49「キノコは美味しい」
熱中してキノコを集めているうちに日がとっぷりと暮れてしまった。
俺たちは沢から離れた場所にキャンプ地を決めると風が来ない大樹の裏にテントを張って今宵のねぐらにすると決めた。
晩の主菜はみんなで頑張ってとったキノコたちである。
俺とヨーゼフとロミスケで念のためとったキノコたちを確認して万が一の事態に備える。
ああ、よく見ると中には結構ヤバい種類のやつも入ってるなぁ。つか、俺が見たことのないキノコも幾つかあるぞ。これはヨーゼフたちに聞かないと食えるかどうかわからん。屈辱だぜ。
「ん。旦那。それはベニヤシャダケだ。食ったら天国が見えるぜ」
ヨーゼフがいうのももっともな色合いのキノコであった。
カサはどんぐりのような形をしており、全体的にライムグリーンで雪のようなスーパーホワイトの斑点が散らばってちょっとした工芸品のような美しさがある。正気では口にしたくない色艶だ。
「クマキチの兄ィ。これも、これも、これも毒キノコでやす」
な、なぁにぃ? ロミスケはポイポイと俺が知らない種類のキノコを選別して後方に放り投げるが、構えていたリリティナが素早くキャッチする。なぜ、捨てたものを?
「てか、旦那。その毒キノコ、ほとんどリリティナ嬢ちゃんがとったやつだぜ」
リリティナは深い青色のカサに黄色の斑点を持つキノコを手に取ってうっとりとしていた。
「つか、さあ。嬢ちゃん。アンタわかってて毒キノコとってただろ」
ヨーゼフが困ったようにため息を吐くとリリティナは「えへ」とはにかんでごまかそうとした。
なんでよ。
「だって、色がカラフルでとても愛らしいんですもの」
さよか。
でも食えないものを集めるのはやめようね。悪びれないリリティナを見ていたルルティナが恥ずかし気にパシッと尻のあたりを強く叩いた。
「いった……! なにするんですか姉さんっ」
「なにするんですかじゃないでしょ、もおお。この子は食べられないもの集めてどうするのっ」
「え。それを聞いてしまってどうするんですか?」
「なによ、なんなの、その返しは……」
凄まじい姉妹喧嘩がはじまりそうだったので、三つ子たちと協力して彼女たちを引き離した。
とりあえず食べられるキノコだけをようやく選り分けられたので今日はキノコパーティーとなった。
キノコと根野菜の炒め物、キノコ汁、キノコの姿焼きなどだ。
足を落として火で炙っただけのキノコに塩をまぶしてガブリとやる。
旨みが猛烈に強いので口中がたちまちあふれた唾液で一杯になった。
カップにそそいだ酒精で口の中を洗うと鮮烈な香気がサッと洗い流されさらに食欲を煽る。
「だから、なんでそれを焼いているのよっ。食べられないっていったでしょ!」
「え。でも、もしかしたら姉さんなら、あるいは、と思って……」
リリティナがこっそりベニヤシャダケを焼いてルルティナに怒られていた。
「なあ、ヨーゼフ。ベニヤシャダケを食うとどんな症状が出るんだい?」
「えっと、食って少し経つと腹が痛くなってゲロゲロ吐いて、下痢になったりするとか。あとは頭がおかしくなって暴れたり、まぼろしが見えて変なことをいったり、異常に怒りっぽくなったりするって聞いたことがありやす」
なるほど。ベニテングダケと同じような症状だな。
一般的に毒キノコの典型と思われるベニテングダケはちょっと食ったくらいでは死んだりしない。
ヨーゼフがいったような症状に悩まされるが、一日も経てば毒は抜けて症状は改善されるといわれている。
実際はベニテングダケは弱毒に含まれ、ドクツルタケ、シロタマゴテングタケ、カエンダケ、ドクササコといったもののほうが一発で死ねるのだ。
毒キノコの研究家がベニテングダケを実際ホイル焼きにして食べたらエリンギに味の素をたくさんまぶしたような強烈な旨みを感じてほっぺたが落ちるほど美味かったらしい。
これは毒キノコの毒成分であるイボテン酸がグルタミン酸の十倍の旨みを持つからである。
毒キノコも湯でぐらぐら煮れば食えなくもないが、それでは水溶性である毒成分とうまみ成分であるイボテン酸が水に溶けてしまうから食べても旨くはないだろうね。
結論。
美味しいものは基本的に身体によくないのだ。
それなりに距離を歩いているので疲れはどうかな?
