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07「鹿肉解体」

「お魚さんに日を当ててあげましょうね」


 ルルティナが順序良く開いて塩を振った魚を枝に刺してゆく。三つ子たちは高い木の枝に手が届かないので、もっぱら魚を開かせてあげた。


 にしても俺ってばこの手で意外と器用になんでもこなせるんだなぁ……と改めて思った。


 感覚的には三、四時間程度日に晒しておいたが、身がカチコチになったところで完成した。


 今日は鼻歌まじりで洞窟に戻った。全員の顔色が昨日よりまったく違うことに気づく。


 人間、明日に希望が見えなければ暗くなりがちである。


 夕刻、俺はひとりで朝方仕掛けた括り罠の成果を確認に行ったのだが――。


 やった! いきなり取れた!

 それも一ヶ所ではなく、三カ所だっ。


 この世界におけるビギナーズラックってやつだろうか。


 これであの子たちに、今日も新鮮な肉を食べさせてあげられると思うと頬がほころぶ。


 それほど大きい鹿ではないが、鹿は鹿だ。


 鹿くんは俺の気配に気づくと狂ったようにジタバタともがきはじめた。


 ……ああ、そうか。俺って冷静に考えるとクマだもんなぁ。そりゃ恐れるよ。


 だが、そろそろ闇が迫っているので悠長にしている暇はないのだ。


 俺は「南無……」と鹿の前で合唱すると素早く爪を脳天に叩き込んだ。


 一発で昇天である。


 シロクマである俺の前では鹿の頭蓋など豆腐のようなものだ。


 そうやって三匹を素早く処理すると、俺は鹿を抱えたまま川に移動した。


 まぁ、やはりダニは気になるがあとで身体にお湯でもかぶるしかないだろう。


 暗くなりはじめたので、まず河原に着いた時点でたき火をした。


 そこでハタと気づいたのだが、俺の体毛についているはずのダニがあたりにポトポトと自然に落ちている。


「な、なんだ……こりゃあ?」


 ここでシロクマに転生してはじめて不可思議な現象が起きたのだ。


 なんと、俺の毛皮は白く発光するともそもそと潜り込んだダニたちを残らず殺しきったのだった。


 な、なんか有害な物質でも発しているじゃないだろうかと、くんかくんか自分の身体を嗅いでみたが、ちっともよくわからない。


 これも御仏のお導きであろうか。俺は西方浄土におわします阿弥陀仏にそっと手を合わせて感謝の念を送ってみた。


 そんな謎イベントはおいといて、だ。

 鹿の解体というイベントが残っている。


 鹿の血は濃いので素早く血抜きを行わなければならないのだ。


 喉にある動脈をすっぱり切って放血を行い、内臓を抜いた。


 腸を抜くと鹿は相当に軽くなる。三頭じゃ今日の分くらいしかないだろうが、これから猟に慣れてドンドンとっていけばいい。


 食道をずるずる引っ張って、まだ血が滴る心臓を引き抜いた。


 こいつは刺身で食えるし、今の俺はシロクマ化してるから、ま、多少はね。


 と思いつつ生でガブッとやった。


 口中に血とじんわりとした甘みがとめどなく広がってゆく。


 甘っ、うまっ……! 


 なんともいえない野趣あふれる味に、一瞬野生に帰ってしまったぜ。


 ふうっ。危ない危ない。


 相当にあたりの気温は下がっているのか、裂いた鹿の腹からは真っ白な湯気立ち昇っていた。


 胃の腑を裂いてみると、まだ未消化である草がもさもさっと広がった。スゲェな。これ。


 俺は鹿を川の流れに浸すと、その間、身体に着いた血の汚れを落とすために水流の瀬にざぶざぶと入ってゆく。火照った身体が心地よい。


 今日の鹿さんは焼いてしまうより、じっくりコトコト煮込んでしまうほうがいいだろう。


 焼くと固くなるしね。


「やいたのがたべたいっ」


「コラッ、あなたたち。クマキチさまが取って来てくれたお肉なのに、ワガママいうと食べさせてあげませんよっ」


「びいいいっ」


 煮込み料理を提案すると、よほど昨日食べた猪ステーキが美味しかったのか、三つ子たちが泣いて喚いて駄々を捏ね出した。ワガママなちびっ子たちかわいいな……。


 だが、実の姉であるルルティナは看過しえないと見たのか、烈火のごとくしっぽを逆立出ると、わがままをいう妹たちの首根っこを引っ掴んで「ぐるるぅ」と異様に低い声で唸りはじめた。ぼ、ボクチンも今のルルティナわん怖いです。


