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44「石を積む」

 ログキャビンの南東から西に巻いて続くスロープはここに居を構えてすぐ、俺が整地したこの森有数の生活道路といっていい。


 だが、小屋の建つなだらかな斜面も今は見るべくもなく哀れに崩壊していた。


 土壌がどうこうというわけではない。


 風雨によって叩かれれば崩壊するのが自然というものなのだ。


 この道はかなりの頻度で使用するし、ヨーゼフから受け取った物資を運ぶため荷車を行き来させるためにはなくてはならないものだ。


 俺は石垣を作って斜面を堅牢化させ来るべき冬に備えるため河原へと向かった。


 と、思ったがなぜか俺の後をルルティナ以下ケモノ娘たち六名がぞろぞろとついてくる。


 あの、君たち俺がどこにいくかわかってるのかな。


「はい、ルルティナはクマキチさまがゆかれる場所ならどこへなりともついてゆきます。ちょっと、なに笑ってるのよリリティナ」


「……いえ。ただ必死な姉さんがかわいいとか思ってはいないですよ」


 とありあえず仲よくわちゃわちゃやっているふたりをほっぽっておいて移動する。


 石垣を積む行為なんてのは基本的に土留め擁壁のためだが、一方で風よけや敷地の区切りとしての意味もある。


 これは個人的意見なのだが見渡す限りの大自然の中に人工物が少しでもあれば、根が都会っ子の俺もなんとなくであるが心が休まるしね。


 大自然生活を享受するいちシロクマとしては矛盾するものがあるが、そこは考えないことにして、と。


「わ、かなり寒いですね」


 リリティナがそういって俺の背にぴとっとくっつき隠れる。


 ルルティナやアルティナ三つ子たちはいわずもがなだ。


 今朝はやけに荒れているのか、よくガチ漁をやっていた河原付近はびょうびょうと凄まじい勢いで風が吹きつけていた。


「で、クマキチさま。今日はここで漁をなされるのでしょうか」


 ルルティナが冷たそうな川面を見つめながらいった。

 ま、川に来たら普通はそう思うよな。

 あー、ごほん。君たち、ちょっといいかな。


 まずは簡単にブリーフィングを行うので心してよーく聞くように。


 うむうむ。


 俺はルルティナたちにログキャビン直下の崩落した斜面を再生させるため石垣を作る意義をできるだけ要点を踏まえてわかりやすーく説明してあげた。


 アルティナはすでに枯れ木を集めて魚を食べる準備万端だったのか、すごく悲しそうな顔をした。


 てか、さっきメシ食ったばっかだよね。


「つまり私たちは協力してこの河原にある石を小屋まで移動させればよいのですね」


 明晰なリリティナがふんふんとうなずくと、三つ子たちは「フンスッ」とちっちゃな手を脇に締めて妙にやる気を見せはじめていた。


「クマキチしゃまのおてつだいするよー」

「するー」

「ラロがいっぱいはこぶもんっ」


「この籠はてっきり捕らえた魚を運ぶものだとばっかり」


 アルティナが指を咥えて恨めしそうな眼をしているが、その頭をリリティナがぽこんと叩いた。


「あなたはねぇ。食い気ばかりで、少しはクマキチさまのお力になろうと思わないの」


「思っているけどおなかは減るの」


 はいはい。魚もあとでとるから喧嘩しないでね、君たち。


 俺は肩に担いでいた巨大な竹籠を下ろすと中からちっちゃめな籠をマトリョーシカのようにポコポコ取り出してみなに配った。


 三つ子ちゃんたちはベビーなのであくまで参加した気持ち程度になれる大きさだ。


 ルルティナたちには五〇リットルザック程度の籠を渡した。


 この日のために夜なべにして作っておいたんだぜ。


 特にウェアウルフ族はめちゃ力持ちなので、五〇キロ六〇キロ程度平気に担げるから問題はないと思うのだが。


「ルルティナ。どうだ? このくらいは背負えそう?」


「えぇー。クマキチさまのお役に立ちたいのはやまやまなんですけどぉ。私、あまり力がないからこんなに運べるでしょうか。心配ですー」


 ルルティナは困ったように眉を八の字にすると自分の頬に手を当てながら不安そうな目で見上げてきた。


 そうだよな、女の子が石を何十キロも担げるわけないよな。


「ぷっ。なにを――」

「ちょ、リリティナっ!」


 と、思っているとリリティナがそっぽを向いていきなり爆笑した。


 ルルティナは焦った様子で手をシャカシャカさせて視線を俺と依然笑い転げるリリティナへ交互に動かしている。


「だ――だって姉さま、ずっと昔にポル姉さまと力比べして勝ってるじゃないですか。あ、あんまりにおかしくて、ぷぷぷ――っ」


「な、あれは、姉さまが挑発するから渋々……! あ、違いますからねクマキチさまっ。私はぜんっぜん腕力とか自信のない非力な娘ですからっ。もおお、このおっ。笑うなーっ」


 ……ええと。とりあえずルルティナには期待していいってことなのかな?


