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69「予選」

「さぁ、いよいよもってみなさまお待ちかねの聖熊武闘大会が開幕されます。年に一度、最強で呼び声高いエルム族一の戦士を決める神聖な競い合い。申し遅れました、本大会の視界は今年でなーんと三回目。森のアイドルにしてハーピー族の超新星カルメンシータがお届けしちゃいます」 


 ざわつきながら開始を待っていると、遠くからでもキンキラキンの髪と羽根がやたらに目立つ亜人の娘がよく通る声でアナウンスを行っていた。


 闘技場の四隅を見ると大きな水晶のようなものが設置されている。水晶は不思議なことに今しがたカルメンシータが喋った言葉を闘技場内へと拡散していた。


 紫水晶からハーピー娘の声が闘技場へと万遍なく行き届くようにされているところを見ると、アレはマジックアイテムのたぐいなのだろう。


「いやぁ、これで三年連続栄誉ある聖熊祭りの解説に任命されるとは、カルメン身に余る光栄でございますっ。やぁーたぎりますねぇ。そうじゃないですかエルムのみなさんっ」


 カルメンシータという娘はオレンジのボディコンワンピースに身を包み長机の上で両腕に生えた羽根を興奮のあまりばっさばっさと震わせている。


 俺のずば抜けた視力で観察すると、どうやら四肢の部分を除けばほかは普通の人間となんら変わるところはないようだ。


「とと、紹介が遅れました。本大会の解説は長老筆頭ヤーコフさまとヘルフリート村長、そしてお呼びでないのに山から勝手に下りて来て半日ほど大会実行委員会に粘って無理やり席をねじ込んでくれましたオウル族の自称賢者セネカさまを特別ゲストとしてお招きしております」


「ほっほっほ、みな頑張るがええ」

「村長として重篤者が出ないことを祈ります」

「……」


「ギャーッ。触った。私の尻に勝手に触るなこンのエロジジィッ!」

「ちょ、軽いあいさつじゃて――んぶっ!」


 セネカがカルメンシータの羽根で宙に叩き飛ばされるのがこの位置でもよく見えた。


 ――いや、マジで山に追い返せよ。

 エルム族は寛大なのかアホなのかようわからん。


「ええと、それでは気を取り直しまして続けさせていただきます。今大会の参加人数は一二八名。なな、なぁんと聖熊武闘大会全五十七回の中で歴代最大数の参加者となっております。今日という日のために、鍛えに鍛え抜いた猛者たちは壮観ですねぇ。このあたりでコメントをいただきたいと思います。まずはヤーコフ長老。どなたが優勝候補であるかと思われますか?」


「そうじゃのう。若手ではルボル、年長者ではヴラジーミルといったところかの」


「おおっと、これは手堅いところを突いてきましたねー。特に参加七回のうち優勝三回を誇る古豪のヴラジーミル選手は今回の優勝筆頭候補といわれております。それにルボル先週はアニ村における相撲大会で近頃メキメキと頭角を現している期待の若手でありますっ。ところで村長は今回どの選手が優勝に近いと思われますか?」


「そうですね。ぼくが推すのは今年の夏、村にやって来たジルヴェスタですかね。彼の存在を忘れてはいけない。なにせ、この三か月間村の相撲大会で一度も黒星をつけておりませんからね」


「と、村長のイチオシのジルヴェスタ選手ですが――ええと、あ、いましたいましたっ。彼はかなり珍しい風貌で南方の出身者でしょうかね? 特徴的な白と黒との毛並みがとってもチャーミングで村の若い女性たちでは今密かなブームになっていると巷の噂であります」


 おおっと、ここで俺に絡んで来たあのパンダくんか。


 ジルヴェスタはカルメンシータの言葉にこたえるようぐっと右腕を上げて自分の存在をアピールしている。同時にオーディエンスの方々から黄色い声が響き渡った。


「きゃー、ジルヴェスタさまーっ」

「カッコいいーっ」


「優勝してーっ」

「あたしをお嫁に貰ってーっ」


 なんちゅうか凄い人気だな。

 若い女のエルムたちが総立ちでジルヴェスタを応援しているぞ。

 てっきりおとぼけキャラかと思いきやそんなことは微塵もない。

 エルムの中ではイケメンの位置に立っていたんだね。うんうん。


 そういうことがわかってくると、これはもうアドリエンヌ云々は抜きにして絶対に勝たせるわけにはいかないなと野太い笑みがじんわり浮かぶのを止められない俺だった。


「あ、あのぉそろそろ儂のコメントいいかのぉ」


「はいっ。それでは参加選手のみなさま。それぞれ係員の指示に従って順番にボックスからくじを引いていってください。大会スケジュールを円滑に進めるためご協力をお願いしたいのですが、紳士ぞろいのエルムの殿方には必要ありませんでしたねっ」


