130「かまくら」
かまくらのルーツは秋田の伝統行事にある。
簡単にいうと雪で作った家のことで竈に似た蔵、カマドクラに転じたとか神の座がかまくらに変わったとかいろいろいわれているが、俺は特に詳しくもないし異世界においてはどうでもいいのでこれ以上の説明は割愛する。
要するに雪で押し固めて作った雪洞で遊ぶ。
趣旨はただそれだけなのである。
異様なほど娯楽が少ないこんな世の中で純真無垢な三つ子ちゃんたちに少しでも楽しんでもらおうという俺のちょっとした親心なのだ。
「かまくら? かまくらってなに?」
「なにっ。なにするの?」
「クマしゃま、またなにかすごいことするのっ」
おお、めっちゃ食いついてきたわ。
フィッシュオン。
じゃあ、面白いことするからみんなシロクマさんの指示に従ってね。
かまくらを作るのには別段難しいことはない。
綺麗な新雪を使ってこんもりとした小山を作り、中に穴を開けるだけなのだ。
まあ、降雪量の少ない地域や狭い場所では作りにくいだろーが、とにかくこの森はスペースと新鮮な雪だけは売るほどあるので問題はなかろーて。
とりあえず、おおまかにかまくらを作る場所を決める。
あんま家から離れているとモノを運んだり移動も面倒なので、すぐそばでいいだろう。
んでもって、まずかまくらの基礎たるものを作るため、みんなで雪を搔き集める。
「うんしょ、うんしょ」
「むむむむー」
「がんばるよー」
んで、適度に雪を集めたらスコップで叩いたり、踏みつけたりして基礎を丈夫に作る。
丁寧な仕事が要求されるぜ。
三つ子ちゃんたちは、きゃあきゃあと奇声を発しながら雪の上で飛び跳ねている。
「な、なにをしているのだ。クマキチ殿」
びっくりした様子でヴィオレットが家の中からでてきた。
「いや、かまくら作って遊んでるんだよ」
「かまくら……?」
「いや、ただの雪洞だよ。んー、口で説明するよりも出来上がったものを見たほうが早いだろな。ヴィオレットも挑戦してみる?」
「ん、んんん?」
「いや、スコップ使って雪を掘るのって結構力使うからトレーニングになると思うよ」
「なるほど。それでは不肖ながらこの私も手伝わせてもらおう」
やっぱ暇だったのね。
「というかクマキチ殿。あの空気の中は中々に辛いものがある」
う、それは努めて忘れようと思っていたのに。
「私がどうこういう立場ではないが、家庭内の序列はしっかり決めておいたほうがいいと思うぞ。後々の禍根になりかねない」
それが一番の難問なのだ。
「わ、わかったよ。あとで、ルルティナたちとキチンと話をします」
「いや、別に責めているわけではないのだが。それにルルティナの気持ちも少しはわかる。新参者が大きな顔をすればどんな場所でも波風が立つものだ」
「あ、あーっ。なんか面白いことしてるーっ。ねえねえ、クマキチ。お姉さんも仲間に入れておくれよう。愛する妻を放置プレイなんて普通は許されない悪魔的所業なんだからねっ。そこのところキチンとして欲しいなっ」
ざくざくと雪を掻き分けてオランジェーヌが近づいて来る。
その背後にはブンむくれた表情のルルティナたちが。
やれやれ、結局全員出てきちゃったなあ。
「で、クマキチさま。これはなにをお作りになられているので?」
隣に自然な形でそっと寄り添うルルティナが問うてきた。
「んー、まあ、要するに冬の風物詩というか。俺の故郷じゃよくやった雪遊びのひとつだよ。かまくらっていって雪洞を作ってその中で遊ぶのさ」
「故郷? クマキチさまはヴァリアントの森のお生まれでは――?」
「いや、厳密にいうと違うんだけんども……」
ぽそぽそとルルティナと喋っていると、いつの間にやら目の前にちょうどいいくらいの雪の小山が完成していた。
さすがに家族全員で作るとあっちゅう間だなあ。
「ねえねえねえ。クマキチっ。このあとってどうすればいいのーっ」
オランジェーヌは頬を紅潮させて叫んでいる。
なんか、みんなとなにかするのがよっぽど楽しいのかなぁ。
三つ子ちゃんたちはオランジェーヌの足元にまとわりついてきゃっきゃっとはしゃいでいる。
精神レベルは幼児と同じくらいなのか?
