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18「家族」

 鬱蒼たる晩秋の森の夜だ。攻め来る敵影を描き続ける俺の心情を思いやってか、うるさいくらいに鳴いていた梟たちも今夜はやけに静かに感じた。


 俺はパチパチとやわらかな火を発している囲炉裏を前にして、纏わりついて離れようともしない三つ子を抱きかかえながら、リリティナが夕餉を料理する光景を眺めていた。


「ごめんね、リリティナ。迷惑かけちゃって。明日からまた頑張るから」


「あのですね姉さん。少しは私たちに任せてくださいよ。料理に関しては私もアルも母さまにキチンと習っているんですからね」


「ん。姉さんは、アルたちにまかせて休むがいい」


「あ? ちょ、ちょっとアル? そんなに押さないでって。私は別に病気とかじゃないんだからぁ」


「ねぇさまはやすむ」

「やすむのー」

「あたしもおかたづけするよ?」


 妹たちに寄ってたかって毛布にぐるぐる巻きにされ、ルルティナは困ったように苦笑した。


 忌み嫌う人間たちに囚われ、かなりの精神的苦痛を負ったはずである。


 まだ三日しか経っていないのだが、ルルティナは気丈にも泣き叫んで飛びついて来る妹たちを抱きしめながらいつもと変わらない平然とした態度を取り続けていた。


 ルルティナの中には、父母から託された妹たちを守り抜かなければならないという強い使命感が根底にあるのだ。


 助け出されたときこそ、赤ちゃん返りしたかのようにやたらと触れ合うスキンシップを求めて来たのであったが森に戻ってすぐ、ルルティナは姉としての仮面をかぶらざるを得なかった。


「どう、したの。クマキチさま?」

「や。なんでもないよ。腹減ったかなー。なんて」


 アルティナがまん丸な瞳で俺の隣にちょこんと座り、ジッと見上げて来る。


 この子は意外に直観力が高いのだ。気をつけて余計なことを態度に出さぬようせねばな。


「あ、すみませんクマキチさま。私としたことが、気づかずに。すぐに、これあげてしまいますからね」


 リリティナは袖口を押さえると、天井から釣った鉄鍋にドサドサ入れた猪の脂身をおたまでかき回し出した。


 本日のメニューは疲れたルルティナや俺に精がつくようにと、オンリーフライメニューである。


 具材はもちろん、夕刻取れた猪のいいところである。


 これを食べやすい大きさにぶつ切りし、小麦粉、鶏卵、焼き立てのパンで作ったパン粉をつけてカラッとあげるのだ。


「ふわぁ。いいにおいがするぅ」


 ラナが目をうっとり細めて身体を乗り出してちっちゃな小鼻をヒクヒクさせていた。


「さ。今日は私がどんどんあげちゃいますから。クマキチさまやみんなもどんどん召し上がってくださいね」


 リリティナはたっぷりした黄金色の髪をタオルで姉さんかぶりにしてあげ役に徹してくれるらしい。


 あげものはあげたてが一番美味しくて至高なのはシロクマの世界ではあたりまえ。


 カラッとあげたロース肉のいいところに、塩をパラリと振って口の中に放り込む。


「うっ、うまっ――!」


 脳天が痺れるほどの強烈な旨みが身体中を走り、目の前が軽く眩んだ。


 噛めば噛むほどジューシーな旨みが、カリッとした衣のサクサクが舌の上を踊って、口腔を肉汁の海が浸してゆく。


 とろとろとした脂身を噛み締め、舌の上で転がすと目の前がチカチカした。


「おいしーっ」

「おいちいよっ」

「それララのだよっ」

「……ケンカしちゃだめ」


「とかなんとかいって、この子たちの分を取らないの。アル」


 三つ子たちの唐揚げの奪い合いを高みから仲裁するふりをしてさっとかすめ取るアルティナを嗜めるリリティナ。


 こつんと額を打つ真似をするとアルティナが無表情で舌を出した。おどけているのかな、これは?


