134「雪合戦」
「あのう、クマキチさま。ひとつご質問よろしいでしょうか」
なんじゃいな、リリティナさん。
「なんだか私たちの子守りチームのほうが圧倒的に不利なような気が」
「なんでアタシの顔チラチラ見ながらいうのよっ」
火を噴く勢いでリコッタが八重歯を露にしている。
「気にするなリリティナ。それにルルティナだって爆弾抱えてんだ」
「んー? クマキチ、お姉さんとイチャイチャしたくなった? てゆーか、こんなんほっぽっといてお姉さんと温泉でしっぽりストロベリートークしない? え、したい?」
ワシなんもいうとらんが。
オランジェーヌは屈みながら胸元を指先でまくり上げ上目遣いだ。
ヨーゼフはまったく気づかないふりをしながらチラチラ横目で上乳を眺めている。
ダメだな、こりゃ。
基本的にお味噌の樽をお互いにひとつずつ抱えている状態だ。
勝負の行方は指揮官と総大将の作戦能力にあるな。
「とりあえず、グダグダいわないの。時間だって有限です。それぞれふたつに分かれて作戦会議を行ったのち、試合開始です」
雪合戦のルールを改めてザックリ説明すると――。
試合は三分三セットマッチで先に二セット取ったほうが勝利。
制限時間内に相手側のフラッグを抜くか、雪玉を相手チーム全員に当てれば勝ちで、そのセットは終了となる。
時間切れの場合は残っていた選手の数が多いほうが勝ち。
当たり判定はノーバウンドで当たった雪玉。
あるいは味方の投げた球、自分の手から離れた球に当たってもアウト。
一セットに使用できる球数は九〇個。
試合中に雪玉を作り出すのはアウト。
自軍のコート内に作れるシェルターと呼ばれる防御壁はふたつまで。
じゃないと三分以内に決着しないだろーからね。
国際ルールはもっと細かいのだが、このあたりを抜粋して今回は使用する。
「ふむふむです。クマキチさま。つまりは敵陣の旗を抜くか、雪玉を当てて敵軍を全滅させればよいと。そういうわけですね」
ザッツライト。
リリティナは即座に理解すると自軍に帰って味方を集め相談をはじめた。
「クマキチさま、ご安心ください。我が軍に敗北の二文字はありません。必ずや輝かしき勝利をあなたさまに捧げてみせます」
傍らのルルティナは瞳の中に真っ赤な闘志を燃え上がらせながら鼻息荒く、しっぽをゆーらゆらとゆっくり左右に振っている。
あ、あくまで、これスポーツだかんね?
り、理解しているよね。
「それじゃあ不肖クマキチが審判を務めさせていただきます。それでは、第一セット、レディ――ファイト!」
さあ、どうなることやら。
ちなみにどっちが勝つかはこの俺にもまったく予想は着かない。
三分間というのは長いようで短い。
「それじゃあ気張って行くからねー」
お、まずはアスティアが元気のよい声を張り上げ前線に繰り出してゆく。
「おおー」
「がんばるー」
「まけないっ」
アスティアの背後に元気一杯三つ子ちゃんたちが続く。
どうやらリリティナは指揮官にアルティナではなく彼女を選んだようだ。
この選択が吉と出るか凶と出るか。
ルルティナチームの先陣はヴィオレットだ。
どうでもいいが彼女だけ完全武装なので異彩を放っている。
この寒さの中で甲冑の冷たさは骨身に染みるだろうに。
根性だけは騎士の中の騎士といえよう。
「ようし、それじゃあみんな。よーく狙って――ええっ?」
「えいえい」
「やあやあ」
「ていてい」
アスティアがびっくりするのも無理はない。
三つ子ちゃんたちは敵であるヴィオレットを無視して互いに雪球をぶつけだしたのだ。
あまりのことにリリティナはお口をあんぐり開け固まっている。
「はーい、ララ、ラナ、ラロの三人はアウトねー」
無情な審判の指示にブー垂れながら三つ子ちゃんたちはコートを出てゆく。
「――数的有利が。こうなったらあたしひとりで片をつけるしかない!」
いきなり出ばなを挫かれたアスティアは火の玉のように駆け足で突っ込んで来る。
オランジェーヌとロビオラさんが女の子投げで雪球を放るが、アスティアは足場の悪い雪の上を平地と変わらぬスピードで瞬く間に駆け抜ける。
ぬうう、これがウェアウルフ族の真骨頂か!
