68「集う猛者」
村は活気に満ちあふれていた。昨晩行われた前夜祭の賑わいに拍車をかけるべく明日行われるであろう本祭の準備は着々と進んでいるようだった。
「クマキチさま、ふぁいとっ、おー! です」
手を振るルルティナたちに見送られながら聖熊武闘大会の出場受付をしている村役場の中へと入ってゆく。
中ではすでに出場受付がはじまっているのか、いかにもなゴツいエルムたちがひしめきあって互いを牽制していた。
おお。誰も彼もひと癖もふた癖もありそうな猛者ばかりだぜ……!
入り口では妻や子に見送られながらも自慢の腕っぷしを見せてやるぞと鼻息荒くするエルムの男が。シロクマは父権制の回復を狙うそんなパパさんも相手にしなきゃと思うとちょっとだけ気が重いのだ。
「お父ちゃん、絶対優勝してね!」
「ムハハ、息子よ。パパ頑張っちゃうからな!」
「あなた、優勝したら冬ごもり用のお米ですからね!」
「お、おう。わかっとるぞ……」
「ホントにわかってる? これで妾でも選んだらどうなるかわかってるでしょうね!」
「だ、だからわかっとるから。そんなふうに吠えんでええわ」
なんか悲しいもの見ちゃったよ。それはそれとして周囲を観察すると村における知り合い同氏が出会っているのかそこら中に世間話の花が咲いているね。
「おうおう、これは隣のゴンスケさんではないですか」
「これはこれは。お隣の。大会にご出場ですか?」
「そろそろ新しい鍬が欲しくなってねぇ。ここはひとつ優勝を狙ってみるかと」
「お? 負けてられませんなぁ。ガハハ」
クマクマ家族や周囲のエルムたちの会話を聞くと、優勝者は特に嫁選びに限定されたものではなく、ある程度希望の幅があるらしい。これならルルティナたちに新しいお料理道具セットでも買ってあげられるかな。そう思ってぷらぷら手を動かしているときだった。
――このプレッシャーは!
異様な気配を感じて真っ黒な群れの中からとりわけ凶暴な気を放つエルムの男へと視線を転じる。
「おまえは来ると思ってたぜ、クマキチ」
三メートルを超える巨躯を持つ隻眼のエルム――。
無論、聖熊武闘大会と銘打っているだけあって参加者はみな強靭な肉体を誇っている。
中には俺の倍くらいの身体をしたやつなどチラホラ見かけるが、以前やり合ったテディというこの男は尋常ではない覇気を身体全体で発しながら近づいて来た。
預言者モーゼが大海を割って人なきがごとく渡るように自然とさけるエルムたちを当然のようにテディはゆっくりと近づいて来た。
「心配したんだぜクマキチ。あのときのおまえはどうも乗り気ではなかったからな」
「そらどうも」
「ふん。互いの力量が計れないオレたちじゃない。以前おまえがいったことは的はずれというほどのことでもないが、おまえほどの男がいなければこの大会も本当の意味で茶番になってしまう」
「おい、おまえいい加減にしろよっ」
「伝統と格式ある聖熊武闘大会を侮辱する気かっ」
テディの放言が気に障ったのか黙って見ていたふたりのエルムが横合いから歩み寄って来た。
「雑魚が」
「な、んだと……」
「もういっぺんいってみやがれ」
「なんどでもいってやる。オレとクマキチ以外は雑魚ばかりだ。雑魚がオレに口を利くんじゃない。おまえたちの圧倒的な存在の弱さ。虫唾が走るぜ」
テディが牙を剥き出しにして「んべっ」とあからさまに唾を床に吐き出すと、元々血の気が多いふたりのエルムは弾けたようにテディへと殺到した。
「ふざけるなっ」
「神聖なこの大会を穢す気かっ」
だが黙ってやられているテディではなかった。
素早い動きで右に左に動くとたちまちに飛びかかって来たエルムたちの顎を膝頭で蹴り上げたのだ。
ふたりのエルムはくるんと白目になると音を立てて床にひっくり返った。
――正直あの巨体であそこまでの動きをするとは。
「なんだ?」
「いきなり吹っ飛んだぞ」
「ワケわかんねぇ」
現に周囲のエルムたちはテディの動きに目がついていかなかったのか、ポカンとした表情でいきなり後方に倒れた男たちを不思議そうに眺めていた。
おいおいおい。コイツだけレベルがダンチなんだが。やっぱり出る作品間違えてない?
