113「異国情緒」
「わあ、ここがアルムガルドか」
アルムガルドは俺の想像以上にファンタジーしている街だった。
なんちゅーか全体的にくすんだ色合いだが、そこはかとなく趣がある。
ずっと昔に某テーマ―パークで見た魔法使いたちが住んでるプレイスに生活感を滲ませたような感じだ。
以前、ルルティナがハドウィンに攫われた際は、街に立ち寄らず野原を突っ切ってイノコ砦にまっしぐらだった。
しかし今回はある程度見聞できる。
こんな場合であるがうれしさはひとしおだ。
生来のナチュラリストである俺ではあるが異国文化に触れるのは楽しい。
人間から好奇心を取ったらなにも残らないだろうしね。
「おお、彫りの深い顔立ちの人ばっかだ」
海外旅行なんてハワイくらいしか行ったことがない。
ホノルルは日本人だらけだったしな。
観光客向けの店にいるアジア系はほぼ韓国系か中国系ばっかだった。
その点アルムガルドは抜群に白人率が高く、なんちゃって感が薄いのでオーケーだ。
日ごろルルティナたちを見慣れているといっても、これだけの数がいるとまるで全員がコスプレして俺を出迎えているような気がするぜ。
「私たちのこと気づかれないでしょうか?」
ルルティナは被り物をしたまま目深にフードを下げている。
ニオイからして森とまるで違う。
シロクマになった俺は異様に嗅覚が発達しているのでわかるのだ。
多種多様なスパイスと油と体臭と土のニオイが入り混じっている。
道も石造りだ。
足の裏でコツコツやる。
「硬い」
「そりゃま、石でできてやすから」
ヨーゼフが呆れたような声を出すが気にならない。
森の土やなどと違って人工物のかほりがするぞ。
店の看板は俺の読めないロムレス文字で書かれており異国情緒満載だ。
「旦那。そんなにこんな田舎の街が珍しいんで? って、まあ旦那は森から出たことがねぇでしょうから知らねぇんでしょうが」
うるさいな。
「とと、それほど広い街でもないし。あれが俺らが屯している冒険者ギルドなんで」
おお、赤煉瓦のそれっぽい!
ちょっと感動した。
「もう、クマキチったらキョロキョロしちゃって。本当におのぼりさんみたいで恥ずかしいわね。わからないことがあったらなんでもアタシに聞くといいわ。なにせ、アタシはアルムガルドの常連よ」
リコッタがふふんと胸を反らせて自慢げにいった。
おお、それは凄い。
俺は初回だからな。
どのくらい凄いかというと俺の五倍は凄い。
と、思う。
「あのね、リコッタ。ヨーゼフさんはアルムガルドにお住まいなのよ?」
ロビオラさんが恥ずかしげにぽそりとつぶやく。
しかしリコッタの耳は都合の悪いことは聞こえないみたいだ。
エルフ耳って素晴らしいな。
「で、具体的にリコッタは俺にアルムガルドのなにを教えてくれるんだ?」
「え、えーと。ま、まあいろいろよ! そのうち自ずから理解できるはずよ!」
森のシロクマ相手にイキりまくる無知幼女カワイイ。
もっともシロクマはこの街のこと微塵もわからんが。
ヨーゼフは困ったように笑みを湛えている。
慈悲深き寛大なダークエルフと傲慢なノーマルエルフの対比が見事だ。
「じゃ、あの看板はなに屋さん?」
盾と棒きれが描かれている看板を指差した。
RPG強者の俺からすればたぶん防具屋とかだな。
向かいにあるのが冒険者ギルドだし。
「あれは、あれは……そう! じゅうたん屋さんよっ!」
うん、たぶん違うと思う。
君の背後の多数の人たちが笑いをこらえているから。
ちなみになぜそう判断したか根拠を知りたいのだが。
「それは、そう、あの四角いのがおうちの床に敷くじゅうたんよっ。相違ないわ」
「そんじゃあ、あの棒みたいやつは?」
RPG好きだった俺じゃなくてもこん棒に見えるのだが。
「あれは、じゅうたんのシワとかを伸ばす棒よっ」
そんじゃ答え合わせで入ってみましょうか。
「旦那も人が悪い」
人じゃなくて俺はシロクマだからな。
いや、正確にいうとホッキョクグマに酷似したなにかだ。
意気揚々と店の中に入ったリコッタの足が止まった。
鼻歌や頭上から飛んでいた元気のよい♪も消える。
いや、あくまでイメージなんだが。
店内には俺が想像した通り、冒険に使うであろう主な防具品が所狭しと並べられており、偏屈そうなオヤジが盾を布切れと油で磨いていた。
「ここ、防具屋ね」
アスティアがかけてあった革鎧を拳でコツコツ叩きながらいった。
リコッタは羞恥で顔を真っ赤にするがすかさずロビオラさんがフォローに入る。
とりあえずそっとしといたほうが無難かな。
「一応、みんなはひと通り準備はしてきたみてぇだが、足りない分はここで買い足しておくってことでどうかな」
ヨーゼフが如才なく提案すると、女衆たちはそれぞれ店の中の物を品定めしはじめた。
おお、ますますRPGっぽくていいな。
俺もこんな身体でなきゃファンタジーっぽい展開を楽しめたんだろうが。
既知の間柄なのかヨーゼフは五十過ぎの店のオヤジと話し込む。
ルルティナもこういった店は珍しいのだろう。
おそるおそる店の品を手に取って眺めている。
アルティナは小型の盾を手に取って顔を近づけくんくんと鼻を鳴らしている。
「これは……いい油を使っている」
わかるのか?
