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47「小遠征」

 延々と議論を戦わせたがここでいい合っていても結論は出なかった。


 ちなみにアルティナはおやつが出た時点で瞬間的に起きた。コヤツめ。


「ここで話し合っていても意味がない。ロミスケを村まで連れてって、長老たちと善後策を練ったほうがいいと思う」


 会議は踊ったがついにはロミスケを助ける、という名のもとに俺たちは一同協力してまだ体調が万全ではない彼をサポートしつつアニ村へと向かうため進路を北に取ることに決定した。


「助けてもらった上に、そこまでは、いくらなんでも……」


 と固辞するロミスケを


「いいじゃないですか。こうやって縁があったのもディアブリノ神のお導きです」


 なんなんだよその邪神っぽい神さまのお導きは。


 どちらにしろ、なんとも危なっかしいこのどこか抜けている若グマをひとりで放り出すわけにもいかなかった。


 翌日、俺たちは半日がかりで旅の準備をすませるとロミスケを守って河を遡りアニ村まで送るため旅立つことにした。


「おでかけだよう、やっほーい」


 リリティナがすごいテンションでくるりくるりと踊ってくれた。三つ子ちゃんたちも姉に続いてくるくる回る。すごいテンションだ。リリティナさんよ、なにがあなたをそうさせるのでしょうか。


「クマキチさま。あの子、わりかし遠出するのは好きなんですよ」


 ルルティナがそっと耳打ちしてくれた。俺は彼女が自分の清楚系キャラを脱却したいのかと思ったんだが、まったくの地だったんだね。わかるよー。


 今回は、ルルティナ姉妹全員とヨーゼフもお供についてくるので九人という大所帯だ。


「にしても旦那。すっげー背負い袋だねぇ。オーガ級だぜ。それ」


 ヨーゼフが俺の背を見て感嘆のため息を漏らした。


 今回俺が背負うのはリリティナが毛皮で特別に作ってくれた超特大ザックであの北欧のベルガンスアルピニストラージ130すら遥かに上回る超絶巨大な250リットルザックである。


 ま、それでも限界に詰め詰めしても一〇〇キロは詰まんないだろうがね。


 もっとも俺はシロクマなので平気で五、六〇〇キロくらいなら担げるから数日の行動程度ならばなんら問題ない。


 いざとなれば疲労した娘っ子たちが根こそぎこの中に平気で入りそうなところが怖いな。ほとんど人さらいだよ。


「わー。このなかひろーい」

「あたしものるのー」

「のせてようっ」


 雑貨や食料を詰め込んだザックに目敏い三つ子たちがキャッキャッと騒ぎながら攀じ登ってくる。


「こ、こらっ。あなたたち。クマキチさまは荷担ぎ奴隷ではありませんっ」


 慌ててルルティナがザックに頭を突っ込んだラロたちを引きずり降ろそうと髪を引っ掴みバトルがはじまりかける。


「きいいいっ。やめなさい、せっかくセットしたのに! お姉ちゃん本気で怒るよっ」


 ルルティナが髪を乱され本気で怒る前に仲裁に入った。


「まあまあ。いいって。今回はたいして危険もなさそうだし。疲れたら俺が背負ったほうが早いしね」


「本当に申し訳ございません。本来ならば奴隷にやらせる仕事をクマキチさまに頼むなどと」


 ルルティナは先ほどから頻りに謝っているが、サラッと奴隷っていう単語が出るところをみると、いいとこのお嬢さま育ちってのがよくわかるよ。


 ヨーゼフは自分の分の荷物やテントの上っ張りなどを分散して持ってくれてるしなぁ。


「申し訳ねえこって。クマキチの兄ィに荷物まで背負わせちまって」


 ロミスケが黒い眼玉をきょときょとさせ頭をぺこぺこさせる。


 ここはこのお兄さんに任せなさいな。

 おまえは病み上がりなんだから気にすんなっての。


 かくして俺たちはロミスケを送り狼ならぬ送りシロクマの体であたたかく見守りつつ行動を開始した。


「びゅうっ、びゅううっ」


 小枝を振って歩くラロが川面から吹きつけてくる冷たい風に負けず騒いでいる。


 なんだそれは。荒れ狂う風の音を表現しているのだろうか。子供はときどき詩的になるな。


 ウェアウルフは基本的に寒冷に強い一族だそうだが、今回はさすがに厚めの毛がある上着を着こんで防寒対策はバッチリである。行動している間はむしろうっすら汗が沸くほどであるが止まると相当に寒いんじゃないかな?


