表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/195

67「悪夢」

「と、まあそういうことだ。ク、ククク、クマキチとやら。必ず聖熊武闘大会に出場しろよ。こ、こここ、このオレさまが公衆の面前でどちらが本当にアドリエンヌに相応しい男か決着をつけてやる」


 ジャイアントパンダっぽいエルムのジルヴェスタはときどきつっかえながらもそれだけ宣言すると満足げに去っていった。


 いや、まだ俺はその聖熊武闘大会に出場するなんてひとこともいってないのだが――。


 これはさけられないフラグが立ったのだろうか。

 なあ、随分と思い込みの激しい野郎だなアドリエンヌ。


 面倒な話なのでここはひとつ笑い話にでもしてやろうかと振り返るとアドリエンヌは目をキラキラさせながら頬を若干染め俺を熱心に見つめていた。


 なんかこの先の展開が読めてきたな。


「クマキチさま、聖熊武闘大会のお話は覚えていますか?」


「ああ」

「でしたら……」


 そういえばアドリエンヌとジュリキチの双方から聞いたな。


 なんでも優勝者はアニ村から望み通りの嫁を娶ることができるとかどうとか。


 まったくもって時代錯誤な話であるがこの世界では強者が優先的に種を残すのは普通に受け入れられているのは認めざるを得ないのだ。


「あのジルヴェスタという男、ここ最近アニ村に流れ着いたのですが、なんというかわたしのことを気に入られたようで……」


 実際問題パンダくんは自分の腕っぷしにかなりの自信があるようだ。


 実力は未知数だけどね。


「村で開かれている毎週の相撲大会ではあの男連戦連勝と聞きました。もしかしたら、もしかすると彼が聖熊武闘大会で優勝してしまうかもしれません。その場合、わたしは彼の求婚を拒むことはできないのです」


「マジでか」


「ええ。巫女であっても聖熊武闘大会の権威はそれに上回るのですから」


 キラキラした乙女オーラに翻弄されて俺はふうと長く息を吐き出した。


 俺としてもあんなわけわかんないパンダもどきにアドリエンヌをやるのも癪だしな。


 ここは一発頑張って彼女の憂いを取り除いてやろうじゃないか。


「わかったよ。アドリエンヌに意に染まぬ結婚なんかさせられないしな。ラロのこともあったし、ご恩返しだな。ここはひとつ気張って優勝してやるか!」


「……そこはわたしのためだとおっしゃってくださってもよろしいのに」


 ぼそりとつぶやいた彼女の言葉は聞こえないふりをしたよ。






 とっぷり日が暮れたあと俺たちはアニ村が見下ろせる名もなき丘に佇んでいた。


 冬の風は冷たいものであったがシロクマである俺にとっては心地よいくらいだ。


 この土地の生まれであるアドリエンヌもたいして苦にならない様子で目を細めている。


 村では夜通し騒ぐのが通例らしく、眼下でまたたく光は美しかった。


 鳴り物とはしゃぐ村人たちの声が風に乗って聞こえて来る。


「綺麗だな」


「ここ、とっておきなんですよ。わたしのお気に入りの場所です」


 アドリエンヌはそっと俺の隣に腰かけると夜空を見上げながら言葉を探しているようだった。


「なにか、気になることでもあるのか」

「実は、嫌な夢を見るんです」

「どんな?」


「わたしは巫女です。まがりなりにも聖熊の巫女たるもの、夢ひとつとっても村人たちには予言ととらえられるんですよ。あの、クマキチさまは夢とかよく見られますか?」


「さあ、俺はあんまし夢は見ないほうだからなー、寝入ったら朝までぐぅだ」


「あはは、クマキチさまらしいです……」


 アドリエンヌはひとしきりそういって笑うと憂いを帯びた横顔で空の彼方を見つめた。


「わたし、自分で楽観的な性格だと思っていたんですけど、実は弱いんですよね。ここのところ続けざま、悪夢を見るのです。どんな、と聞かれると具体的には言葉にできないんですが……真っ黒な霧が広がっていって、その中にわたしが飲み込まれていくような……そんな夢なんです」


「夢ってのは元々不確かなものさ。人によっては起きた瞬間に見たことを忘れてる人もいるし、アドリエンヌが気に病むことじゃないさ」


「それだけならばいいのですが。夢には必ず星が現れるんです」


「星?」


 星ってあのスターかな。


「そうですよ。夜空に浮かぶお星さま。凶星――。アレがわたしに向かって落ちて来るんです。それで夢の中のわたしは逃げようと走るんですけど、逃げれば逃げれば星は勢いを増して追いかけて来る。怖くてたまらなくて、夢の中の私はちっちゃな子供になっているんです。それで、自分では一生懸命走っているつもりなんですけど、最後には星が背中まで迫って来て――」


