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53「クマたちの村」

「どうしたのですか、クマキチさまっ。そのお姿は?」


 大樹から下りるなりルルティナが開口一番素っ頓狂な声を上げて出迎えてくれた。


「え、えと。あの蝦蟇大王と戦って変なモンかけられちゃったよ」


 先に下りていたヨーゼフやリリティナたちも俺の身体を見てどこかとまどったような表情をしていた。


 や、やっぱあれかな? なんか臭うのかな。自分じゃわからないけど蝦蟇大王の最後っ屁みたいな毒液でどっかしらエライことになってるの?


「旦那、鏡見たほうが早いですぜ」


 俺は震える手でヨーゼフから差し出された手鏡に自分を映して硬直した。


 な、な、な、なんじゃこりゃあああっ!


 黒くなってる。


 普通のクマになり果てているうううっ?


「クマキチさま、とっても、すっかり普通のエルム族でございますっ」


 ルルティナが目をまん丸に見開いて呆然としている。


 あわわ。


 これはかなりびっくりだ。


「クマキチさま。すごくシックな色合い」


 アルティナはなぜか陶然とした面持ちで俺の太腿をちょいちょいと触っている。三つ子ちゃんたちは見慣れぬ毛皮の色に警戒しているのか唸りながらぐるぐると身体の周りを駆けまわっていた。


 あの蝦蟇野郎。人の……もといクマの家庭環境を破壊しやがって。しかし墨を吐くとはタコみたいなやつだ。最後まで迷惑をかけやがってと切に思うよ。


「トード族は我々には理解しがたいものを吐き出す習性を持っていらっしゃいますから。とにもかくにもお湯で流されてはいかがですか?」


 ケンネリーナ姫のご厚意に甘えて俺は無作法であるが衆人環視の下、行水を行った。


 コボルト族たちはすぐさま湯を鍋一杯に沸かしてタライに張ってくれた。


 俺のような身体でも容易に座れる大きさである。


 ざんぶと湯につかるとたすきがけをしたルルティナたちが念入りに石鹸を泡立て背中を流してくれるが一向に黒さが落ちる様子がない。


「ごーし、ごし。クマキチさま、ルルティナがすぐもとの白さにお戻しいたしますからね」


「姉さん。前ばかり流さないでください。クマキチさま嫌がってますよ」


「このままでも素敵なのに」

「ララもごしごしきれいにするよ」

「ラナもー」

「ラロはキレイキレイはとくいだよっ」


 ウェアウルフ六人娘たちが総出で汚れを落とそうと躍起になるが染みついたそれはますますいい艶を帯びてむしろ黒光りしているような気もする。


「旦那、俺も手伝うよ。嬢ちゃんたちじゃ力が足りねぇかもだ。ロミスケ、テメェも手伝え」


「へい」


 しまいにはヨーゼフやロミスケも参加しての洗いっこになったが、とうとう朝日が出るころになっても俺の毛皮は白さを取り戻すことはなかった。


「な、なーんでちっとも取れねぇんだ。こんなのおかしいぜ……」


 ヨーゼフが白い息を吐き出しながら座り込んだままぐったりとした様子でいった。


 ううむ、お手数かけて心苦しいのだが、まったくもって謎だ。


「もしかしてこれは、あの蝦蟇大王の呪いかも知れませんわ」


 野天での作業でみなが身体を冷やさぬようあたためた酒を自ら配っていたケンネリーナ姫が耳をひくひくさせながらちろりと舌を出す。うむ。まったくもってコーギーにしか見えないな。


