが。


 まあいいさ。


「ジルヴェスタよ。ひとつ教えてやる。男ってのはな、見かけで勝負するもんじゃねぇ。内に光り輝く魂で勝負をするものなのさ」


「ほざけ……!」


 俺のセリフで負けん気に火がついたのかジルヴェスタは目を怒らせて、獰猛なほどにぐるると唸り声を上げる。


「――さあ、二回戦、ジルヴェスタ選手対クマダクマキチ選手、はじめっ!」


 ドーンと巨大な銅鑼が打ち鳴らされ戦いの火蓋は切って落とされた。


 ジルヴェスタはゆるく拳を握ったままゆらりゆらりと近づいてくる。


「さあ、最高にハッピーなパーティーのはじまりだッ」


 俺は半身を開いて構えると身を低くして迫って来るジルヴェスタに備えた。


 ううむ。見た目はパンダちゃんなジルヴェスタであるが、こうして牙を剥き出しにして唸っているところを見れば結構怖い。


 と、思っているところにおもっきしぶつかってきた!

 が、想定の範囲内だ。


 素早く前蹴りを放った。俺の脚はずぼりとジルヴェスタの腹に決まった。観客からワッと歓声が上がる。ジルヴェスタの表情に苦悶が刻まれた。隙を衝いてするりと背後に回った。太い腰に両腕を伸ばしてガッチリ組み合わせる。


「おっしょい!」


 ジルヴェスタの腰に回した両腕に力を込めて思い切り後方にぶん投げる。


 ジャーマンスープレックスだ。


 俺の身体は綺麗に弧を描くとやつの脳天を床へ叩きつけた。


 ごおん


 と物凄い音が鳴って盤が揺れる。


 俺はひらりとその場から飛び退いて距離を取って再び構える。


 脳天から床に突き刺さったジルヴェスタはそのまま器用に頭だけでくるくる回転すると横倒しに転んだ。

 ――効果は抜群だ!



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