「旗はもらった!」
ルルティナとの一騎打ちになるかと思いきや、立ちはだかったのは抜かれたはずのヴィオレットであった。
「く――!」
アスティアが駆けながら直前で横っ飛びに飛んで雪玉を投げる。
「にゅぶっ!」
が、次の瞬間雪球を顔面に喰らって倒れたのはヴィオレットではなくアスティアであった。
ちょ、どういうことだよ。
シロクマの圧倒的な動体視力でなんとか確認したのは、明らかに遅れて投げたヴィオレットの雪球がアスティアの球を破壊して垂直に飛んだ事実だった。
「ふ。悪いな。こう見えても私は幼いころ氷雪の女王と呼ばれたことがある程度には雪合戦の心得がある」
あなたいいトコのお嬢さまでしたよねぇ?
なんなん、そのあとづけの超設定。
「とりあえずアスティアはアウトね」
「ちぇー。悔しいなぁ」
アウトになったのであるがアスティアはさばさばとした様子で潔くコートを出てゆく。
こうなると一セット目の勝負はほぼ決まったも同然だった。
「ちょっと待ちなさいよ! アタシがいるでしょーが!」
どっかのオジャ魔女の遠吠えも虚しく、リリティナとアルティナのふたりだけではフラッグを守り切ることは不可能だった。
ルルティナは無傷の精鋭を一気にぶち込んであっという間にリリティナチームを全滅させることに成功したのだ。
「きゃう」
ロビオラさんはなぜか自分の投げた雪球が頭に落っこちてきてアウトになったが。
「ほほほ」
一セット目を取ったルルティナは上質極まりない実に楽しそうな笑い声を漏らしながら、雪原に崩れ落ちる妹ふたりを見下ろしている。
「わかったでしょうリリティナ、それにアルティナ。このあたりで降参すれば、姉として慈悲を与えないということもありません」
さすがアルファ個体。
上下関係をキッチリさせることに関して微塵も情を交えないのは感服するぜ。
まったくもって一方的な試合にジャッジのクマキチさんも狼狽気味だ。
ルルティナ選手、この勢いのまま二セット目ももぎ取れそうな感じですね。
「まあ、見ていてくださいませクマキチさま。我が堂々たる勲しを」
俺がマイクを持った振りをして手を差し伸べるとルルティナは少女漫画の悪役令嬢がよくやるように自分の顎の下に手を添えてコロコロと笑っている。
高慢な感じのルルティナさんも滅法カワイイのだ。
カワイイは正義なのですべてにおいて優越されるのだ。
こほん。
冗談はさておいてだ。
カタに嵌められっぱなしじゃすまないのがウェアウルフの生きざまだ。
完封モードで和気あいあいしているルルティナチームとは対照的に、リリティナたちはどよんと厚ぼったい陰鬱な空気に包まれている。
「さあ、くよくよしていても仕方がありませんっ。次の試合は絶対に落とせませんよ。気持ちを切り替えて頑張りましょ!」
パンパンと手を打ち鳴らしてリリティナがメンバーの澱んだ気を振り払おうと士気を懸命に鼓舞していらっしゃる。
いやはや、線の細い文学少女的な雰囲気を醸し出していたリリティナであったが、急場においては意外にリーダシップを見せてくれる。
「そうだーそうだー」
「がんばろーっ」
「どんまいっ」
「アンタたちのせいで負けたんでしょーがっ!」
あらら。
三つ子ちゃんたちが素知らぬ顔でノリに乗るのがよほど意に染まなかったのか、リコッタがガーッと叫びながら怒気を露にしている。
どうでもいいが、あのおっりとしたロビオラさんからなぜにこのように気が強い娘が生まれたのか生命の謎だ。
「うゆ?」
「なにおこってるの」
「おなかすいたの? ラナのあめちゃんたべる?」
「ああ、もうっ。食べる、食べるけど。アンタたち、次からはしっかりやりなさいよね。アタシがいるチームに敗北の二文字は似合わないんだからねっ」
ぷりぷりしながらも怒りんぼ魔女っ娘ちゃんは与えられた飴をガリガリ齧って胃の中に落とし込んでいる。
ラナはリコッタの口に向かってうれしそうに飴玉を次々と放り続ける。
甘いものを食べたあとは歯磨きをね。
お兄さんとのお約束だぞ。
「リリ姉さま。アスティアさまはやさしすぎるのであの子たちの統制は難しい。私に指揮権の移譲を」
「アルティナ……アスティアさま。妹に任せてもよろしいでしょうか?」
「ん。おっけー」
軽いな!