「あはっ。でも、リリティナ。これホントにおいしいわ。さ、クマキチさまもどんどん召し上がってくださいね」


 ルルティナが毛布にくるまったまま顔だけ出していった。ちょっと色物キャラみたいだ。


「おう。いわれなくてもドンドン食べまくってるよ。

 誰よりも食わなきゃこの身体は維持できんからな。目指せ一〇万カロリーだ」


「カロリーってなんですか?」


 キョトンとした無垢なる顔でリリティナが聞いて来る。無論デブのもとだ。


 まったく肉の旨みとは骨付きの部分がナンバーワンですなぁ。


 ちょっと目を離すと三つ子たちは四つん這いになって骨を噛み合い奪い合いをはじめている。


 ふーっと唸ってしっぽを逆立てているのはマジでわんこみたいで、おもろかわいい。


 なんやかやと騒ぎつつ、割り当て分の肉を消費したところで宴は終了した。


 合間合間に山菜や生野菜サラダなどを食べたりしたので胃のムカつきはないだろう。


 なんやかやといっても食べれる野草がふんだんにあるのはうれしいところだ。


 食事のあとは小枝の先端をほぐしたふさようじで歯を綺麗にする。


 ウェアウルフ族は歯が命。彼女たちはちょっと神経質なくらい、毎食毎食歯をたっぷり時間をかけて丁寧に磨く。


 本質的に歯を大事にすることが身体に必要だとわかっているらしい。


 俺も彼女たちに教えられた殺菌性のある枝でふさようじという歯ブラシを作って牙を磨くようになった。なぜなら野生動物であるクマも普通に虫歯になるからね。虫歯の苦しみは嫌だよ、絶対。


「クマキチさまー。ラロがみがいてあげるのー」


 うん。とりあえず君が親切でいってくれているのはわかるが、そのよだれべったりのふさようじを口の中に突っ込もうとするのはやめようか。そういうマニアックな趣味はないんだ。