「儂……儂のコメントぉ……いらんのか?」


 先ほどの一件が尾を引いているのかカルメンシータから普通にスルーされるセネカ。


 至極どうでもいいな。


「よう、クマキチ。いよいよはじまったな」


 声の主――。


 視線を黒い波に転ずると隻眼の戦士テディが目を細めて笑っていた。


「くれぐれも予選落ちというつまらん仕儀にいたってくれるなよ……? おまえと決勝トーナメントでやり合えるのを楽しみにしているからな」


「ところで予選っていうのはどうやって分けるんだろうか。知ってたりする?」


「おそらく今から引くくじで参加者を分割するんだろう。大会は一日で終わると決まっている。例年通りならば本選にコマを進めるのは八名だけだからな。できれば予選ブロックは分かれたいところだな。お楽しみは最後までとっておく主義なんだ」


 ふん。おまえそこ俺ばかり見て足元をすくわれるなよ。


「それはこっちのセリフだぜ」


 なんだか永遠のライバルみたいな言葉のやりとりになってしまったが。このようにルール無用っぽいアウトロー的な雰囲気を醸し出しているというのに、きちんとくじを引く列に並ぶテディはどこか憎めない感が増しているのだ。俺も並ぼ……。


 クマさんたちの列に並んでボックスの中からくじを引く。

 おお、ひたすら青い。なんかブルーが出たぞ。


 離れた場所ではテディがオレンジのくじをひらひらさせながらシニカルな感じで笑っている。どうやらやつの思惑通り予選は綺麗に分かれたようだ。


「それでは参加者の皆さま方。くじで引いた色ごと、赤、青、黒、黄の旗が立った闘技盤に上がっていただきます――!」


 高さが一五〇センチほどある闘技盤にのそのそと上がる。ワンブロックに集いしクマーは三十二名でだいたい一クラスだ。


 隣のブラックの旗を見るとロミスケが怯えたように周囲の猛者たちを見回していた。


 とありあえず初戦でかち合うことはなくなったが果たしてあロミスケが勝ち上がってこられるかどうか心配だなァ。


「よ、よう、クマキチぃ……同じ盤に乗ったようだな。ああ、ええ?」


 あ、ジルヴェスタだ。


「キッヒッヒ。クマキチぃ! 予選からアニキと同じ盤に乗るなんざ、テメェもついてねぇ、とことんついてねぇ男だぜ。ヒャハァ!」


 三下の――ええと名前は忘れたがアライグマくんも登場して盛んにイキっている。


「ひとつの盤で決勝トーナメントに進めるのはふたりきり。感謝するんだな、ええ! ここでテメェをぶっちめても意味がねえから、せいぜい頑張って生き残りの道を模索しやがれェ」


「例年通りなら、盤上で行われんのはルール無用のバトルロワイアルなんでェ。勝者だけが決勝に進める。ハード過ぎるぜ、こりゃあ。いいかぁ、こんなところで負けてアニキを失望させんじゃねぇぞ。そんときはおいらが許さねーかんなぁ。なぁ、オイ?」


 よっしゃ。じゃあ、期待に応えられるようアライグマくんをまず最初にぶっちめんかんね。


 覚悟しといてよ。骨も残さんからな。


 凶暴な感じでニッと笑うとアライグマくんは真っ青になってその場にしゃがむと頭を抱えてふるふる震え出した。耳を澄ますと「死にたくねぇ、死にたくねぇよう」と小声でぶつぶつつぶやいている。カワイイな。


「クマキチぃ。テメェはどこまで常識がねぇんだ。タツゾーみてぇな口だけ三下キャラをマジ殺ししてどーすんだぁ。おう。ホントにわかってねーぇな。コイツはオレの腰巾着で戦闘能力は皆無。村のガキにすらタイマンじゃボコられる弱さなんだ。この間も乳幼児とようやっと引き分けた雑魚を追い込んでどーすんだぁ。オレはそういう弱い者いじめは絶対に許さねぇんだ」


「アニキのいうとおりだ、コラッ。オイラにマジになってどーすんだっ。下手に殴ったら一撃であの世行きの羽虫の煽りなんざ無視しろよ、コラッ」


 じゃあ最初っからイきがらないでくださいよ。あと、シロクマにそういうルールは通用しないんでマジでぶっ殺しに行きますからそこんとこよろしくメカドック。


「ひぎぃ!」


 あはは。おもろいなこいつら。


 アライグマくんをイジメていると盤上にシェフの白いエントツ帽子をかぶったエルムたちがドンドンと長机と椅子を運び込んで来た。


「え、なんだこれは。今年もバトルロワイアルじゃないんかよ」

「あ、いい匂い。これバトル前の腹ごしらえかなぁ」


「そういやなんか腹減ってきたな」

「運営も中々心憎い真似しやがるぜ……!」


 なんだなんだと参加者たちがとまどっているうちに、四つの盤上には人数分をはるかに超える料理が山と積まれ半ば呆然としているうちに配膳は完了した。


「それでは参加者のみなさまがたそれぞれお好きな席についてください。例年ではバトルロワイアル形式で決勝トーナメント進出者を決めていたのですが、いつもと同じじゃツマンナイという長老さまたちから物言いがつきましたので、予選は大食い大会に変更しました」