リリティナとアルティナの沈鬱な面持ちとは裏腹にアスティアは軽く指先を丸めてオッケーサインを出している。
だが、アルティナよ。
あの三つ子ちゃんをマジで指揮できるんかいな。
ルールをまず理解していないと思うぞ。
「ん。集合」
「わー、なになにー」
「おやつかなぁ」
「ラナ、あまいのすき」
アルティナがサッと手を上げると三つ子ちゃんたちは口々にいろんなことをいいながらきゃいきゃいと集まって来る。
「今から私があなたたちの指揮官。きちんと命令を聞くこと。いい?」
「えーめいれいー」
「ぶうぶう」
「ラナはあまいのがいいっ」
いかん、いきなりアルティナの怒りゲージがレッドゾーンを振り切ったのが離れた位置からでもわかった。
けど、ワガママ盛りの子供っちを統制しようというのに無理があるんじゃないかな。
「整列。ん、整列はできる。そこはポイント高い。ラロ、そっぽを向かない。今はお姉ちゃんがお話をしている。そう、キチンと聞く。聞く子はいい子」
かなり四苦八苦しているようだ。
しかしアルティナが妹たちを懸命に躾けているのは、普段ほぼ見ることができないレアな光景かもしれん。
「どきどき、はらはら」
リリティナも傍らで心配そうにアルティナのやることを見守っている。
うむ、任せて育てるのは難しいが大事だな。
「さあ、ここに太鼓がある。私が太鼓をひとつ打ったら自分の右手を。ふたつ打ったら自分の左手を。みっつ打ったら自分の足元を見ること。いい?」
アルティナはどこから引っ張り出して来たのか古ぼけた大きな太鼓を前に撥を持って佇んでいる。
「ねえ、このたいこどこからもってきたのー?」
「ララ、指揮官に質問してはいけない」
いや、俺も気になるぞ。
「――それでは、調練をはじめます」
アルティナがどん、とひとつ太鼓を打つ。
途端に三つ子たちは目をきらめかせて飛び上がり太鼓にしがみつく。
なんちゅーかアルティナよ。
ドンマイだ。
「ねー、これララにもうたせてぇ」
「ずるいー。つぎはラロだよっ」
「いやぁんラナがやるぅー」
上手くやれるかどうかという以前の問題だな。
無表情のままアルティナは太鼓を二度三度打つが、三つ子たちが命令に従って動作を行うということはなかった。
「――リリティナ姉さま。妹たちが命令を聞かなかったのは指揮官である私の責任。彼女たちに罪科はないのでお許しを」
「え? いいよ、いいよアルティナー」
リリティナも端から三つ子ちゃんたちが命令を素直に聞くと思っていなかったのか、ちょっと笑いながら手をひらひら振った。
「いいえ。これは妹たちに充分命令を伝達、理解させなかった私の罪です。もう一度再徹底させます」
そういうとアルティナは噛んで含めるように三つ子ちゃんたちへと太鼓の合図の意味をくどいようにいって聞かせた。
「――それでは、もう一度」
どん、と太鼓を打つ。
すると三つ子ちゃんたちはパブロフの犬のように耳をピンと立てると整列を崩して太鼓に群がる。
ハッと俺は思わずアルティナの顔を見た。
能楽の女面のように感情を排し切った表情だった。
「命令は完全に理解しているはず。だとすれば、この責は将にあらずして兵の責任なり」
兵……?
またおかしなことをいい出したぞ。
アルティナの挙動にハラハラしつつも見守ってしまう俺。
「ねえーアルねえさまぁ。ラロにもたいこたたかせ――」
最後までいわせなかった。
アルティナは素早く片手でラロの右脚を持って宙吊りにすると、そのまま勢いよく雪の中にずぼっと埋めた。
そりゃあもう、一片の情も身の内から零さず、気持ちいいくらいに。
頭から胴体の半ばまで雪に埋められたラロはバタバタとしばし脚を振ったが、やがてぴくぴくと小さく痙攣し動かなくなる。
犬神佐清かな?