 というか呪いって……オカルト的なものになっちゃうのか。


「この黒さが魔術的なものであれば、時間とともに体毛の黒さは薄れて数日で元の白さに戻ると思いますわ」


「姫さまは王都で魔術学院に通っていたんだわんわん。姫さまのいうことに間違いないんだわんわんっ」


 ふむ。ケンネリーナ姫の言葉を補足するようにシバスケが黒い鼻を突き出しながら吠えている。


 ちょこちょこ喉のあたりを撫でてやるとシバスケはうっとりと目を細めて地面に転がり腹を見せた。うん、なにげにちんこデカいなコイツ。


 ま、そのうち元に戻るってんならそれほど気にすることもないだろう。


「もはや夜明けでございますわ。クマキチさまとみなさま、夜を徹しての戦いでさぞやお疲れでしょう。我が集落でとにもかくにも休んでいってくださいませ」


 ケンネリーナ姫のお言葉に甘えて俺たちはコボルトの集落でたっぷり夕方まで休ませてもらうことにした。


 俺はともかく娘っ子たちは夜っぴての作業で疲労困憊のご様子である。三つ子たちはすでに毛布に包まって俺の膝の上で寝入っている。


 とにもかくにも久方ぶりに十時間ほど寝ると日が落ちる前にはみな元気を取り戻した。


 夕刻にはコボルトたちの宴会責めだ。


 そういえば成り行きであったが俺はケンネリーナ姫を蝦蟇大王から助けた救世主という形になるらしい。


 彼女の父である王はかなりの老齢なのかもごもご口を動かしてなにをいっているかはよくわからないがとにかくすごく感謝していることは伝わって来た。


「お父さんと歳がかなり離れているんだね」

「私は王の歳をとってからの娘ですので……」


 王の見た目はかぎりなくセント・バーナードっぽかった。


 すごい。うんともふもふしたいな……。


 王妃はやたらに若いコーギーぽかったので姫の特徴はママから受け継いだものなんだね。


 にしてもコボルトの生態はイマイチ理解しがたいぜ。


 質素であるが心の籠った晩餐をたらふく喰らった俺たちは朝方あいさつもそこそこにコボルト村を出発した。


 ケンネリーナ姫は去り際に「ぜひお帰りの際はもう一度お立ち寄りくださいませ」と社交辞令をいっていたがそれを聞いたルルティナたちはちょっと機嫌が悪くなったのはカワイイ嫉妬かなと思うことにするよ。


 黒さが際立つ俺たちは元の道に戻って再び遡行をはじめやがて――。


「兄ィ、着いた。着きやしたっ」


 ロミスケがいつになく明るい声で前方を指差すと、そこには石壁に挟まれた頑丈そうな門の前に巨大なクマが立っていた。


 えっと……ここから一〇〇メートルほど離れてるはずなんですけど。


 あれ? なんかおかしくない? 縮尺間違ってない?


「あれは門番のゴリアテでオラの幼馴染みでやして。身体はデカいですがいたって気のいいやつなんで」


 むう。ロミスケがそういうなら間違いないんだろうけど、どう見てもあの巨大さは並大抵じゃないぜ。


 ロミスケは無事村に戻れたのがよほどうれしいのか、おーいおいーいと手を振りながら駆けてゆく。


 件のゴリアテくんはロミスケを見つけると手にした巨大なやりを傾けながら大きな瞳をキョロキョロ動かしてかがんだ。


「おっおっおっ? おまえ……ロミスケ? 生きてたの、か?」


「おうよ。オラっちがそう簡単に死んでたまるけぇ」


 うーん。こうして離れてみていてもロミスケが今にも食われそうにしか見えないな。


 ゴリアテくん、どう少なく見積もっても四メートルはあるぞ。


「はわわ。クマキチさま。ずいぶんと大きなエルムの方ですねぇ」


 ルルティナはゴリアテの体格に圧倒されて俺の背中に隠れている。リリティナが姉の背に無言で続く。


「うん。おっきいことはとてもいいこと」


 アルティナだけはやたらに興味を引かれたのかふんふんと鼻息荒く話し込んでいるロミスケとゴリアテに近づこうとするがルルティナに首根っこを掴まれ無理やり引き戻され不満顔だ。


「おっおっおっ。よ、よよよ、よかった。よかった。オイラ、ててて、てっきりととと、とっくに死んだもんだと……よか、よかた、よかたっ」


「お、おいっ。ゴリアテ、男同士でじゃれつくなって。それに風呂は小まめに入れっていつもいってるだろが。だからおめさ、女子に嫌われっだ。ばか、ばっかやろ……」


 巨大なゴリアテにしがみつかれ悪態をつくロミスケであるが滂沱のごとく涙を流すゴリアテは子供のようにわんわんと泣いて押し潰そうとするように伸しかかっている。


 なんだ。俺ってばこういう友情に弱いんだよなぁ。


「けっ。あの野郎。旦那、ロミスケにゃちゃーんと心配してくれるツレがいるじゃねぇスか」


 ヨーゼフもぐすっと鼻を啜り上げ男同士の再会に感動しているよ。


 そうだね。仲良きことは美しき哉、武者小路実篤。

 いいなあ、昔っからのダチってのも。


 は、ははは、ははは……おいっ。そのくらいにしとかないと、マジでロミスケが潰されちまうぞっ。


「だ、だずげ……クマキチの兄ィ……っ」

「あ、アホかあいつら……」


 俺とヨーゼフは今にも巨体のゴリアテにぺしゃんこにされそうになったロミスケを引きずり出すため慌てて駆け出すのだった。






「す、すまね。すまね、クマキチさん。オイラ、ももも、もう、ロミスケに会えないかと思って、つい」

「ついじゃねぇよ。オラが世話になった兄ィたちに迷惑かけやがって」


 聞けば巨体のゴリアテはロミスケよりふたつ年下で弟分らしい。ロミスケが飛び上がってゴリアテの頭をぽかんとやると、デッカイ身体を小さくして申し訳なさそうにしているのがちょっとかわいかった。


 まぁもういいよ。それよりもロミスケは無事を伝えなくちゃいけない家族とか例の幼馴染みがいるんだろう?


