62「頂に待つもの」
「じゃから人の話を聞けというに。おまえさんたち、このままじゃ死ぬぞ」
タコ殴りにしたオウル族の賢者を名乗るセネカはむくりと起き上がりざましたり顔でそういった。
なんだよ、おもくそぶん殴ったのに。
この鳥、思ったよりタフだな。
ンなことよりもラロの病状が案じられる俺たちは、フクロウのいうことを無視してなにごともなかったかのように先へと進もうとしたところで、再び声をかけられた。
「ちょ、待てーい! フフッ、おまえさんたち。あの遺跡を抜けて苦労してここまでたどり着いたところ見れば、この先にあるコリオリの木に生る熱さまシードの実が必要なんじゃろ」
ああん?
「悪いことはいわん。やめておけ」
「やっぱり、この先に熱さまシードがあるのですねっ」
ルルティナが身を乗り出して叫ぶとセネカはフフッと妙にむかつく口調で笑うと口元を巨大な羽根で隠しあさっての方向を見た。
「おじちゃん、なんでそんなイジワルなこというの。ぼくたち、ラロを助けたいんだよっ」
ヨエルがちっちゃな手を振り回していう。セネカはヨエルの頭をぽふぽふと羽根で撫でると困ったような目をした。
「その口ぶりからふもとの誰かが熱病にかかったようだが。熱さまシードを手に入れることは危険極まりないのじゃ」
「なんでですかっ」
「なぜならばコリオリの木に生る熱さまシードはワイバーンの大好物だからじゃよ」
いや、じゃよっていわれたって。
セネカはしたり顔でいうが、こちらにもラロを救うためにはなりふり構っていられない。
そもそも、ワイバーンってなんだろうか。まずそれが知りたいな。
「ワイバーンも知らぬのか。近頃の若造は――」
てなわけでセネカの話を要約するとワイバーンとは翼を広げた大きさで一〇メートルを超えるドラゴンらしい。かなりザックリだけどルルティナたちが顔を蒼くしたのを見れば、相当に危険な生物だってのは理解できたね。
「ワイバーンだろうがなんだろうが、俺たちゃどうあったって熱さまシードが必要なんだよ」
「マヂか……」
マジです。
セネカはふーぅと嘆息すると羽根を小さく鳴らして目をつむった。
「熟知してるんだったら、ワイバーン対策のためにアドバイスをひとつ頼む」
「死ぬな」
それってアドバイスといえるのだろうか。
……聞くんじゃなかったな。
「というのは冗談でな。実際、儂がこの場所に住んでいるのはおまえらのような愚か者たちが無意味に命を捨てるのを押しとどめる意味もあってのことなのじゃ」
「オッサン……セネカはこんな人も来ないような場所で、なにしてんだよ」
「他者が来ないということは静かでええ。この山ならば余計なものは滅多に来んし、学問を行うにはうってつけなのじゃ」
なるほど。セネカは世捨て人ならぬ世捨てフクロウの学者なのか。そういわれてみると、黙って佇んでいるさまはどことなくそれっぽい賢者の雰囲気が漂っているような気もしないではない。
そういえば、さっきクマタウロスのことも知ってるような口ぶりだったけど……?
「そいつはの。ずいぶん前にふもとの村のエルムが遺跡に捨ててゆきおったかわいそうな子よ。儂も、なんとはなく様子を見てやっておったのだが、とにかく気性が荒く他者をまったくよせつけようとせんかった。その暴れ者をそこまで手懐けるのは並大抵のことではない。お主もただのエルムではないようじゃが……」
うーん、クマタウロスよ。なんか覚えがあるか?
