65「前夜祭」
前夜祭――。
事前に聞かされていなければ本祭と勘違いしてもおかしくはない盛況っぷりであった。
村にしては中々に広いといえるアニ村がいきなり狭くなったかと思えるほど道には出店がギッチリ並んでいた。
「へーい、らっしゃいらっしゃい。アニ村名物ウマシカの炙り焼きだよー」
「飴ェ飴ェ。甘くてほっぺの落ちる玉子飴はいらんかねぇ」
クマ、クマ、クマと。
見渡す限りのエルムの海に呑まれそうになりながら俺とルルティナは泳ぐようにして雑踏の中を移動する。肉と砂糖が焦げる香ばしい匂いや、独特の鼓や笛の音楽にエルムたちの騒ぐ重低音がないまぜになって歩いているだけで頭がクラクラしそうになるぜ。
「すごいエルムの数ですね」
ルルティナが目をきらめかせて左右を見渡しながらそういった。
実際問題、これほどの巨体を持つクマたちがひしめき合う祭りの会場は重量級の俺でさえ足を踏み入れるのをちょっと躊躇してしまうレベルだ。
「ルルティナ。この人込みではぐれるとちょっと面倒だ。手を離さないでね」
「はい。絶対にクマキチさまの手を離しませんっ」
バカップルよろしく恋人繋ぎはちょっと無理だったのでルルティナが俺の腕に抱き着く形に落ち着いた。
「あ、クマキチさま。これ、なにか美味しそうですよね」
嬉々としてルルティナが指差す。
出店には鉄の棒にぶっ刺した巨大な肉の塊が俺の目に飛び込んで来た。
これなんぞ……? ケバブっぽいよな。つーかもろケバブじゃね?
「兄さん、姉さん。ウチの串焼きはここいらじゃ一番だよ。オイラはコイツを売るために野を超え山を越えはーるばるエトリアからやって来たんだ。ぜひ食ってってくんねぇ」
豆絞りの手拭いを鉢に巻いた小粋なエルムの男が巨大な牙を剥き出しにして威勢よく吠えている。
店は結構繁盛しているようで、あちこちには切り分けた串に身体全体で挑みかかる子熊たちがゴロゴロ転がっている。
「まぁかわいらしいですね。連れて帰ってしまいたいくらいです」
「訴えられるからやめてね」
子供好きなルルティナは目を細めてその様子を眺めている。周囲で談笑しているエルムたちはあきらかに彼らの親みたいなのだが地べたで転がる行為はオッケーなのだろうか。
ふむ。けれど子熊たちがこれだけ一心不乱に食らいつくというのであるならば、はずれということはないのだろう。ひとつ買ってみようかな。
「なあオヤジ。これってばなんの肉を使っているんだ?」
「……」
ねじり鉢巻きのクマオヤジは途端に無言になると巨大な肉の塊をぐーるぐると回し出した。
うん。
つーか客の質問には答えろよ。
不安で買いにくいだろーが。
「すみません。ロムレスアナグマ焼きふたりぶんください」
「へい、毎度!」
おいっ。アナグマってわかってんならなぜ答えんのだ。
ねじり鉢巻きオヤジはルルティナの注文を受けると巨大な包丁を取り出し塊からリズミカルに肉を削いでゆく。
なんで無言なんですかねぇ。
「はい。これクマキチさまの分です」
うん、ありがとう。
てか、ルルティナは一目でアレがロムレスアナグマの肉だってわかったのね。
「ええと、ちょっとした大きな街にゆけばわりとよくあるポピュラーな料理なのですが……。でも、クマキチさまはこのような街のものはお口に合わないかもです」
なんだか俺に批判されたかと勘違いしたのかルルティナは料理の乗った紙皿を持ったまましゅんとうつむいてしまった。
あちゃあ。別に咎めるつもりなんて毛頭もなかったんだけどなあ。俺の異世界知識のなさが悔やまれるぜ。
なんにも気にしていないことを伝えるためにルルティナの手からひったくるようにしてアナグマ料理を奪う。
ふーん。青い葉物に切り分けられた肉が交互に挟んであり、香ばしい匂いと独特の甘いようなソースが食欲をそそるぜ。
ガブッとひと息にやった。
お?
