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178「噂ばなし」

 夕食にはいい感じの時間になったので宿を出た。


 目指すは助けたメイドさんが教えてくれた

『のたりのたり』

 という酒場だ。


 最後の晩餐、というわけではないが明日は大司教との会談が控えている。


 これまでの旅を仲間と振り返って酒と食事を楽しみ情報収集も行っちゃおう。


 ひと粒で二度おいしい作戦はどうよ。


「というかメイド。わたしを置いて散策に出かけて、あまつさえ女まで。クマキチはそんなに若いメイドの前でいいかっこしいしたかったんですか」


 うう、ササコマを抱きかかえたまま恨みがましい視線を放ってくる女がいる。


「で、レジス。どうだったのですか」

「え?」

「どっちが上ですか」

「え、ええと、なんの話でしょうか」


「決まってますよ。わたしとそのメイド。どっちのほうが美人ですか」


「あ、あははー。や、やだなぁ。そんなの聞くまでもないじゃないですか。クローディアさんに決まってるじゃないですか」


「……」


「いてっ、いだっ。なんで蹴るんですか? え? クマキチさんは蹴ってもダメージが少ないからお目付け役のレジスを蹴ってるって? 僕、いつの間にそんな重要な役に就任したんですかねぇ」


 やめなよ。


「うるせー、ダボが」


 あわわ。地が出まくった言葉遣いで脅してくる人がいるう。


「まあまあ、クローディアもそんなに怒らなくていいじゃんか。ね」


 おお、今までお地蔵さんになっていたローザがスキルの【かばう】を使ってくれた。


「ですが。このデッカい毛玉男の所業、目に余るものがあります。わたしという女がありながら」


「まあまあ、そのへんはさ。あたしという恋女房がありながら目移りしちゃうクマキチにも罪はあるんだけど……」


 クローディアの肩を抱いていたローザの目がきらりんと光る。


 ヤな予感しかないな。


「そのハナとかいうメス犬ものこのこ酒場にくるんでしょ。一度、バシッと教育してあげなきゃだし。人の者に手を出す泥棒猫はどーんな目にあうかって、さあ」


「……そうですね」


 一瞬、目を丸くしたクローディアが実に楽しそうな含み笑いをこぼす。


 女ふたりは見つめあうと「うふふ、うふふ」と陰に籠った声で微笑み合っている。


 おいおい、お嬢ちゃんたち。

 ササコマさまが泣き喚いとるでえ。


「早くお店に行きましょうよ。私、今夜は飲みたい気分なんで」


 リーゼロッテは「あーやだやだ」と愚痴りながらスタスタ先にひとりで進んでゆく。


 俺はハナという娘の言葉が社交辞令であることを天に祈るしかなかった。






 酒場は別に普通の酒場だった。

 なんのこっちゃ。


 自分でいっておいてあまり意味をなさない表現だが、メイドのハナが紹介してくれた酒場は、取り立てて特徴がない「いかにも」なF世界にありふれたものであった。


「なにをガッカリしているのですか」

「い、いや、別にガッカリなどしていない」


 俺のちょっとした気分の変化を読み取ったクローディアが上目遣いで訊ねてくる。


「……もしかして、本当にその女と会うのを楽しみにしていたのですか」


 打って変わって泣き出す一歩手前のような気落ちした声に柄にもなく動揺する。


 あ、わかった。


 また、泣き真似やら不安そうなふりをしてからかうつもりだろ。


 笑い飛ばしてやろまいか、と首を斜めにして顔を覗き込む。


 うん、ごめんなさい。

 これはいくら女性の心に疎いシロクマでもわかるわ。

 ズキリと胸が痛む。


 クローディアはきゅっと俺の腰のあたりを掴むとフルフルと指先を震わせていた。


「なにをバカなことを。そもそも向こうだって社交辞令だろ。きやしないよ。さ、入った入った。とっとと一杯やってメシにしようぜ。もう腹ペコだよ」


「……」


 小粋な酒場『のたりのたり』は軽食も出す庶民に人気なお店らしかった。


 だが、当然のごとく人よけの術の効果が持続する俺は注文をスルーされた。


「まあ、そうなるわよね」


「だ、大丈夫ですよ。僕たちの料理を分ければいいのですから」


 ローザとレジスが苦笑しながら俺を慰めてくれた。


「仕方ありませんね。ササコマさまとクマキチの面倒はわたしが見ますのでみなは気にせず食事を進めてください」


 クローディアは店の人間に皿とスプーンを貰うとちゃかちゃかかゆを撹拌する。


 おい、俺もササコマと同じく離乳食なのかよ。


 リーゼロッテは乾杯をする前だというのに、すでに酒をカパカパ呷っている。


 おい、大丈夫なのか?