ピュアなレディは嫌いじゃないぜ。
「ふふっ。あんなにはしゃいじゃって。彼女も悪い人間ではないと思うのですが」
ルルティナが雪塗れになって笑顔になっているオランジェーヌをそう評した。
まあ、人ではなく彼女はエルフなのだが。
俺も細かい性格だな。
「ああっ。ちょっとルルティナ! その場所はお姉さんの立ち位置なんだよ。これからは無断でクマキチに近づくのはお姉さんの許可取ってからにしてね。これって約束だよ」
うわっ、ルルティナの額からイラッという擬音が具現化したような気が。
心なしか表情がいつもの慈母観音から不動明王寄りに変化しつつある。
「ルルティナ、ちょっといいか」
「なん、ですかクマキチさま」
うわ、ちょっと怖いが。頑張ろう。
「オランジェーヌ、彼女の対人交渉能力はゼロだ」
「え?」
「いや、ゼロはいい過ぎかもしれないが。ううん、ほとんどゼロっぽい感じだ。とにかく、彼女の生い立ちや育ち方を考えれば、これまでほとんど人と接したことがない。そういった点から考えると、ララたちよりも精神的に未発達だと考えて間違いない。ルルティナはお姉さんなんだから、いちいち彼女のいうことを真に受けずどーんと構えてればいいんじゃないかな」
「そういえば、彼女ずっとひとりきりで沼地に暮らしていたっていっていましたものね」
「そうそう。余裕余裕。イイ女は余裕に満ちているものなんだよ」
「……確かにそのほうが正妻らしいかも」
俺には聞き取れない小さな声でルルティナは呟くと微笑を湛えて俺を見た。
「私、ちょっと視野が狭くなっていたかもしれません。オランジェーヌのことは妹のひとりだと思って面倒を見てみます」
うんうん、その意気その意気。
ふんふんと、その場でうなずくルルティナの頭に雪玉がぺしゃり。
誰だ! って探す必要もないくらいに奇抜なカッコの魔女さんが飛び跳ねておじゃる。
あ、やばっ。
ルルティナの額に某ヤンキー漫画のような「ピキッ」て擬音と!?が――。
「ねえ、ルルティナ。お姉さんのお話ちゃんと聞いてたの? 聞き分けの悪い子はバッテンなんだからねー」
これ以上蚤の心臓のシロクマを精神的に追い込まないでいただきたい。
あ、あのなルルティナ、とりあえずここは大人になってだな。
「……ふう、ご心配なさらず。私は、お・と・な、ですから。ただ、彼女はきちんと躾を行う必要性があるみたいですね。そのあたりは慣れていますので、万事お任せください」
うーん、やっぱ集団生活もバランスが重要だな。
テストには絶対出ない情報だぜ。
なんとかルルティナをなだめてオランジェーヌに襲いかかるのを思い止まらせた。
俺ってばなんという生まれ持っての調整気質。
争いとかそういうのは勘弁なんだわ。
せめて家庭内での不和はさけたいお父さんの気持ちをわかって欲しいの。
おうちは常に癒しの場所であって欲しいんだ。
で、そのようなよしなしごとはほっといてかまくら作成に戻るぞ。
ルルティナと立ち話をしている間にみんなが雪の小山を盛り上げておいてくれた。
あとは中身をくり抜いて居住空間を確保するだけだ。
「なるたけ入り口は狭く作ろうね」
入口を上に向けて広げれば広げるほど崩壊しやすくなるからだ。
「でも、それだとクマキチさまが通れないのでは」
う、ルルティナのいう通りだ。
四つん這いになって雪を掻いていたアルティナがちらりとこっちを振り向く。
まあ、中に入った時点である程度狭く塞いで、俺はなるべく出入りの回数を少なくするしかないか。
ウェアウルフ族にとってはこういう穴掘り作業はお手のものか、サクサクと雪はどんどん掻き出されてゆく。
雪を小山ほどに盛ったので、とにかくラージなかまくらになっちゃったな。
中の天井や壁は十二分に厚くできた。
つーか、こりゃほとんど雪の要塞だな。
なんか、俺の想像していたやつよりも凄い。
