46「奇妙な遭難者」
クマと同様のフォルムを持つ少年の名はロミスケといった。
少年?
ま、ま、そのへんはいいか。深く考えるだけで疲れてしまうからな。
彼の年は十六。
見た目だけでは到底判断できないので本人に直接聞いたので真実かどうかはわからない。
幾度かルルティナたちとの会話にも出てきたエルム族という亜人の種族らしい。
この河原には狩りの途中理由があって流れ着いたらしい。
どちらにしろ遭難の一種だろう。
そのままにもしておけないので背負ってみたのだが。
……にしても、コイツくっそ重いなッ。
「重ね重ね本当に申し訳ねぇだ」
エルム族は見た目まんまクマなので打撃には並の生物より遥かに強いはずだが、イカダに乗って河を流される途中あちこちに相当身体をぶつけていたのでかなり疲弊していた。
テン場まで戻ると強い酒精を痛飲したヨーゼフたちはテントの中でこんこんと寝入っている。
厚い毛皮があったとしても、冷たい風の吹く河原に晒していたのでは、まさか低体温症で死ぬこともないだろうが気分が落ち着かぬ。
担ぎ上げてどう考えても自分よりデカい二メートル半はある巨体は運び甲斐があったが、たき火のすぐそばで丸くなったロミスケはやたらと小さくなったように思えた。
残っていたマスの塩漬けを生のままやると十数尾をぺろりと平らげそのまま寝入ってしまった。
ふむ。俺が見たところ黒い毛皮のあちこちに血の痕が見られるが、すでに固まっており、カロリーをとって睡眠さえとればそのうち回復状態に移行するだろう。
寝入るまでは途切れ途切れであるが事情も説明できたし意識の混濁もない。俺は徹夜を決め込むと、火を絶やさぬよう森へと薪を集めに行った。
「うっわ。なんじゃこりゃっ」
目覚めて開口一番ヨーゼフはそういい放つとテントの入り口にある吹き流しで身体を硬直させた。
遅れてアルティナがもそもそとヨーゼフの腹の下から顔を出したがロミスケの丸い背中を認めると再び芋虫のような動きでもそもそとテントの中に戻っていった。
かくかくしかじかでヨーゼフに昨晩の次第を説明する。
「つまりはまるまるうまうまってこと? 旦那が拾って助けたと」
まあだいたいはそんな感じだ。
おおよそでオーケイ。
日が高くなり気温が上がるにつれロミスケの寝息は薄まってゆく。
できれば起きたときにもうちっと魚を食わせて元気づけてやりたいところなんだがな。
「おっし。じゃ俺はコイツに食わせるマスを釣ってきやすよ」
うん。釣りはおまえのほうがずっと上手いからな。そいつは任せた。
ヨーゼフはそうと決まったらと、釣り竿を引っ掴むとパンを口にくわえて河原に飛び出していった。
俺は鉄鍋を火にかけると湯を作って中に砂糖と持ってきた飴を溶かして飴湯を作った。
しばらくするとアルティナが身支度を整えてヒクヒク鼻を蠢かせテントから這い出してきた。
「甘い?」
うん。とっても甘いよ。まずは顔でも洗ってきな。
アルティナはまだ丸まって寝入っているロミスケをチラリと見ると、眠たげな表情を和らげ微笑んだ。
「クマキチさま。いいことしたね」
おう。俺は当然のことをしたまでだぞ。
「そういうとこ、好き」
好かれちゃった。
アルティナは下を向いてそういうと、急に恥ずかしくなったのか素早く浅い窪みのある河へと駆けて行った。
若いねぇ。俺も青春の真っ最中だけどさ。
さ、作業を続けるかね。
コトコトと煮込んだ飴湯の香りに反応したのかロミスケと名乗った少年の腹がぐうと鳴った。
「え、あ、え? ここは……オラはいったい、あ、いだっ!」
「無理に起きなくていい。あっちこっち打ってるんだ。まずはコイツを飲んでゆっくりしろ」
「あ、あなたは昨日の白いエルムの」
俺は起き上がろうとするロミスケを無理やり寝かせると、スプーンですくった飴湯をほどよく冷まして口に流し込んでやった。
ロミスケは同族に近い俺の姿に安心したのか仰向けになったまま飴湯をぐびぐびと嚥下した。
コイツも無言のまま俺のご奉仕を受けるとは。大物じゃね?