「そうですよロミスケさんっ。早くいとしのジュリキチさんに無事なことを報告しないとダメじゃないですかっ」


 う。リリティナがいつになく燃えている。彼女は金色に輝くおさげを揺らしながら目を光らせ主張している。


 ルルティナやアルティナも無言で同意しているがあからさまにこれからの成り行きを楽しみにしている気配がビンビンに伝わってきておいちゃんちょっと引くわ。


「へ、へえ。でもその前に両親や長老に会わねぇと……」


「ロミスケ?」


 俺たちが村の入り口でわちゃわちゃやっていると、やや離れた道の真ん中からよく通る声が響いて来た。


 そこにはパッと見やや小柄なエルム族の村人が立っていた。


 というのも、俺からしてみれば誰もかれもクマにしか見えない。


 わかるのは声質の少女らしさとおそらくは彼女であろうクマが胸元にかけている金色のかなり目立つ首飾りだけだ。真っ黒な毛皮に映えるそれはやや大振りであるがコントラストは抜群にマッチしていた。


「ジュリキチ――! オラ、オラ、なんとか帰って来ただよっ」


 ロミスケが歓喜に瞳を輝かせて両手を広げたまま走り出すと、ジュリキチは弾かれたように駆け出しながら、途中でダンっと地を蹴って跳びあがり俺に向かって飛び蹴りを浴びせて来た。


 なんでだよっ。


「ロミスケっ。……てああああっ!」

「みんな、離れてろっ!」


 素早くルルティナたちを散開させると両腕をクロスさせてジュリキチの蹴りを防いだ。


 ずうん


 と腹に響くようなバネの利いたいい蹴りだ。


 俺は地面に砂煙を立てながらずざざああっとそのままずり下がって衝撃を真正面から受け止めた。


「ちょっと待った! 君はなにかを誤解しているぞっ」


「白々しい。ロミスケが素直なのを利用してノコノコ村までついてきてっ。近頃コイツの周りがおかしいと思ってたけど、アンタが大方悪党の黒幕ねっ。アタシがいる限りロミスケも村の平和も絶対に守って見せるんだからっ」


 ちょ――なにこの予期せぬ超絶バトル展開は?


 俺はあくまで善意の第三者でロミスケを保護してここまでやって来たっていうのに。


 ジュリキチは「はああっ」と腰を低く落として構えを取ると、俺を親の仇のように睨みながら凄まじいばかりの鬼気を放射している。


「村のみんながロミスケを陥れるなんてありえない。つまりは見慣れないエルムのアンタが今回起きた事件の首謀者よ。おバカなロミスケを騙して味方面をするのはさぞ心地よかったでしょうね? でも、これですべてが――終着駅なんだからっ」


「やめろよおおっ。兄ィは敵じゃねえってば!」

「アンタは黙っててっ」

「へもぐっ」


 ロミスケが必死に押さえ込もうと背後から取り押さえようとするが、ジュリキチは身体をコマのようにくるりと回転させると軽く蹴り飛ばしていなした。


 ロミスケ……おまえなんて弱っちぃんだ。完全に今の状態で今後も尻に敷かれる運命がありありと見えるよ。


「なあ聞けって。俺はロミスケをだな――」

「問答無用ッ」


 ジュリキチはクマにしては小柄だ。いやエルム族なんだっけっか。ややこしいな。とにかく彼女の身体は俺やロミスケに比べれば背丈も一七〇くらいだし目方も半分以下だがやたらにすばしこく劣ったパワーを使いこなす体術の持ち主らしい。