 ふむ。正直占いとかスピリチュアル的なことはまったく信じていなかった俺だが、今現在シロクマに生まれ変わっているという事実を突きつけられれば彼女の話をバッサリ切って捨てるわけにもいかない。


 それに魔術のようなものが存在する世界だ。


 おまけに巫女という神秘的な職に就いている彼女がそういった特殊能力を兼ね備えていたとしても驚くべきことではない……ような気がする。


「結末からいうとあまり縁起のよいものではない、ような気がするな」


「でも、夢の終わりには続きがあって――」


 彼女はもごもご口籠ると俺を見上げてから困ったような顔をした。


「なんだ?」

「いえ、忘れてください」

「気になるじゃないか」


「でも、本当にたいしたことではないのですよ。それに夢の終わりは救いがまったくないと、というわけでもないですから」


 なんだか最後まで話を聞かないのでお腹の中がもぞもぞとするぞ。そう思っているとアドリエンヌは俺にぴたっと寄り添うと小さな声で歌い出した。


 ――その歌はどこか聞いたことのない言語で構成されており、意味はまったくもってわからなかったが奇妙で素朴な抑揚がどこかなつかしくもあり、目を閉じれば濃い深緑の森が思い浮かぶような歌であった。


「ゴメン。不勉強で言葉はぜんぜんわからなかったけど、この歌好きだ」


「意地悪なのはわたしでしたね。この言葉古代エルム語なんです。巫女であるわたしたちしかわからないものなんです。遠き時代、古代のエルム族の戦士はこの歌に送られて戦場に赴いたといわれております。わたしは、クマキチさまに捧げられるもの、ほかにないから」


「アドリエンヌ……」


「聖熊武闘大会、ご武運をお祈りしています。本当は中立であるわたしがこんなことしちゃダメなんですけどね」


 彼女はいたずらっぽく片目を閉じて舌を出すと恥ずかしそうに長いまつ毛を伏せた。


「ああ、任せてくれ。全力で戦うよ」


 思いを新たに俺は黒々とした夜空にまたたく星々に誓った。






 と、格好よくいってはみたものの前夜祭の翌日は準備のため一日開けるようで、正式に聖熊武闘大会が行われるのは本祭である明日であることを早朝に知らされた俺だった。


「黒さが取れませねぇクマキチさま」


 予備日に当たる今日は特にすることもとりあえずなく、宿舎でまったりゴロゴロと時間を潰す。


 ぼへっと座り込んだ俺の背をルルティナが布巾で懸命にゴシゴシ洗ってくれるのだが、先日のガマ野郎に染められた黒さは一向に落ちる様子がなかった。


「変ですねぇ。普通ならば少しは汚れ落ちるはずなのに」


 ルルティナはふうっとため息を吐くと俺の背中の毛をジッと見ているようだ。彼女は俺の白さがたいそうお気に入りのようであるが、自分の姿は自分じゃわからんから正直あんま気にはならんがね。


「姉さま。ケンネリーナ姫がおっしゃられていたようにあの蝦蟇の吐いたものは呪術の一種で時間経過を待つしかないんじゃないかしら」


 洗濯物をきちんきちんと畳んでいたリリティナがとんとんと自分の肩を叩く。


「いや、クマキチさまはこのままでいい。このままが正義」


 アルティナはアルティナでこのノーマルな黒が好きらしいが色の好みなどは千差万別なのだ。もっともこのまま永遠に黒いままだと俺のシロクマであるアイデンティティーが危機に晒されるので、上手いこと忘れたころに戻ってくれるのが望ましいといったところか。


「ごしごしー」

「ごしごしラナもするよー」

「ラロもラロもー」


「三人ともありがとうね。明日はクマキチさまの晴れ舞台ですからそのときまでにはいつもの白さを取り戻してあげましょう」


「うんー」

「そうするのー」

「おどろきのしろさー」


 ルルティナは三つ子の加勢を得たことで拭き上げをさらに強めていくのだが、朝食を終えてのち、すでに二時間近くごしごしーをやっているのでなんかさすがに背中がひりひりしてきた感があるぞ。


