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58「クマのお宿」

「はっ」


 俺はいったいなにをやっているんだろうか。問うても答えのないことを知りつつ虚空をジッと睨む。


「ほっ」


 黒髪の美少女は青と白との配色が綺麗な上着を羽織ったり脱いだりして、ふーぅとかいてもいない額の汗を拭う真似をしてチラチラとこちらを見やっている。


「やっ、たあっ。とーう。このような感じです。いかがでしょうか、クマキチさま」


 うん。なんというかさぁ。

 一度やってもらえれば充分だったんだけどなぁ。

 アドリエンヌのクマ変化。


 彼女は俺が人形態からクマに変身するところをもう一度見せてくれないかと頼むと、なんかノリノリで衣を脱いだり羽織ったりしはじめた。


 確かにクラムローブというマジックアイテムの効果は抜群だった。一瞬で目の前の美少女が森のクマさんことエルム族に変化するのは驚きそのものなのであるが、こう何百回も見させられると正直飽きが来る。


「どうですかっ」


 どこか「褒めて欲しいなオーラ」を出しながらアドリエンヌはちょいと太い眉をぴくぴく動かしている。う、ううう。対応に困るな。


「どうですっ」


 すっごいグイグイ押してくるね、この子!


 あ、あー、うん、凄いね。さすがアドリエンヌだよ。


 なんというか、脱ぎ着が板についてほとんど名人芸を見ているようだよ。


「そうですか、えへ、えへへ」


 変身をするたびになんらかのコメントをつけ加えて褒めなければならないハメに陥っていた。


 どうやらこの秘中の秘を明かすことはアドリエンヌにとって、相当に重要なことであったらしく、よくわからないうちに俺は気に入られてしまったらしかった。


 いくらアドリエンヌの様子が楽しそうでも、そろそろこの不思議なファッションショウを打ち切りにして本題に入らなければならない。


「な、なぁアドリエンヌ。君の変身が凄いのはわかったから、そろそろお話をさせてもらってもいいだろうか」


 ちょいちょいとクマの右手を動かしてそういうと、アドリエンヌはどこかぶすっとした表情でクラムローブを羽織ってエルムの姿になった。


 むう。その形態だと表情があまり読めないのでできればヒューマンタイプでいて欲しかったのだが、どこか彼女はハーフエルムである自分に自信がないみたいだから、いい出しにくいのでこのまま話を続けよう。


「少しくらいいいじゃないですか。――それで、クマキチさま。お話とはなんでしょうか」


 俺は日中に村で会ったドラ息子ピムが起こした事件と彼が雇っていた用心棒である隻眼のエルムであるテディがいっていた不吉な予言、すなわちよそ者がアニ村を滅ぼすという捨てゼリフのことを忌憚なくアドリエンヌに訊ねた。


「ああ、そのお話ですか。ふふ。あの方たち、わたしのいったことをそっくりそのまま信じてしまったみたいですね。お可愛いこと」


 どゆこと?


「村長の長子であるピムは近頃妙な商人と結託して用心棒を雇い目に余る振る舞いを繰り返していたのです」


 ふぅん。どんなことをしていたんだい。


「屋台の食べ物を奪ったり、村の若い娘をからかったり、田畑をほじくり返したり、極めつけは蛇のオモチャですよ! もう、信じられませんっ。蛇ですよっ、蛇っ」


 そういうとアドリエンヌは蛇のことを思い出しただけで身が竦むのか、両腕で自分の身体を抱きながらぶるるっと大きく震えた。


 ふむ。クマは蛇が嫌いだっていうしな。ちなみに俺も長物は苦手だ。


「長老に頼まれてわたしが意見をしに行ったときに、お行儀の悪いお兄さんたちをけしかけて来たので、少しばかりそれっぽいことをいって少し脅しちゃいました」


 アドリエンヌは黒いつぶらな瞳を輝かせいたずらっぽく舌を出した。


 人間体ならばかわいらしいのだが、エルム化状態の今の彼女はちょっと丈夫そうな牙が見えて怖いぞ。


「聖熊祭はほかの村の方々を排除するような真似はしませんが、ピムが雇っている方たちが増えれば今後は長老たちも外のお客さまたちを制限するかもしれないのです。わたしも、巫女としてはそれはさけたいのですが。あのう、クマキチさま。できればでいいのですが、ひとつお願いがあるのですが」


「ん、なんだい?」


「わたしは巫女としての仕事があるのでそれほど自由に動けませんので、ピムたちが妙なことをしないようにそれとなく見張っておいていただけませんか? できる限りで構いませんので」