「ごめん。いってみたかっただけ」
彼女はそういうと顔を手で覆ってパタパタと店の奥に逃げてゆく。
ふふふ、かわゆきやつよ。
しかし意外と俺の存在て希薄なんだな。
街行く人もほとんど意識を向けたりしないぞ。
そりゃクマだクマだシロクマだときゃあきゃあ騒がれたくないんだが。
すでに保育園児程度の大きさになった俺はよっこらしょとバーゲンセールならぬ木箱に詰まったお買い得品ぽいアイテムを除こうと端にしがみつく。
「あー、お嬢ちゃん。犬には店のモンかじらせないようにな!」
店のオヤジはそういってひらひらと手を振った。
マジか。
俺、わんこ扱いなのぉ?
激しくショックだ。
「すみません。さ、クマキチさま」
失意の俺はルルティナに背中からそっと抱き上げられる。
ちょうど目の前いにいたリコッタと目線が合った。
「こ、これで一勝一敗ってところね! 次は負けないからっ」
なんの勝負をしていたんだよ、俺は。
そういえばアスティアとヴィオレットの姿が見えないな。
どこかよその店を見に行ったのかな。
と、思って外に出ると通りの向こうから近づくふたりの姿が目に入った。
「どこに行っていたんだ?」
見るからにうきうきしたアスティアに声をかける。
彼女は鞘に入ったままの刃物を楽しげに眺めていた。
長さからいってナイフなんだよな?
にしてはナタのように鞘が四角くて厚みがあるんだが。
「ん? これこれ。ちょっと新しい武器を仕入れておきたくてさ。ヴィオレットに武器屋で見立ててもらったんだ」
「私は武器類に関してはちょっとしたものだからな。彼女がどーしてもというからつき合ってあげたんだ。仕方なしにだ!」
えっへんとヴィオレットが胸を張る。
なんか娘が新しくできたお友だちを自慢しているようで心がほっこりするよう。
俺を抱えているルルティナも隣にいるロビオラさんも苦笑している。
「この前の戦いで鹵獲した剣はやっぱり安物でさ。でも、ヴィオレットはホントに目利きだと思うよ。少々割高だったけどニンゲンの街にはいいものがあるね」
おお、おニューな武器ね。
アスティアはふふと白い歯を見せると鞘から刃を抜き放った。
刃の長さは四〇センチくらいだろうか。
厚みのある刃の形状はおそらく剣鉈だろう。
剣鉈はナタでありながらナイフの性質を併せ持っている。
切る、割る、削る、捌くなどの要素を一本で補える。
無論、この刃の身の厚さならば戦闘にも活躍するだろう。
「じゃじゃーん。どうかな?」
ベルトで腰のあたりに吊るし、アスティアはくるりと回ってポーズを取った。
ぱちぱちぱちと拍手を送る。
意外と彼女は反応してあげないと拗ねる部分があるのだ。
なんか第一印象ではお姉さんぽい雰囲気があったんだが、こうして長らく接しているとわりかし年の割には子供っぽいところがあるのがアスティアさんだ。
ひいき目に見てもルルティナのほうが落ち着いているのは否めないな。
「ヴィオレットはなにか買わないのか?」
「ふ、クマキチ殿。私には宝剣ワールドエンドがある。いわばロムレスにおける最高峰の武器のひとつを所持しているのだ。こんな田舎街では私に似つかわしい逸品はないな」
ていうかいきなりアルムガルドをディスってるやんけ。
こういうとこがお貴族さまというかいいとこのお嬢の悪いとこなんだよなぁ。
ははは、と分かりきっているのかアスティアは笑って受け流している。
ったくヴィオレットは女の集団の中で確実に的にされるタイプだよな。
あとで上手くフォローしとかんと。
なんだかんだで買い出しはおしまい。
女性陣に任せていると時間はいくらあっても足りそうにない。
警戒心丸出しだったルルティナも若いから順応力はあり後半は普通に店を回っていた。
道具屋で短期の旅で必要そうなアイテムをチョイスしみんなに分配した。
いつもならばこういうときは体格のよい俺が率先して荷物持ちを請け負うのだが。
今回はさすがに無理なので、それぞれが自分の荷物は自分でも持つよ!
ってな感じだ。
「悪いなルルティナ。力になれなくて」
てくてくとヨーゼフに手を引かれて馬車乗り場まで移動する。
「いえいえ。いつもいつもクマキチさまに頼っているのは心苦しかったので。こんなときくらい私にすべてをお任せください。それにこう見えて私は力持ちなんですよ」
「そう。ルル姉さまの怪力を侮ってはいけない」
アルティアの言葉にルルティナが口をOの字にする。
なんかおもろいな。
「ちょ、アルッ! クマキチさまが勘違いするようなこというのやめてよっ」
「事実」
「違いますよ、私、ぜんぜん力ないほうですからねっ」
「証言者、そのいち」
アルティナがくくっとアスティアを引っ張ってきた。
「ん? あたし? そうね、ルルティナは姉妹の中じゃ一番だったかも。姉のポルディナも力持ちだったけど、確実にその上をいってたね」
「嘘ですよ! 絶対嘘ですからね! ポルディナ姉さまは千斤の大岩を持ち上げてましたけど、私が同じもの持ち上げたのは、たまたまっ。たまたまですからっ」
「嘘とかいいから」
「もう、アルは黙ってて!」
――もっともこの伏線がのちに回収されるとはこのとき夢にも思わなかった。