と思ったが一同びっくりするくらい元気なのでまずまずのすべり出しといったところか。
夕食後、ルルティナたちが食器を沢へ洗いに行く間俺は三つ子ちゃんたちと手遊びをして時間を潰した。
ちなみ手遊びっていうのは、ララたちちっちゃい子の耳をつまんだり、俺のもふもふした手で顔をばふっと挟んだり、せっせっせっーのよいよいよいをしたり、あとは子犬や子猫とじゃれるよう腕に纏わりつかせたりと、ま、そんなもんだ。
現代っ子と違ってなにかオモチャがなくてもこうやって手で触れたり抱っこしたり話しかけたりすることによって充分にスキンシップを取ることができる。リーズナブルな上に絆が強くなること請け合いだ。
「がふー」
「わふわふ」
「ふにゃーん」
ちっちゃな子たちが奇声を発しながら噛みついてくる。ふふ、かわいいね。
俺はロミスケとふたりで三つ子たちとじゃれ合いながら時間を過ごした。
ちなみにヨーゼフは酒のペース配分を間違えたのか、すでに泥酔状態で酒瓶を抱えたまま丸くなっていびきをかいている。
細身な体格のくせにやけにデカいいびきなので驚きだ。
ううむ。こいつの十年後は立派なアル中オヤジになってそうで怖いな。風邪を引かれても困るのでそっと毛布をかけてやるが「うおっ」とか寝言で叫ぶのでついビクッとしてしまった。
さらに時間は過ぎて、未だ起きているのは俺とルルティナとリリティナ、それにロミスケだけになった。
「はい、クマキチさま。マシュマロが焼けましたよ」
ルルティナが木の枝に刺して焼いたマシュマロを手渡してくる。
それをもぐもぐあちちとやっていると妙に放心したような顔で空を見上げているロミスケの様子がチト気になった。
「ロミスケ。幼馴染みの子が心配かい」
「あ、いや。そんなことは……いや、兄ィのいうとおりです。オラはジュリキチのことが心配でやして。でも、兄ィたちが思ってるほどじゃねえんで。なにしろ、ジュリキチには頼りになる姉さまがついているんで」
「お姉さん?」
「へえ。アドリエンヌっていうしっかり者の姉がジュリキチにはおりやして。オラとも幼馴染みになるんですが、ふたつ上で村でも滅法な美人で評判なんで」
「美人ねぇ」
はふはふもふもふとマシュマロを咀嚼しながらロミスケのいう美女クマを想像しようとしたが上手くいかなかった。
てか、美人のクマってなんだ?
エルム族の女の話になるといつもこの根源的命題に突き当たって思考の袋小路をさまようハメになるのだ。
ん? あいたっ。
「クマキチさま。今、なにをお考えになられましたか?」
ルルティナが笑顔のまま俺の腰肉を捻っている。つか、どーいう力をしているのだ。俺の身体は剣も矢も滅多なことでは傷つかない強靭なものなのにな。
「な、なにも考えてないよ。ホントに」
「ならば、よいのですが」
どうも女の話をするのはタブーらしい。目くばせをするとロミスケがバツの悪そうな顔で鼻の頭をかいている。オスクマなのにコミカルでかわええ。ちょっとほっこりした。
「ま、その姉さんの話の件はいいとして。ジュリキチを明白に狙ってる相手に心当たりがないのかな? 人を……もといエルムを疑うのは気持ちのいいものじゃないかも知れないが、俺たちはこれからおまえの村に行くんだ。
ロミスケ。おまえがどう思ってようが、こっちは送り届けてはいそれまでよ、なんてことはこれっぽっちも思っちゃあいない。それじゃあ仏作って魂入れずだもんな。俺にどれだけのことができるかわからないが、みんなで力を合わせればきっと解決できる。ここはひとつこだわりを捨てて、腹を割って話しちゃくれねえか」
「兄ィ。オラみてえな男にそこまで……オラもそこまでいわれて黙っていられるほど不人情な男じゃありやせん。話やす。話やすよ」
ロミスケは温和な表情で鼻をぐすっといわせると夜空を見上げた。どうやらあふれてくる涙をこらえているらしい。真正直なやつだなあ。
「オラがイカダから突き落とされたとき、一緒に乗っていやしたのはアルバートとドンスコイ、ニックとポゴポゴの四人でやして。みな、昔からの村の友だちで。共通点といえば……」
「共通点といえば?」
「みな、ジュリキチに懸想してるところでやすかね」
全員容疑者じゃねーかッ!