 うーん、できれば力になってあげたんいだけど、色々と問題が積み重なって来るなぁ。少しはお祭り気分でゆっくりできると思ったのに。


 とりあえず一回戻ってルルティナに断ってから決めたほうがよいのではないのだろうか。


 しかし彼女はそんな俺の曖昧な気持ちを見抜いたかのような笑みを作りながら、そそと近寄ってそっと俺の胸に手を当て小首を軽く傾けた。


「その代わりといってはなんですが、わたしのお願いを聞いてくださったら、クマキチさまがこっそりココに忍び込んできたこと黙っておいてあげちゃいます」


 うへぇ。こいつは一本取られたや。


 ま、別に悪いことをするわけでもないし、村の有力者であるアドリエンヌの頼みを聞いておいても特に問題はないだろうということで俺は彼女の頼みを引き受けることとした。







 そういえばルルティナたちと別れてかなりの時間が経過している。


 そろそろあてがわれた宿舎に戻らねば心配するぞと、聞いていたかなり大きめの宿に向かうと玄関口で待ち構えていた三つ子ちゃんたちの熱い抱擁を受けた。


「おそいよー」

「くましゃまおそいっ」

「まちくたびれたー」


 待ちかねて俺の腹だの脇だのに顔を埋めてしっぽをふりふりしているララ、ラナ、ラロの差人娘の頭を撫で撫でしながらチラリと腕を組んでいるルルティナの様子を窺った。


「クマキチさま。遅くなるならなるでひとこと誰ぞに言づけするなりなんなりできるでしょうに」


 あらら。これは完全にお冠だぞ。


 ルルティナはむっすーっとした顔でしっぽを大きく左側に振っている。


 これはルルティナが軽く怒っているときの癖なんだね。シロクマはそういうことに聡いというか見慣れているうちに理解してしまったんだよ。


「まぁまぁ、姉さんも。クマキチさまも特になにかがあったというワケではありませんし、そろそろ中に入ってお夕飯をお出ししましょう」


 ナイスフォロー、リリティナ。


 リリティナはパッと俺のほうを見るとかわいらしくウインクしながらぷりぷりぷりの介の姉をなだめている。


 アルティナはどこぞの屋台で仕入れたのかは知らないが、骨付き肉をかじりながら後方で静観していた。


 俺たちのあてがわれた宿は遠方から聖熊祭を見に来た客でごった返している。


 つまりはこうして玄関口でもめていると「なんだなんだ」とばかりに人ならぬエルムが集まって来るのだ。


 千客万来だね。

 ううむ。これはちょっと恥ずいぞ。


 なんだかんだでルルティナの機嫌を取りつつ部屋へ移動する。


 ただしその間も三つ子ちゃんたちは俺の身体にしがみついたりぶら下がったりしたままだった。


 エルムの体格に合わせて作られた部屋はベッドひとつとってもラージサイズだ。


 俺が二段ベッドの隣に雑嚢を下ろしている最中もルルティナが離れていた間のことを追求しようと目を光らせているのがありありとわかった。


 困ったな。


 正直にアドリエンヌのことを喋ったらルルティナの妬気をさらに煽るだけだし。


 かといって、俺は生来嘘や作り話は上手くない。

 下手に取り繕ってもすぐばれてしまうだろう。


 嘘がバレたときの女性の怒りほど怖いものはないし、余計に痛くもない腹を探られることとなるよなぁ。


「とはいえ、姉さん。クマキチさまを待っていたのでお腹も空きましたし。食堂が閉まらないうちに夕飯を済ませましょう」


 このままではルルティナの説教がはじまるのではないかと戦々恐々していた俺を救うべくリリティナからナイス提案がすかさず打ち出された。


 再びナイスフォローだ、リリティナ。


「むう。クマキチさま。詳しいお話はお食事が済んでからじーっくりしますからねっ」


「はは。お手やわらかにな」


 揉み手をしながらへこへこと小腰を屈曲させる。


 こういうところが小市民というか我ながら情けないがカワイ子ちゃんと子供には強く出れないのがジャパニーズシロクマお父さんなのだ。


 食堂は部屋から出て渡り廊下の向こう側に併設されていた。


 一〇〇人近い客が――エルムを想定しているのでゆとりが大幅にある――一度に食事をとれるよう長机がズラーっと渡してあり、たくさんの客人が巨大な皿を前に夕餉に舌鼓を打っていた。


 大多数がエルムであるが、中にはロビオラさんと同じなエルフやヨーゼフのような褐色の肌を持つダークエルフ、そして俺が今まで見たことのないタイプの様々な種族があちこちに見受けられ、まさしくファンタジーって感じを醸し出していた。


 食堂のそこかしこには頭に白い手拭いを巻いたエルムの女性たぶんたちが忙しそうに注文された食事をせっせと運んでいる。


 クマタイプの亜人であるエルムは一様に大食漢であり、木皿に盛られたジャガイモや麦飯は日本昔話のアニメのようにこんもりと山になっており、それがあっという間にわしわしとエルムたちの腹に収まるさまは圧巻だ。


「クマキチさま。あそこで食券を贖ってからカウンターで係に渡すみたいですよ」


 リリティナが唇に人差し指を当ててかわいくウインクをした。


 視線を転ずるとそこには木の板にメニューが刻まれており、その横には棒線が引っ張ってありどうやら価格が明示されているみたいだ。


 といっても、どういった料理が書いてあるかわからない。


 俺、基本的にこの世界の字は読めないもんね。


 いつもヨーゼフに注文するメモはルルティナに頼んでいるし。


「旦那、こっちこっち!」


 ふと聞き覚えのある声に顔を向けると、そこにはいかついエルムたちに混じってすでに相当きこしめしているヨーゼフの赤ら顔が目に映った。


「もう。クマキチさまは先に席に着いていてください。料理は私が注文しておきますので。あ! なんですかそのお顔は。別にまだクマキチさまにはいーっぱい聞きたいことあるんですからねっ!」