「心配しないでください。私、生まれつき肝臓は丈夫なので」


 そういう問題なのだろうか。


 今度はグラスが面倒臭くなったのか、直接酒瓶から酒精をぐびぐび飲っている。


 ぬう。


 勢いがよすぎてこぼれた酒がビチャビチャと胸元あたりを濡らしている。


 もはやいつものキチッと軍服を着こなしたエリート軍人の面影はない。


「飲ませてあげてください。女にも飲まなければならない日があるのです」


 クローディアがササコマに離乳食を食べさせながらいった。


 てか、ストレスの問題は俺たち以外のなにものでもないんだろうけどね。


「にしてもジョシュアのやつどこ行ったんだ? 一回戻ってきたと思ったらまたどこか行っちゃうし」


「子供じゃないんだから放っておけば。どうせいかがわしい店かいかがわしい店かいかがわしい店に行ってるんでしょう」


 ローザの決めつけが無慈悲すぎる。


 そもそも聖地であるこの街でそのような店が営業しているのだろうか。


「娼館のお得意さまは昔から軍人と聖職者が一番多いものです。ないはずがありません」


 そういうクローディアは珍しく酒を飲んでいるのか、頬がわずかに赤らんでいた。


 ササコマはレジスが抱きながらあやしている。


「特に坊主はねちっこくて変態が多いのです。あら、もしかして想像しちゃったかしら?」


 クローディアはいつの間にか椅子を近づけると俺の太ももにつつと指を這わせていた。


 妙にねちっこい指使いにゾゾゾと毛先が逆立つ。


「クマキチは結構敏感なんですね」

「あ、あのなあ」


「コラ、そこーっ。パーティー内でセクハラ行為は禁止だぞ!」


 同じくすでに相当聞し召されているローザがガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。


「心外な。これは仲間同士の純然たるコミュニケーションです」


「そっか! じゃあ、あたしも参加するう」


 そういうとローザも俺の隣に移動してべたべたと身体に手を回してきた。


 人よけの術で身を隠している状態だと他人にはどのように見えているのだろうか。


「さあ、たぶん、このテーブル自体が見えていない、というか気に留められない状態になっていると思いますよ」


 ローストチキンをつついていたリーゼロッテが赤ら顔で答えてくれた。


 律儀な回答ありがとね。


 ジョシュアのことは気になりつつもそれなりにくつろいでいた。


 俺はクローディアがついでくれた酒精を呑もうと手を伸ばしたときだった。


 慌ただしい足音とともに五、六人の体格のいい男たちが入ってきた。


 この酒場の常連なのだろうか。


 男たちは店の奥まった場所に陣取ると諸肌脱ぎで汗ばんだシャツを脱ぎ散らかすと、威勢よく注文を行う。


「いやあ、参った参った。今日の普請は格別に疲れた」


「なんでも、ボーグ司教が沽券にかけて改築の陣頭指揮を執ってるからな」