 いや。クマキチさんは自分の牙は自分で磨けるからね。そんなお母さんが子供の世話を焼くようなプレイは必要ないからね。


 と、いっているのにラロはとてとてと歩み寄りながら、ニッと笑ってよだれがべったりまぶされたふさようじを頑なまでに俺の口中に突き入れようとするのだ。誰か助けて。


「う? クマキチさまぁ。おくちあけてね」

「え、ああ。そのぉ、あのぉ」


「こら、ラロ。クマキチさまが困っていらっしゃるでしょ。あなたはまずちゃんと自分の歯磨きをしっかりなさいなっ」


 ルルティナが俺をかばってラロを叱りつける。ラロはふふんと不敵な笑みを浮かべると、俺の胸の中にぽすんと顔を半分埋めていった。


「ねぇさま。ラロにしっとしてるでしょ。クマキチさまはラロとけっこんするのよ」


「な――ッ!」

「ばかなことをっ」

「するわけない」


 ルルティナが絶句し、同時にリリティナとアルティナが強固にラロの言を否定した。


 え、えーと。なんだ、この状況は。


「とにかくクマキチさまのお牙はラロのものなのっ。はい、あーん」


 ぬちゃぬちゃに唾液がまぶされた幼女のふさようじを突き出されて困惑……。


 虫歯とかはキスで移るというが、この場合抵抗力のない幼女はどうなんだろうか。


「はいっ」

「もぐっ」


 とかなんとかゴチャゴチャ考えているうちに、口腔にふさようじが突っ込まれた。


 うう。べちゃべちゃして気持ち悪いよう。


「クマキチさま。きもちいいいですかー」


 そういえばハンドラーが警察犬の牙を磨いているのをテレビで見たな。


 犬の歯も放っておけば普通に黄ばむので歯磨きは大事。


「いーってして。いーって」


 はい。いわれるがままに従っていると、ルルティナたちが無言で俺たちのやりとりを凝視して来る。


 針の筵ってやつだ。このことわざをついに使うときがくるとは人生ってやつはわからないもんだなぁ。


「変態」


 誰だよ、今ぼそっとつぶやいたのはっ。俺は変態でも幼女趣味でもないんですからね。







 歯磨きを終えたあと、俺はログキャビンを出ると夜風にあたっていた。


 常人には厳しい寒気だろうがシロクマである俺にとっては心地よい清々しさである。


「クマキチさま、そこにおられるのですか」


 衣擦れの音が鳴ってルルティナが山スカートの裾をバタバタいわせながら駆け寄って来る。


「どうしたんだよ、そんなに慌てて」


「だってクマキチさま。ずっと心ここにあらずでしたから」


 ルルティナは腰まである長い髪を弄びながら不安そうな瞳をしていた。


「見抜かれてたか」


「クマキチさま。自分でお思いになられているより、ずっとわかりやすいですよ。考えてること、全部お顔に出ちゃいますから」


「そっか」

「ニンゲンたちが森に来るんですね」


 あきらめと悲しみが入り混じった口調だった。すべてを覆い隠したまま無理強情に森の奥に逃れろといっても彼女たちは聞きはしないだろう。


 当初は彼女たちに黙ってこちらから森を降り、敵に逆撃をかけようかと思っていたくらいだ。


 この戦い、勝利にはどれほどの出血を両者に求めるのであろうか。別段殺し合いが好きなわけじゃない。


 戦わなければ守れないものがあるまでだ。


「ほら、また黙って考え込んでいらっしゃいます。ねぇ、クマキチさま。ずっとお聞きしたいことがあったのです。あなたはどうして私たちにここまでしてくださるのですか」


「それは――」


 なぜだろう? 改めて問われても解など出るはずもない。


 最初は完全に成り行きだったといい切れる。悪い人間に追われて苦しむ彼女たちの窮状を見かねて手を差し伸べずにはいられなかった。


 それがいつしかいっしょにいることがあたりまえのように思えて、なし崩し的に行動を、生活をともにするようになった。いや、違うのだ。結局のところそれはタダのいいわけに過ぎない。


 俺はシロクマとして生まれ変わり、ひとりで森に過ごすことがたまらなくさびしかったのだ。


 だから恩着せがましく獲物を取ってみせ、アウトドアや狩猟の知識をひけらかし、彼女たちに必要とされる存在であろうと自らを誇示し続けた。


 俺はひとりでは人間性を保てない。ルルティナたちが俺のことを見て、ひとりの男として扱ってくれることで、森の獣ではなく理性を持った久間田熊吉であると自覚し続けられることを望んだのだ。


 ルルティナは深い湖底にも似た澄み切った瞳で答えを待っている。


「俺には君たちが必要だった。ただ、それだけなんだ」

「だったら、私たちは、もう家族ですね」


 ふわりとした重みが胸にのしかかってきた。ぎい、と背後の扉が開く音がした。


 ランタンを手にしたリリティナをはじめとする全員が思いつめた表情で寄って来て、腰のあたりにしがみついて来た。


「逃げろなんていわないでください。私たちも戦います。黙っていてすみません。クマキチさまがお出かけしたあと、みんなで話し合ったんですよ。私たちはヴァリアントの森に住まう誇り高きベルベーラ族。最後のひとりになるまで、ロムレスの豚どもには降伏などいたしません。いくさにやぶれた父や母。奴隷として売られていった姉や、成す術もなく散っていった一族のため戦わせてください。この父祖伝来の魂が眠る土地を死に場所と決めたのです」


 ルルティナの瞳。不退転の決意が宿っていた。


「クマキチさま。姉さんのいうとおりです。微力ながら私もお手伝いします」


「ん。みんなで戦う。きっと負けない」


 リリティナが片目をつむりながら弓を弾く真似をすれば、アルティナが両拳を握って天に突き上げている。


「まけないよー」

「たたかうもんっ」

「がんばるよっ」


 ララ、ラナ、ラロの三つ子たちも鼻息荒くしっぽを千切れんばかりに左右に振っていた。


 ヨーゼフのやつにデカい口を叩きながら、実は臆病風に吹かれていたのかもしれないな。


 けど、こんなすごいやつらがそばにいてくれるなら、俺は誰にも負けたりはしない。


「クマキチさま。元気、出ましたか?」


 俺はルルティナの黒真珠のような瞳を真っ直ぐ見つめ返し、涙をこぼさぬようにするのが精一杯だった。


「ああ。百万の兵を味方にした気分だ」







 次の朝から作業に取りかかった。俺たちに残された時間はそれほど多いとはいえない。


 人手も潤沢とはいえない数だが、ヨーゼフが搬入してきてくれた物資が昼頃に到着したのは大きかった。


 彼には主に街へ降りてもらいハドウィン軍の動きを探ってもらうことにした。


 あのときシロマダラから救った冒険者たちも、戦闘に耐えうるまでに回復はしていなかったが、斥候としてできる限り情報を集めてくれると快諾してくれた。


 俺たちは孤軍ではない。そう思えるだけで、防備を固める腕に力が無限かと思うほど湧いてくるのだ。


 ヴァリアントの森を前衛に、後方にそびえ立つクドピック山を後衛として思いつく限りの要塞化を図った。


 戦国武将の武田信玄にたとえるなら、俺たちが日頃日常的に生活する森を躑躅ヶ崎館とすればクドピック山は要害山城だ。


 ヨーゼフの話から類推し、自ら登ってみたところ二〇〇〇はない標高の山だが、ほとんど人の手が入っておらず難所であるところが気に入った。



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