「あ、あめぇ。こんなうめェもん久方ぶりなんで」
ロミスケはぐふーっと凄い声でげっぶすると瞳を細めた。
「会話くらいはできるようになったか。昨日はさすがに疲労困憊って感じだったがな」
「へ、へえ。え、えとクマキチの兄ィでしたっけ。オラはこの河のずっと上流にあるアニ村に住む木地師をやっておりやす。昨晩はすいやせん。どうにも、あんなふうに河に流されて気が動転しておりやして……」
「まあまだ体調が万全じゃない。無理に今話そうとしなくてもいいさ。まずは体力を回復してからだな。ゆーっくり休むがいいさ」
大き目のスプーンで飴湯をすくって飲ませていると、鍋はあっという間に空っぽになった。
なんかデカい赤ちゃんができたみたいだ。次生まれ変わるときは、俺、絶対TS美少女ちゃんだな。俺に子供の世話させたらはかどるぞ、いろいろとな。
そうこうしているうちに洗顔をすませたアルティナが戻って、追加の飴湯とロミスケの看病を代わってくれた。
彼女は寝転がっているロミスケの患部に軟膏を塗ったり包帯を巻いたり、毛皮をもふもふしたり鼻面をペタペタ叩いていた。
「ん。怪我したときはたっぷり食べる」
「ありがてぇ、ありがてぇ。恩に着やすよ、お嬢さん」
アルティナは手にしていた焼き菓子を千切るとあたためた砂糖湯に浸してロミスケの口元に運んでいる。
悔しい。俺も犬耳美少女に看病されたいです。
「おーい、旦那ァ。魚たんと釣ってきたぜー」
そうこうしているうちにヨーゼフがロムレスマスを魚籠一杯に釣って戻ってきた。
俺たちはそいつを焼いてロミスケに食わせると、早々にテントを仕舞い込んでここよりもずっとあたたかいログキャビンに戻ることにした。
ロミスケはやや重いが慣れればどうということはない。人間のときのままだったら到底無理だったけどな。
「すまねぇ、すまねぇ……クマキチの兄ィ」
背中ではロミスケがおんおんと泣いている。
見た目はほとんど凶暴なヒグマ同然であるが、どうにも泣き虫のようでむせび泣くその姿は身体はともかく精神的には成熟しきっているとはとてもいえなかった。
まだガキだな。
うんうん。アダルティな俺にはわかるのさ、ボーイ。
「ロミスケのばか。男がそんなことで、泣くな」
傍らでアルティナが拾った木の枝でぺしぺしとロミスケの足を叩いているが、彼女もやたらに感情の量が過多でちょっと瞳を潤ませていた。わかりやすいね。
情の深い女はいいよ。愛が裏返ったときは要注意だがね。
どうにかこうにかログキャビンの前まで来るとなにごとかとルルティナたちが慌てて駆けつけてきた。ロミスケを河原で助けた事情を説明すると、
「わかりました。ロミスケの面倒はすべてこの私に任せてください」
とルルティナが姉御っぷりを発揮して引き受けてくれた。
俺とヨーゼフは初冬の森に連日入って手分けして打ち身によい薬草を探し出すと、まだ満足に動けないロミスケの患部に再び塗布した。
こいつは河原で塗ったやつより、ずっと効き目がよいはずだ。どんどん塗るとしようず。
「ぬーり、ぬーり」
「いたくないいたくないよ?」
「なかない、なかない」
三つ子ちゃんたちも負傷したロミスケに幼い母性本能を刺激されたのか争って看病するようになり、三日も経たないうちにロミスケは起き上がれるようになった。
「クマキチの兄ィ。それにみなさま方。オラ、この御恩は生涯忘れません。オラにできることがあるならなんだってやる気持ちに嘘はねぇんだが、今は一刻も早く村に帰らなければならねぇんで」
パチパチと火の粉が爆ぜる囲炉裏の前でロミスケがそんなことをいい出したのは、起き上がれるようになった次の日の晩だった。
ルルティナが鍋の煮物を盛るおたまの手を止めて困ったように俺を見た。ヨーゼフは俺の目を見て「いいか」というふうに首をわずかに振ると空になっていた盃を置いた。
「なにやら仔細があるみてーだが。よけりゃクマキチの旦那と俺に話してみちゃくんねぇか」
「ヨーゼフの兄ィ……」
どうでもいいがヨーゼフよ。なんでおまえはそんな時代がかった口調なんだ。
あ、ほら見ろ。ちょっとリリティナが笑いをこらえている。
こいつらの喋り方ってジジ臭いよな。な。
「オラが、アニ村の仲間といっしょに河漁へ出たことまでは話したんですが、根本的な理由はそこにあると思っていやす」
おう。そういえばロミスケは仲間と語らって河に漁に出て、途中で誤って落ちたとか。
災難だねぇ。気をつけよう、河の事故ってか。
「あれは、嘘なんで」
「嘘だって?」
ヨーゼフがずずいと興奮気味に顔を前へ突き出した。