「大司教もヤバいらしい」

「だな」


「声を潜めることでもねえぜ。一服盛られたってのは周知の事実さ」


「するってぇと大司教の跡目を継ぐのはボーグの野郎で決まりってわけか」


「大方はそうじゃねえか。なにせボーグ司教の金回りのよさときたらとびきりだ」


「それに噂の神子か」

「おお、そうよ! 天眼の神子だ!」


「聞いた話によると若くて目の玉が飛び出るほど別嬪らしいぜ」


「オイラも遠目からチラッとだけ見たが、ふるいつきたくなるような女だったな」


「ンだよ。チクショウ。司教の野郎の情婦ってのは間違いねえな」


「しっかし、あの五十男がまだ若い娘を好き放題にしてるって聞くと気分ワリィな」


「いんや、色がどうこうだけじゃねぇ。なにせ天眼の神子は未来を見通すことができるらしいな」


「ホントかよ」


「いやいや。先の戦争じゃ司教は天眼の神子の加護で王女派に助言して、ここまで身代を太らせたらしい。数人しかいない司教のうちじゃボーグの権力はずば抜けてる」


「給金の支払いも悪くねえしな」


「ハッ。坊主ってのは昔から金回りはいいもんさ。なにせ、おれら貧乏人からしこたましぼり上げてるらぁな」

「ちげえねぇ!」


 つい聞き耳を立ててしまった。

 いけないけない。


 人の話をこっそり盗み聞きするなんてよくないことだよね。


「で、天眼の神子って実際問題どういう存在なんだ」


 教えておくれよリーゼえもん。


 てなわけで野次馬根性の塊である俺はリーゼロッテに速攻で訊ねる。


「あのですね。私がなんでも知っているいう体でなんでも聞かないでくださいよ」


 すでに相当アルコールが回っているのか彼女の目は座っている。


 ままま、固いこといわずに。


 俺らん中で一番博識で頼れるのは貴女しかおらんのですよ。


 巧みにリーゼロッテの自尊心を煽ると酔いもあってか気をよくした彼女はペラペラと喋りだした。


「まあ、饒舌」


 し。クローディアちゃん、しぃー。


「天眼の神子。その存在は、聖堂協会が今回の王位継承戦争で王宮政治によりいっそう重きをなすことになった奥の手の中の奥の手といわれる人物ですね」


「初歩的な質問で悪いんだが、その天眼ってのじゃナンジャラホイ?」


「天眼とは言葉どおり天に通じる眼。真実かどうかは知りませんが、神子の持つ天眼は未来を確実に予測することができる神の福音の一端であるといわれているのです」


「未来、予知?」

 

「教会の秘事なので詳しくは誰も知りませんが、聖堂協会は王位継承戦争中に王女派に与して天眼の神子の予言通り軍を進めて、不利な戦局を覆したといわれています」


「へええ。まったく知らなんだ」


「もっとも戦争中の末期まで教会は中立を保っておりました。私からいわせればどっちつかずのコウモリですよ。勝負が七割方王女派の勝利に傾いたときに、恩着せがましく首を突っ込んできたのですから」