「ま、これ以上暴れて出場できなくなっても面白くない。今日はこのくらいにしておくが。せいぜい頑張って勝ち上がることだな。そうでなければつまらなくてたまらないからな」
にゃろう。テディはそういってその場を去ってっ行くかと思いきや、ちょこんと受付の順番を待つ列に並んだ。なんだかかわいいやつめ。
俺も並ぼ……。
無事エントリーを済まして外に出る。さてと。ルルティナたちと合流する前に、まずは軽くトイレなど済ませておこうかな。
「ねえ、ロミスケ。あなた本当に大会に出るつもりなの?」
「わかってくれジュリキチ。オラだって、オラだってツレェだ」
と、思って外のトイレに向かうと木陰では見知ったふたりがなにやら顔を突き合わせてコソコソと秘密のお話をしていました。
なんかこうして見ていると仲のよい普通のクマカップルって感じで、なんでロミスケがズバババンと結婚を申し込まなかったのかわからないなぁ。クソ、リア充め。滅びろ。
「あなたが勝てっこないわよ。アタシよりも弱いのに」
「ぐっ……けど、それでもオラは」
ああ、いってくれるなよジュリキチ。にしてもこうして見てるとロミスケは完全にジュリキチに押されてるな。
人間でいうと強気幼馴染美少女の尻に敷かれる草食系男子ってことか。ジュリキチにお熱な村の若い衆からしたら、ロミスケの踏ん切りの悪さが怒りを煽る一因になってのかもな。ふんとにもう。
「おーい、おいおい。なーにをチャラチャラしてるかな、この若人たちは」
「ケッケッケッケ。おいらたちも仲間にして欲しいでやんす」
「肉壺ワッショイさせろや」
「な、なんなのよアンタたちは!」
俺が冷静にロミスケの性格を分析していると森の木陰でドンジャラホイではないが素行の悪そうな三人のエルムたちがまるでスタンバってたかのように現れたぞ。
「ムカつくんだよ、神聖な大会受付周辺でイチャコラする輩はよ……!」
「そうでやんす。アニキのいうとおりでやんす」
「肉壺ワショーイ」
あれ? こいつらどっかで見たことあるかな、と思えば以前にピムとかいうバカ坊ちゃんが連れてた用心棒ではないかな。軽くぶっ飛ばしたからあまり印象にないが。
「て、わけで軽くボコらせてもらうぜ。悪く思うなよ兄ちゃん」
「ケケケ。てことでそこの青瓢箪は女を置いてどこぞに逃げるがいいでやんすよ」
「肉壺、肉壺、ワッショイワッショイ!」
「いきなり現れてワケわかんないこといってんじゃないわよっ。あんまふざけたこといってると自警団に通報して裏表わかんなくなるまでぶちのめしてもらうんだからっ。ロミスケ、アンタもなんかいってやんなさいよっ」
「や……やめろ……おまえら……どっかいけ」
あらら。ロミスケは暴漢たちが手にしたトゲトゲバットや木刀が怖いのか完全に怯えている。さすがのジュリキチも呆れ果てたのか顔に手を当てたまま苦い顔をしているよ。
「おろ? アニキ、こいつ怖がってますぜ。ちょーウケるんですけど」
「は。じゃあ抵抗はナシってことだな。それはそれでつまらんが」
「肉壺、肉壺ーッ!」
やれやれ。ジュリキチがある程度使えるのは知ってるが万が一にもなんかあったら絵面的にもマズいことになるしな。
「やめなよ」
カッコよく前に出ると俺の存在に気づいた全員がそれぞれなりの表情で出迎えてくれた。
「がっ。おまえは――!」
「ひぎっ。コイツがアニキをぶっ飛ばしたっていう、あの――?」
「ピキーッ!」
約一名幼児退行を起こしたのか、俺を見るなりじょわああと小便を漏らしながら尻餅を突き首を左右に振っている。
そうか、ちょっと殴っただけだったのにそれほどの心的外傷を負っていたのか。
これはますます暴力装置としての業務が捗りますなぁ……!
さあ、テメェらの血は何色だ――?