 なんじゃそら。


「チッ。しかたねーな。長老たちの命令には逆らえねーぜ」

「どんなときでもベスト尽くす。それこそが真の強者といえるでしょう」

「へっ、オラっちも胃袋にゃあそれなりに自信はあるんでね」


「この村の郷土料理。選別には相応しい」

「この勝負もろたぜクドー!」

「ふふ、さぁ魅せますか……」


 てっきり参加者たちから怒涛の勢いで文句が出るかと思いきや、ほとんどの男たちは口元からよだれをこぼしながら目の前に並べられた料理を一心に見つめていた。


 なんという単純なエルム脳――!


「ルールはエルムのみなさま方でもすぐにわかるほどチョー簡単です。出場者のみなさま方は、アニ村名物タロロ芋の丸焼き――チーズソースを添えて――を時間内にどれだけ食べられるかで予選を競っていただきます。アニ村特産のタロロ芋は今やヴァリアントの各村で引っ張りだこの人気商品です。上位者二名が各盤で決勝に進出できる狭き門。くれぐれもいいますが、販促ではありません。販促ではありませんよ! それではタロロ芋農家のジロー・サンドーさんからひとこと」


「オラが手間暇かけて美味しく作っただ。皆の衆も味わって食べてもらいてぇだ」


「それでは制限時間は二刻。予選芋食い競争、はじめてくださいっ」


 ドーンと巨大な鐘が打ち鳴らされ怒涛の食べ比べがはじまった。

 ちょっと待った、まだ心の準備ができていないのにィ!


「クマキチさまーっ。頑張ってくださいーっ!」


 と思っていると、観客席からルルティナの俺を応援する声が聞こえて来た。


 ルルティナ、リリティナ、アルティナはチアリーダーが持つようなボンボンを手に持ちながらしゃんしゃんと振るっている。


 三つ子ちゃんたちは必死にウェーブを作っているが、この位置だとほとんどほかのエルムたちに埋没しているのが悲しいぜ。


 けれどその熱い気持ちは確かに伝わった――。

 これで勝たにゃあ男がすたるってもんだぜ!


「てか、思いっきり出遅れてますがなーっ?」


 ぬう。さすがルール無用のサバイバルだぜ。まったくもって主人公的存在の俺を無視してけつかる。


 いささか遅きに失したが席に配膳された芋の塊に食らいついた。

 う、うまーっ?

 なにせ田舎の大食い料理対決だ。


 所詮は農林3号のようなクソマズい味かと思いきや、ねっとりとした後口といい、かかっているクリームチーズっぽいソースとのコラボに目の前がチカチカするほどの美味さだった。


 これならいくらでも食べられちゃう――?


 とはいえこのシロクマ、並み居るエルムの豪傑たちに体格では引けを取らない。次から次へと皿を空にして追撃を行った。








「さあ制限時間は残り一刻となりましたー。おおっと各盤では早くも脱落者がぼんばんと出ていますねーっ」


 解説のカルメンシータがいうように、俺が当初予想していた状況とはまるで違う風景が各盤に広がっていた。


 そう。エルムたちはゴロゴロしているのだ。


 ほとんどの男たちは二〇皿程度を完食するとそれで満足してしまったのか、子熊とまるで変りない様子であたりところ構わず横になると高いびきをはじめたのだ。


 食ったら寝る。

 本能に忠実。


 元より単純な殴りっこであるならば戦意を露にして戦う彼らだが、どうも我慢や忍耐力というものが著しく欠けているのか、盤に残って食戦を行っているものはすでに三分の一以下まで減じているのだ。


 エルムたちは情けなくも腹を見せて大きなぬいぐるみのように丸まったりコロコロ端から端まで転がり遊んでいる。


 俺の上がっているブルーの盤では当然ながらジルヴェスタも残っており、その皿数は五十五と中々よいペースである。


 対する俺は四十九とそれほどの大差ではない。むちゃむちゃ口を動かし芋を咀嚼しながら勝負の仕掛けどきをジッと待つのだ。


 うん、美味いな。

 けどそろそろ味を変えたいところだが。

 マヨネーズとかないのかな?



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