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116「リオウの関」

 夜である。

 よき子も悪き子も眠る時間だ。


 けど寝ようとしたが寝れない。

 いっている意味が自分でもよくわからない感じだが。


 理由は頑なにシェルターの前で仁王立ちする娘さんがいるからだと思う。


「早く寝ろよ」

「よく知りもしない男となど同衾できるかッ」


 ヴィオレットである。


 テントが切り裂かれたため、この場では縫合が不可と判断した俺は簡易シェルターを作成して仮寝の宿としたのだが、騎士っ娘がヨーゼフを嫌がって眠ってくれない。


 彼女は仁王立ちになったまま闇を一心に見つめている。


 いや、普通に怖いからとっととあきらめて寝て欲しいのだが。


「クマキチ殿は私の貞操がどうなっても構わないというのか……」


 わかった。

 じゃあこうしよう。


「ここまでしなくてもいいと思いやすが」


 とりあえず淑女の要望を取り入れてヨーゼフは毛布で簀巻きにして拘束した。


 それでも美女たちと雑魚寝ができるのは間違いないので特に不満そうな様子はない。


 だろうね。


 俺もシロクマに生まれ変わってなかったら絶対にフィーバータイムだよ。


「さあ、クマキチさま。休みましょう」


「ルルティナさん。クマキチさまのお世話はわたしにお任せください」


「ふたりとも疲れてるでしょう? あたしにクマキチは任せてよ」


 さて、寝入る段になって、俺はたちまちルルティナ、ロビオラさん、アスティアの三人から情熱的なオファーを受ける。


 みんな寒いからぽかぽかシロクマのふわふわなあたたかさが恋しいんだね。


「う、うむ。特別に私がだな。クマキチ殿と添い寝してあげてもいいぞ。その身体では自分の身を守るのもひと苦労だろうしな」


 ヴィオレットのやさしき申し出だがおまえはまず鎧を脱げ。


「ちょっと待ちなさいよ。クマキチはフィアンセであるアタシと寝るって決まってるの」


 リコッタまで参戦してきて騒がしいことこの上ない。


「じゃあ、間を取ってということで」


 すったもんだの末、俺はアルティナに抱っこされて寝つくこととなった。


「クマキチさま、あったかい」

「だろ?」


 十歳にしては発育がよいアルティナだが特になにか起こるわけもなく就寝。


 火の晩は二時間ずつ交代ということで、誰かしら起きてはいるのでなにか変事があったときにはすぐ対応できるというわけだ。


 しんしんと夜は更ける。

 寒気が強くなってゆき俺はやがて眠りに落ちた。






 起床。

 相変わらずシロクマの朝は誰よりも早い。


 キョロキョロと視線を巡らすと俺を抱きかかえていた人物がロビオラさんにいつの間にか代わっていた。


 アルティナは最後の火の番だったのか、焚火の前でうつらうつらしている。


 その隣ではルルティナがすでに朝食の用意をしていたのか、もぞもぞと起き出した俺を見つけて振り向く。


「あ、おはようございますクマキチさま、朝食の用意が――え、えええーっ!」


 ルルティナの絶叫。


「な、なにっ。なんなのよーっ」

「あ、ふわわ。クマキチ殿、そのお姿はっ」

「あらあら」


 悲鳴に一斉に起き出したみんなが俺の姿を見て絶句する。


 それもそのはず。


 幼稚園児並みを保持していた俺の大きさは一〇センチ程度のフィギュアサイズにまで縮んでいたからだ。


「なんと、まあ、かわいらしいお姿」


 ロビオラさんは俺を両手のひらの上に乗せてニッコリ微笑んでいる。


 あ、リコッタ。

 ちょんちょんつつくのはおやめになってね。


「……旦那、待っていてくだせえ。必ず俺が魔女の元までお連れして呪いを必ず解いてみせやすから」


 くううっ、とひとり男泣きするヨーゼフが頼もしい。


「とにかく、思った以上に縮化のスピードが早すぎます。今から、わたしが状態保持の魔術を頻繁にかけますが、それでもあとどのくらいこの状態が保てるか――」


 頼むぜロビオラさん。


 今の俺を救うことができるのはあなたしかいないんだ。


 むにゃらむにゃらとロビオラさんは呪文を唱えはじめた。


 今度はかなりキツめの術らしく詠唱自体がエルフ族の古語で俺には理解できなかったが、それだけによく効きそうです。


 ホラ、苦いお薬のほうがよく効くみたいな感じ?