 リリティナは、はふうとため息を吐きながら呆れ果てている。


 アルティナのほうはといえば三つ子たちの叫びなど耳には入らず、解体した肉たちを隙あらば生でも食うぞ! とばかりにジッと凝視していた。


 この子、ほとんどまばたきしないんで怖いですやん。


「じゃ、じゃあさ。折衷案なんだが、半分は煮込みにして、もう半分は焼いて食べよう」


「ほんとっ」

「やった」

「クマキチさまだいしゅきっ」


「クマキチさまっ。この子たちをあまり甘やかされては、その、困りますよう」


 俺が割って入ったことでルルティナもようやく、やや折れたようだった。


 それに対して三つ子たちは俺の脇や背中にくっついてきゃっきゃっと楽しそうに笑い転げている。


 え……今の嘘泣きなんですえ?


「クマキチさましゅきー」

「ねえさまきらいーっ」

「このっ……!」


 ルルティナが手を上げてぶとうとすると、ララ、ラナ、ラロの三人は巧みに俺の肩へとするする登り、あっかんべえをした。


 闇夜にもルルティナの眉間にとんでもなくシワが寄っていることが分かった。怖し。


 まず煮込みであるが、鍋に切り分けた鹿肉と、玉ねぎとニンジン、それに獣脂をぶち込んで、酒(酒があったのか!)をそそいで蓋をし、とろとろと時間をかけて煮込むことにした。


 そんで、ちびっ子たちお待ちかねの焼肉である。俺は咬筋力が強いので焼いてカッチカチになった肉でも余裕で食えるのだが、ちょっとウェアウルフ族を見誤っていたよ……。


 彼女たちは焼きまくって固くなった肉を容易に歯で引き千切りながら、ガフガフ食っていた。そうだよなぁ、彼女たち普通のヒューマンじゃないんだよねぇ。


 夫婦喧嘩になったら喉元噛み千切られて、一発で終わりだよなぁ。ルルティナも、キラキラ光る犬歯で肉を切り裂いて噛み下している。いいんだよ、いいんだけどねぇ。


 鹿肉シチューも、ようっく煮込んだのでやわらかく美味しかったです。


 これって煮込み過ぎても、肉がボロボロになるし……ジビエ料理専門店の人なんて大変だろうなぁ、と思いつつ残らず平らげたのだ。


 俺は今日も今日とてルルティナたちの家で軒下を借りることとなった。


 実際、こんなデカいやつが泊まったら邪魔じゃなかろうか? と気を使って、どっかほかの場所で寝ようかと伝えたら涙目で拒否された。なんでだろうか。


「クマキチさまー。ふかふかするぅ」

「あたしもあたしもー」

「いやん、そこラロのばしょー」


 とちびっ子たちには大人気だ。


 こうまで好かれれば力になってやりたいと思うのが人情ってもんだろ。


 三つ子は昼間暴れまくって疲れ切ったのか、すぐにすうすうと眠りこけた。ふと気づくと、ルルティナたちは自然と俺の身体にすり寄っている。気持ちはわからなくない。


 この洞窟は仮の宿とはいえ寒いのだろう。俺は強力な毛皮のおかげで微塵もそういったものを感じないのだが、日が落ちると冷えるらしく彼女たちは一様に身を縮込ませていた。


「ルルティナ。ちょっと思いつく限りでいいんだが、今、おまえたちが持ってる所持品の中に大工道具のようなものってないよなぁ……?」


「クマキチさま。私たちは砦が落ちる寸前に着の身着のままで逃げ出しました。途中の村々で、わずかな食糧とかちょっとした刃物は手に入れられたのですけれど、そういったものは、ふもとの村とか、あるいは大きい町とかに行かなければ手に入らないと思います。お力になれず、申し訳ございません」


「いや、別にとがめだてしているわけじゃなくてよ。そういうのがあればなぁって思っただけだからさ。大工道具があれば、ここは材料にこと欠かないし色々作れるなぁ、と思っただけさ。そう、あまり気にするなよ」


「でも……」


 ルルティナはしゅんと犬耳を伏せて悲しそうにうつむいた。


 実のところ、俺の中にはひとつの計画がカタチになりはじめていた。


 俺自身はたぶん雪が積もったとしても問題なく冬を越せると思うのだが、ロクな設備もノウハウもなくここにやってきた彼女たちは間違いなくこのままではまずいだろう。


 てなわけで、アウトドアの達人であるこの俺が持てる知識を駆使して、彼女たちに「おうち」をプレゼントしちゃおうと思ったわけだよ!