おおお?
これ普通にイケんじゃん。
たっぷりと脂が乗っていて臭みはまるで感じない。赤身と脂身が均等に大きな葉に挟んであって口の中でもりもり咀嚼するとジューシーな肉汁と濃いソースが合わさって唾液がじゅるじゅると、あふれて来る。
決して上品な味ではないがクセになりそうな独特の料理だ。
たっぷりと香辛料も効いているがそれは単なる臭み取りではなく、ピリリとしたアクセントが新たな風味を呼び起こし、いくらだって食べられそうだぜ。
グッと右の親指を突き出しサムズアップすると不安げに見守っていたルルティナに笑顔が戻った。
そうだよな。
ここは男である俺がルルティナをリードしなくちゃな。
見てろ。亀の甲より年の功ってな。伊達にシロクマやってないぜ。なんなのかは謎だが。
勢いをつけて走り出す。ルルティナが慌てた顔で追っかけて来た。
「あ、待ってくださいクマキチさま」
そんなんじゃ祭りの波に乗り遅れちまうぜルルティナ。
乗るんだよ、このビッグウェーブに。
さあ、この調子でじゃんじゃんばりばり祭りを攻略してゆこうぜ。
「すみません、まだお支払いをすませてないのでーっ」
どうりで店のオヤジまでがついて来たわけかやっと理解できた。
ひと悶着あったものの午前中の祭りは特に意識せずとも充分楽しむことができた。
といっても出店はほとんどが食べ物屋ばかりなので地方の美味しいものツアーみたいな感は拭えないがルルティナが満足そうだったので、これはこれでオッケーってことで。
ドン、ドンと。
巨大な太鼓を打ち鳴らす音が村中に響き渡った。中天には白っぽい太陽が淡く輝いている。約束の昼だ。それを悟ったルルティナは途端に顔を曇らせると俺の腕を引き引き村のはずれにある木陰まで移動するので黙ってついてゆくしかなく――。
「もう午前が終わっちゃいましたね」
うん、そうだね。
「あーあ。なんで楽しい時間ってすぐに終わっちゃうんですかねぇ。もうっ。もうもうって感じですよ」
あはははーっとルルティナはひとしきり笑うと不意に顔を伏せた。それから俺の胸元に鼻先を埋めると親を慕う仔犬のようにくーんと鼻にかかった甘え声を漏らした。
ごめんなルルティナ。でもアドリエンヌとの約束だから。
「行っちゃヤダ」
え――?
彼女は不意に顔を上げるとくるりと素早く反転して顔を見せない位置で小さくしっぽを左右に振った。
「ってワガママいったらクマキチさま困っちゃいますよね」
「ルルティナ……」
「私、クマキチさまを嘘つきにしたくないですから。だから、行ってください。私がこうしている間に」
うしろ髪を引かれる思いでその場をあとにした。
思い切ってその場を去らなければアドリエンヌはいつまでも俺を約束の場所で待ち続けるだろう。今はどのような言葉を投げかけてもきっと嘘に聞こえるだろうからいわない。
「モテる男はツラいぜ」
いつかはいってみたかった言葉だが、実際問題当事者になれば優越感など微塵もなく、ただただ苦いものが俺の腹の中を満たしていた。
「あ、クマキチさま。お待ちしておりました」
約束の待ち合わせ場所。村の寄合所の柿の木の下のベンチでアドリエンヌは静かに腰かけ俺を待っていた。
ただし、エルムではなく人間の姿で――。
「ちょ! いいのか?」
続けて彼女の名を呼ぼうとした瞬間、口元に指を当てられ言葉を制された。
「クマキチさま。今はその名前はタブーです。そうですね。うーん、そうだ! 村の中では私のことはアドリーとでもお呼びくださいな」
アドリエンヌはくっきりとした眉を魅力的に動かしながらぴかぴか力強い光を宿した目でそういってのけたのだ。
たまげたなぁ。いや、クマに見えるクラムローブを彼女が脱ぐのは勝手なのだが、バレてしまっても特に問題とかは発生しないのだろうか。シロクマは老婆心ながらそのあたりのことをハラハラドキドキ心配しますよ。
「いいじゃないですか。それに、ああはいいましたもの熊巫女が堂々と前夜祭を練り歩くのはマズいと神殿の巫女たちにキツくいわれまして。いわばこれも苦渋の選択なのですよ」
アドリエンヌはそういうともじもじしながら着飾った服の袖口を気にしながら「色合いが」とか「毛皮のほうが見栄えが」などとつぶやいている。
どうやら彼女はエルム状態である自分のほうが俺の相手にはふさわしいと決めつけている様子だ。どちらかといえば俺は人間体の美少女のほうが普通にうれしいのだがね。
そもそもエルムの見分けってまったくもってつかない。全部クマーだろ!