 俺はふたりのじゃれあいにつきあうのを切り上げて石拾いの作業を進めることにした。


 三つ子ちゃんたちは遊んでしまうと思いきや、かなり真面目に石運びに協力してくれた。


 と、いっても彼女たちの運べる量は一回につきたかが知れてるんだけどね。


 俺は籠の強度ギリギリまで石を詰めるとさっさか小屋まで往復を続けた。


 開き直ったのかルルティナはほとんど俺が背負う量と変わらない石を顔色も変えずドンドン運んでくれたので大変助かりました。


 それにしてもウェアウルフの足腰の強さは並大抵ではない。


 急坂をものともしないスピードと耐久力に粘り強さはまさにアルピニスト向きといえよう。


 生前山で出会ったら是非ともザイルパートナーとして世界の名峰を登ってみたかったぜ。


 石運びは結構な力仕事で満足が行く量がそろうまで三日もかかってしまった。


 所詮人力ならぬクマ力+アルファだからしょうがないっちゃあしょうがないのだが。


 ユンボやダンプがあればささっと片づいた量なんだよなぁ。


 その代りといってはなんだが、かなり足腰が強化されたように思える。


 基本的に彼女たちは日がな動き詰めなので一晩ぐっすり眠れば次の日は体力が全回復しているゲームキャラみたいなものだ。


 さて、石垣を作る材料はそろったのでここからは作業に入る。


 基本、オレひとりでコツコツやるのでルルティナたち年長組は日常作業に戻ってもらった。


 家事ってのはこまごまとしたことがたくさんあって主婦ってのはホント大変だよな。


「クマキチしゃま。つぎはなにをするのー」

「するのー」

「おてつだいするよっ」


 ララ、ラナ、ラロの三つ子たちは依然として足元でぴょんぴょん跳ねながら騒いでいる。


 うん。体よく子守を押しつけられた感があるが、かわいいのでよしとしようか。


 まず、作業場のレイアウトを整理することからはじめようと思う。


 石垣を組む予定の斜面下のライン。

 崩れた泥や石で道がふさがれたようになっている。

 まずはここを復旧させることからはじめようと思う。


「じゃあ、みんなはちっちゃな石とか邪魔な泥を端っこに寄せてくれ。おっきな石は俺が動かすから触らないようにね」


「うんっ」

「がんばるよー」

「ラロがいちばんがんばるよっ」


 三つ子たちはえっちらおっちら小石などを持ち上げて生活道路の復旧に尽力し出した。


 マンパワー的にはささやかなものだが、こうやって子供に仕事を与えることによって群れにおける自分の意味合いを自然と自覚させるのだ。


 うんうん。俺ってちょっとした教育者だよなぁ。


 なんでもいいから仕事を与えてやれば愚痴ひとついわず取り組むのが彼女たち一族の特性なのだろうか。


 すぐに飽きて仕事を放りだすと思いきや、転んだり躓いて泥だらけになり泣き出すことはあっても俺が「作業やめ」の命令を出すまで三つ子たちは手を止めることはなかった。


 日本の甘やかされたこの年齢の子供なら絶対投げ出しているよなあ。


 えらいえらい。


 昼食を挟んでスッキリした作業場で俺は石積みへと本格的に取り組むこととした。


 三つ子たちは疲れたのか満腹したらお昼寝タイムに突入した。


 しっかり眠って育ってください。


 で、さっそく石が積み出せるかといえばそう単純なものでもない。


 雨風によって崩落した天然自然の斜面部分を掘り出し、雑草や小石などを取り除き綺麗にお掃除をしてあげなくてはならないのだ。


 道具のすべてはヨーゼフによって街で購入してきてもらった一式がようやく役に立つ。


 二種類のスコップ、角が四角くなっている角スコと丸みを帯びている普通のもの。


 石を掘り出すのに必須アイテムであるツルハシ。


 用意した石を加工するタガネ、ハンマー、バールなど土工道具のセットなどだ。


 俺は湿り気のある斜面をゆっくりと掘って細かな雑草を引き抜き、小石を取り除いてゆく。


 どの程度整地すればいいかといえば、青写真は一応のところ頭の中にあった。


 完成予想される石垣の位置と、積み石とその背に入れる裏込め石までの奥行だ。


 これから石を段階を踏んで積んでゆくので基部はやや掘り下げて根石となる大き目の石を置けるようにし、積んだ石と斜面の空間に裏込め石と呼ばれる大小の石を地道に入れてゆく必要がある。