俺はずっこけそうになったところをルルティナに支えられた。
「ふむん。それじゃあ容疑者を絞ることは不可能ですね」
リリティナがいじっていた自分の三つ編みのリボンから手を放すと眉を寄せた。
「あ、でもアルバートとニックとポゴポゴは嫁さんも子供もいるんで。もし、オラが死んだとしても、ジュリキチとは村を出でもしなきゃあ一緒になるってことは不可能なんで。それに、その三人は村に両親も兄弟もおります。エルムが色恋で親兄弟を捨てて村を出るまでするって、少なくともオラは聞いたことありやせん」
「クマキチさま。エルムはウェアウルフやサウスウルフと同じように、妻や子供以上に己の一族を大事に考えます。たとえ惚れ合った仲でもよほどのことがない限り駆け落ちってのは考えられませんよ」
と、ルルティナが補足してくれた。
ふうむ、ちと手詰まりだな。
おや、待てよ?
「ドンスコイってやつは独身なのか? じゃあおまえを狙う可能性がもっとも高いんじゃ」
「はぁ。ドンスコイは一度ジュリキチに迫って半殺しにされてやすので。たとえオラが死んでもなびく可能性はカケラもないかと」
ちょっと待った。半殺しって誰に?
「はぁ。無論、ジュリキチにで。あいつは怒ったらおっかねぇ女なんで」
なにそれ。村に行くのやめようかな……。
ロミスケがイカダから落ちた後襲われたことも思えば、犯人はかなり執拗で計画的だ。
それに、今、持ちうる材料では到底誰が犯人であるかなど予測することはできない。
「ツライだろうが一旦戻ったらロミスケから村の有力者にことの次第をありのまま報告するしかないな。その間は俺たちが全力でおまえやジュリキチを守ってやるから大船に乗ったつもりでいてくれ」
「ありがとう、ごぜえやす」
鼻をぐしゅぐしゅいわせながらロミスケがうなずく。
こういう部分はなりは大きくても素直な少年だと思わせる純なところがあるな。
湿っぽくなったところでお開きとなった。
ルルティナたちがテントに潜り込んでから横になったがなんとなく寝つけない。
そもそもこの身体は頑丈で二、三日寝なくても問題ないのだ。
俺はガーガーといびきをかくヨーゼフとロミスケから離れて夜風に当たるためその場を離れた。
ちょうどよい岩に腰を下ろして、雲の切れ目から顔を出したお月さまをジッと見た。
にしても今日のカニ野郎との戦いは不覚を取った。
まさかあんなショボい泡攻撃であれほどまで苦しまされるとは思いもよらなんだ。
まだまだ世界は広い。
俺もこの身体に過信せずなにか格闘技を習ったほうがいいのかなぁと思うが、ここは人がたくさんいて資料があるような街じゃないのだ。
簡単にそういった技を習得できない森の中だと思い出し、ひとり苦笑いをする。
やばいかなあ。
まだ平和だったときの人間の常識が抜けてない。
ロミスケのことも難しい問題だ。
狭いコミュニティの同輩に命を狙われるなど、彼からしてみればまずもって考えられないことだろう。
都合が悪くなければすぐに転居できるような環境でもない。
こういった僻地のコミュニティはロミスケにとって生まれ故郷でもあり、それをアッサリ捨て去るような危険な賭けに出た犯人のことをどう思っているのだろうか。
彼は十六だ。自分が高校生くらいのときに女がらみで殺されかかったら、まずその年少ではひとりで対処できないだろう。
俺は見た目はこんななだが大人なのだ。是非とも力になってやりたいと思うね。
「あ、やっぱりこんなところにいました」