「――むにゃらむにゃむにゃ、エスタファーラ!」


 でぃろりろりろんっ


 と、妙な音とびかびかっとした魔力の光があたりを埋め尽くし俺の身体に魔力が注ぎ込まれる。


「とにかく先を急がにゃあ。旦那の危機だ!」


 ヨーゼフの言葉が頼もしい。


 俺たちは手際よく朝食を済ませると、シェルターを撤収して街道に戻った。


 かなり強行軍である。


 しかし現代人と違って足が丈夫なみなさんは驚嘆すべき速さで移動を続けた。


 ほとんど競歩じゃね?


 と思ったりもしたが、別に女子のみなさんも問題はないらしい。


 全員に疲労の影が見えはじめたとき――。


 ついには隣領に至る国境線を守護する関所が見える地点まで到達した。


「や、やった着いた」

「着きましたね、クマキチさま」


 感動のあまり、アルティナ、アスティア、リコッタはぴょーんとその場で跳躍だ。


 ルルティナが笑みを浮かべて俺を見てくる。


 もっとも俺はヨーゼフのウエストポーチに入っていただけだけどね。


「このまま関所に向かおうか?」


「――いいや。旦那、もう夕暮れだ。リオウの関所はとっくに閉まっているはずだ。今夜はこの丘でひと晩明かして、明日の朝イチに行ったほうがいい」


 なるほどね。


 とにかくも世慣れたヨーゼフの意見を参考にしよう。


「すまねぇ。旦那からしてみりゃ一刻も早く沼地に向かいたいはずでしょうが。こらえてくだせぇ」


 ヨーゼフが俺の頭を指先でスリスリと撫でる。


「いや、どうせ相手は役人だ。無理押しして機嫌を損ねても後々面倒になるだけだろう」


「こらえてくだせぇ」


 ……いや、おまえ、ただ俺を撫でたいだけだろう。

 冬の日が落ちるのはとにかく早い。


 あれよあれよとするすると日が落ち切って闇になる前に、俺たちはリオウの関が見下ろせる丘の木の近くに野営した。


「旦那、ここまでくりゃあ兵隊がうんとこ詰めてる関所のそばだけあってモンスターも野盗もほとんどいねぇ。安心して休めますぜ」


「ま、気を抜くのもほどほどにな。遠足はおうちに着くまでが遠足ですっていうだろう」


「ぷっ、なんですかいそりゃ。ンなたとえ聞いたことありやせんぜ」


 気が引けるが女衆に夕飯は任せて俺とヨーゼフは優雅に焚火の前で駄弁る。


 マシュマロを木の枝にぶっ刺し火で炙ってルルティナが淹れてくれた熱いコーヒーといっしょに啜るとこの世の憂さも忘れるぜ。


 ヨーゼフは干し肉をナイフの先に乗せ、軽く火で炙りながら酒をチビチビやっている。


 なんかウェスタン風でカッコイイ!


「ヨーゼフは焼きマシュマロ食べないのか?」


 えっちらおっちら焼き上がったマシュマロを頭上に掲げ聞く。


「俺はどうも甘いもんはそれほど得意じゃなくて……へへ、こっちばっかですよ」


 くいくいと水のように干しているが度数は相当に高いだろう。


 飲み過ぎ食べ過ぎはほどほどにね。


「あ、またヨーゼフがクマキチ独り占めしてるっ。もう、いいかげんにしなさいよね」


 そこらでチョロチョロしていたリコッタが絡んでくる。


「こいつは失礼。でも、嬢ちゃん。男には男同士の話ってもんがあるんでね」


「しょうがないわねぇ。アタシたちの語らいに混ぜてあげるから感謝してよね」


 人見知りのきらいがあるリコッタであるが、同じエルフであるという気安さからか、ヨーゼフにはこの短時間でよく懐いているようだ。


「もーう、クマキチったらこんなにちいちゃくなって。すぐにアタシが元に戻したげるから安心しなさい」


「はは、そりゃどうも」


 しばしお人形さんサイズになった俺はリコッタに弄ばれる。


 彼女は俺をギュッと抱きしめてみたり、頭をナデナデしたり、手のひらに乗せてみたり指先で身体全体をくすぐったりしてくるのでちょっとした苦行だ。


「また、クマキチさまにご迷惑をかけて。お手伝いしなさいっていっているのに」


「ふぎゅっ」


 見かねたロビオラさんがリコッタの頭にチョップをくれて引き剥がしてくれた。


 ふふ、モテる男はツライぜ。


「旦那は大人気なんですね。俺も舎弟として鼻が高いですよ」


 そうなのか?