これがシロクマのジレンマってやつだ。
いや、自分でいっててわけわかんないが。
意味のない独白もそこそこに俺のデート二番勝負午後の部がこうしてはじまった。
モテ期というよりもルルティナとアドリエンヌの二股をかけているようでうしろ暗いが、そもそも俺はシロクマなのでなにがどうこうってわけじゃないけど、なんかもやもやするよな。
「あ、クマキチさま。あれ見てくださいな。面白そう」
とはいえこうしてキャッキャッとはしゃぐアドリエンヌを振り切って「ゴメンやっぱルルティナのとこに戻るわ」っていえたら男として最高にカッコいいのだろうが、非モテ代表だったチキンな俺にそんな度胸もなく流されるままに祭りを楽しむこととなった。
だってしょうがないよネ。
人間て場の雰囲気に流される傾向があるし、俺ってつくづく日本人だなァと感ずる今日この頃だ。
まあ今は開き直ってアドリエンヌに楽しい思い出を作ってあげますか。
ルルティナにはあとでフォローを入れておこうと思いのそのそとアドリエンヌが見入っている出店に近づく。
「なんでしょうなんでしょう?」
アドリエンヌ超わくわくだね。
出店にはガラスの巨大な大皿が二枚設置されておりエルムの子供たちが必死になってロムレス銅貨を投げ込んでいる。
ふむ。これはコインピッチゲームだね。
店のオヤジに料金を支払い規定枚数のコインを受け取る。
ガラスのお皿の上にコインを投げて中央の窪みに乗せれば景品が貰えるというあれだ。
「えいえいっ」
「やああっ」
「ダメだー」
「取れないよう」
ちっちゃな子熊ちゃんたちがえいえいとコインを懸命に皿の上に投げているが、どれこれもいい角度で明後日の方向に飛んでゆき窪みに乗ることはない。
それは無理もないな。
この大皿は絶妙に傾斜をつけてあって勢いよくコインを投げれば弾くようになっているのだ。ずるいです。
「あああんっ。ぬいぐるみ欲しいよう」
「あらら。ダメだったのねミュウちゃん。泣かないでね」
鳴き声から察するに女の子の子熊がわんわんと泣いて母親に慰められている。
これはパッと見誰でも成功しそうであるが意外と難しい。店のオヤジグマは黒のチロリアンハットをかぶる両腕を組みながらニヤニヤと笑っている。
「はいはーい。上手くお皿にコインを乗せれば景品は自由自在だよー。嬢ちゃん坊ちゃん兄さん姉さん、老若男女誰でもお試しあれー」
「ぶたさん欲しいよう」
「我慢しようね。ね?」
子熊があまりに泣くのでお母さんクマが困ってらっしゃる。
むむむ。ここは義を見てせざるはなんとやら。
とはいえ、こういう小手先のゲームは見物一辺倒だったんで上手くオヤジの鼻をあかせるかどうかはわからないけど……。