物思いに耽っているとルルティナがととっと走りながら現れ目の前に立った。
俺は無言で両手を伸ばすと彼女は相好を崩しながらもたれかかって来る。
ひょいと持ち上げながら胸の中に抱きかかえるようにする。
こうすれば河の冷たい風が当たらないからね。
「なにを考えてらっしゃったのですか?」
「ん。今日のこととか、ロミスケのこととか。色々だよ。頭ン中を整理していたんだ」
「ロミスケさん、とんだ災難でしたものね」
「ただ、また危険なことに巻き込むことになるかもしれない」
「お気になさらないでください。私は、個人的にですがロミスケさんのお力になってあげたいのですよ」
「ルルティナ……?」
「クマキチさま。私たちに一番上の姉がいたというお話をしたのを、覚えておられますでしょうか」
「ああ、確か、何年か前にロムレスと戦争になったとき離れ離れになったんだっけか」
「まだラロたち三人が生まれていないときに、故郷で大きないくさがありました。我らベルベーラ族はすぐれた武器を持つロムレス軍と戦って大敗し、戦時賠償のひとつとして一番上の姉を差し出しました。無論、奴隷としてです。煮るなり焼くなりはニンゲンたちの思いのままです」
ルルティナは唇を強く引き結んで苦しそうに呻いた。
「辛いのなら話さなくてもいいんだぞ」
「いえ、聞いてください。姉には三つ上の婚約者がいました。ふたりは、深く愛し合っていたのですが……族長である父が決めたことには逆らうことなどできません。父にとっても苦渋の上の決断でした。実のところ祖父母や両親は最後まで徹底抗戦を主張していたのです。けれどやさしい姉は、自ら進んで和平の賠償となることで代わりにベルベーラ族の保護をニンゲンたちに約束させたのです。激しい戦いで私たちは戦傷者が多く、いくさに潰えた経済力では一族を保持することすら難しかったのですから」
「その……今、ルルティナの姉さんは?」
「姉の婚約者であるルークさまは次々と売り渡された先を追って大陸一有名な奴隷商人の元までたどりついたらしいとは聞いたのですがそれを最後に連絡はずっと前に途絶えました。そして、今度の戦争で両親たちの生死もわからなくなり、生き残ったのは私たちだけになってしまいました。
だからといってはなんですが、ロミスケさんには惚れ合ったジュリキチさんと一緒になって欲しいんですよ。ただの代償行為かもしれませんが。姉がルークさまといっしょになられたとは聞いておりません。せめて、せめてロミスケさんたちは、しあわせになって欲しいんです。こんなのって、よくないことでしょうか」
「ルルティナ情けは人のためならずっていうだろう。ルルティナがここでロミスケを助けてやれば、それはいつか回りまわってルルティナの姉さんへよい報いが回ってくるかもしれねぇ。ま、なんにせよ誰かのために骨折ることが間違ってるとは思わないよ。別に動機が不純だっていいじゃないか、それで誰かが助かるならさ。俺だっていつもそこまで考えて行動してるわけじゃない。おまえがそこまで思いつめる必要はないよ。俺たちは自分にできることをやれるだけの力で行えばいい」
通り一辺倒の話しかできないが、俺に語ったことで気が休まったのかルルティナは安堵の表情でもたれかかってきた。
河を渡る風が強まってゆく。ルルティナのスカートの裾が風に煽られ白い太腿がチラチラ見えた。
それから俺たちは抱き合って無言のまま規則正しく流れる水の勢いを長い間見つめ続けた。