 オモチャにされているというのがしっくりくるが。


「さあ、お夕飯だよー」


 カンカンカンとアスティアが鍋の蓋を威勢よく叩く。


 なんとなくこういうところが将来のお母ちゃんを想像させるぜ。


 いや、名誉のためにいっておくが本人はシュッとした美女なのだが。


 今日の夕飯は豆と豚バラ肉の煮込みだ。


 幸いにも今回は近くの農家でほとんどの材料を調達できた。


 作り方は今回も簡単。


 豚バラ肉、ベーコン、玉ねぎ、大豆、トマトの潰したやつを炒めて煮るだけだ。


 塩コショウ、砂糖で適度に味つけする。

 大勢で食うにはこういうのが楽でイイよね!


 それぞれが皿に盛って、パンをかじりながらもっもっと煮込みを掻き込む。


「おいしー」

「美味しいですっ」

「ん、美味だ」


 空腹は最上のソースなり。


 おや、ヨーゼフはなにをパラパラとお料理にかけているのかな。


「目敏いねぇ旦那。コイツは近ごろ仕入れた香辛料で、どうも飯となりゃこいつが手放せなくなっちまってさ」


 俺はヨーゼフの差し出した茶色の瓶の口から漂う匂いをフンフンと嗅いだ。


 こりゃカレー粉だね。


 どうやら幾つかの強烈なスパイスをミックスして独自の味を形成したこの世界の特有の調味料らしいな。


「よけりゃあ、みんなも使ってくだせぇ」

「アタシ、ぱーす」

「わたしも今回はご遠慮しておきますね」


 リコッタとロビオラさんはヨーゼフの特殊スパイスを断った。


 どうやらエルフ族は味に対してかなり保守的らしい。


「それじゃ、私、少しいただこうかしら」

「あ、あたしも欲しいかも」

「いただく」


 対して、ルルティナたちウェアウルフたちはこの強烈な匂いを発するスパイスが気に入ったらしく、瓶ごと借り受けるとかなり料理に振りかけている。


「おお、姐さん方! どんどん使ってやってくだせえ」


 無言であったがヴィオレットもスパイスを少量であるが使っていた。


 この世界の香辛料ってかなり貴重だもんねー。

 さ、俺も食べようかな。


 あ、けど、このサイズだと自分じゃ食べれないかな。


「クマキチさま、私が取り分けてあげますねっ」


 ルルティナ、ありがとうね。


 俺は彼女が切り分けた小さいな豚バラ肉を食べようと寄っていった。


 けれど、寸前でアルティナがひょいぱくッと口に入れてしまう。


「こらっ、なにをやっているのよっ。それはクマキチさまの分でしょう?」


 ぷんすかルルティナが怒るがアルティナは至極冷静な顔つきで咀嚼をやめぴっと右手を前に突き出す。


「このままではクマキチさまが食べにくいので……やわこくする」


 口にモノが入っているのに発音は極めて明瞭だ。


「はぁ? そ、そんなの、私がするからっ。できるからっ」


 負けじとルルティナはベーコンとお豆さんをスプーンですくうと、お口の中でもっもっと咀嚼する。


「は、はい……くまひちしゃま……お、おらべになって……」


 え、ええー。


 ルルティナは口の中で噛みやわらかくしたものを俺に食べさせようとヨツンバインで近寄って来る。


 夜とはいえぐちゃぐちゃのでろでろになったモノを見せつけられるのはホラーだ。


「うっわ……姉さま、本気?」

「あにゃひゃがはひめひゃんでひょーがっ!」


 ルルティナの表情は見飽きないな。

 だが美少女がやっていい顔芸ではない。


「冗談に決まってる」

「――ッ!」


「正直引く」

「◎△$♪×¥●&%@#+?!」


 お、またルルティナが聞き取れない言語で叫んでいる。


 意外と汎用性高いな。


「やめてきたない」


 そのへんで許してやってくださいアルティナさん。


「じゃあ、場もあたたまったところで晩酌と洒落込みますか」


 おまえはさっきから飲み続けてるだろヨーゼフ。


 俺たちのすったもんだを酒の肴にされているようで正直軽くイラっとした。


 なので、上手く隙を衝いてヨーゼフの椀にマシュマロを放り込んでやった。


「だはははっ」


 すでに結構酔っているようであまり味の変化は気にならないようだ。


 ちぇ。


 これじゃあ嫌がらせになんないジャン。


 結論として俺はロビオラさんに用意してもらった皿の上でナイフを自分で駆使して、なんとか煮込みを食べられる小ささに切り分けた。


「はい、そこですよ。クマキチさま、刃物の使い方とってもお上手です」


 ニコニコ顔でぱちぱちとロビオラさんが拍手する。

 でへへ、そうかな。


 なんかある意味俺ってばロビオラさんのバブみが一番落ち着くみたい。



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