「本当は……誰かに背中から突き落とされたんで。それも……随分と流れの速い河のど真ん中で。最初はオラがとろくせェから自分で足を踏み外したと思ってたんですが……そう思いたかったんでやすが、へえ……なんとか河を遡って帰ろうと丸太を組んでイカダを作ったその夜に、またやられたんで」
「そりゃあ、おまえ殺されかかってるよ! なあ旦那!」
ヨーゼフ。ンなデカい声でいわんでもわかるがな。
「その、あれなんですけど。ロミスケさんは誰かに狙われるような覚えがあるってことなんでしょうかね?」
黙って聞いていたリリティナが静かに問うた。
ロミスケは自分の中である程度目星はついていたのだろうが、返答に窮して押し黙ってしまう。
困って唸っているだけだと思うが、おっきな黒クマが不機嫌そうにするのはちょっと怖すぎるぞ。俺もほかの人からはああいいうふうに見えてるのかなぁ。ショックやわぁ。
「実は、話せば長くなってしまいやすが、オラにはその将来を誓い合った娘がおりやして」
ヨーゼフは「なんだのろけ話かい」というように、へっと笑って肩の力を抜いた。
俺はロミスケのあまりのリア充ぶりにピクピクと鼻面を痙攣させた。
お、おおお。
いかん、邪悪な波動がこの身を侵してゆく。
逃げるのだ光の戦士たちよ。
対照的に色めき立ったのはルルティナたちだった。
「その方はなんという名前なのっ?」
「年はお幾つですか?」
「同じ村?」
ルルティナ、リリティナ、アルティナまでもが乗り出してロミスケの話を聞こうと耳をピンと頭上に突っ立てた。
三つ子たちはさすがに幼過ぎてあまりピンとこないのか俺の膝に乗ったまま目の色変えている姉たちを不思議そうにジッと見つめている。わからんでもええんやで。
「へ、へえ。名前はジュリキチといってオラと同い年の十六なんで。ジュリキチとはいわゆる幼馴染みってやつなんでして。たまたまガキの頃から知ってる仲で、村でも一番の器量よしでさぁ。この幼馴染みってのが重要で。そうでもなきゃオラのような男じゃ口も利かれねぇほど釣り合いが取れねぇほどで。
でも、神さまってのはようっく見ていなさるもんで。オラが真面目に仕事に打ち込んでるのを親方が認めてくださって、いいやつがいればカカアに迎えてもいいんじゃないかっていってくだすって。
それで、今年の冬の聖熊祭がはじまるまえには仲人を立ててジュリキチをってそこまで話が進んでいた矢先にこんなことが」
「私、わかっちゃいました」
リリティナがどっかのサスペンスドラマの安っぽい探偵役のようなセリフを吐いた。
「ずばり、ロミスケさんを狙ったのは一緒に船に乗っていた方の中でジュリキチさんに思いを寄せる人ね。ロミスケさんがいなくなれば、ジュリキチさんは自分のものだわっはっはっ! と、あわよくばと思い詰めての犯行よ!」
リリティナは立ち上がるとそのばでくるくるっと回転してウインクしながら人差し指を突き出した。
フリフリのスカートの裾が風に舞って魅惑のチラリズム。
なんの決めポーズだよ。
おおっ、とルルティナたちが口をO の字にしてパチパチと拍手をしている。リリティナは優雅にスカートの裾をつまむとかがんで一礼して見せた。
リリティナはんパンツ見えたで。
白や。
「待てよ、リリ嬢ちゃん。そいつは早計だぜ。まだ殺意があったと確定しているわけじゃねぇ。純粋な事故かもしんねぇだろ」
ヨーゼフがあぐらをかいたまま顎に手をやった。おお、さすがヨーゼフだ。
安易に推理ごっこをせずロミスケの胸中を慮って性善説を押し通すつもりなのか。
「第一に推理するにはまだ材料が足りない。容疑者も絞られていないうちに、思い込みのまま捜査をはじめるとあとでしっぺ返しを喰らう羽目になるのは基本だろう?」
ヨーゼフはキセルをポンと囲炉裏の角で叩くと灰を落とした。
思いっきり推理ごっこを楽しんどる――!
今のは銭形平次っぽかった。
どういう時代設定なんだよ、ここは。
「しかし、ヨーゼフさん。ロミスケさんの提供された材料だけでは推論を組み立てることはほぼ不可能で――」
「だったら、ちっとばっかしこっちの意見にも耳を傾けちゃどうだいね」
リリティナとヨーゼフが喧々諤々と意見を戦わせている。
アルティナは話し合いに飽きたのか毛布をかぶって睡眠を取ることにしたらしい。かわいいお尻がフリフリ覗いてますよ、お嬢さん。犬さんしっぽがフリフリフリ。
「うーん。お姉ちゃんはむつかしくてよくわかんないなぁ。ラロは誰が犯人だと思う?」
「ラロはおにくがすきだよっ」
ルルティナは抱っこしたラロに問いかけているがそもそも会話が噛み合っていないという。
ちなみに俺もお肉さんが好きだがこの件とはまるで関係ないことに気づいた。