 大きな白い石が散乱する河をゆっくりと遡行してゆく。


 気分はほとんどハイキングだ。


「で。で。ロミスケさん。ロミスケさんはジュリキチさんの、どのようなところが好きになったんですか」


「え、えええ。またでやすかい」


 リリティナはよほど人の……もといクマの恋バナに興味があるのか、延々と根掘り葉掘り聞き出している。


 この娘相当にゴシップ好きだな、と思いきやルルティナとアルティナもしっかりいい位置をキープしてロミスケの話を一言一句聞き逃さないように頭の犬耳をピコピコ動かしていた。三人、一糸乱れぬ体勢だ。本当に仲いいなこの姉妹たちは。


「旦那。女ってのは、ホント人の色恋のことにだけは血道を上げますねえ」


 そだな。


 ヨーゼフは苦笑しながらもあたりに視線を配って俺たちパーティーに危険がないか常に気を張っている。


 だが、こういった細かな心遣いは女たちにはまったく通じていないのだよ。損なやつだなあ、と思うが致し方ない。日常では評価されない項目ですからね。俺はどこぞの劣等生か。


「ジュリキチですか。ええと、彼女は気立てがよくって細かなとこに行き届いて情は篤いし……へへ、ちっとばっかり気が短けぇのが玉に瑕でやすが。オラは、見た通りやることが鈍くさくって、あのくらいのが妙に馬が合って、へえ」


「そうじゃなくて。もお。かわいいのでしょう。ね? どのへんがロミスケさんは気に入ったのかしら」


 リリティナがここぞとばかりに核心部を突く。


「こりゃ照れるようなことをお聞きなさる。そりゃあもう、ジュリキチは毛艶がよくって目がキラキラしてて、へへ、それにスタイルもよくって……オラにはもったいねぇくらいでさ」


 毛艶がよくて。

 目が綺麗で。

 スタイルがいい。

 クマ。


 俺の脳裏には公共放送で見たグリズリーの強烈な雄姿が思い浮かんだ。なぜだ。


 待て。正確にはエルムという亜人だ。固定観念で思い込むな。


 もしかしたら女だけはルルティナのようにほとんど人間プラスアルファクマっぽい耳としっぽみたいなケモナーが許せる範囲内化もしれん。


 むむむ。その場合ロミスケがまんまクマーの説明がつかないが。そもそもどうやって子孫繁栄してるんだろうか。悩みは尽きないな。


「旦那、お悩みのところ悪いんですが」


 な、なんだよヨーゼフ。


「エルムのこと知らなかったみたいだからいっておきやすが、ほとんどアレと変わりやせんぜ」


 ヨーゼフがどこかいやらしい笑いを浮かべながら肘で俺を突いてロミスケを親指で指し示した。


 おい。なんか勘違いしとりゃあせんかいのう、ワレ。


 俺はクマっぽいなにかだがクマを見て欲情はせんぞ……たぶん。


 ちょっと深く考え込んでしまった。


 クマ……もといエルムの女たちに「クマキチさまクマキチさま」と群がられる自分の姿を。


 うーん、それってうれしいかぁ?


「ま、村に着いたら姐さんにばれないよう上手くやんなせえ。アリバイ工作は俺に任せてくだせえっての」


 だから、なにを勘違いしてるかわからんがやめろっての。


 結論。


 実物を見ないとニンともカンともニンニン。







 ルルティナたちは現代人と違って基本的に身体のタフネスさが違う。


 一日や二日眠らずに歩いても食料だけ補給できていれば不平などこぼさず黙々と歩く。


「で、ロミスケよ。おまえの村ってのはこっからどのくらいで着くんでえ」


「へい。三日ほど歩けばなんとか」


 沢筋に遡ってゆくと行く手にはやがて濃密な霧が現れはじめた。


 米のとぎ汁を撒いたような白っぽく厚みのあるものだ。


 晴れ渡っていた空にも重たげな雲がかかり薄暗くなってゆく。


 腹時計からいえばだいたい午後の三時くらいだろう。


 俺たちはちょっと早いがテントを張って休み、明日の朝は早立ちすることに決めた。


 河原から離れてテントを張るによい場所を探していると、手首をちょいちょいと突かれた。


「そこ。広々としてよい」


 アルティナが河原の平坦な場所を指して不思議そうな顔をしている。


 ああ。確かに水を使ったりするのには沢の近くのほうがいいように思えるだろうが、そこはダメなんだよ。

 野営するときの鉄則として沢筋や河原には決してテントを張ってはならない。


「どうしてなの?」


 基本的に水場の近くは危険なのだ。


 夜半から雨が降り出して水量が俄かに増えて濁流に呑み込まれ一同全滅なんてのはよくある話だ。


 本来沢の音がする近くには野営しないのが山の掟だ。


 なぜなら沢の音は意外にやかましくて安眠できないし、野生動物が近づいてきたとき足音がわかりにくい危険性があるからだ。


 沢から離れて一段高い場所にテントを張るのが正しい。日本でも大学生のパーティーが山から下山し、疲労から横着して沢筋の河原にテントを張ってそのまま流されたという事件がよく起きている。