 素晴らしく基本に沿った正拳突きをかましてくる。


 俺は左手で半円を描いて彼女の突きを外側に払うと、グッと右足を前に踏み込むと同時にガラ空きの顎に向かって掌底を打ちつけた。


 が、ジュリキチは俺の攻めを目にした途端毬のように後方に飛ぶと四つん這いになってきらりとつぶらな瞳を輝かせる。


「やるじゃない――っいたっ」


「やるじゃない、でしょう。なにをやっているのよあなたは」


 戦いはもう一体のエルムの登場によって唐突に終わりを告げた。


 黒々としたクマそのものである声からすると「彼女」は青と白が目立つひらひらした上着を羽織り、頭には聖職者がかぶるような先が尖った五角形のミトラ帽のようなものを乗せている。手にはつややかな丸い宝玉の嵌った白い杖を持っており、種族がまったく違う俺でもすぐに女性であることがわかる清楚さと高い品格が窺えた。まあ見たクマさんなんだけどね。


「いったいなー。なにすんのよ姉さんはっ」


「いきなりお客人に無礼を行う妹など持った覚えはありませんよ、もう。はしたない」


「けど……コイツらがっロミスケを」


「手を出す前にきちんと話を聞く。そうでなければロミスケも必ず近いうちにあなたに愛想を尽かしますよ」


「う」


 クマ子さんはジュリキチとロミスケをそばに引き寄せるとこしょこしょとなにごとかを小声で話していた。


 しばらくすると誤解が溶けたのかジュリキチは地面に手を突いて早まった行為に対して得心したのか深々と頭を下げ詫びを入れてきた。


「早とちりをして……悪かったわね」


 ジュリキチはあからさまにぶーたれながらぷいっと横を向く。


 相変わらず俺にはクマさんにしか見えないので高いトーンの少女声が果てしなく違和感だ。


「なによ。なに見てんのよ」


 いや、別に見てませんよ。

 あんまり怖いこといわないで欲しいな。


 と思っていたら、袖口を隣にいたルルティナにぐっと引かれた。


 え、あ、なにかな。


「クマキチさま。ちょっと近づきすぎです。その方はロミスケさんのいい方なんですから」


 ルルティナはどこか不機嫌そうにぷくっとふくれている。


 ええと、これはあれかな。


 ジュリキチがケモミミ娘基準ではすっごく美人ってことなのかな。


 後頭部になまあたたかい視線を感じ振り向くとヨーゼフが腕を組んで妙にニヤニヤしている。 


 リリティナもアルティナもどこか不機嫌そうだが、俺にはまったく理解できないってばよ。


 まったく美人を見るとすぐデレデレするんですから――。


 と、ルルティナが小声でつぶやいているが俺は耳をはたと伏せて聞かなかったことにした。


 話題のジュリキチさんはロミスケと向かい合って手を握り合っている。


 うんうんお似合いだよね。どっか絵本みたいな情景でほっこりするよ。


「で、ロミスケ。彼らがあなたを救ってくだすったのね」


 神官というか巫女っぽい服装のクマ少女が落ち着いたトーンの声でいった。


 うんうん。声質はしっとりしていてまさしく美女ですって感じだ。


 お顔は黒い毛が密生していてアレだけど女の子にそういうこといっちゃダメだよね。


「へ、へい。そうでやしてアドリエンヌさん」


 目の前のクマ少女たち――。


 彼女たちがどうやらロミスケが口を極めて褒め称えていたアニ村一番の美少女姉妹らしい。


「わたしはアドリエンヌと申します。ロミスケのことはどれほど言葉を尽くしても感謝しきれません。あなたが彼を助けてくだすったのですね」


「うん。俺はクマキチでこっちのみんなはいっしょに暮している家族だ」


「ルルティナです」

「リリティナです」

「アルティナ」


 ウェアウルフ三人娘はそう名乗ると美しいほどの連携で俺の前方に出てアドリエンヌの視界を遮った。


 三つ子ちゃんたちは人見知りならぬクマ見知りをしているのか俺の背中にふるふる震えながら隠れて小さな声で自分の名を名乗った。カワイイね。


 ――じゃなくてだ。


 なぜ彼女たちはここまで喧嘩腰なのだろうか。アドリエンヌは黒目がちな瞳をキョトンとさせるが口元を手で覆いながら上品そうに微笑んでいなす。ううむ。なんだろう、そこはかとなくハイソな気配を濃密に感じるのだ。


「みなさま遠いところからようこそアニ村へ。ここはヴァリアントでもエルムがもっとも多く住んでいる場所よ。ウェアウルフのお嬢さま方も、わたしたちと仲よくしていただけるととってもうれしいのだけれど」


 こうして紆余曲折を経てクマたちの村に着いたのだが、俺はまだこの時点で村を襲う巨大な陰謀にはなにひとつ気づいていなかった。



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