 そこまですれば、ま、同居とはいわないまでも、ときどき遊びに来て泊まったりするウィンウィンな関係が築けると思うし、第一美少女たちと懇意にできるのはシロクマ化した今の俺からしても実に心弾む未来設計図なのだ。


 だが、今のうなだれるルルティナを見ると、無理やり里に下りて大工道具を手に入れて来いともいえない。彼女の人間アレルギーは相当なものなのだ。


 かといって、シロクマーな俺が「こんちにちわニンゲンさん。大工道具を譲ってくれませんか」とちょっと野太い声で語りかけても、ただの捕獲事案だろう。


 クマ牧場の入り口に飾られている同胞の二の舞もあるでよ!


「そういえば……」


 ずっと黙って自分の三つ編みを触っていたリリティナが端正な眉をひそめてちょっと思い出すような仕草をとった。美少女はなにやっても形になるなぁ。


「姉さん。覚えてません? ここに来る途中でドワーフ工人が住んでいたらしき廃屋があったのを」


「あ……! でも、あそこってあまりにボロボロだったから、よく見ないで通り過ぎちゃったのよね」


 ん? なんだね、君たち。ぼくに詳しく説明プリーズよ。


「クマキチさま。ここから一〇里ほど離れた場所に、たぶんですけどドワーフの工人が使用していた廃屋がありました。近くには、そのニンゲンの木こりが使用していた物置もありましたので、それを拝借しましょう」


 え? でも、それってまだ村人の誰かのものってことだよね。ボキ、ドロボーは……。


「――どうせニンゲンのものなんですよ。なんの気兼ねもなくもらえるじゃないですか」


 ルルティナの口調。完全に闇落ちしたものだった。くっ、なぜだろう。良識を振りかざすことができないぜ……! 


 いまさら道義心うんぬんをいってもはじまらないか。


 ルルティナにしてみれば、人間にたちに村を焼かれ、恨み骨髄なのだ。逆にこれくらいで溜飲が下げられるのならと思えば、許容範囲内でもある。








 翌朝、俺とルルティナとアルティナ三人は洞窟から東に三〇里(ロムレス里らしいが、そもそもロムレスの基準がどのくらいかわからないので基準にならない)離れたドワーフ工人の廃屋目指して出発した。


 洞窟に残る三つ子たちは昨日取った鹿肉とかの余りがあるので、それほど心配することもない。念のためにしっかり者のリリティナを残しておいたので大丈夫だ。


 ぶっちゃけていうと、アルティナは十歳であるがみっつ上のリリティナと体格的にあまり変わらないのだ。


 個人差はあるが、結構な力持ちだ。そういった意味では荷物運搬に力強い供であるといえる。


 脚も強い。黙々と文句もいわずよく歩くのだ。リリティナはアルティナに比べて体力的には落ちるので、この人選で問題はないだろう。


 俺はルルティナの記憶に従って森を移動した。途中には、アケビの木があったので、思うさま取って気のすむまで喰らった。


 アケビの実はぷつぷつした種がちりばめられており、ねっとりとした舌触りだ。


 もっともどれだけ食っても腹が膨れるといったたぐいのものではなかったが、ふたりの女子には中々大人気だったのでよしとしよう。


 次いでブラッドベリーという実も発見した。


 相当に香りが強いので、俺はちょっと辟易したのだが、どうやらウェアウルフたちはこういった匂いが強烈な食べ物を好む傾向があるらしい。ふたりのしっぽの振りようを見れば歓喜していることはすぐわかるのだ。


 日が落ちたところで、巨大な木のうろに入って休んだ。


「すみませんクマキチさま。なんだか毛布代わりにしてしまって」


 ふふ。構わないさ。美少女ふたりを抱っこして眠れるなんてちょっとしたぷちハーレム気分だからな!


 ホーホーとミミズクの鳴き声を聞きながら眠りにつく。


 無論、なにが襲って来るかわからない森の中だ。俺は半ばうつらうつらしながらも、周囲にどのような異変が起こってもすぐに対応できるよう、オートで気を張り巡らせている。


「クマキチさまぁ……」


 寝ぼけて顔をこすりつけて来るルルティナの髪を撫でながらくおおっと軽くあくびを噛み殺した。


 さあ、明日はいいものが見つかるかな?



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