「ふ!」
俺たちが呆然としているのを尻目にアルティナは息を鋭く吐き出すと一気にラロを雪中から再び吊り上げた。
あまりの光景にララとラナは互いに身を寄せ合いながらガタガタと激しく震えている。
なるほど、これがウェアウルフ流の刑罰なのか。
って怖すぎるやんけ!
「はわ?」
一瞬だけ天の河を渡りかけたであろうラロはパカッと両眼を見開いて蘇生すると、雪の上に両足を投げ出しながらきょときょとあたりを見回している。
状況が掴めないのであろう。
ラロとアルティナの目が合う。
アルティナが俺が今まで一度も見たことのないほどの笑顔でにこーっとする。
ラロの全身の毛が逆立ったのが離れていてもわかった。
こほん、とアルティナは咳払いをすると三つ子の妹たちに視線を転じた。
「指揮官の命令は絶対。以後、理解するように。これは鉄の掟」
三つ子ちゃんたちはこくこくこくと首が外れんばかりに激しくうなずく。
最強の軍隊が完成する光景だった。
二セット目におけるリリティナチームの反撃は目を見張るものだった。
「傘型散開。ララ、かみつきこうげき。ラロ、左右にゆさぶる。ラナ、たいあたり」
アルティナの的確な指示によって三つ子ちゃんたちは死兵と化した。
一糸乱れぬチームワークの前にルルティナチームは一方的に攻め立てられた。
「いやん」
まずロビオラさんがつるっと転んで自分の球で被弾し一気に崩れた。
「あぶねぇ! うおっと」
助けようとしたヨーゼフがロビオラさんの転倒に巻き込まれいいとこなしでアウト。
胸に押し潰されるようにしてヨーゼフが雪の上でもがく。
「え、えへへ」
「あら、すみません。わたし、重くなかったですか」
「い、いえ。こんなもんはたいしたことはねぇんで」
おい、ラッキースケベに酔ってるんじゃない。
男の子だから仕方がないが次はこのシロクマが許さん。
「こ、この――あ、ああっ」
ルルティナとヴィオレットが奮戦するが衆寡敵せずフラッグを奪われて二セット目はリリティナチームがサクッと勝利した。
「や、やりましたーっ」
両膝を雪の上に着いたままリリティナがよろこびの声を上げる。
「これで少なくともストレート負けは免れた」
雪球を手のひらでポンポンと弄びながらアルティナがホッとした声を出す。
「アタシの活躍にも言及しなさいよっ」
失礼。
リコッタも頑張ってはいたんだが……。
開幕早々オランジェーヌの適当に投げた球で撃沈されてたな。
んで、あっという間に三セット目。
これですべてが決まる。
両軍とも落とせない最後の戦いだ。
まあ、ただのゲームなのだが。
軽く二セット目も取るつもりだったルルティナは予想外の反撃に目が血走っている。
良妻賢母を地でゆく彼女であるが勝負ごとになると周りが見えなくなるタイプだな。
こういう子は突撃隊長には向いているかもしれないが指揮官としてどうだろうか。
ルルティナの突破力とリリティナの冷静さのどちらが勝つかは神のみぞ知るだ。
「ぜったいこの勝負は負けられませんよっ。ぜったいのぜったいです!」
「絶対とかいうと、まず負けるパターンだよね。お姉さん知ってるよ」
「オランジェーヌは私のやる気に水を差さないでください!」
「まあまあ。おふたりとも」
ロビオラさんがすかさずフォローに入るがちょっとヒートアップしすぎだな。
とかなんとかやっていると急に天候が荒れ出したようだ。
「空が……」
不安そうにリリティナが天を仰いでいる。
そういや、幾分前からか雲行きがかなり怪しかった。
どうしようかな、と思っているうちに粉雪はやがてザザザと音を立てて強くなり、たちまち一寸先まで真っ白な雪に覆われてゆく。
「こりゃホワイトアウトだ」
陽の光もまるでわからなくなりあたりはたちまち白一色で埋め尽くされた。
いくら家の近くといえど命を懸けてまで雪投げする阿保もおらんだろうに。
「ルルティナ、リリティナ――勝負なしだ!」
慌てて駆け寄って来た彼女たちの顔を覗き込んで叫んだ。
どうやらふたりとも心の奥底ではホッとしているのかあからさまに表情がゆるんだ。
ま、どっちが勝っても遺恨が残りそうだったので俺としては天候に感謝だな。