 ほらあれだ。夏場で河の中州でウェイウェイいってるやつらが増水した濁流に呑み込まれて魚のエサになっていることを思って欲しい。ウェイウェイいいながら河に流されるDQNに合唱。ちと笑えるが。


 沢筋、ダメ、絶対。

 シロクマのお兄さんとの約束だょ。


 また沢のそばは夜になると急激に冷えるため体調を崩したり下手をすると低体温症になる恐れがある。マタギはこれを「沢嵐」と呼び警戒する。よほどの事情がない限りさけるものだ。


 貴重なテントは一張りしかないので女子勢に与えることにした。


 フッ、ハードボイルドはツラいぜ。チャンドラー万歳だ。


 ややぎゅうぎゅう詰めだがなんとか寝れるだろう。


「すみません、クマキチさま。私たちばかりが楽をして」


 ルルティナがすまなそうな目をして謝る。

 いいってことよ。女性に冷えは大敵だもんね。


 こっちはシロクマとクマ。それにダークエルフで寒さには滅法強いはず。


 なんやかやと軽口を叩いているうちに日はとっぷりと暮れた。圧倒的に女衆が多いので炊事は任せておいた。


 三つ子の面倒を見ているうちにたき火にかけられた鍋はふつふつと湯気と肉や野菜の煮えるなんともいえない香しい匂いがあたりを漂いはじめる。


 一同車座になって鍋の中身をさらいながら四方山話をとりとめなくやっていると、ロミスケがふと神妙な顔をして俺をジッと見た。


「それにしても兄ィの毛皮は本当に珍しいもんで。白のエルムなんざオラ、生まれてはじめてお目にかかりやしたよ」


 さも感じ入ったようにロミスケがいうと俺の隣に女房然と座っていたルルティナが背筋をぴんと伸ばして誇らしげに尾を立て左右にフリフリ振った。豊かな胸を反らしてどこか自慢げなのはよくわからないが。


 うん。というか俺っていうのはエルムって種族に属する生き物でいいのだろうか。森で目覚めてからずっと疑問だったのですが。


「ふふん。なにせうちのクマキチさまは特別なのですから。見てください。この神々しいまでに美しい純白の毛皮を。なめらかですべすべしてそれでいて力強いこの腕……この腕でギュッとされると、ああ……もう……たまりません」


 ルルティナはそういうと赤い顔をして俺の腕に抱き着くと顎を乗せて陶然とした様子で赤い舌を出して妖艶に微笑んだ。


 つーか、どうも様子がおかしいと思ったらコッソリ飲んでるね。あれだけ勧めて拒否したから嫌いなのかと思いきや後ろには空いた酒瓶がゴロゴロしてるし。


 なんかウェアウルフ族ってすっごい酒飲みみたい!


「俺も山や森には結構詳しいつもりだったが旦那みてェな白いエルムの話はおとぎ話でしか聞いたことがねぇな。第一、エルムってのは基本黒ばっかだろ? 目立つには間違いねぇや」


 ヨーゼフは茶碗酒をぐびりとやると座った眼で俺をジロジロ見出した。


 なんだよ、急にそんな。いやん。恥ずかしいわ。

 ところでそのおとぎ話ってのはなんなんでしょーか。


「へ。ヨーゼフ兄ィのいう話ならエルムにとっては神話みたいなもんで。子供のころ俺たちがおっ母に必ず聞かされる他愛のないもんで。なんでも、森のエルムが窮地に陥ったとき伝説の白いエルムが現れて邪なるものを退治するとか。細部はところどころ違ったりしやすが、古老たちの中にはこの話を嫌うもんもおるんで」


「それは、なぜでしょうか? エルムの救世主ならば崇め奉る存在なのでは? けしくりかりませんっ!」


 リリティナが皿を片づけながら問うた。


 いや、君ね、もう呂律が回ってないんでそのへんにしといたらどや?