「そ、そういえば。オデがおなかへって、え、えものがとれなかったとき……たたた、たべものが落ちてたことがあっただ」
「アホ。落ちてるわけないじゃろが。儂が用意してやったんじゃ」
なるほど。すべてがフカシというわけではないようだな。視線を転じるとセネカは片目を器用につむってウインクをしているがなんか中途半端に怒りがこみ上げて来るぞ。
「忠告は聞いておく。それでも今は前に進まなきゃならないんだ」
ポカンとした表情のセネカを置き捨てにして俺たちは頂上を目指した。
世界が水色に染まりつつある。
朝が近いのだ。
空費ではないがかなりの時間を消耗してしまった。
心が焦れる。
こうしている間にもラロは床で苦しんでいるのだ。
「見えました。間違いなくコリオリの木です」
ゴーチエが乾いた声でいった。
俺の思いが通じたのか、頂上の開けた場所にコリオリの木があった。
遠くに広がる峩々たる山嶺が連なって広がっている。
ポツンと一本だけ生えたコリオリの木の向こう側は屏風のように鋭く切れ落ちており、吹き上げてくる冷たい風が全身の体毛を冷え冷えとさせた。
「来た――!」
知らず、つぶやいていた。
厚ぼったい雲の切れ目から垂れ落ちるようにしてその飛翔体は姿を現した。
ゴマ粒のようなそれはみるみるうちに俺たちのいる場所へ凄まじいスピードで近づいて来る。
きっと、やりあうハメになると覚悟はしていたものの現実が間近に迫ると毛がそそり立つ。
素早くルルティナたちを後方の岩場に隠すと俺は構えを取ってそれを待った。
傍らではクマタウロスが異様な唸り声を上げて威嚇している。
「無理に倒す必要はありません」
ゴーチエの声。
わかっている。
今はなによりもラロのために熱さまシードを手に入れることが先決だが、殺し合いというものは一旦はじまれば片方の都合でやめることなどできないものだ。
脳裏にラロが特徴的な八重歯を光らせて無邪気に笑っている顔が浮かんだ。
緑色の苔が生えたような竜が疾風のように俺たちへと急降下して襲ってきた。
俺とクマタウロスが素早く左右に跳んで攻撃をさけた。
今しがた立っていた場所へとワイバーンの鋭い尾が槍のように打ち込まれていた。
固い地面が抉れて細かな破片が勢いよく巻き散らかされた。
濛々と立ち昇る土煙の向こう側でワイバーンは鋭い牙を見せてしきりに吠え立てていた。
チキショウめ。
「クマキチさまっ。ワイバーンの尾には強力な毒が!」
ルルティナがいわなくてもシロクマの鋭敏な嗅覚はやつが繰り出した危険な攻撃の意味を悟っていた。
長く、しなるワイバーンの尾は打ち込んだ地面をジワジワ変色させて強烈な臭気を撒き散らしていた。
「うおっと!」
気を取られている隙にワイバーンは俺を目がけて連続攻撃を放ってきた。
ムチのようにしなる尾を飛行しながら放ってくる。
俺は広いとはいえない山頂を限界まで使ってなんとかそれらをかわし続ける。
右、右、左、左、右、左――!
毒尾が左肩をかすめわずかに茂っていた下草を薙ぎ払ってゆく。
単純に切り払われた痛みではない。
毒だ――。
俺は小さく呻くと目の前でしなりながら飛ぶ尾を横っ飛びでかわした。
俺はジクジクと痛む肩を無視しながらワイバーンが近づくのを待ち引っ掻き攻撃をしかけるがその都度ひらりと宙に逃げてゆく。
やりづれぇな。
狭い山頂で中空を自在に飛び回れる飛竜とやり合うのは至難の業である。こちらは攻撃のタイミングを選べず、自然後手に回ることを強いられる。
となると一見有利に思える俺とクマタウロスの巨体もやつにとっては狙いの大きな的として至極都合のよいものだ。
幸か不幸かワイバーンは標的を俺に狙い定めているのか、横でワォウワォウ吠えるクマタウロスを一顧だにしていなかった。
クマタウロス、おまえは下がっていてもいいぞ。
「や、やだ。オデも、オデもたたかう!」
そんな義理はないというのにクマタウロスは俺を見ると瞳を熱く燃やしながら力強く宣言した。
わかった。なら時間もないことだ。短期で決着をつけよう。
構えを組み直しながら立った。
敵ははるか頭上で悠々と旋回している。
待っていろ。次に降りて来たときが最後だ。
ワイバーンは幾度目かの回転を終えると身体を矢のように引き絞って真っ直ぐ突っ込んで来た。
ぎらりと光った牙で俺に食らいつこうという腹だ。
俺は素早くクマタウロスとアイコンタクトをかわすと腹を決めた。
降り来る敵を引きつける。
限界までだ。
大きくさけてはワイバーンは軌道をあっさり立て直すだろう。
三〇メートル。
二〇メートル。
一〇メートル。
五メートル。
――今だ!