ログキャビンの軒くらいまで高さがあるぞ。
「今日からここで暮らせそうね」
アスティアがほーっと感嘆のため息を吐いている。
いや、あくまでお遊びのつもりなんだが。
中の雪を掻き出したら床を均す。
それから板を敷く。
その上に寒くないようイノシシのなめした毛皮をポポンと敷き詰めりゃ完成だ。
「わーいっ」
「きゃほーっ」
「にゅおーっ」
完成したかまくらの中に三つ子ちゃんたちが鎖から解き放たれたわんこのように、猛烈な勢いで突入してゆく。
あんまし暴れないでね。
所詮は雪でできてるもんで、簡単に壊れちゃうから。
「わぁ、思ったよりせまーい」
自分で汗水流して作っただけあってオランジェーヌは瞳を輝かせて感動している。
「あれ? 思ったよりもあたたかいですね」
外気を完全に遮断しているからな。
中央に置いた火鉢と幾つかのロウソクだけでも相当に暖は取れるのだ。
「なるほど。雪国ではこのような遊びがメジャーなのか」
雪掻きで相当に身体を動かしたので熱いのだろうか、タンクトップ姿のヴィオレットがほこほこ湯気を立ち昇らせながら感慨深げにいう。
どーでもいいが、この子やたらに脱ぎたがるよな。
「ねえーみてみてクマキチさまー」
「ここはー」
「ララたちのおうち」
視線を転じると、雪壁を掻いて小さなスペースを作った三つ子ちゃんたちが、満面の笑みを浮かべ巣穴のような場所にちんまりと納まっている。
「ぷるぷるぷるぷる」
「ひんやりー」
「ここすきー」
うう、狼系亜人だけあって狭い場所が好きなのだろうか。
三人は目を閉じて恍惚感に浸っている。
いや、けれどもさあ。
壁の強度が。
すぐに俺の意を汲んでくれたアルティナがシスターズたちを穴から回収して、雪を埋めてくれた。
はしゃぎたくなる気持ちはわかるな。
俺も子供だったら暴れまくって、きっと大人たちの顰蹙を買っていただろう。
「それでは、ここでお茶にしましょうか。みんな身体を動かして喉も乾いたでしょうし」
気遣いの人リリティナさんが小まめに動いて茶の用意をしてくれる。
それにしてもこのスペースに全員入るとさすがにキツキツかな。
あまり役立たないシロクマははじっこでジッとしていよう。
置物のようにな。
「んー、こういう遊びも風流でいいね。お姉さんがクマキチくんにハナマルをあげよう」
あたりまえのように胡坐をかいた俺の右脚にオランジェーヌが尻を下ろしてくる。
対抗するかのようにルルティナが左足に腰を下ろした。
アスティアさん、ニヤニヤするのはやめようね。
女の子がはしたないよ。
「それにしてもクマキチさまは博識ですね。このような遊びは私たちでは思いつかないものでした」
アイボリーホワイトのカップを手にして座るリリティナが俺を頻りに褒め称える。
ちょっとちょっと……もっといって!
「お、そうか。いやいや、ほんのささやかなものです」
美少女に持ち上げられると単純にうれしいな。
「リリティナのいうとおりです。さすがはクマキチさまです。私たちからすれば、雪なんてものは冷たくてただ厄介なだけなものでしたのに。さすがです。感服しました」
いい過ぎィ!
でも、彼女たちの尊敬の眼差しがシロクマを堕落させるの。
ああ、でも心地よい賛辞の言葉ともに堕ちていきたい気分。
敢えてね。
しばし茶飲み話をしながらまったりする。
かまくらにおける閉鎖空間が融和の雰囲気を醸し出しているのか、件の悩みの種であるオランジェーヌとルルティナも意外に打ち解けて会話が弾んでいるようである。
しかしなんだな。
批判者がいないと人間の成長は止まるというが。
でも、俺、すでにシロクマだから関係ないかな。
冬ごもり用の焼き菓子を分け合いながら彼女たちのお喋りは果てることなく続く。
いやあ、ボーっとしてくるな。
てか、これ酸欠じゃないのか?