「はいはい、姉さんは素直じゃないんだから。以前みたくご無事でうれしいですっていえばみんながしあわせなのにね。ねーっ?」


「うーっ。ララたちしあわせっ」


 リリティナがララと顔を見合わせ「ねーっ」とわざとらしくいうと、ルルティナはあからさまにぷんすかしっぽを激しく振りながらカウンターに向かってゆく。


「大人の女は男を縛らない」


 アルティナが串焼きをもしゃもしゃやりながらぼそりとつぶやく。ルルティナのケモ耳がピクリと反応しているね。


 視線を落とすとアルティナが「どうよ?」みたいななにかを成し遂げた感じの目線を送って来る。


 いや、なんで君たちは煽っていくスタンスなのかな。


 できれば俺が不在だった空白の時間は触れずに時間経過とともになかったことにして欲しかったんですが、ダメですかそうですか。


「旦那、駆けつけ三杯だ。まずは、グイッと!」


 ヨーゼフに勧められるまま差し出された杯を呷る。


 喉に酒精が流れた途端カッと焼けつくような火照りが走った。


 うん。地元の酒かな。いいものですよこれは。


 長方形の皿に乗ったツマミは鱈を干した焼き物で千切りながら噛み砕くと抜群に合った。


「手酌なんかさせられるもんかい。ほらほら嬢ちゃんたち」


 ヨーゼフがいうが早いか隣に座ったリリティナが如才なくお代わりをついでくれる。


 そうこうしているうちに、みんなの料理を盆に乗せたルルティナがやって来てなし崩し的に夕餉がはじまった。


 奥深い山の中であるが出て来た料理の品はバカにしたものではなく、地元でとれた山菜を中心に、肉、魚、とどれも新鮮なものが多かった。


「旦那、地元の兄さん方に聞きやしたが、こっからうんと北のほうには大きな湖とそれなりに大きな村が幾つもあって流通はずっといいらしいんで」


「ふぅん。俺たちの森のほうが人間の街に近いから便利かなとは思ってたんだけど」


「アルムガルドの街は悪かねぇが、やっぱり辺境の田舎なもんで。下手すりゃずっと西にあるエルフたちの村のほうがずっと栄えてるんで」


「にしてもヨーゼフは博識だなぁ。まるで行ったことがあるみたいじゃんか」


「え……いや、ちょっと小耳にはさんだだけですって。気にしない気にしない。さあ、俺らもクマキチの旦那が来るのをずっと待ってたんでセーブかけてやしたんですぜ。今夜は旅の終わりを祝ってガツーンと朝まで飲み明かしましょうや。わはは!」


 ヨーゼフよう、おまえはずっと好き放題やってるじゃんか。


「それではクマキチさま。あまり酔わないうちに今日あったこと、ぜーんぶ白状してもらいますからね」


 う。大皿から黙々と俺の分の煮込みを取り分けていたルルティナが瞳をキラッと光らせながら、ずりずりっと椅子引き寄せ距離を詰めて来た。


「ああ、なんだぁ。そーかそーか。旦那、やっぱあの巫女に一発かましてやりましたかっ」


「どういうことですかクマキチさまっ」


 ルルティナが目玉を見開き「がるるっ」と牙を剥き出しにして唸り出した。


 ヨーゼフよ、余計なことをいって場を混乱させないでくれ。


 それにアドリエンヌのことをいわれればまったく潔白であるといい切れない負のエネルギーが俺の中からルルティナに毅然とした態度で反乱させる力を失わせるのだ。


「やっぱりあの巫女とイチャイチャしていたんですかっ。私、長老さまのご冗談を真に受けないでくださいっていったじゃないですか!」


 だーかーら、別にそういう艶っぽいことはまったくもってなかったんだってばさぁ。


 にしても猛りながらぐいぐいと胸元にしがみついて来るルルティナの力は驚くほど滅法強いのだ。


 周りで食事をとっていた観光客の皆さま方も突如として怒った痴話喧嘩にアルコールも手伝ってかヒートアップしてきた。


「なんだなんだ夫婦喧嘩か?」

「旅の兄さんが村の巫女さまに手ェ出したってよ」

「そいつは豪儀だ」


「カミさんのほうはカンカンじゃねぇか」

「コイツは酒の肴にならァな」


 いや……見てないで仲裁してくださいよ、エルムの皆さん方。


「……もう、サイアク」


 リリティナは頭を抱えてガックリとうな垂れる。アルティナは焼き立ての骨つき肉を豪快に噛み千切りながら、追っかけて炒飯をもりもりと頬張り成り行きを観戦モードに入っていた。



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