俺は長い首を蛇のようにくねらせて突き入れて来たワイバーンの頭を素早く抱え込んだ。
だがやつの奥の手は健在だ。
同時に毒を含んだ尾が打ち出される。
ごおお
と隣で機を窺っていたクマタウロスが素早く太く頑丈な腕を伸ばすと横合いから掴み取った。
だが、長い尾の先端はイキのいい魚のようにビチビチ跳ねて無防備なクマタウロスの顔面を襲う――!
「ええいっ」
その危機を救ったのは完全に員数外であったルルティナだった。
彼女は短剣を素早く振るうとワイバーンの毒尾の先端を切り払った。
ワイバーンの絶叫が流れる。
「今です、クマキチさまっ」
応よ!
「これで決着だ」
クマタウロスの格闘センスは抜群だ。そして同時にルルティナのカバーも完ぺきだった。
ふたりは作戦の打ち合わせなどはしていなかったにもかかわらず、瞬間的に俺の意を汲み取って行動に移してくれた。
これを生かさなければ男として恥ずかしい。
俺はワイバーンの首根っこを押え込んだまま大きく背後に振った。
背負う形だ。
当然ワイバーンも翼を羽ばたかせて必死に抵抗する。
重量物を支えるのにはコツがある。
腕力ではなく腰なのだ。
骨盤と身体の中心部に神経をそそぎこんで身体を自由自在に操るのだ。
右足をザッと背後に引きながら後方へと大きく振って勢いをつけたワイバーンを今度は再び前方に放った。
長首は両腕で押え込んだまま背負い投げを打つイメージだ。
裂帛の気合を込めて雄叫びを上げる。
岩が砕ける轟音でワイバーンの悲鳴が掻き消された。
胴体を岩肌に叩きつけられワイバーンが血反吐を吐き散らかした。
驟雨のように降る血潮を掻い潜りながら突進する。
やつが厄介なのはその羽根なのだ。
広げた巨大な翼。
俺はそいつに飛びつくと情けも慈悲もかけずに肩の部分に足をかけ剥ぎ取った。
びりびり
と、筋肉と翼が千切れて破れる音が鳴った。
片羽根をもぎ取られては、さしもの飛竜も逃げることはできない。
素早くマウントを取ると俺は両腕の爪を振るってワイバーンの身体を縦横無尽に切り刻んだ。
「やりましたね、クマキチさまっ」
俺の身を案じていたルルティナが駆け寄りざま抱き着き、傷を見るなり舌で舐めようとするのをなんとか制止した。
「なぜですかっ。お傷はこうしてお舐めすると治りが早いのですよ」
ンなわけないだろうが……だいたい、肩の傷は毒が混じってるから危ないんだって――!
「大丈夫ですっ。クマキチさまのためなら私へいきですからっ」
いや、そういうことをいってるわけじゃなくってなぁ。
このぉ。だーかーら、舐めようとするんじゃないよおおおっ。
強情だな、おまえも。
「お兄ちゃん、木の実取れたよ!」
そんなこんなで俺とルルティナがじゃれあっているうちに、ヨエルがするするとコリオリの木に上りてっぺんにあった熱さまシードを取ってきてくれた。
おお、ナイスだヨエル。
「ぼく、木登りはとくいなんだよっ」
子熊はさすがに身軽であった。ヨエルがちっちゃな手で運んでくれた熱さまシードはちょうどバレーボール大の椰子の実に似たものだった。
手のひらで叩くとコンコンと軽い音が鳴り響く。
「コイツは殻を割って中にある身を煎じれば熱病など立ちどころに消え失せますよ」
ゴーチエは目ざとく自分の分も確保してホクホク顔でいった。
「これで、ラロが助かるんですね」
ルルティナは不格好なライトグリーンの実を撫でさすりながら震える声を出す。
さあ、下山だぞ――。
俺は軽く身体を揺すって遠方に広がる雲海を眺めながら気合を入れ直した。