「……クマキチさま。ご迷惑でしたら強制的にやめさせますが」


 リリティナがちょっと迫力のある微笑みを作っているが、とりあえず俺としてはルルティナの気が済むまでやらせてあげたいんだよね。あとでぶちぶちいわれたくもないから。


「はぁ、不出来な姉でいつもご苦労をおかけします」


「ちょっとちょっと! リリティナ、姉さんのことをなんだと思ってるの?」


「さあ、なんでしょうね」

「きいーっ」

「あはは……」


 だが、三つ子ちゃんたちはすでに俺の体毛の洗浄に飽きたのか、手にした手拭いを丸めてきゃっきゃっと投げ合っている。ルルティナは一旦こうと思い込むとほかが見えなくなるのか一心不乱に濡らした手拭いをギュッギュッと絞り眉間にシワを寄せていた。


「まったくみんなクマキチさまの貴さを理解していないのよ。第一、武闘大会に出る理由だってロミスケさんとジュリキチさんの間を取り持つための作戦のひとつだっていうのに……!」


 実はそうなのだ。今朝がた早くにロミスケは俺を訪ねて来たかと思うと、こっそり裏に移動したのち見事までな土下座を決めていったのだ。


 ――クマキチの兄ィ。オラを男にしてくだせぇ!


 今までの話の流れでなんとなくわかったが、ロミスケはジュリキチを正真正銘自分の嫁にするためには聖熊武闘大会に出場して優勝するしか手はないと決断したらしい。


 本来であるならば、本祭が行われる前にジュリキチに仮でもいいので夫婦の約束をすれば事前にその話は長老たちに伝わり、たとえ大会優勝者がのちのちジュリキチを自らの伴侶とするべく望んでもこの裏ルール的なもので反故にできたのであるが、そこは生来のヘタレロミスケである。ついに自らの想いを伝える前に大会受付日を迎えてしまったとのことだった。


「ジュリキチさんがほかの殿方の手に渡ってしまわれたらロミスケさんかわいそうですものねぇ」


 やさしいルルティナはそういうが俺はちょっと、いや、かなりロミスケとジュリキチの仲を自分なりに案じていた。


 こう見えてもこのシロクマ腕っぷしにはかなり自信がある。


 ロミスケの実力がどのようなものかは知らないが聖熊武闘大会に出場してかなりいいところまで勝ち上がって見せる自信はあるが、例えば仮にトーナメントでロミスケとかち合った際に俺が八百長試合のような形で勝利を譲ってもそれが本当にふたりのためになるのであろうか、と。


 そもそもがロミスケの命を狙っていた黒幕も未だよくわかっていない状態なのだ。


 ここで俺が断ってしまえば、そんなことはないと思いたいが大会にこっそり出場していた悪人が再びロミスケを害することも充分考えられる。


 それではあのときロミスケを救った意味がなくなってしまうし、彼をアニ村まで苦労して届けた意味が水の泡だ。


「ま、俺は仕事はキッチリ最後まで仕上げるタイプの男だからな」


「? はいっ。ルルティナはクマキチさまのことを信じておりますから。私が完全勝利を保証します。悪いやつをぜーんぶ成敗しましたら、みんなで家に帰りましょうね」


 ニコッと今日も屈託のないいい笑顔。


 う。ルルティナがつぶらな瞳で俺をジッと見上げて来る。こりゃアドリエンヌの事情もあっての出場とは口が裂けてもいえないなぁ。彼女はあくまで俺という存在が義侠心の塊だと思い込んでいる。


「ん。クマキチさまはきっと勝つ。だって森の守護神だから」


 アルティナが確信に満ちた声でそういうとリリティナが片目を閉じて応じた。


「そうよね。姉さんの保証はともかくクマキチさまが負ける道理などありえないもの」


「リリィ? あなた姉さんをないがしろにするのもいい加減になさい、ね?」


 ルルティナとリリティナが睨み合ってふーっとしっぽを逆立てているとじゃれ合っているかと勘違いした三つ子ちゃんたちが興奮しながら乱入するのもいつものデフォだ。


 なごむなぁ。


「うー、ララもあそぶぅ」

「ラナもラナも」

「ラロもぉ」


「こらっ。あなたたち、これは遊びじゃないの。さぁリリティナ。今日という今日こそは真の姉の偉大さというものをその身に――ちょっと、お待ちなさいな!」


「姉さんやめてよっ。せっかくセットしたのに乱れるじゃない!」


 リリティナは自慢の髪を掴まれたせいか若干ガチ切れ。

 な、なんかなごめない状況になって来たぞ。

 俺も機を見て避難せねばな。


 部屋ではこれでもかというほど女たちが騒いでいるというのに、ベッドで高いびきをかいているヨーゼフはまったく起きる気配がない。


 昨晩も知り合ったエルムたちと朝まで飲んでいたらしい。つか、こいつはなにしに来たんだろうか。


 ヨーゼフが半ケツ状態でベッドからズレ落ちたのを確認した俺はゆーっくりと気づかれないように扉まで移動することに腐心した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