「オラたちが住んでるアニ村はこの森の中でももっともエルムがたくさん住む栄えた場所なんですが、やはり迷信深い年寄りが多くて。一説には白いエルムは村に災厄を引き寄せるというまったく逆のいい伝えもあるんで。それに白いエルムが村で生まれることもあるんですが、ほとんどは身体が弱く大人になる前に病気で死んじまうのが多くて。白エルムの大人はいないんでさ」


 なるほど。そういった逆ベクトルの話とたまたま生まれたアルビノの子が育たないことで、シロクマ自体にもマイナスのイメージが自然と植えつけられたって寸法か。


 話のネタは尽きないが、みなが船を漕ぎ出したのでこのへんで今日はお開きにするか。


 女たちは支度を整えると礼儀正しくあいさつをしてテントの中に入っていった。


「じゃあ、そろそろ本番といきやしょうかね」


「ええっ」


 ヨーゼフが赤らんだ目を細くするとロミスケは鼻を鳴らしてびっくりした。


 この図体でとは思うが彼はまだ十六なのだ。どうもあまり酒に慣れていない。


 一方ヨーゼフはその細っこい身体のどこに入っていくんだというくらいガブガブ飲んでいるのにあまり乱れない。ま、ダークエルフにしては強いと思うけど、クマと比べられてもね。俺は、まぁ、シロクマだしねえ。悪いが並の酒ではどうということもない。


「で、ロミスケ。おまえジュリキチはどんな具合だ? こう離れてるとひとり寝は寂しくってたまらねえだろう」


「えええっ。そんな……勘弁してくださいよ。オラたちはいっしょになるまで清い関係でいようって、そう神に誓ったんで」


 もじもじしている。人間だったらグーパンだが、照れてるクマさんは戯画的でいとおかし。


「へ。嘘つくなその年じゃ風吹いてもって塩梅で、おまえのいうとおり村一番の器量よしなら手を出さねえってほうがおかしいだろうよう。あん」


「そ、そんなぁ。勘弁してくださいよう」


「やってんだろう? ズコバコやってんだろう、うぷぷ」


 おやおや。ヨーゼフのやつ、気づかなかったが随分と絡み酒だな。完全に酔っぱらって変なスイッチが入ってる。ロミスケも困っているようだし、ここは助け舟を出してやるとするか。


 妙に煽られたおかげでロミスケのリア充度が上がって俺の世界ランクがまた下がってもあれだしな。


「と、いうか俺はヨーゼフのことはあまり聞かなかったが。おまえは所帯を持つ予定はないのか? ロミスケとはひとつっきゃ違わないだろう。なあ、そこんとこロミスケも気になるよな」


「へ、へいっ。オラも気になるんで」


「へ。よしてくれよ旦那。俺はその日暮らしの冒険者だぜ。先行きがどうなるかわからねーし、ちっとつき合えば女どもは堅気になれだの、今日はどこへゆくのだのと干渉ばっかしやがる。俺ァ女嫌いってわけじゃねーが結婚する気なんてこれっぽっちもねーぜ! 女は娼婦で充分。てか、旦那にゃ姐さんたちがいるしなァ。あ、けど旦那ほどの男なら決まった女ひとりってのも面白くねーし、この際だ。アニ村でいいのを探したらどうでやすか? ロミスケも旦那に似合いのスケがいればちっと紹介してやってくれや!」


 おいおい。俺とルルティナはそんなんじゃないし、第一それじゃ重婚罪になるだろうよ。


「ヨーゼフ兄ィのいうとおりでやすね。オラができそうな恩返しのひとつとしてクマキチ兄ィの目の玉が飛び出る美人を紹介させていただきやすよ」


「それって、問題じゃない?」


 倫理的にもよろしくないと思い、俺は口をカッと開いた。


「え? 兄ィがなにをいっているかよくわかりやせんが。少なくともオラの村では力のある男が妻を複数人娶るのは普通のことなんで。もっとも後から入った嫁を正妻が認めなきゃってダメって大前提がありやすが……ま、なにもかもオラに任せてください。ジュリキチと同じっくらいのべっぴんは村に幾人もおりやすんで。兄ィはぽちゃぽちゃっとしたのがタイプですかい? それともスラっとした細身がタイプで?」


 ヨーゼフの下世話な追求から逃れられたうれしさからロミスケが真っ黒な顔を近づけ、ハァハァと息を荒げている。


 えええ。


 クマの女の子紹介されても、どうすればいいのやら……。


 いっしょに仲よくはちみつでも取りに行けばいいんかい?


 一〇〇エーカーの土地とかないしねぇ。


 俺は脳裏に二頭の雌グマ――女豹のポーズを構えたのと眼鏡をかけて知的な感じに立っている――のを思い浮かべ激しく困惑した。



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