 あ、あのお。酔ってらっしゃいますよね。

 堂々とそのような批判はいくらなんでも土地柄としてマズいんじゃないかと。


「フン。いーんですよっ。私だって道士さまのもとで散々苦労させられたんですからっ。それを最後の最後で、いいとこ取りですか?」


 だあんっ、とリーゼロッテは酒瓶を叩きつけるとテーブルにへたり込んだ。


 そしてなにかムニャムニャとつぶやきながら、やがて寝息を立てて静かになる。


 飲みの席で眠る人もいるが、この子は極端だなー。

「あまりの飲み方を知らないようですね」


 そういうクローディアは地味にくいくいとグラスを空にするが、まったく乱れた姿を見せない。


 俺からしてみれば単純に君は酒豪なんじゃないかな。


「これはチェイサーです。弱いお酒を合間合間に飲むことで濃い酒精が中和されるのです。わたしが飲みの席で発見しました。これってすごくないですか?」


 いや、ドヤ顔でそんなこといわれたって。

 みんな知ってるよ。

 周知の事実だよ。

 すごくねぇよ。


「ふっ。グウの音も出ないようですね。反論がないならわたしの勝ちですが?」


 そういうとクローディアはカパカパ酒精を呷りだす。

 そりゃただのチャンポンだよ。

 絶対その呑み方は身体に悪いからな。

 しかし未来予知ねえ。

 この世界じゃ割とポピュラーな能力なんかな。


「けれど、そんなような都合のいい能力を持ち得る人間がするのでしょうが。甚だ疑問ですね」


 ササコマを縦抱きにしていたレジスがしんみりした口調でつぶやく。


「レジス……?」


 場の雰囲気にそぐわないレジスの気配に身を乗り出すと、今まで寝息を立てていたリーゼロッテがガバチョと跳ね起きた。


「事実かどうかは関係ないのではないでしょうか。いずれにしろ教会はそのような聖徳を持った神子を見つけ出し担ぎ上げたことで、王宮内に今まで以上の強い発言力と権限を持ち得ました。私が知るだけでも政界にかなりの人間を送って、王女を支えてきた大臣たちのかなりを切り崩しました」


 起き抜けにリーゼロッテは一気に喋ると満足したのかフンフンと鼻を鳴らす。


「結論からいうと教会は王家を軽んじているのです」


 なんちゅーか、ものすごいトゲを感じるな。


「あのさ、明日、気が進まないならリーゼロッテはつきあわなくてもいいんだぜ。宿で待っててもらえば」


「そうはいきませんっ。私、仕事はキチンとすませたい主義なんです。道士さまから書簡も新たに届きました。クマキチさんたちにできる限り協力してあげてくれ、って。だから、ホントはヤだけど、行くしかないんです!」


 で、また飲むと。

 あらまあ、グビグビやっちゃって。

 宮仕えのつらいとこなのね。


「もうそのくらいにしておいたほうがいいんでない?」

「さっき寝たのはインターバル。本番はこれからですよ」


「マジか」


 しげしげとリーゼロッテの顔色を見るが赤みが消えていた。


 妙な魔術でも使っているのかと俺は不思議な気持ちで一杯になった。


 ガタン、と音がするとローザはテーブルに突っ伏していた。


「おい、平気か? そろそろお開きにするか?」

「まぁだ飲み足りないですっ!」


 大トラになったリーゼロッテがバシバシと両手でテーブルを叩く。


 ああっ、貴重な食べ物やお酒がっ。


「うにー。いいわよぉ。ちょ、ちょっとだけ寝かせてえ。すぐ復活するからあ」


 あらら、ムニャムニャいいながらローザも帰宅を拒否する。


「いいじゃないですか。まだ夜はこれからですよ」


 クローディアも今夜はとことん行く気らしい。

 となると、俺ひとり切り上げるわけにはいかんだろうな。


 誰も宿に帰る気配も見せない。

 なら、とことんまで行こうかなと思い直した。


 俺はテーブルに並べられた豚肉の炙りにフォークを刺した。


 こいつは大きい肉の塊を窯でジックリと火を通した焼きものだ。


 食べやすい形にスライスされているが、ひとつひとつが大ぶりでゴージャスだ。


 外側はカリカリで中は柔らかく、噛み締めるとじゅうっと肉汁が噴き出す。


 味つけは単純な塩と胡椒であるが、カリカリの部分がマッチしている。


 濃い肉のうまさを舌の上で躍らせながら脂のジューシーさを丹念に味わう。


 肉のうま味が脳天にジーンと響く。

 こういう単純なのでいいんだよな。

 肉料理ってのはさ。


 それから口中の脂を洗い流すように酒精を飲み干すと、ふたつが合わさってえもいわれぬ香気が鼻腔一杯に膨らみ「生きててよかった」って気分になるぜ。


 うまい。

 肉の塊うまっ。


 パンに肉を乗っけて中和しつつバクバクッとしばし料理を堪能する。


「それにしてもクマキチは飲みが足りませんね。その身体で婦女子が舐める程度じゃありませんか。おかわいいこと」


 なんだと?

 クローディアはとろんとした目つきでくすくす笑いを漏らす。


「そのとーりです。男のくせに情けないですねっ」


 リーゼロッテも眼鏡を頭の上に乗っけながらケタケタと高笑いをはじめる。


 にゃろう。


 周囲を観察してみると、宴もたけなわという感じで店全体がどちゃくそ盛り上がっているので少々騒いでも掻き消されてしまうほどだ。


 挑まれた勝負から逃げるクマキチじゃないのだぞ。





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