 要するに裏込め石は表に見える顔の石垣と斜面の地石の緩衝材の役割だ。


 こいつは意外と重要でこの裏込め石がないと地山は呼吸ができない。


 斜面と石垣の間が土だと雨水などが排水できなく水分を含んだ土で圧壊し石垣が崩れる危険性が生まれる。


 そういった崩落を防ぐためには、細かな作業が必要であり普通に石垣を見ていても気づくことができないので先人の知恵というのはすごいなと単純に驚くことがたくさんあるね。


 ツルハシやスコップを使って土の斜面を削ってゆく。


 こうしていると高校生のとき、土工のバイトで建設現場に行っていたことを思い出す。


 細かになにをしていたのかは、なんだ? と聞かれてもパッと出ないが、あのときはネコにセメントを乗っけて運んだり、足場を組むのを手伝ったり親方に散々怒鳴りつけられたなぁ。


 成人してからはスーツを着るようになり、若いころのように夏場で汗だくになって、日に三度も着替えてシャツの汗を絞るような労働とは遠ざかってしまった。


 今はシロクマなのでブランクがあっても力仕事は余裕なのだ。


 重たげなデカい石も余裕で片手で引っ掴んでぽーいと投げる膂力がある。


 これだけは感謝かな。


 斜面の整地は大き目の石がなかったことでその日の夕方には終わった。


 翌朝は一段深く掘り下げた場所に根石の設置を行うことからはじめた。


 土台の下部に基礎となる重量のある石を設置する。

 大きな石を基部に据えた石垣ほど崩れなくなるのだ。


 重量のある石はそれだけで価値があり、自重で上に乗せられる石や土圧に耐えられる。


 ここまでやれば、あとは事前に石垣の両端へと水平に張った水糸通りに石を積んでゆくのだ。


 使うのは河原で拾ってきた丸石という角が取れたものを使用する。


 積み石の大きさはいわゆる「控え」という石垣の中にすっぽり収まって見えなくなる全体の大きさが二十五センチから三〇センチ程度のものが使いやすい。


 それ以下の小さいものは裏込めとして使用し、大きいものは調整をかける必要がある。


 あ、裏込めは土面とツラの間に込める細かな石のことね。


 石の積み方には大きく分けて「平積み」と「谷積み」の二種類がある。


 平積みってのは平たーい石をレンガのように水平に積み重ねてゆく方法で、谷積みは石を斜めに差し込んでゆく方法である。


 仕上がりの美しさでいえば平積みはツラと呼ばれる石垣の表面部分がピシッと決まっていて綺麗なのだが、反面石の大きさ高さがそろっていないとやりにくいし、高く積むと崩れやすい点もある。


 一方、谷積みはツラが乱雑に見えるがある程度自由度があるので今回はこちらの方法で石垣を積んでゆくことにした。


 石垣の積み方は三点支持が基本である。クライミングと一緒だね。


 基部であるデッカい根石の上へと下から一段ずつ積んでゆく。


 このとき込めた石が常に左右三か所の石とを噛んでしっかり固定されていることが絶対条件だ。ちょっとパズルっぽい楽しさがある。


 ちなみに石積みには異様なほど禁じ手が多く、それらは、


 四ツ目(目地が十文字になってしまったもの)


 四ツ巻(ひとつの石を四個の石が取り巻いてることによって中央の石が抜けやすい)


 八ツ巻(ひとつの石を取り巻く石が八つで中が抜けやすい)


 重ね石(重箱、芋串とも)


 拝み石(二個の石が手を八の字に重ね拝む形)


 開き石(上からの石の重さで下部の石ふたつが開いている)


 一文字石(水平垂直の組み合わせ)


 稲妻目地(積んだ石の目地が稲妻型。目地によって石がすべる)


 と、ざっと列挙しただけでもこれだけある。

 意外と奥が深いのだ。


 にしても、ちょっと本を読んだだけで結構覚えてるもんだぜ。


「クマキチしゃまー。あたしにもやらせてー」

「やりたいー」

「つむつむー」


 おやおや。案の定後ろでジッと見ていた三つ子たちが石積みをやりたいと主張してきた。


 俺は彼女たちをひとりずつ抱きかかえながら、石を積ませてあげた。


 うん。この子たちはなりは小さくても意外に握力があってかなり大きめな石でもひょいと持ち上げてしまうぞ。ちょっとすごいな。


 こうやってのんびりと作業しているとここが日本じゃないってことを忘れてしまいそうな気分だよ。


 黙々と丸石をかちりかちり嵌めてゆくうちに、目の前に結構頑丈そうな石垣ができあがってゆく。


 前職は製造業じゃなかったけど、俺ってばこういう職人的な仕事のほうが合ってたかもしんない。



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