ふと視線を動かすと、暇を持て余した三つ子ちゃんたちが入り口を雪で埋めていた。
「やめて」
半ギレになったアルティナが順番こに三つ子ちゃんたちを噛みつきという行為で折檻している。
ルルティナたちはいつものことなので気にせずお喋りに興じているが、オランジェーヌは白昼の恐慌を見た主婦のように固まっていた。
「え、あれ、なに? ウェアウルフって、共食いするの……?」
いや、違うから。
彼女たちの名誉にかけて否定をしておく。
ついでといってはなんだが夕食はかまくらの中でとることにした。
火鉢の中の灰を掻き出して家の中で調理した鍋をかける。
今夜の料理は水炊きだ。
といっても、冬場でもあり具材はいたってシンプル。
森でとらえた山鳥の肉にホンシメジ、それにネギとハクサイだ。
これらを鍋でぐつぐつ煮込んでただひたすら食うのみ。
味つけは塩だけだが素朴で美味い。
特に山鳥の出汁がしっかり出ているので充分に楽しめる。
ちなみにルルティナとオランジェーヌは俺の膝から離れてもらった。
少々名残惜しいがな。
「さ、クマキチ」
「おおっとと、悪いな」
アスティアが酒を酌してくれる。
といっても安価などぶろくだが。
ちなみに女衆は酒が飲めないというわけではないが、どぶろくは飲まない。
もっぱらこれを飲るのは俺と遊びに来たときのヨーゼフくらいだ。
別に差し迫ったなにかがあるわけでもないのでここでぐでんぐでんに酔っぱらっても構わないのだが、ある程度自制して飲む。
「ふむ」
椀に盛られた山鳥の肉を噛み締める。
じゅわっとした脂が口内に満ち、多幸感に全身が包まれてゆく。
肉質がよく、山鳥の出汁を吸ったシメジは肉厚で噛むほどに唾液が引き出される。
うまっ、うまっ。
周りを見渡すと、みながくつろいで思い思いに食事を楽しんでいる。
平和だなぁ。
どろったとしたどぶろくも野卑な味ではあるが、この状況にマッチしているといえる。
なんか山賊の親玉になった気分だ。
さしずめルルティナたちは無理やり攫われてきた村娘といった役どころかな。
自然、くすっと笑いがこぼれる。
「お、クマキチ。なんか、やーらしい顔してるんだ。ね、ね。お酒が入ってその気になっちゃった? お姉さんと、する? 夫婦の営みする?」
「オランジェーヌ! みながいる前でなんというはしたないことをっ。あなたは慎みというものを知らないのですかっ」
ルルティナがくわっと両眼を見開いて吠える。
ガウガウだ。
ガウガウする。
ガウガウするルルティナもかわいいなあ。
「ええー。ぶーぶー、ふたりは夫婦なのだからいいじゃないのー」
「よくないっ」
「クマキチさま。お代わりはいかがですか?」
どんなときでもマイペースを崩さないリリティナが俺の杯を空けさせないぜ。
そうこうしている間に揉み合っているオランジェーヌがほぼモロ肌脱ぎに。
「んにゃー、なにするのっ!」
目のやりどころがないったらありゃしない。
一応はオランジェーヌにも恥じらいがあったらしく素早く移動すると服を直している。
「ううう、クマキチのえっち」
俺がなんかしたかっ。
「まったく、殿方のいる前で無作法極まりないな。そういうのは、私としてはまったく理解できない」
いや、この寒さの中ほぼ半裸状態で過ごしているヴィオレットさんがおっしゃられても、これっぽっちも説得力に欠けるのですが。
にしても室内ですら常に兜を装備しているのはなんなんだろうか。
不思議な美意識を感じるぞ。
「まったく。オランジェーヌが騒ぐのでクマキチさまが落ち着いてお食事を召し上がることができないではないですか」
ルルティナが髪をかきあげながらプンプンする。
「姉さま、お代わり」
アルティナが空になった椀を差し出す。
「あ、あなたねぇ……」
なんか、いつも通りでやっぱ安心するな。
冷たい雪の中でも心はあったかだ。