あっという間に三人のエルムをぶっ飛ばしたあとにロミスケの歓待を受けた。
「やっぱり兄ィはつぇえなぁ……!」
エルムだけではなく獣人全般にいえることなのだが、彼らは一様に強いものを崇める傾向がある。なのでロミスケはお星さまのようにきらきら輝く瞳で俺を見ているがジュリキチの表情はどこか冴えない。
あわわ。こりゃマズいなぁ。なにがマズいってロミスケがジュリキチの心の変化にまったく気づいていない部分だ。ロミスケは職人としては一端の腕前なのだろうが、そもそもが格闘に向く性格ではないのだ。
「ロミスケ、アタシ先に戻ってるから」
「お、おう。オラも――へへ、兄ィ。本番でもうまーくフォロー頼んますよ」
憎めない性格ではあるのだが。
困ったな。
このままじゃあのジュリキチと上手くいくかどうか不安でならぬ。
そもそもがロミスケを襲った敵の黒幕もわかっちゃいないってのに。
俺は一抹の不安を覚えながらも、そういえばトイレに行く途中だったことを思い出して慌てて駆け出した。
そして聖熊武闘大会当日――。
村で名乗りを上げたエルムたちがそれぞれの腕を競い合い、ただひとりの勝者を決める神聖なイベントがはじまった。
アドリエンヌから聞いた流れからいうと、朝から夜にまでかけて神殿前の闘技盤とよばれる五〇メートル四方からなる四か所で戦いは行われ最後に勝ち残ったものが聖熊の祝福と余禄としての「願い」を村の長老に伝えることができる一大イベントだ。
出場者は総勢一二八名。
俺を含む各地から集まった猛者たちがちゃかぽこちゃかぽこ鳴らされる太鼓や鐘の音に煽られるようにして会場へと押し出されてゆく。
観客たちもものすごい数だ。
周辺各地から集まったエルムたちはこの日だけでも八〇〇を超える。
もっとも近年の戦乱の煽りを受け、こうしてみるだけでもエルムたちは圧倒的に子熊やそれに準ずる十代半ばまでの若熊が多い。
壮年のエルムたちは聞くところによるとここからかなり北方に位置するダークエルフの村で兵役に就いているらしい。
あっちを見てもこっちを見ても一面のクマばかり。シロクマ――現クロクマであるが――である俺から見ても、ちょっとこの図は壮観過ぎて言葉もない。
強いていうなら北海道のクマ牧場を思い出すぜ。
茶色のコロコロのやつは自販機で売ってないかな?
それにしても一〇〇を超えるゴツいエルムばっかが集まるとさすがに威圧感があるな。
耳を澄ますとエルムたちがざわつきながら世に知られた強者たちを用心する声が聞こえて来る。参考にさせてもらうか。
「オイ、見ろ。『双竜』のアランだ」
「アレが音に聞く伝説の賞金稼ぎか……!」
うむむ。見れば巨大なヌンチャクを抱えたグリズリーっぽいやつがいる。よく鍛えてあり、どこかカンフーを使いそうな感じでもある。やつは強そう。要チェックだ。
「それにアレは『岩石砕き』のチャック・ジャムだ」
「まさか……あいつは食中毒で死んだはずじゃ」
いかにも強そうな大柄の太っちょグマは大きな紙袋から固いせんべいを取り出しガリガリと齧っている。
ん? これは強いアピールなのか歯が丈夫なのかどちらかよくわからんが、とにかくいい食べっぷりではあることは間違いないな。
「な、なんだと……! あいつは『黄昏』のタソガリーヌ! 生きていたのか」
「さすがだ。相変わらず黄昏ているな」
男たちがいうようにタソガリーヌという男はどこか遠くを見る目で黄昏ていた。
というか背中にいるのは赤ちゃんなのでは。
カミさんに逃げられたのでは?
「ほぎゃあああっ」
「今、ミルクあげるからね。泣かないでね。ああ、もう、早くしないと」
「お父ちゃんはお乳でないんじゃないの?」
タソガリーヌは手を繋いでいた少年に諫められ自分がようやく乳の出ないことを思い出したのか山の彼方を見つめながらガックリと膝を折った。
「もうヤダ、こんな生活」
本当にこのメンツで開始して大丈夫なのだろうか。
クマのカミサマは天啓を授けてはくれなかった。




